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第八章 バルトロマイ Bartholomaeus

Ⅲ・8月2日

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 朝だと言うのに、課長と言い争う晃平がいた。

 だらしなくソファに寝そべる姿が、板に付いていたが、捜査本部が置かれ、署内の雰囲気が緊張したものになってから、晃平の態度も少し改まったように思える。

「晃平さん、何を揉めていたんですか? 課長と何かあったんですか?」

「昨日だよ、昨日。俺は夜遅くまで働いたのに、それがどうしたって。昨日遅くまで働いたからその分、今日は早く帰るって言ったら、普段何もしていないんだからトントンだって、あの狸親父たぬきおやじめ! くそっ!」

「まあまあ、普段が普段ですからね。それで夜遅くまで何をしていたんですか?」

 珍しい晃平の姿に興味が湧いてきた。晃平は課長への怒りで、まだ顔を赤くしている。その怒りをしずめるためではなく、ただ単に興味である。

「電話だよ、電話。ロサンゼルスに電話するのに、夜中まで待っていたんだよ。時差があるから向こうが朝になるのを待っていたんだ」

「えっ? ロサンゼルス? 何でロサンゼルスに?」

「お前のあれだよ。お前が持ってきた、田邑春夫の教え子の名簿だ。望月警視に頼まれて、あの名簿の二人の裏を取っていたんだ」

「ああ。それでどうでしたか?」

「田村周平。それともう一人の田村進だが、田村進は全く関係ない。今、ロサンゼルスで弁護士をしている。昨日、入国管理局に行ってきたが、田村進はこの三年間で、一度も日本には入国していない。一応、本人に確認を取るために、夜中にロサンゼルスに電話したんだよ。日本ではこんなに話題になっている"TAMTAM"も、ロサンゼルスではニュースにもなっていないってさ。田邑春夫が殺された事を伝えたら、えらく驚いていたけど、田村進は全く関係ないな」

「やっぱりそうでしたか。それで、田村周平の方は?」

「ああ、まだ連絡はつかないんだがな、お前が言っていた通りだったよ」

「って、事は?」

「ああ、田村周平は五年前の七つの罪源連続殺人事件の容疑者の一人だ。まさかお前の読み通りだったとはな」

 晃平が見覚えのある封筒から、メールと名簿の束を抜き取る。

「望月警視から預かったんだ」

 晃平が手にする名簿を眺める。

 しっかりと蛍光ペンでマークされた、田村周平の名前が浮かび上がる。この名簿の田村周平は、五年前のあの事件の容疑者の一人で間違いなかった。

 七人もの殺害を完遂させた事件は、被疑者であった、多村将暉の自死を持って幕を下ろした。

——もしあの事件の犯人が、多村将暉でなかったら。

——もしあの事件の犯人が、田村周平であったなら。

 そんな考えに、昨日のサイモンの話が重なる。

 七人を殺し、新たに十二人の殺害を企てた男。それが田村周平なら。

 メールの送信者である"S・TAMURA"が……、告解に訪れた男が……、そして"TAMTAM"が、もし田村周平であるなら、多村将暉は田村周平の罪を着せられ、自死した事になる。
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