1 / 2
第1章 没落令嬢エミーユ
【1-1】突然の退学
しおりを挟む
午後の講義が終わり、寄宿舎へ帰ろうと中庭の回廊を歩いていた時。
「エミーユ・ブールジュ。学長室に行きなさい」
背中に教師の一人である、ハーバー神父の声が掛かった。
私の通う学校は教皇領ジャックベルにある。教師はみんな神父で、学長は枢機卿のカンタベル様。
「あっ、はい。分かりました」
そう返事はしたものの、どうして学長室に呼ばれたのかは分からなかった。処罰を受けるような事は何もしていない。もちろん褒賞を受けるような事も何もない。
回廊を戻り、中庭の春楡を見下ろしながら階段を上がる。
——コンコン。人差し指と中指の節で扉をノックする。
「……入りたまえ」
ドア越しに聞こえた学長の声にゆっくりと扉を開ける。
「……カンタベル様。お呼びでしょうか?」
「エミーユ・ブールジュよ。顔を上げなさい」
目上の者に対しては、許可が下りるまで顔を上げてはいけない。それがマナーだと言ったお母様の教えを守り、学長の許可を得て顔を上げる。
「えっ?」
小さな声が漏れる。カンタベル様と向かい合って腰を下ろしていたのは、ドグウェルだった。屋敷に——ブールジュ家に執事として仕えるドグウェルがどうしてこんな所にいるんだろう。
「……エミーユ・ブールジュよ。君は本日付けで我が校を退学となる。速やかに荷物をまとめて出て行きなさい」
——退学? 咄嗟にはその言葉の意味を理解できない。
「……退学……ですか?」
「そうだ。詳しい話はこのドグウェル氏から聞きなさい」
「……では、エミーユ。参りましょう」
ドグウェルが立ち上がり退室を促す。突然の事に私の頭は混乱していた。だけど学長室のドアを抜けたドグウェルに、続かない訳にはいかない。
「ドグウェルさん。あの……」
階段を降り、中庭に戻ったところで重い口を開く。
「……春楡の赤紫色の花が可愛いらしいですね」
ドグウェルの目はただ春楡をとらえているだけだった。何があったかは分からない。だけど学校にドグウェルが迎えにくるなんて、只事でないことは分かる。お父様に——お母様に——何かあったんだろうか。
「……ドグウェルさん。何があったんですか? お父様は? お母様は?」
「お話は屋敷に戻る途中でさせていただきます。今は荷物をまとめましょう」
そう言って、ドグウェルは寄宿舎への回廊を歩き出した。
寄宿舎の部屋に戻り荷物を鞄に詰める。荷物をまとめると言っても、何をどうすればいいのか分からない。
「……とりあえず必要最低限の衣類を。あまり時間もないので急ぎましょう」
何故、急かされているのかは分からなかった。だけど今は自分の意志は持てず、ただ従う事しかできない。身の回りの衣類を詰め終わる。——その時。拡げた鞄に一粒涙が落ちた。
「……エミーユ」
涙の理由は自分でも分からない。突然、この学校を去ることになったのが寂しいのか。それともお父様とお母様の身を案じての不安からなのか。ただ今は頭の上に降りてきた、ドグウェルの手に委ねる事しかできない。
「……お待たせしました。行きましょう」
一粒涙を流しただけで、私の心は持ち直した。ドグウェルの手が温かく優しかった事も要因の一つでもある。でもお父様とお母様の身に私が悲しむような事が起こったのなら、ドグウェルにとっても悲しみを呼ぶ事に違いない。——気丈に。そう気丈に振る舞う事。私は自分に言い聞かせた。
「ええ。行きましょう」
そう言って、私が詰めた鞄をドグウェルが持ち上げた。四年も暮らした部屋なのだから愛着はある。だけどもしここで振り返ったら私の涙は一粒では済まないだろう。——気丈に。そう気丈に。自分を奮い立たせなければいけない。
幼い頃から教えられてきた。ブールジュ家の人間はどんな時も気丈に振る舞い、尊厳を貫きなさいと。悲しいからと言って泣いてはいけない。辛いからと言って投げ出してはいけない。それが領主たる者だと教えられてきた。
「エミーユ・ブールジュ。学長室に行きなさい」
背中に教師の一人である、ハーバー神父の声が掛かった。
私の通う学校は教皇領ジャックベルにある。教師はみんな神父で、学長は枢機卿のカンタベル様。
「あっ、はい。分かりました」
そう返事はしたものの、どうして学長室に呼ばれたのかは分からなかった。処罰を受けるような事は何もしていない。もちろん褒賞を受けるような事も何もない。
回廊を戻り、中庭の春楡を見下ろしながら階段を上がる。
——コンコン。人差し指と中指の節で扉をノックする。
「……入りたまえ」
ドア越しに聞こえた学長の声にゆっくりと扉を開ける。
「……カンタベル様。お呼びでしょうか?」
「エミーユ・ブールジュよ。顔を上げなさい」
目上の者に対しては、許可が下りるまで顔を上げてはいけない。それがマナーだと言ったお母様の教えを守り、学長の許可を得て顔を上げる。
「えっ?」
小さな声が漏れる。カンタベル様と向かい合って腰を下ろしていたのは、ドグウェルだった。屋敷に——ブールジュ家に執事として仕えるドグウェルがどうしてこんな所にいるんだろう。
「……エミーユ・ブールジュよ。君は本日付けで我が校を退学となる。速やかに荷物をまとめて出て行きなさい」
——退学? 咄嗟にはその言葉の意味を理解できない。
「……退学……ですか?」
「そうだ。詳しい話はこのドグウェル氏から聞きなさい」
「……では、エミーユ。参りましょう」
ドグウェルが立ち上がり退室を促す。突然の事に私の頭は混乱していた。だけど学長室のドアを抜けたドグウェルに、続かない訳にはいかない。
「ドグウェルさん。あの……」
階段を降り、中庭に戻ったところで重い口を開く。
「……春楡の赤紫色の花が可愛いらしいですね」
ドグウェルの目はただ春楡をとらえているだけだった。何があったかは分からない。だけど学校にドグウェルが迎えにくるなんて、只事でないことは分かる。お父様に——お母様に——何かあったんだろうか。
「……ドグウェルさん。何があったんですか? お父様は? お母様は?」
「お話は屋敷に戻る途中でさせていただきます。今は荷物をまとめましょう」
そう言って、ドグウェルは寄宿舎への回廊を歩き出した。
寄宿舎の部屋に戻り荷物を鞄に詰める。荷物をまとめると言っても、何をどうすればいいのか分からない。
「……とりあえず必要最低限の衣類を。あまり時間もないので急ぎましょう」
何故、急かされているのかは分からなかった。だけど今は自分の意志は持てず、ただ従う事しかできない。身の回りの衣類を詰め終わる。——その時。拡げた鞄に一粒涙が落ちた。
「……エミーユ」
涙の理由は自分でも分からない。突然、この学校を去ることになったのが寂しいのか。それともお父様とお母様の身を案じての不安からなのか。ただ今は頭の上に降りてきた、ドグウェルの手に委ねる事しかできない。
「……お待たせしました。行きましょう」
一粒涙を流しただけで、私の心は持ち直した。ドグウェルの手が温かく優しかった事も要因の一つでもある。でもお父様とお母様の身に私が悲しむような事が起こったのなら、ドグウェルにとっても悲しみを呼ぶ事に違いない。——気丈に。そう気丈に振る舞う事。私は自分に言い聞かせた。
「ええ。行きましょう」
そう言って、私が詰めた鞄をドグウェルが持ち上げた。四年も暮らした部屋なのだから愛着はある。だけどもしここで振り返ったら私の涙は一粒では済まないだろう。——気丈に。そう気丈に。自分を奮い立たせなければいけない。
幼い頃から教えられてきた。ブールジュ家の人間はどんな時も気丈に振る舞い、尊厳を貫きなさいと。悲しいからと言って泣いてはいけない。辛いからと言って投げ出してはいけない。それが領主たる者だと教えられてきた。
10
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
実家を没落させられ恋人も奪われたので呪っていたのですが、記憶喪失になって呪わなくなった途端、相手が自滅していきました
麻宮デコ@SS短編
恋愛
「どうぞ、あの人たちに罰を与えてください。この身はどうなっても構いません」
ラルド侯爵家のドリィに自分の婚約者フィンセントを奪われ、実家すらも没落においやられてしまった伯爵家令嬢のシャナ。
毎日のように呪っていたところ、ラルド家の馬車が起こした事故に巻き込まれて記憶を失ってしまった。
しかし恨んでいる事実を忘れてしまったため、抵抗なく相手の懐に入りこむことができてしまい、そして別に恨みを晴らそうと思っているわけでもないのに、なぜか呪っていた相手たちは勝手に自滅していってしまうことになっていった。
全6話
その言葉、今さらですか?あなたが落ちぶれても、もう助けてあげる理由はありません
有賀冬馬
恋愛
「君は、地味すぎるんだ」――そう言って、辺境伯子息の婚約者はわたしを捨てた。
彼が選んだのは、華やかで社交界の華と謳われる侯爵令嬢。
絶望の淵にいたわたしは、道で倒れていた旅人を助ける。
彼の正体は、なんと隣国の皇帝だった。
「君の優しさに心を奪われた」優しく微笑む彼に求婚され、わたしは皇妃として新たな人生を歩み始める。
一方、元婚約者は選んだ姫に裏切られ、すべてを失う。
助けを乞う彼に、わたしは冷たく言い放つ。
「あなたを助ける義理はありません」。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる