26 / 44
Chapter 4 『友だちのうちはどこ?』
07
しおりを挟む
——享だった。
永井から送られた何枚もの画像。永井のスマホの待受けになっていた画像。そんな何枚かの画像を頭の中に浮かべ、いま目の前にある画像を並べてみても、同一人物である事は一目で分かる。
「まさか」
言葉を失った永井に代わって口を開いたのは君生だった。その隣で驚嘆の声が漏れないようにと直樹は必死に口を押えている。
「どう言う事でしょうか? 二〇二四年十一月二十三日と言う日付をすぐに指差されたので驚きましたが。まさか、河野さん殺害のあの事件に高幡が関わっているとでも? だからこうして訪ねていらっしゃったんですか? 申し上げた通り金曜日はセマーの日です。高幡は私とずっと一緒におりました」
蔵前の穏やかだった口調が一変した。明らかに怒りを含んでいる声。ルーミーである高幡を擁護するのは自分だと言う強い意志が見える。だが蔵前の発想は間違った方へ向いている。こんなふうに押し掛けた事で誤解を持たせてしまった。
「いえ、違うんです」
何から誤解を解けばいいのかと一拍置いた時。それ以上明確な回答はないだろうと思える一言が永井の口から漏れた。
「息子です」
口を押えたままの直樹の横で君生が頭を抱え込む。突き付けられた事実に永井への労いも蔵前への言い訳も何一つ見つけられないのだろう。だがそれは君生だけではない。永井の肩にそっと手を置いてみたが、何一つ掛ける言葉は見つからない。
「高幡の現世でのお父様だと言う事ですか? ですが、高幡は現世を断ち切り今はこのワーリン・ダーヴィッシュにおります。お気持ちはお察し致しますが、今はどうする事も出来ません。今の高幡は現世での記憶を持ち合わせておりません。それにもし今お会いになってもお互いが傷付くだけだと思います。少し私に時間を頂けませんか? 高幡の記憶障害が回復に向かうまでどうかお願いします」
永井が息子である享を求めているように、蔵前もルーミーである高幡を求めている事。それにそんな高幡の事を第一に考えている事は十二分に伝わる。
「永井さん。とりあえず享君の居場所は分かったんだ。少し待ちましょうよ。記憶に障害を持ったままの享君に会っても永井さんが辛くなるだけです」
「お願いします」
蔵前の声は懇願し続けた永井のものと同じ色だった。肩に置いた手を滑らせ永井の背中を二度叩く。本当に永井の気持ちに寄り添うのなら、どんな言葉を発すればいいのか、その答えはまだ見つけられない。
「永井さん。とりあえず良かったじゃないですか。例え記憶障害であろうがここに享さんがいるって分かったんだし。変な言い方ですけど、死んでいなかったんです。生きていたんです。永井さんの中にもそんな不安が少しはあったと思いますよ。でもそんな不安は拭えたんだから、とりあえず良かったですよ」
君生の言葉は的を得ているようにも思えた。ただそれは刑事と言う職業の人間の言葉であって、永井に寄り添えたものかどうかは疑問が残る。そんな中、直樹は黙ったままだ。チューリップを挟んで仲良く撮影会をしていたとは言え、今日初めて会った人間だ。最初は同じように衝撃を受けた顔をしていたが、誰よりも早く落ち着きを取り戻している。そんな直樹が回り込んだ蔵前の後ろで何度もノート型パソコンの画面を指差す。
「何だ? どうしたんだ?」
永井とのやり取りの中、蔵前はいつの間にか享の画像を閉じていた。永井享だった高幡颯斗を目に納め続ける事に苦痛を感じたのか、その意図は分からないが、画面は日付の羅列へと戻っていた。そんな日付の羅列を指差したまま、直樹が甲高い声を上げる。とんでもない物を見つけてしまった時に出るあの声だ。
「だって、二〇〇八年の二月十四日が!」
その日付に思い出す物は君生がコピーして持ち帰って来たあの記録だ。
「前ルーミーの前城です。二〇〇ハ年二月十四日。その日は前城にとって、現世での最後の日でした」
「と、言う事はこれが前城の写真なんですね。お願いします。見せて下さい」
