残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第7章 報復の目的

王の資質

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 リューデントの執務室で干し烏賊キャアマあぶって裂いた物を咥え、口の中でもてあそびながらチュジャンエラが様子を窺うのはサシーニャだ。人参カロトを棒状に切ったものを一口かじったあとはボーっとしている。

 同じ膳を囲んでいるリューデントとジャルスジャズナは談笑しながら飲んだり食べたりしているが、チラチラとサシーニャを見ているのは間違いない。

 リューデントには
『モフマルドが死にました。袖に毒が仕込んであったようで、それによる自死です』
とだけ言った。リューデントは『そうか』と答えただけで追及することはなかった。

 地下牢からマジェルダーナの執務室に出向き話を聞いた後、魔術師の塔に戻ろうとした途中でジャルスジャズナと出くわした。これからリューデントの執務室に行くから一緒に来いと言われて、同行したサシーニャとチュジャンエラだ。どのみちモフマルドの死を報告しなければならない。

 マジェルダーナからは何も聞けなかった。
『子どもの頃のモフマルド? わたしがモフマルドと知り合った時にはすでに魔術師でした。レシニアナさまとクラウカスナさまの守役の一人とは聞いていますが、それ以上は何も――その頃のモフマルドを知っていて王宮に残っていた者は、わたしの知る限り後宮の火事に巻き込まれて落命しています』

 王宮に残るというのはこの場合、成人してから王宮に職を得たという意味だ。他は自領に戻ったと考えていい。マジェルダーナが、気になるのならフェニカリデに来るよう連絡すると言ったがその必要はないとサシーニャは断っている。

 ジャルスジャズナがリューデントの執務室に来たのは後宮の件、その用事はすぐに済み、どうせなら夕食をともにとなった。ジャルスジャズナはそれを見越してサシーニャとチュジャンエラを誘っている。

 リオネンデの死を自分の身代わりとリューデントは思っているんじゃないか? それがジャルスジャズナは気掛かりだった。もし身代わりだったとしても、それはリューデントが望んでそうなったわけではない。それにスイテアの件もある。一人でいればリューデントは自分を責め、孤独に悩んでいるのではないか? なるべく一人にしたくないとジャルスジャズナは思った。出来るだけ賑やかに過ごさせたほうがいい。だからサシーニャたちを誘った。

 昨夜、酒宴をしたばかりだと断るだろうと思っていたのに、予想に反して同意したサシーニャ、が、食が全く進まない。考え事をしているようだ。

 チェジャンエラは遠慮することもなく、好きなものを食べている。が、内心は落ち着かない。
(モフマルドの死に狼狽うろたえている……ってわけじゃなさそうなんだけど)
サシーニャのことだ。

「サシーニャさま、もっと食べないと……皮と骨だけだって言われたんでしょ?」
「ん? あ、いや、皮と骨と筋肉だけ、です」
横からリューデントが
「そうなんだよ、チュジャン。コイツ、けっこう筋肉はついてる」
チャチャを入れ、ジャルスジャズナも乗ってくる。
「あれ、リューデント、サシーニャの裸を見たんだ?」
「いや、眠っちまったコイツを夜具に運ぶのに抱き上げたんだ。衣装の上からでも判るさ……男の裸なんか見たくもない」

 ニヤニヤするリューデントにジャルスジャズナが声をあげて笑う。いつの間にかジャルスジャズナはリューデントとも打ち解けたようだ。自分のほうが年上という気安さもあるかもしれない。リオネンデに接するのと変わらない態度だ。

「サシーニャ、たまには肉も食えよ。少しは体に脂肪を付けないと頑張りが効かないぞ」
「ご心配なく、わたしには魔法を使うという手もありますから……でも、茹でた鶏卵を貰おうかな」
「サシーニャさまは、動物食は鶏卵と牛の乳くらいしか摂りませんよね」
「そうなんだ、チュジャン? サシーニャは好き嫌いがあるのか?」
「あぁ、小さいころからサシーニャに食べさせるのは苦労したらしいよ。うちの料理係の召使が嘆いてた」

 チュジャンエラ・リューデント・ジャルスジャズナがなごやかに談笑する横で、鶏卵のからを途中までいたところで、サシーニャはまた考え事をしている。

「サシーニャ、さっきから何を考えている?」
とうとうリューデントが問う。名を呼ばれたサシーニャがゆっくりとリューデントを見た。
「いえ……んー、モフマルドの遺体はどうしたらいいんだろうと思って」
「へっ?」

 意外な答えに、サシーニャを除く三人が見交わす。
「いや、言われてみればそうだな、どうする?」
とリューデント、
「塔の魔術師じゃないから、魔術師の墓地に埋葬するわけには行きませんよね?」
これはチュジャンエラ、
「確かに困ったね」
ジャルスジャズナも真面目な顔になる。

「今はどうしているんだ?」
リューデントの質問にチュジャンエラが答える。
「地下牢の独房の寝台に……早く防腐術を掛けたほうがいいけど、掛けると土葬できなくなるんです」

「アイツ、身寄りはないんだろう?」
「クッシャラデンジさまは王宮に引き取られた孤児って言ってました。なんでも上流貴族の隠し子で、父親の名前は明かせないし縁も切れてるって」
「うん?」

 反応したのはサシーニャだ。
「その口ぶりだと、クッシャラデンジはモフマルドの父親を知っている? いったいいつそんな話を?」
「あぁ、サシーニャさまは留守でしたね。金貨紛失と樹脂塗り器焼失を受けての閣議でです」
「そうだったんだ? てっきりマジェルダーナがモフマルドの名を口にすると思っていたのに、そうか、クッシャラデンジでしたか……縁が切れてるとなると、遺体の引き取りは難しそうですね」

「罪人として連行したと公表していないのは好都合だったな。なんとか頼み込んで引き取って貰え」
「でもリューデント、幾ら縁者でも三十年以上、音信不通だった人の遺体を受け入れたくはないのでは? よくて名を知っている程度、顔は全く知らない可能性だってあります」
「だからと言ってその辺に捨てるわけにもいかないぞ」
「いっそ、オオカミに食わせましょうか?」
「ワンボワグネに怒られますよ」
チュジャンエラの冗談はリューデントにはウケたが、 サシーニャには明白あからさま に不快な顔をさせた。

 そこへ魔術師の塔から伝令鳥カラスにより届けられた書簡を持って下級魔術師が来る。書簡はコペンニアテツからのものだった。
「無事バチルデアに着いたそうです。王宮にはいり落ち着いたところだとか……」

 コペンニアテツは暫くバチルデアに滞在し、王位継承を見届けることになる。同時にダズベル噴泉の利用についての協議を始め、計画を本決まりにする前の下調べも進めることになる。

 チュジャンエラが今さら疑問を口にする。
「本当に、アイケンクスで良かったのですか?」
バチルデア新国王のことだ。

「アイケンクスに即位させろって言ったら、バチルデア王宮は渋ったって、グレリアウスの報告に有りましたよね? アイケンクス以外じゃダメか、ってバチルデアから打診されたって」
「自分に任された軍を放棄したうえ、居るはずのない場所で敵国の捕虜になった――廃太子も考えていたんだろうな」
何が面白いのかリューデントは楽しそうだ。

「だがな、チュジャン。ここでもし、グランデジアが誰でもいいと言ってみろ。バチルデア王宮では王位継承争いが起きる。ソイツがすぐに納まるなんて保証はない。なんらかの思惑を持って故意に長引かされる可能性だってあるんだ。こちらとしてはさっさと片付けて次に進みたいってことだな」
「でも正直、アイケンクスって王に相応ふさわしい人物には見えませんでしたよ? すぐ言い訳を口にするし……床に這いつくばって『妹を返してください』なんて、王がすることじゃないでしょう?」

 口を尖らせるチュジャンエラにリューデントが苦笑する。
「まぁさ、王だっての人ってことだよ。なぁ、サシーニャ?」
話しを振られたサシーニャ、ジロリとリューデントを見る。そしてレモン水を一口飲んでから、
「アイケンクスがバチルデア王位に就くことに、問題があるとは思っていません」
とだけ言った。

 リューデントがフンと鼻を鳴らし、
「どう問題がないのか、可愛い弟子に教えてやれって言ってるんだ」
と言えば、軽く舌打ちしてからサシーニャがチュジャンエラに向かう。

「言い訳と言うより訂正が多かったとわたしは見ています。アイケンクスの長所は自分の間違いをすぐに訂正できるところだと思いました。平伏したのにはわたしも驚きましたが、あの時アイケンクスは『自分はどうでもいい』と言いました。今回は妹のためですが、王となれば民人たみびとのために同じことができるようになるでしょう。民人のために我が身を投げ出せるという事――さらに敵前逃亡ともとれる任された軍の指令に就かなかった理由は、兵たちの命を預かる責任の重さといくさで血が流されることを考えて動けなくなったと言っていました。またダズベル領への侵攻、これはアイケンクスにとっては侵攻ではなく侵入、侵入の目的は武力ではなく話し合いで妹を奪還したいという思いから……アイケンクスは王としての自覚に欠けますが、まだ王になっていません。即位ののち芽生え育まれるものと判断いたしました。リオネンデ王が目指しリューデント王が継承した、この大地からいきさを無くす理想を、共に目指せる王になることでしょう」

 言いたいことはほかにもあったサシーニャだ。だがそれは、手紙や語らいを通じてルリシアレヤから知り得たアイケンクスの人柄、彼女の名を口にするのがはばかられて言えなかった。

「と言うわけだ、チュジャン」
リューデントは今のサシーニャの説明で満足したらしい。チュジャンエラは『やっぱり僕、まだまだ勉強が足りないようです』と、こちらもやはり納得している。

 話しが一段落着いたところで、
「そう言えば、バーストラテも暫くバチルデアなんだろう?」
と、ジャルスジャズナが切り出した。本当はルリシアレヤの様子が気になっている。

「えぇ、コペンニアテツの部下ということでの滞在ですが実質的には休暇です。気苦労も多かったでしょうから、少しのんびりして来いと言っておきました」
「バチルデアじゃ気が張って休暇にならないんじゃないの?」
チュジャンエラの指摘にサシーニャが
「知らない土地で過ごして、気分転換するのもいいものですよ」
と答えるが、リューデントが、
「アイツ、魔術師を辞めるって言い出したんだろう?」
サシーニャの気も知らず暴露する。

 驚くジャルスジャズナとチュジャンエラ、サシーニャは
「そんなこと言いましたっけ?」
しらばっくれようとするが、リューデントが
「俺は、おまえから聞いたなんて言ってないぞ?」
とニヤリと笑う。しまったと思うサシーニャ、が、もう遅い。
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