残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第7章 報復の目的

白き鳳凰

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 リヒャンデルに足蹴あしげにされて面白くないゴリューナガだが、気を失ったふりを続けた。地面に降ろされた時に気が付いていたが、今は動かないほうがいい。身体の力を抜いたままでいた。完全に失神する前に、目の前に転がっていた短剣を密かにふところに忍ばせた。それをこっそり握り締める。隙を見て狙うのはリオネンデ、捕らえることに成功すれば逆転の目もあるかもしれない……

「う……」
うめき声をあげてジョジシアスが目を覚ます。サシーニャが近寄ろうとするのをリオネンデが制した。
「俺が行く」
ジョジシアスに歩み寄るリオネンデ、残されたサシーニャの背に尻尾の手入れを終えたヌバタムが飛び乗った。身体をこすりつけてサシーニャに甘えている。そんなヌバタムにサシーニャが微笑む。己の飼い主を救った魔法猫が、誇らしげ喉を鳴らす。

 リオネンデがジョジシアスの傍らに立った。
「お目覚めか?」
冷ややかに問いかける。

「リオネンデ……」
ぼぅっと甥を見上げたジョジシアス、立とうとするが
「そのままでいて貰いましょう――あなたにはフェニカリデに来ていただきます。そこで今後を話し合いましょう」
リオネンデが有無を言わさぬ口調で言う。

「バイガスラを亡ぼすか?」
諦めがジョジシアスに失笑させる。リオネンデは冷ややかなまま、表情を変えずに答えた。
「多分そうはなりません。諸国もそれは納得しないでしょう――しかし、制約が掛けられることはお覚悟ください」

 本当はバイガスラを亡ぼすつもりだった。復讐すると決意した時はそうだった。それから八年、王として生きるうち、少しずつ考えが変わってきている。王ならばまずは民、滅ぼされたバイガスラの民は明日から誰を頼りにすればいい? グランデジアに吸収するにしても、膨大になり過ぎた領土と領民を統治しきれる力があるか?

 命を奪うだけが復讐ではない――それならば、他の道を探りたい。

温和おとなしくしていてくだされば危害は加えません。暫くそのままでお待ちください」
ジョジシアスを見るのに苦痛を覚え、リオネンデが背を向ける。ジョジシアスからもモフマルドからも剣は取り上げた。鳳凰の前では魔術師も魔法が使えない……リオネンデは油断していた。その油断にゴリューナガが跳ね起き、短剣のさやを抜いて身構えた。

「リオネンデ!」
サシーニャが叫び、慌てて背中の矢筒に手を伸ばす。が、ヌバタムが邪魔で矢が取れない。驚いて振り向いたリオネンデ、剣のつかを手にするが間に合わない。ゴリューナガが短剣を繰り出した!

「なっ!」
ゴリューナガの手元を狙った針のように細い刀身、リオネンデから離れずにいたスイテアが、ゴリューナガの手に斬りつけた。痛みに短剣を取り落とすゴリューナガ、手から鮮血がほとばしる。

 人を斬った感触と、その傷から溢れ出る血に狼狽うろたえたスイテア、グリッジ門前では剣を繰り出すだけで相手に傷をつけるのを避けた。初めて人を斬り、その結果を目の当たりにした。刀傷を見たことのないスイテアだ、ほんの少し切れただけだなどと判断できず、恐怖に襲われても無理はない。それをゴリューナガは逃がさない。スイテアの手を掴み、リオネンデの代わりに捕らえようとする。

 目の前に落ちた短剣を、咄嗟とっさに手にしたのはジョジシアス、すぐさまリオネンデの足を狙った。だが体勢の整わない切っ先は呆気なくリオネンデの剣に払われる。

 ジョジシアスの短剣を払うリオネンデと、ゴリューナガに掴まれたスイテアの手にある剣が交錯する。スイテアに握られたまま、細い刀身がリオネンデの胸に突き刺さり、深く埋まっていった……

「そんな……」
蒼褪めるスイテア、駆け付けたサシーニャが叫ぶ。
「リオネンデ!」
リオネンデは胸に剣を刺したままゆっくりと膝を折り、倒れていく。

「違う! 俺は女を捕らえようとしただけだ!」
蒼白になるゴリューナガを押し退け突き飛ばしたサシーニャ、スイテアからゴリューナガを引き離す。

「リオネンデ?」
短剣を手にしたまま、茫然とリオネンデを見るジョジシアス、その手をサシーニャが蹴り上げた。反動でジョジシアスが持つ短剣はどこかに飛んだ。

「なにがあった!?」
見える場所まで戻っていたリヒャンデルが走り寄り、ついてきた部下がジョジシアスとゴリューナガに剣を向けた。

 魂が抜けたようにリオネンデを見ていたスイテアがハッと気を取り戻し、リオネンデに駆け寄る。
「ダメだ、抜くな!」
胸に刺さった剣にスイテアが手を伸ばすのを見てサシーニャが叫ぶ。
「今、抜いたら血が吹き出す、助けようがなくなる!」
あっと手を引っ込めたスイテアがリオネンデの傍らにくずおれた。

 クオー、クオー……その時、宙で羽搏はばたいていた赤い鳳凰が鳴いた。先ほどの、雷鳴さながらの鳴き声ではなかった。誰かに語り掛けているかのような声だ。そして東から『クオー、クオー』と応える声が聞こえた。

 思わず空を見ると青い鳥が近づいてくる。
「青き鳳凰?」
サシーニャが呟き、そして――

「うっ! うううっ!!」
サシーニャが突然苦しみだす。ヌバタムが背から飛び降りて、木の下に戻った。背を丸め、うずくまるサシーニャに駆け寄ったリヒャンデル、
「サシーニャ、どうしたんだ!?」
抱き起そうとするが、
「えっ!?」
小さく叫んで後ろに飛びのく。サシーニャの身体が輝き始め、見る見るうちに煌々こうこうと光を放つようになった。
「なにが起きている?」
どうしていいか判らず、リヒャンデルがサシーニャから離れて立ち尽くす。

 鳳凰の声が空に響き渡り、みなが空を見る。青い鳳凰も頭上に辿り着いた。そして二羽の鳳凰が降りてくる。目指しているのはリオネンデか!?

『クオー』
急に近くで聞こえる鳳凰の声、リヒャンデルが驚いて再び数歩後退あとずさった。サシーニャがいるはずの場所に鳳凰がいた。近くで聞こえたのはその鳳凰の鳴き声だ。

 リヒャンデルより少しだけ背の高い、白く輝く身体、夜明けの空のような青い瞳、冠羽は黄金にきらめいて……白き鳳凰だ。赤と青の鳳凰に気を取られている間に現れたのか? でもサシーニャがいない、どこに行った?

 リヒャンデルの三人の部下がジョジシアスとゴリューナガ、気を失ったままのモフマルドを守るように白き鳳凰から遠ざける。鳳凰は大きく広げた翼を高く掲げて、踊るような足取りで横たわるリオネンデに近付いていく。

 リヒャンデルがリオネンデを守ろうと白い鳳凰の前に出た。するとヌバタムが背中にしがみ付き、傍らに膝をついてリオネンデを覗き込んでいたスイテアもろとも後退させた。リヒャンデルでもヌバタムには逆らえない。荷物さながら運ばれて行く。そんな能力をヌバタムが持っているからこそ、崩壊する館から助け出された。

 白き鳳凰が呼んでいる。青と赤の鳳凰が応えている。二羽の鳳凰の鳴き声が高い空に響き渡る。
『クオー』
そして地上で待つ白き鳳凰の傍に降り立った。

 リオネンデを取り巻く三羽の鳳凰、次には輪になって踊り始める。両の翼を広げて掲げ、閉じれば垂らす。右に左に身体を動かし、頭を上下させては冠羽を揺らす。

 木の近くでヌバタムに降ろされたリヒャンデル、もうリオネンデに近付く気力も消えている。泣きじゃくってリオネンデのもとに行こうとするスイテアを抱くように引き留めているのがやっとだ。