ホモ狩りの主犯格。前城に持つイメージなんてただそれだけだ。鳴子の店で働いていたと聞かされても、ホモ狩りと言う言葉の破壊力には及ばなかった。
「あいつらの話は本当だったんだな」
もう享の事は決着したのだろうか。いやそんな簡単に蹴りが着くはずはない。だが永井だって刑事だ。一瞬にして刑事のものに戻った目。その目を気にしながらも、蔵前が何も言わずクリックした画像が開くのを待つ。
その時——。
衝撃と言うものにも度合いがある事を初めて知った。確かに享の画像が映し出された時、途轍もない衝撃を受けたが、永井の言動から少なからず予測出来た事だった。身構えていた分、受け止めた衝撃の数パーセントは和らげる事が出来たはずだ。それなのにたったの一パーセントも緩和されず、ストレートに受けたパンチの威力は計り知れない。脳がぐらつく。そんな不安定な脳に描かれるのは、夕焼けの海を背にした二人の若い男の写真だ。
——成田和弥。
十七年前の失踪事件。確実な手掛かりを何一つ掴めないまま、依頼人への報告も怠っていた。そんな成田和弥が降って湧いたように目の前に現れたのだ。だがどうして前城一樹なんだ? 今野、高橋、河野の殺害事件。前城には何らかの関係はあると睨んではいたが、どうしてその前城一樹が成田和弥となって現れるんだ?
「この方が先日亡くなられた、前城一樹氏なんですね」
「ええ、そうですよ。現世での最後の写真なのでかなり若い時ではありますが」
「死因は何だったんですか?」
君生は既に消化できたのだろうか。突然降って湧いてきた成田和弥だ。その成田の死因を気にする事が出来るなんて。いやそんなに簡単に消化できるはずはない。いま口にしたその声も少なからず震えていたじゃないか。
「死因ですか? 表向きは急性心臓死です。去年の秋、心筋梗塞で倒れ、一度は持ち直したんですが」
「表向きは?」
何気ない一言だったのかもしれないが、その一言がやけに気になる。
「その様に公表していると言う事です」
「では実際のところ死因は別に?」
「死因と言うものは科学的な根拠ですよね? 私共には科学的に証明できない事も多々ありますので」
毅然とした蔵前の態度に表向きの死因を丸呑みするしか出来ない。
——君生は?
自身が投げた質問のその答えに納得がいったのだろうか? 蔵前を逆撫でするような発言をしなければいいが。ふと見やった君生にそんな心配は余計だと教えられるが、また別の切り口で蔵前を逆撫でし始める。
「蔵前さんにはこれから色々とご協力頂く事になると思います」
「どう言う事でしょうか? 警察からの要請でしたら、もちろん協力はさせて頂きます。ですが何度も申し上げていますが、私共にも規定と言うものがあります。その規定に反してまでの協力は致しかねます」
前城一樹が成田和弥だった事に君生も何かを確信したのだろう。十七年前の失踪事件には確かにこのワーリン・ダーヴィッシュと言う団体が絡んでいた。そうであれば連続殺人にも大きく関わっていると。ただ関わっているだけではなく、ここに真実があると嗅覚に教えられたのかもしれない。
十七年前、小峰遼と成田和弥は、新宿二丁目でホモ狩りに遭い逃走した。その逃走の途中、小峰は靖国通りに架かる歩道橋から転落死した。そして一緒にいたはずの成田は歩道橋から忽然と姿を消した。そんな成田は十七年後、このワーリン・ダーヴィッシュの代表、前城一樹として死亡していた。
小峰と成田を襲ったホモ狩り犯は四人。四人のうち三人は二週に渡り、新宿二丁目で死体となって発見された。死体となり発見された河野太一は、生前このワーリン・ダーヴィッシュの代表、前城に取材をしていた。河野太一と前城一樹は顔見知りであった。それは蔵前も証明するところだ。
——ホモ狩り犯。
その四人のうちの二人なんだから、顔見知りで合って当然だ。違う。いま画像を見せられたじゃないか。前城一樹は成田和弥だった。それでは前城は? パーキングの防犯カメラに映らなかった前城はあの白装束の男達のバスに乗り込んだはずだ。
「二〇〇ハ年二月十四日。蔵前さん。他にこの日が現世での最後だった者の画像はありませんか?」
「ありませんが、それが何か?」
