残虐王は 死神さえも 凌辱す

寄賀あける

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第8章 輝きを放つもの

さなぎ

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 ルリシアレヤが『バーストラテは他人と目が合うのが怖い』と言っていた。聞いた時は魔術師は怖がりが多いのかと呆れたが、呆れるような話じゃなかった。むごい扱いを受けて育ってきたからなんだ――バーストラテの不愛想もぶっきら棒も、なぜかけなに思えてくる。道端で人々に踏みつけられても、負けずに咲いた可憐な花のようじゃないか……

「サシーニャさまはここにいていいんだよとおっしゃいました。笑いたくもないのに無理に笑うことはないと微笑んでくれました。相手の顔を見て話せないなら、まずは口もとを見るようするといいと教えてくれ、バーストラテは醜くない、どこも穢れてないと言ってくださいました」
「うん……」

「食事は飢えを満たすもの、さっさと食べて召使の仕事に戻るよう生家では言われていたのに、よく噛んで味わうんだよと言ってくれ、食べる楽しみを教えてくれたんです……サシーニャさまはわたしにとって生きる指針、ただ一人頼れる人なんです」
「好きになっても仕方ないよね――ルリシアレヤが邪魔になっちゃった? サシーニャさまは自分のものだと思ったのかな?」
「まさか!」
バーストラテの声が大きくなる。

「そんなことは考えていません。サシーニャさまは、ルリシアレヤさまとお二人で会うようになってどんどん変わっていかれたんです。サシーニャさまを良く知らない人から見ると冷たさを感じる、それがサシーニャさまでした。でも、笑顔が増え、冗談を口にされるようになり、親しみやすくなっていかれたんです。急激な変化でした。でもきっと、気が付いた者は多くはないはずです。ルリシアレヤさまと密かに会っていると知っていたのはわたしとチュジャンエラさまくらいでしたから。このごろ筆頭さまは機嫌がいいとでも思っていたことでしょう――サシーニャさまはルリシアレヤさまを見ると、目を離して少ししてから必ず微笑まれていました。そのお顔が幸せそうで……ルリシアレヤさまはいつも明るく笑ってらっしゃいました。それがサシーニャさまを癒しているのだと思います。サシーニャさまにはルリシアレヤさまが必要なんです」

「キミ、本気でサシーニャさまが好きなんだね。でもさ、そのサシーニャさまはルリシアレヤが好きって、悲しくないの?」
「……なんでわたしではないのだろうと思ったこともあります」
バーストラテの声が小さくなる。

「でも身の程知らず、諦めるほかありません――実はバチルデアに来る前に魔術師を辞めたいとサシーニャさまに申し入れました。ルリシアレヤさまの耳にサシーニャさまの噂を入れないよう頼まれていたのに、わたしが噂を話したようなもの、もうお傍にいられないと思いました。それにわたし自身、サシーニャさまのお近くにいるのは辛いと感じていました」

「サシーニャさまはなんて?」
「バチルデアで静養し、これからどうしたいかじっくり考えて、気持ちが決まったら帰ってくるように言われました」
「うん? それで気持ちは決まってるんだ? 魔術師を辞めるの?」
「決めかねているうちにルリシアレヤさまが窮地に立たされ、フェニカリデにお連れする必要を感じお供しました。魔術師の塔に入れば、きっとサシーニャさまに気持ちが固まったか聞かれる……馬車の中でずっとどうするか考えていましたが、答えは出ませんでした。でも、塔に戻ってからチュジャンエラさまから聞いた話で心が決まりました」

「チュジャンエラさまはなんて?」
「チュジャンエラさまはリューデント王から聞いたそうです――リューデント王と二人きりの時、サシーニャさまが泣いたそうです。ルリシアレヤさまがバチルデアに発った夜の事だそうです」
「そうなんだ……」

「ルリシアレヤさまを失われた悲しみに泣いているんだろうと思っていたのに、少し落ち着いたサシーニャさまは『バーストラテが魔術師を辞めるって言い出した』とリューデントさまに言ったそうです」
「えっ?」
「自分から離れていってしまう、と声を震わせたそうです――お酒を召し上がられてたからかもしれません。でもそれを聞いた時、わたしの恋は成就した、そう感じました」
「ルリシアレヤではなく、本当はバーストラテを愛していた?」

「はい、わたしはサシーニャさまから愛されていました。それを始めて実感したんです。でもハルヒムンドさま、愛されていたけれど、サシーニャさまがわたしに恋をすることはないのも判ったんです。それにわたしも、恋していると思い込んでいただけなのかもしれないと思いました」
「でも、恋は成就したって言わなかった?」

「わたしは愛されたくてサシーニャさまに恋をしたんだと思いました。そして愛されていると知って、恋は終わったんです。満足したんです」
「満足かぁ……ねぇ、バーストラテ、恋ってなんだろうね?」

「難しい質問ですね。恋も愛も、本当のところよく判りません。わたしのサシーニャさまへの思いも恋と言い切っていい物なのか? もし恋ならば女性として見て欲しかったのだと思うのに、サシーニャさまのわたしへの愛は女性への愛とは違います。それでもわたしは嬉しくて幸せを感じました。矛盾していますか? してますよね」

「いや、俺には判らないよ。本人がどう思うかなんだろうね……でもさ、なんとなく判らないでもないんだ」
「と、仰いますと?」

「俺だってルリシアレヤが好きでさ。子どものころからだ。いつか嫁さんになって欲しいと思ってた。それなのに、サシーニャさまを恋しがるルリシアレヤを見てたら、なんとしてもサシーニャさまと一緒にしてやりたいって感じてた」
「ハルヒムンドさまはルリシアレヤさまを愛していらっしゃるんですね」
「愛なのかな?」
「違いますか?」
「どうなんだろう――ねぇ、バーストラテ。恋とか愛とかって言われるものがなんなのか、知りたいと思わない?」

 ハルヒムンドがバーストラテに微笑んだ。
「恋をしてみないか、バーストラテ? 俺と付き合ってくれ」
驚いた、ハルヒムンドの顔を――

 休養日を一日入れたリューデント王の国内視察第二行程は予定通りフェニカリデを発ち、南部平原ハプリクスから西に向かい、ガッシネに続く斜面を降りた。

 ハプリスクを通過するとき、サシーニャは何かと南、つまり海の方向を気にしていた。リューデントがどうかしたかと尋ねると、『海が見えないかなと思って』と返事があり、子どものようだなとリューデントを苦笑させた。始祖の王とイニャを偲んでいたのだが、バチルデアの神官たちとの約束で詳しく話せないサシーニャだ。

 ガッシネからキャッシズ、そこで一泊し、翌日にはボポトリスに足を延ばした。かつての軍人の街はすっかりさびれてしまい、人影もまばらでも多い。

「孤児収容施設用地の買収が楽にできそうです」
「買い取るって言ってやれば、持ち主も喜ぶんじゃないか?」

 収容施設が軌道に乗れば、街にも人が戻ってくるだろう。ましてカルダナ高原ダムからの水路建設が始まれば自然、工夫はこの街に住むようになる。

「水路よりも先にモリグレンの細道の整備をするとワダが言っていました」
サシーニャがカルダナ高原を見上げて言った。

「キャッシズから物資を運ぶのは限度がある。まずは物流だと」
「猛獣狩りが先か……楽しそうだな」
無責任に笑うリューデント、苦笑しながらも『王はそれくらいでいい』とサシーニャは思っていた。

 ボポトリスで視察は終わりだ。私領以外のグランデジア国内を総舐めにしたことになる。来た道を戻り、ガッシネから山を登り南部平原に戻る。ここから往路とは別の道を行き、サシーニャが領有するジェラーテンに向かった。

 窓の外に広がる景色をサシーニャが説明する。
「樹脂張りの低い建物の中は果物畑になっています」
「畑? 床がないということか?」
「はい、四方を囲み屋根があるだけ……温度調整が可能で、寒さに弱い植物でも栽培できます。屋根がある分、散水の手間はありますが――低木の多くは桑の木マルベリ、蚕の餌になる葉が採れます」
「俺に蚕の蛹コクポップ飴を食わせるなよ?」
「あれ? スイテアさまからお好きだと聞いていたのですが……まぁ、判りました」
心の中で舌を出すサシーニャだ。

 やがて道の先に一風変わった建屋が見えてくる。
「あれが絹の館サラセイダ、ジェラーテンの領主館です。祖父が故郷の建物に似せて作ったと聞いています」

 直線的な形の建物は白い外壁に窓や扉はくすんだ明るい青だ。
「屋根は青なのか? 道の上り下りで僅かに見えているようだが?」
リューデントの問いに頷いて、
「空と同じ色にするのがの地の主流なのだそうです」
とサシーニャが答えた。

「ほう、なるほど……美しい建物だな、一見の価値はある」
絹の館サラセイダ雛型にデザインした壁飾りやテーブル敷きなどが土産物としてよく売れると、差配が言っていました」
「そう言えばバチルデアの王女たちを案内する場所がないと悩んだことがあったな。今度誰かを観光させなくてはならなくなったら、この館を入れてはどうだ?」
「個人の館を見せるのはいかがなものでしょう?」
明白あからさまに不機嫌になったサシーニャ、館を見世物にされるのが不快だったのか、それとも〝バチルデア王女〟が気に障ったのか? 判断つかないままリューデントも黙る。ちょうど館の前に馬車が停まったところだった。

 館の前でお仕着せの召使十人ほどに出迎えられ館の中に入った。
「召使は女だけか?」
「王をお迎えするため臨時で雇い入れた者で、食事と清掃だけですから……ジェラーテンの農民です、無礼があるかもしれませんがお許しください」

 館の床はよく磨かれた板敷き、壁は外壁と同じ白、置かれた調度はすべて木製で四角く、彫刻などはない代わりに金具は凝った意匠デザインの物が使われている。
「こちらがリューデントの部屋となります。足りないものがあればお申しつけください。手持ちにあるものならすぐにお運びいたします――夕食は広間に用意いたしますので、準備ができたらお迎えに参ります」

「護衛の者たちは?」
「部屋に通すよう召使に言いつけてありますのでご安心を。食事は広間に、テーブルは別ですが一緒に摂ることにしております」
「食事には蚕の蛹コクポップは出ないな?」
「心得てます。取り立てて珍しい物はありませんが桑の葉マルベリ料理はお出しします」
コクの気分が味わえそうだな」

 リューデントの案内を終えてサシーニャが向かったのは召使部屋だ。召使頭を呼んで密かに訊ねている。
「カルゲリア、女はどうしている?」
「それがサシーニャさま……」
泣き出しそうな顔でカルゲリアが訴えた。
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