(何が起こるんだ? それにサシーニャはどこに行った?)
何が起ころうと、サシーニャがどうなっていようと、何もできることはない。今は鳳凰を見守るしかない――そう感じるリヒャンデルだった。

 グランデジア王家の墓地で、宙に浮いて光を放つ王廟を茫然と見上げるチュジャンエラとジャルスジャズナ――ふと、チュジャンエラが首を傾げた。イニャの歌に混じって違う音が聞こえた気がした。
「何か音がしなかった?」
「また音? 今度は何の音だろうね?」
ジャルスジャズナがウンザリと答え、それでも耳を澄ます。

「クオーって感じかな?」
「うん、やっぱり聞こえるよね? なにかの鳴き声みたい」
「それより、見て。王廟の下に光の粒が出てきた」
「あれって、イニャの本から出てきたのと同じ?」

 王廟の真下に渦巻く光の粒、それがだんだんとまとまって人の姿を成していく。現れたのは黄金の髪を輝かせた女……
「イニャ……」
王廟の下、宙に浮かんだイニャが歌い続ける。

「あれ? 棺が降り始めたよ?」
宙に浮かんでいた棺が一基、また一基と、ゆっくりだがあちらこちらで地上にりていく。そして最後に、近くに並んだ二基が残った。イニャが歌うのをやめ、その二基を見た。

 棺は浮いたまま、蓋だけが上へと離れていく。そしてイニャが何か言った。片方の棺が揺れて中で誰かが立ち上がる。
「マレアチナさま!」
ジャルスジャズナが悲鳴を上げ、
「蘇る死者はマレアチナさま?」
チュジャンエラが低く呟く。

 棺に立ったまま、マレアチナは隣に浮かぶ棺の中を覗き込んでいる。そして歌い始めた。
「子守歌だ……子どものころ、母さんがよく歌ってくれた」
チュジャンエラがはっきりとそう言った――

 バイガスラ王宮の庭ではリオネンデを取り巻いて三羽の鳳凰が『クオー』と鳴き声をあげて舞い続けている。

 バイガスラの衛兵たちも集まってきていたが、不可思議な出来事に近付けず、遠巻きに見守っているだけだ。

 つと、白き鳳凰の動きが止まった。リオネンデに向って立つと翼を畳んだ。赤き鳳凰はリオネンデに背を向けて翼を畳む。青き鳳凰はリオネンデのほうを向き、やはり翼を畳んだ。

 と、白き鳳凰が空に向かい、『クオー』とひときわ大きな声をあげた。
「なに?」
リヒャンデルが目を見開く。横たわったリオネンデの身体がキラキラと輝き始め、同じように青き鳳凰も輝き始めた。

 光の粒に包まれたリオネンデの身体が浮くように立ち上がる。胸に刺さった剣がポロリと落ちた。

 青き鳳凰を包む光はどんどんと形を変えて人の姿に変わっていく。とうとう人になった青き鳳凰が、立ち上がったリオネンデと向き合った。二人はまるきり同じ姿だ。
「リューデント?」
リヒャンデルが思わずうなる。

 互いを見詰め微笑む二人――手を取って抱き締め合うと、溶け込むように一人となった。見守る誰もが言葉を失い、ただただ黙って見ている前で、一人となった王子が抱擁を解くように離れていって二人になった。

 白き鳳凰がリオネンデだった方の王子に近付いて、バサッと翼を広げる。王子が腕を伸ばして鳳凰の首に触れる。白き鳳凰が翼で王子を包み込めば、再び王子が輝き始めた。翼を広げる白き鳳凰、光の粒に包まれた王子の姿が青い鳳凰に変わっていく。

 赤き鳳凰が羽搏いて舞いあがり、西を目指して飛んでいく。遅れて飛び立つ青き鳳凰、これは南へと消えた。

 一羽残った白き鳳凰が空を見上げて高く鳴く。
『クオー……クオー』
バサッと広げられた翼、するといきなり閃光がほとばしる――

「うっ!」
余りの眩しさに誰もが思わず顔を背け、目を閉じる。やっと光が薄れ、目が開けられるようになった時、白い鳳凰はいなかった。リオネンデとサシーニャが横たわっているだけだった。
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