「どうして即答できるんですか。ここにこんなに日付が並んでいるじゃないですか」
「ありません。このファイルを今管理しているのは私です。ここにある物は私を含めた八十四名とルーミーであった前城と高幡のものだけです。肉体が滅びた時、現世に通ずるものを全て消滅させないと、私達は神に近付けないと考えています。それが私達の教えです」
「分かりました。それでは亡くなった者の写真は現世を消滅させるためにここにはないと言う事ですね」
「そうです」
「それでは何故、亡くなった前城の写真はあるのですか?」
「それは……」
一瞬蔵前は言葉を詰まらせたが、すぐにその答えを提示した。
「ルーミーとなる者は現世を断ち切らなくても自らの力で神に近付けると言う事です」
——ルーミー。
何て都合のいい言葉なんだ。その一言で全てが罷り通ってしまう。
「一つ聞いていいですか?」
お口チャックにも限界がきたのか。直樹が身を乗り出す。君生や永井に比べれば、幾ら衝撃を受けたと言っても、一番に立ち直れる立場だ。事件の解決を急ぐ刑事でも、探し求めた息子に会えない父親でもない。もし俯瞰で見る事が出来ているなら、何かに気付けた可能性はある。
「こちらには蔵前さんとルーミーを含めた八十四人がいると仰っていましたよね? でもここにある写真は蔵前さん含めた八十四人と前城氏、高幡氏のものだって」
「ええ、そうですが」
「これカウントが八十六なんです。蔵前さんと高幡氏を含めた八十四人に前城氏で八十五人じゃないんですか?」
確かにその不明な一人が前城一樹だとも考えられる。このまま直樹に任せておけば何かが分かるかもしれない。ふと浮かんだそんな妙案だったが、蔵前の説明にあっさりと蹴散らされる。
「私の説明不足でしたね。確かに私とルーミーである高幡を含め八十四人。それに前ルーミーであった前城とで八十五人です。ただ前城の前のルーミーだった高幡宗一郎を含めて八十六になります」
「高幡宗一郎氏? 初代ルーミーも高幡氏だったんですね」
「このジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを創設したのが高幡宗一郎です」
答えを得た直樹の顔は清々しいものだった。だがそんな直樹に向かう蔵前にも清々しさが窺える。更にその表情には自信も溢れている。高幡宗一郎と言う人物がどれ程偉大だったかを教えられるが、今は高幡まで遡る必要はない。何を置いても前城一樹だ。
「蔵前さん。どうして息子が今は高幡颯斗なんて名乗るようになったんですか? その高幡宗一郎って人と何か関係があるんですか?」
切実な親の顔に戻った永井が真っ先に口を開く。永井には申し訳ないが、今はその答えよりも前城一樹だ。
「そうですよね。享さんが高幡颯斗になったり、成田和弥が前城一樹になったり。俺全然話についていけてないんですけど」
君生の口がほんの少しだけ尖ったように見えた。いつもは可愛いとも思わないそんな表情だが今は愛おしくも思える。確かに君生の言う通りだ。享が高幡颯斗になり、成田が前城一樹になった理由は同じ所にある。
「蔵前さん、どうしてなんですか? 蔵前さんなら勿論ご存じですよね?」
「ええ、勿論。ですが私共の教えの話になります。そんなに簡単に理解頂けるとは思えませんので、お話したところで」
「お願いします。享の事なら何だって構わない。どんな話だって理解するよう努めます。いえ、理解します。なのでお願いします」
「そうですね。私はルーミーの記憶として、現世でのお父様だった永井さんにはお話しなければならない立場なのかもしれません」
今日一日でどれだけ永井に助けられた事だろうか。永井がいなければ、享と成田和弥に辿り着く事はなかった。それに蔵前が語り出す事もなかっただろう。だがそんな蔵前の話にこれほど掻き乱されるとは思いもしなかった。
——ワーリン・ダーヴィッシュ。
それはやはり不条理な世界なのかもしれない。逆を言えば彼らにとってはこの世界こそ不条理そのものなのだ。あの映画の少年の目を通した大人達の世界のように。
Chapter 4 『友だちのうちはどこ?』 終
永井から送られた何枚もの画像。永井のスマホの待受けになっていた画像。そんな何枚かの画像を頭の中に浮かべ、いま目の前にある画像を並べてみても、同一人物である事は一目で分かる。
「まさか」
言葉を失った永井に代わって口を開いたのは君生だった。その隣で驚嘆の声が漏れないようにと直樹は必死に口を押えている。
「どう言う事でしょうか? 二〇二四年十一月二十三日と言う日付をすぐに指差されたので驚きましたが。まさか、河野さん殺害のあの事件に高幡が関わっているとでも? だからこうして訪ねていらっしゃったんですか? 申し上げた通り金曜日はセマーの日です。高幡は私とずっと一緒におりました」
蔵前の穏やかだった口調が一変した。明らかに怒りを含んでいる声。ルーミーである高幡を擁護するのは自分だと言う強い意志が見える。だが蔵前の発想は間違った方へ向いている。こんなふうに押し掛けた事で誤解を持たせてしまった。
「いえ、違うんです」
何から誤解を解けばいいのかと一拍置いた時。それ以上明確な回答はないだろうと思える一言が永井の口から漏れた。
「息子です」
口を押えたままの直樹の横で君生が頭を抱え込む。突き付けられた事実に永井への労いも蔵前への言い訳も何一つ見つけられないのだろう。だがそれは君生だけではない。永井の肩にそっと手を置いてみたが、何一つ掛ける言葉は見つからない。
「高幡の現世でのお父様だと言う事ですか? ですが、高幡は現世を断ち切り今はこのワーリン・ダーヴィッシュにおります。お気持ちはお察し致しますが、今はどうする事も出来ません。今の高幡は現世での記憶を持ち合わせておりません。それにもし今お会いになってもお互いが傷付くだけだと思います。少し私に時間を頂けませんか? 高幡の記憶障害が回復に向かうまでどうかお願いします」
永井が息子である享を求めているように、蔵前もルーミーである高幡を求めている事。それにそんな高幡の事を第一に考えている事は十二分に伝わる。
「永井さん。とりあえず享君の居場所は分かったんだ。少し待ちましょうよ。記憶に障害を持ったままの享君に会っても永井さんが辛くなるだけです」
「お願いします」
蔵前の声は懇願し続けた永井のものと同じ色だった。肩に置いた手を滑らせ永井の背中を二度叩く。本当に永井の気持ちに寄り添うのなら、どんな言葉を発すればいいのか、その答えはまだ見つけられない。
「永井さん。とりあえず良かったじゃないですか。例え記憶障害であろうがここに享さんがいるって分かったんだし。変な言い方ですけど、死んでいなかったんです。生きていたんです。永井さんの中にもそんな不安が少しはあったと思いますよ。でもそんな不安は拭えたんだから、とりあえず良かったですよ」
君生の言葉は的を得ているようにも思えた。ただそれは刑事と言う職業の人間の言葉であって、永井に寄り添えたものかどうかは疑問が残る。そんな中、直樹は黙ったままだ。チューリップを挟んで仲良く撮影会をしていたとは言え、今日初めて会った人間だ。最初は同じように衝撃を受けた顔をしていたが、誰よりも早く落ち着きを取り戻している。そんな直樹が回り込んだ蔵前の後ろで何度もノート型パソコンの画面を指差す。
「何だ? どうしたんだ?」
永井とのやり取りの中、蔵前はいつの間にか享の画像を閉じていた。永井享だった高幡颯斗を目に納め続ける事に苦痛を感じたのか、その意図は分からないが、画面は日付の羅列へと戻っていた。そんな日付の羅列を指差したまま、直樹が甲高い声を上げる。とんでもない物を見つけてしまった時に出るあの声だ。
「だって、二〇〇八年の二月十四日が!」
その日付に思い出す物は君生がコピーして持ち帰って来たあの記録だ。
「前ルーミーの前城です。二〇〇ハ年二月十四日。その日は前城にとって、現世での最後の日でした」
「と、言う事はこれが前城の写真なんですね。お願いします。見せて下さい」
ホモ狩りの主犯格。前城に持つイメージなんてただそれだけだ。鳴子の店で働いていたと聞かされても、ホモ狩りと言う言葉の破壊力には及ばなかった。
「あいつらの話は本当だったんだな」
もう享の事は決着したのだろうか。いやそんな簡単に蹴りが着くはずはない。だが永井だって刑事だ。一瞬にして刑事のものに戻った目。その目を気にしながらも、蔵前が何も言わずクリックした画像が開くのを待つ。
その時——。
衝撃と言うものにも度合いがある事を初めて知った。確かに享の画像が映し出された時、途轍もない衝撃を受けたが、永井の言動から少なからず予測出来た事だった。身構えていた分、受け止めた衝撃の数パーセントは和らげる事が出来たはずだ。それなのにたったの一パーセントも緩和されず、ストレートに受けたパンチの威力は計り知れない。脳がぐらつく。そんな不安定な脳に描かれるのは、夕焼けの海を背にした二人の若い男の写真だ。
——成田和弥。
十七年前の失踪事件。確実な手掛かりを何一つ掴めないまま、依頼人への報告も怠っていた。そんな成田和弥が降って湧いたように目の前に現れたのだ。だがどうして前城一樹なんだ? 今野、高橋、河野の殺害事件。前城には何らかの関係はあると睨んではいたが、どうしてその前城一樹が成田和弥となって現れるんだ?
「この方が先日亡くなられた、前城一樹氏なんですね」
「ええ、そうですよ。現世での最後の写真なのでかなり若い時ではありますが」
「死因は何だったんですか?」
君生は既に消化できたのだろうか。突然降って湧いてきた成田和弥だ。その成田の死因を気にする事が出来るなんて。いやそんなに簡単に消化できるはずはない。いま口にしたその声も少なからず震えていたじゃないか。
「死因ですか? 表向きは急性心臓死です。去年の秋、心筋梗塞で倒れ、一度は持ち直したんですが」
「表向きは?」
何気ない一言だったのかもしれないが、その一言がやけに気になる。
「その様に公表していると言う事です」
「では実際のところ死因は別に?」
「死因と言うものは科学的な根拠ですよね? 私共には科学的に証明できない事も多々ありますので」
毅然とした蔵前の態度に表向きの死因を丸呑みするしか出来ない。
——君生は?
自身が投げた質問のその答えに納得がいったのだろうか? 蔵前を逆撫でするような発言をしなければいいが。ふと見やった君生にそんな心配は余計だと教えられるが、また別の切り口で蔵前を逆撫でし始める。
「蔵前さんにはこれから色々とご協力頂く事になると思います」
「どう言う事でしょうか? 警察からの要請でしたら、もちろん協力はさせて頂きます。ですが何度も申し上げていますが、私共にも規定と言うものがあります。その規定に反してまでの協力は致しかねます」
前城一樹が成田和弥だった事に君生も何かを確信したのだろう。十七年前の失踪事件には確かにこのワーリン・ダーヴィッシュと言う団体が絡んでいた。そうであれば連続殺人にも大きく関わっていると。ただ関わっているだけではなく、ここに真実があると嗅覚に教えられたのかもしれない。
十七年前、小峰遼と成田和弥は、新宿二丁目でホモ狩りに遭い逃走した。その逃走の途中、小峰は靖国通りに架かる歩道橋から転落死した。そして一緒にいたはずの成田は歩道橋から忽然と姿を消した。そんな成田は十七年後、このワーリン・ダーヴィッシュの代表、前城一樹として死亡していた。
小峰と成田を襲ったホモ狩り犯は四人。四人のうち三人は二週に渡り、新宿二丁目で死体となって発見された。死体となり発見された河野太一は、生前このワーリン・ダーヴィッシュの代表、前城に取材をしていた。河野太一と前城一樹は顔見知りであった。それは蔵前も証明するところだ。
——ホモ狩り犯。
その四人のうちの二人なんだから、顔見知りで合って当然だ。違う。いま画像を見せられたじゃないか。前城一樹は成田和弥だった。それでは前城は? パーキングの防犯カメラに映らなかった前城はあの白装束の男達のバスに乗り込んだはずだ。
「二〇〇ハ年二月十四日。蔵前さん。他にこの日が現世での最後だった者の画像はありませんか?」
「ありませんが、それが何か?」
「どうして即答できるんですか。ここにこんなに日付が並んでいるじゃないですか」
「ありません。このファイルを今管理しているのは私です。ここにある物は私を含めた八十四名とルーミーであった前城と高幡のものだけです。肉体が滅びた時、現世に通ずるものを全て消滅させないと、私達は神に近付けないと考えています。それが私達の教えです」
「分かりました。それでは亡くなった者の写真は現世を消滅させるためにここにはないと言う事ですね」
「そうです」
「それでは何故、亡くなった前城の写真はあるのですか?」
「それは……」
一瞬蔵前は言葉を詰まらせたが、すぐにその答えを提示した。
「ルーミーとなる者は現世を断ち切らなくても自らの力で神に近付けると言う事です」
——ルーミー。
何て都合のいい言葉なんだ。その一言で全てが罷り通ってしまう。
「一つ聞いていいですか?」
お口チャックにも限界がきたのか。直樹が身を乗り出す。君生や永井に比べれば、幾ら衝撃を受けたと言っても、一番に立ち直れる立場だ。事件の解決を急ぐ刑事でも、探し求めた息子に会えない父親でもない。もし俯瞰で見る事が出来ているなら、何かに気付けた可能性はある。
「こちらには蔵前さんとルーミーを含めた八十四人がいると仰っていましたよね? でもここにある写真は蔵前さん含めた八十四人と前城氏、高幡氏のものだって」
「ええ、そうですが」
「これカウントが八十六なんです。蔵前さんと高幡氏を含めた八十四人に前城氏で八十五人じゃないんですか?」
確かにその不明な一人が前城一樹だとも考えられる。このまま直樹に任せておけば何かが分かるかもしれない。ふと浮かんだそんな妙案だったが、蔵前の説明にあっさりと蹴散らされる。
「私の説明不足でしたね。確かに私とルーミーである高幡を含め八十四人。それに前ルーミーであった前城とで八十五人です。ただ前城の前のルーミーだった高幡宗一郎を含めて八十六になります」
「高幡宗一郎氏? 初代ルーミーも高幡氏だったんですね」
「このジャパン・ワーリン・ダーヴィッシュを創設したのが高幡宗一郎です」
答えを得た直樹の顔は清々しいものだった。だがそんな直樹に向かう蔵前にも清々しさが窺える。更にその表情には自信も溢れている。高幡宗一郎と言う人物がどれ程偉大だったかを教えられるが、今は高幡まで遡る必要はない。何を置いても前城一樹だ。
「蔵前さん。どうして息子が今は高幡颯斗なんて名乗るようになったんですか? その高幡宗一郎って人と何か関係があるんですか?」
切実な親の顔に戻った永井が真っ先に口を開く。永井には申し訳ないが、今はその答えよりも前城一樹だ。
「そうですよね。享さんが高幡颯斗になったり、成田和弥が前城一樹になったり。俺全然話についていけてないんですけど」
君生の口がほんの少しだけ尖ったように見えた。いつもは可愛いとも思わないそんな表情だが今は愛おしくも思える。確かに君生の言う通りだ。享が高幡颯斗になり、成田が前城一樹になった理由は同じ所にある。
「蔵前さん、どうしてなんですか? 蔵前さんなら勿論ご存じですよね?」
「ええ、勿論。ですが私共の教えの話になります。そんなに簡単に理解頂けるとは思えませんので、お話したところで」
「お願いします。享の事なら何だって構わない。どんな話だって理解するよう努めます。いえ、理解します。なのでお願いします」
「そうですね。私はルーミーの記憶として、現世でのお父様だった永井さんにはお話しなければならない立場なのかもしれません」
今日一日でどれだけ永井に助けられた事だろうか。永井がいなければ、享と成田和弥に辿り着く事はなかった。それに蔵前が語り出す事もなかっただろう。だがそんな蔵前の話にこれほど掻き乱されるとは思いもしなかった。
——ワーリン・ダーヴィッシュ。
それはやはり不条理な世界なのかもしれない。逆を言えば彼らにとってはこの世界こそ不条理そのものなのだ。あの映画の少年の目を通した大人達の世界のように。
Chapter 4 『友だちのうちはどこ?』 終
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる