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24.失恋
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カラティオス国王からヴァシスへの手紙②
ああ、ヴァシス。
お前には手紙は届いておらんようだな。
まぁいいさ。
誰かは読んでいるのだろう。
ではここでとっておきの秘密をバラしてしまおうか。
裏切り者のヴァシスよ。
お前の父親と母親は今、我が国で盛大にもてなしている最中だ。
愚かなお前でもこの意味は分かるだろう?
さらに、お前の生まれ育った村。
あそこにも、お前を育ててくれた恩を返さねばならないな。
次のパーティーには村人全員を招待しよう。
噂によると人間を見捨てない優しい魔王という事じゃないか。
ヴァシス本人にもぜひ伝えておくれ。
ぜひ話し合いをしよう。
ヴァシスを我が国に迎えよう。
出来れば1人で来ていただきたい。
これはかカラティオス国王とヴァシスの問題なのだからな。
楽しみにしておるぞ。
*
「子どもの名前決まったみたいね」と、カルルテがティーセットを持ってやってきた。
いつもの庭園のテーブルで、咲き乱れる薔薇と行き交う蝶たちを、ぼーっと眺めていたリューナは、小さく頷く。
シャムが居ないので、会話が出来ない。
カルルテは、タルトの乗った皿を自分とリューナの、前に置きカップに紅茶を注ぐ。
「お砂糖は?」と声をかけてきたので、リューナは指を1本立てた。
ここは良い。
暑すぎず寒すぎない。
花はずっと咲いているし、風も気持ちがいい。
空は青くて雲がゆっくり流れていて。
まるで。
「ここは天国みたいで良いわね」カルルテがそう言って微笑んだ。
リューナは彼女に右手を差し出す。
カルルテは左手を伸ばして、向かい合って座るリューナの指先に触れた。
『用意してくれてありがとう。何か動きがあったか?』
テレパシーでカルルテに問う。
シャムが居ないので、会話をするにはずっとどこか触れていなければならない。
「いいえ、ただ…最近元気がないからどうしたのかなって思って」
ふっ、とリューナは笑った。
「え?何か面白い事言った!?」
笑うリューナにカルルテは驚いて目を丸くする。
『よく気付いたな…いや、まぁ気付くか。ダメージがデカくて俺も驚いているが』
と、リューナは目を細める。
「何か悩み事?カラティオス国王の事とか?全く話の通じないタイプの王様だったわね、ヴァシスに凄く執着してて不気味だし…困ったわ~」
カルルテは頬に手を当て首を傾げる。
カラティオス王国は、リューナもヴァシスもかなり世話になった国で、優しい国王が納める人間界の中では、まともな国だ。……と、最近まで思っていた。
だが、カルルテとリューナが魔王交代の件と、魔王はカラティオス王国との友好関係を望んでいる旨を伝えに行った際、とんでもない王だと言う事が分かった。
1番怒っていたのはどこから聞いたのかヴァシスが人間では無かったという点で、そこからはずっとヴァシスについて裏切っただの許さないだのグチグチと永遠に話し始めたので何も話が進展しないまま1日が終わってしまったのだった。
『最悪だったなアレは。でもそれで落ち込んでいる訳じゃないぞ。お前と同じだ』
「何?私と同じって。二日酔い?」
『アホか。失恋だ、失恋』
「でぇええ!!!」
カルルテか勢いよく立ち上がったので、ガシャンと音を立ててティーカップとソーサがぶつかった。
紅茶は少しだけソーサへ溢れた。
『あ・ぶ・な・い』
手を離したので、リューナはカルルテに向かって口の動きを読ませる。
傾いたティーカップを元に戻して、椅子を指さし、座れと伝えた。
カルルテは、真っ赤な顔をして、その後真っ青になった。
「ご…ごめんなさい。いや、あの、なんで分かったの?」
少し声を震わせたカルルテが、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
再び、手を触れた状態にする。
『べルム以外みんな知ってるんじゃないか?わかりやすいから』
「え、べルム以外!?ヴァ…ヴァシスも…?」
カルルテは滅多に出さない大声を出す。
静かな庭園に声が響き渡り、鳥が数匹飛び立った。
『多分な、確認した訳じゃないが。知ってると思うぞ』
「まずいわぁ…それは…あああ…」
カルルテは顔を両手で覆った。
また手を離す。
話せなくなるだろうが、とリューナはカルルテの肩を2、3度つついた。
しばらく無言だったカルルテが急に顔を上げる。
「え、リューナ様も失恋したのよね?誰!?あ、分かったわ、ヴァシスでしょ?」
得意そうに腰に手を当てて、自信満々に答えた。
コイツは本当に…
歴史や医学以外の知識と知恵が壊滅的だな…
「あの時分かったのよ、ヴァシスを天空へ連れていくために白い悪魔を呼んで窓から颯爽と…え?何?」
袖をグイグイ引っ張られたカルルテは、リューナに腕を掴まれて、また椅子にお尻を落とした。
『ヴァシスじゃない!』
「え?違うの?誰?」
『…誰にも言うなよ』
「ええ。もちろん」
『シャムだ』
どぇっ!と謎の悲鳴をあげてカルルテは再び椅子から立ち上がる。
椅子は勢いよく後ろに倒れてしまった。
口をパクパクさせて、彼女は大きく目を見開いている。
その姿を見て、なぜ言ってしまったんだと、リューナは少し後悔した。
そう。全く気付かなかったのだがシャムには婚約者がいた。
城に仕えているもう1匹の黒い猫の獣人。
あれが婚約者だそうだ。
知らずに…
自分の記憶を相手に流すなとど言う重苦しい事をしてしまった。
あれはリューナにとって自分の人生を全て見せること、つまり告白みたいな行為だった。
幸いなのはシャムがその意味を特に深く捉えていなかった事だ。
友人が秘密の話をしてくれた、ぐらいにしか思っていないのだろう。
あの日の翌日、シャムと同じ猫型の獣人の話になって、サラッとあの黒猫が婚約者なのだとシャム本人から聞かされた。
そこであっさり、リューナの恋は終わったのだ。
「…全然気が付かなかったわ…そうだったのね」
と、カルルテが小さく息を吐いて俯いた。
紅茶はすっかり冷めてしまった。
こんなに天国みたいな庭園に、失恋した二人がどんより座っているなんて。
「まって!だから最近ドレスやワンピース着ていないの!?」
リューナは自分の服装を確認する。
普通のシャツに、薄手のベスト。
タイトなズボンとブーツを着用している。
『たまに着てるぞ…まあ…確かに頻度は減ったな…』
普段、毎日女装をしている訳ではない。
勇者としての戦闘のスタイルは、普通に男装だ。
前魔王の着せ替え人形と化していた名残で、必要があればスカートを着用していた事もあったが、ここ最近はそっちの方が楽に感じてずっと女装をしていた。
しかし、シャムの件があってからあまり華やかな服を着る気になれなかった。
ああ、そうかシャムに会う予定のある日は無意識に女装していたな。
気付かなかったが、きっと浮かれていたのだろう。
「あーあ、髪でも切ってさっぱりしようかしら~」
と、カルルテが自分の頬にかかる後れ毛をくるくる指先で巻きながら呟いた。
それを見て、リューナは全力で首をふる。
『やめておけ!ベルム以外にバレてるって言ってるだろ。このタイミングで切ると皆や…特にヴァシスが気にするぞ!』
「…え…そうかしら?…じゃ、やめておくわ…」
少しションボリしてカルルテは呟いた。
その悲しそうな顔を見て、リューナは小さく溜息をつきながら首を振る。
『いや…いい。別に俺が止めるような事じゃないな…切りたいなら切れ。切って早く気持ちを切り替えろ。俺も、早く忘れる』
「よし、どっちが早く立ち直れるか競走しましょ!」
カルルテとリューナはようやくタルトに手をつけ口に入れ、紅茶で腹へと流し込んだ。
*
深夜。
ヴァシスは墓地にいた。
眠れない夜は、いつもここに来る。
かつての仲間達に逢いたくて、墓石や並べられた武器と防具の掃除をして花を供え、時間を潰す。
たまにそのまま地面に横たわった状態で眠ってしまい、目が覚めるとベルムのベッドに連れ戻されている。
「放っておけ」と伝えるが、ヴァシスがまた消えたと思って…と、泣きそうな顔をするので、仕方なくなるべく自力で戻るようにはしている。
この日は妙な気配が墓地に漂っていた。
普段、墓地には居ない沢山の光虫が辺りをフワフワと飛んでいる。
薄青色に発光する小指の爪程の羽虫で、繁殖期になると大量発生する虫だ。
木や草、墓石に止まりそこら中が光っている。美しく、しかし不気味である。
あまり長く居ない方が良いのかもしれない。
海でヴァシスにまとわりついてきた亡霊のような物が、ハッキリ見えないだけできっとここにも沢山いるのだろう。
亡くなった仲間の武器は雨ざらしになっているので少し錆びてきた。
16歳の少女、賢者プユケの使っていた杖を手に取る。
シャン、と音を立てて装飾が揺れた。
杖の上部に埋め込まれたエメラルドグリーンの宝石が少し輝く。
浄化の力がまだ宿っている。
見よう見まねだったし、なんの効果も無いとは思うが、プユケが行っていた【浄化】を行ってみた。
浄化の魔法は回復魔法に近い筈だ。
この場所の回復をする。
回復魔法を、霧の魔法と混ぜてこの場に拡散させ、亡霊を鎮める。
「…ダメだ…上手く出来ない…難しいな」
プユケは、上手くやっていた。
生温くまとわりつく空気は澄み、鬱々とした雰囲気はライトを照らしたように明るくなり、見えない気配は消えていく。
多少…
空気が澄んだような気がした。
亡霊は消えては居ないがこの場から去ったかもしれない。
だが、森の奥から最悪な声が聞こえた。
【誰だ…?ヴァシスか?】
一瞬、亡霊が話しかけてきたのかと思い驚いたが、ヴァシスはその声に聞き覚えがある。
この脳内に木霊する低い声は。
「なんだ、悪魔か…どこにいる?出てこい」
間違えなくヴァシスの悪魔の声だった。
そういえば最近全く姿を見せないと思ったら、こんな所に居たのか。
ヴァシスは周りを見渡したが、悪魔は姿を現さない。
仕方なく、声のする方に…脳内に直接聞こえるので位置は分からないが、何となくこっちかと思う方向へ進んだ。
生い茂る草木を掻き分けて進むと、少し開けた草むらに黒い影があった。
光虫のお陰か、普段より周囲が明るく、遠くからでもよく見えた。
「何だ…お前が供えたのか?」
ヴァシスは影に問いかける。
悪魔の前には、名前も何も彫っていない小さな墓石があり、その前に白い花が1本置いてあった。
【……】
悪魔は何も答えない。
じっとその墓の前で突っ立っている。
「おい、無視かよ…。どこに居たんだ?最近全く見かけないと思ったら…誰の墓だ?知り合いか?」
【…ここに小さな子どもが…眠っている。母親をずっと…探してさ迷っている。祈ってくれ…さっき…やっていただろう】
悪魔はようやく言葉を発し、ヴァシスの方を向いた。
ヴァシスはその姿を見て、少し後ずさった。
最後にこの悪魔の姿を見たのはいつだっただろう。
子どもを産む少し前だった筈だ。
2週間ぐらい…姿を見ていなかった。
「お前…何をした…目は…どうした?」
ヴァシスは少し緊張して呼吸が乱れた。
問いかける声が少しだけ震えた。
行き交う光虫の光が悪魔の顔を照らす。
悪魔はかなり痩せ細っていた。
元々細身だったが、ここまでではなかった筈だ。
左目に十字の大きな傷が付いていて、明らかに失明しているようだった。
まだ傷が新しい。
【問題ない。もう塞がっている】
悪魔は、心底どうでもいいと思っているのか動揺するヴァシスの腕を掴み、それより早く祈ってくれと引き寄せた。
「分かった!でも、杖が無いと…やるから後でちゃんと話を聞かせろ。お前に傷を付けられる奴がいるなんて…ベルムと同じぐらいの力を持ってるやつがまだ居るって事か…」
悪魔の腕を振りほどいてヴァシスは姿勢を正す。
【さっきと同じようにやってくれ。杖は必要ない。お前の力だけで効果は充分だ…】
ヴァシスは集中して先程と同じ魔法を使った。
本当に杖が無くて大丈夫なのか…?
よく分からないが、悪魔が良いと言うのならその通りにしよう。
今はさっさと終わらせて、悪魔が誰に傷を付けられたか確認したい。
その魔族は、ベルムにも危害を加える可能性があるかもしれない。
ヴァシスの手から広がる金色の魔法が霧に乗って周囲に広がる。
悪魔は相変わらず無表情で墓石の前に立ち尽くしていたが、しばらくすると視線をゆっくり宙に向けた。
視線を追ったがヴァシスには何も見えない。「何?何が見えている?」と悪魔に聞くしか無かった。
悪魔は、じっと空を見上げている。
無表情なのに、何故か少し喜んでいるように見えた。
【魂は、天空に戻って行った】
天空?
天国という事だろうか?
「約束だ。お前の目を潰したやつはどの魔族だ?まさかベルムじゃないだろうな…?」
悪魔は少し沈黙する。
なかなか口を割らないので、ヴァシスが睨むと、ようやく話した。
【お前の息子だ。ベルムと同等の力を持っている】
それを聞いたヴァシスは鼻で笑う。
「はっ、まだ生まれたばかりで話せもしないんだぞ。出来るわけ無い」
【強い魔力があれば年齢は関係ない。魔法を飛ばして攻撃する事も可能だろう。俺は嫌われているからな…】
「だとしても…お前が傷を受けるレベルだなんて…」
【心配するな。俺の場合はわざと受けた。まだそれほど強くは無い。ベルムに危害が及ぶ恐れは無い】
はぁ?と思わずヴァシスは声を出す。
意味がわからない。
わざと攻撃を受けたというのか。
いやそもそも、あんな小さい子が何故この悪魔を嫌って攻撃を?
24時間ずっと誰かが子どもを見ているので悪魔はあの部屋には行く事が出来ない。
顔さえお互い見た事がない筈だ。
【親の側を彷徨く悪魔が邪魔だったんだろう。それだけだ】
「まぁいい。嘘か本当か分からないが、それだけの攻撃を受けているなら強い魔力が飛んだはず。べルムも気付くはずだ。聞いてみる。あと、痩せているのは何でだ?」
【単純に…食事をしていないからだ】
「何で食べてないんだ。そもそも悪魔って何を食べてるんだ?」
ヴァシスは悪魔の事を殆ど知らない。
知る必要が無い。
封印して、呼び出して、魔王を殺し、対価を命で払って終わりの予定だったからだ。
食事をしている所を見た事がない。
ヴァシスに封印されていた時は何年も何も食べていない筈だ。
【負の感情だ…お前の】
なるほど。
それなら封印されている間は食べ放題状態だった訳だ。
そして、その後も殆どヴァシスの傍を離れなかったのは食われていたと分かった。
「ガリガリだと見た目が悪い。さっさと食え、ホラ!」
ヴァシスは吐き捨てるように悪魔に伝えて両手を広げた。
しかし悪魔は首を振る。
【数十年なにも食べなくても死なない】
ヴァシスはイライラして悪魔の胸ぐらを掴んだ。
この悪魔の事は大嫌いだが本当に様子がおかしい事は分かる。
消えてしまいそうな状態だと思った。
腹が立つが、いくつか借りもある。
べルムも何故かコイツの事を気に入っている。
力があるから白い悪魔も言うことを聞くし、ヴァシスやベルムの身に危険が迫った時は役に立つ。
まだまだ使い道がある。
死なれては困る。
「早くしろ」
しばらくして悪魔は観念したのか、ヴァシスの頬を撫で肩に手を置き、首筋に顔を埋めた。
悪魔の唇が当たったが、冷たい。
歯が少し首を掠めた。
これで食えているのか不思議に思っていると、熱い舌がヌルッと這う。
「…っ!?」
何故かヴァシスは立って居られなくなり、その場にしゃがみ込んだ。
構わず悪魔はヴァシスの喉を舐め続ける。
負の感情…
怒り、悲しみ、嫉妬、絶望、欲望、憎悪、妬み、恨み…
全部が一気に腹から心臓へ、心臓から喉へ集まってくる。
「ま…待て!んむぅ…」
静止しても無駄だった。
悪魔の舌は、ヴァシスの口の中へと侵入した。
ヴァシスの身体は力が抜け、ぐにゃりと悪魔にもたれ掛かる。
どこにも力が入らない。
悪魔は相変わらずの無表情だったが、ヴァシスを地面に押し倒して、文字通り口内を貪り食うような形になっている。
熱い舌が動き回り、でも喉には何かが張り付いていて取れない。
多分【負の感情】が張り付いているのだと思う。
早く、取って欲しい。
グチョ、グチョと音を鳴らしてヴァシスの口内を犯していた悪魔の舌が、さらに喉の奥まで進もうと伸びてくる。
ヴァシスの身体は何度か痙攣して、舌が奥に進む度にビクビクと跳ねる。
だが不思議なことに苦しくは無かった。
もうすぐ、届く。
早く、早く。
取り出して。
喉を反らしたヴァシスの目から大粒の涙が溢れる。
鼻から抜ける吐息が熱い。
夜なのに目の前が眩しい。
「早くっ、んむ、んん、はっ…ぐっ…!」
届く。もうすぐ喉に張り付いた物が。
取れる。
ズルルッと、喉から一気に舌が引き抜かれる感覚に、耐え切れず声を上げ、思わず身を捩った。
「ん…ん…ぁあ!」
しばらく痙攣がおさまらないヴァシスを、悪魔が座った状態で抱き抱えていた。
ヴァシスが顔を上げると、悪魔と目が合う。
相変わらず表情は無いが、何となく元気になったような気がする。
腹が満たされたのか悪魔は機嫌が良いようで、動けないヴァシスの頭を撫でてきた。
気持ち悪いから止めろと声を出そうとしたその時、急に辺りが昼間のようにカッと明るくなり、悪魔の左の角が吹き飛んだ。
周囲を飛んでいた光虫が、一斉に逃げて辺りが一瞬暗くなる。
「はっ?」
角が吹き飛んだ当の本人は特に気にしておらず、飛んで地面に落下した黒い角をじっと見ている。
角には血管が通っていたようで青い血が出ていた。
血はトクトクと額を伝って頬に流れ落ち、悪魔は指先でそれを拭う。
【また怒らせたようだ…1人で城に帰れるか?ヴァシス。送って行ったらまた機嫌を損なうかもしれない】
「今の…あの子がやったって言うのか?」
【ああ…怒らないでやってくれ。俺がヴァシスやベルムに近付くのを嫌うんだ】
怒らなきゃいけないのはお前だろう。
それだけの理由で目を潰されて角を折られたのか?
また、辺りが明るくなる。
今度はヴァシスが悪魔の顔に抱きついて叫んだ。
「止めろ、俺の悪魔だ!今後一切手を出すな!」
聞こえたのだろうか。
攻撃は来なかった。
本当にあの子なのだろうか…
こんな力を持ってしまって…
どうすれば…
「うわっ!」
腹部が温かいと思ったら、抱えた悪魔の鼻から血が出ていてヴァシスのシャツに大きな青いシミを作っていた。
抱きついた時にぶつかったのかと思ったが違うらしい。
【ああ…汚してすまない。嬉しくて】
嬉しくて鼻血が出る悪魔なんて聞いたことがない。
というかそもそも悪魔に嬉しいという感情があるのか。
「やはりお前は気味が悪い…。ベルムが心配するからもう帰る。いいか、次あの子が攻撃してきたら全部避けろよ、約束だ」
【ああ】
その答える悪魔の声にも少し喜んでいるような気持ち悪さを感じて、ヴァシスは寒気を感じる。
一切振り返らず足早に墓地を後にした。
ああ、ヴァシス。
お前には手紙は届いておらんようだな。
まぁいいさ。
誰かは読んでいるのだろう。
ではここでとっておきの秘密をバラしてしまおうか。
裏切り者のヴァシスよ。
お前の父親と母親は今、我が国で盛大にもてなしている最中だ。
愚かなお前でもこの意味は分かるだろう?
さらに、お前の生まれ育った村。
あそこにも、お前を育ててくれた恩を返さねばならないな。
次のパーティーには村人全員を招待しよう。
噂によると人間を見捨てない優しい魔王という事じゃないか。
ヴァシス本人にもぜひ伝えておくれ。
ぜひ話し合いをしよう。
ヴァシスを我が国に迎えよう。
出来れば1人で来ていただきたい。
これはかカラティオス国王とヴァシスの問題なのだからな。
楽しみにしておるぞ。
*
「子どもの名前決まったみたいね」と、カルルテがティーセットを持ってやってきた。
いつもの庭園のテーブルで、咲き乱れる薔薇と行き交う蝶たちを、ぼーっと眺めていたリューナは、小さく頷く。
シャムが居ないので、会話が出来ない。
カルルテは、タルトの乗った皿を自分とリューナの、前に置きカップに紅茶を注ぐ。
「お砂糖は?」と声をかけてきたので、リューナは指を1本立てた。
ここは良い。
暑すぎず寒すぎない。
花はずっと咲いているし、風も気持ちがいい。
空は青くて雲がゆっくり流れていて。
まるで。
「ここは天国みたいで良いわね」カルルテがそう言って微笑んだ。
リューナは彼女に右手を差し出す。
カルルテは左手を伸ばして、向かい合って座るリューナの指先に触れた。
『用意してくれてありがとう。何か動きがあったか?』
テレパシーでカルルテに問う。
シャムが居ないので、会話をするにはずっとどこか触れていなければならない。
「いいえ、ただ…最近元気がないからどうしたのかなって思って」
ふっ、とリューナは笑った。
「え?何か面白い事言った!?」
笑うリューナにカルルテは驚いて目を丸くする。
『よく気付いたな…いや、まぁ気付くか。ダメージがデカくて俺も驚いているが』
と、リューナは目を細める。
「何か悩み事?カラティオス国王の事とか?全く話の通じないタイプの王様だったわね、ヴァシスに凄く執着してて不気味だし…困ったわ~」
カルルテは頬に手を当て首を傾げる。
カラティオス王国は、リューナもヴァシスもかなり世話になった国で、優しい国王が納める人間界の中では、まともな国だ。……と、最近まで思っていた。
だが、カルルテとリューナが魔王交代の件と、魔王はカラティオス王国との友好関係を望んでいる旨を伝えに行った際、とんでもない王だと言う事が分かった。
1番怒っていたのはどこから聞いたのかヴァシスが人間では無かったという点で、そこからはずっとヴァシスについて裏切っただの許さないだのグチグチと永遠に話し始めたので何も話が進展しないまま1日が終わってしまったのだった。
『最悪だったなアレは。でもそれで落ち込んでいる訳じゃないぞ。お前と同じだ』
「何?私と同じって。二日酔い?」
『アホか。失恋だ、失恋』
「でぇええ!!!」
カルルテか勢いよく立ち上がったので、ガシャンと音を立ててティーカップとソーサがぶつかった。
紅茶は少しだけソーサへ溢れた。
『あ・ぶ・な・い』
手を離したので、リューナはカルルテに向かって口の動きを読ませる。
傾いたティーカップを元に戻して、椅子を指さし、座れと伝えた。
カルルテは、真っ赤な顔をして、その後真っ青になった。
「ご…ごめんなさい。いや、あの、なんで分かったの?」
少し声を震わせたカルルテが、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
再び、手を触れた状態にする。
『べルム以外みんな知ってるんじゃないか?わかりやすいから』
「え、べルム以外!?ヴァ…ヴァシスも…?」
カルルテは滅多に出さない大声を出す。
静かな庭園に声が響き渡り、鳥が数匹飛び立った。
『多分な、確認した訳じゃないが。知ってると思うぞ』
「まずいわぁ…それは…あああ…」
カルルテは顔を両手で覆った。
また手を離す。
話せなくなるだろうが、とリューナはカルルテの肩を2、3度つついた。
しばらく無言だったカルルテが急に顔を上げる。
「え、リューナ様も失恋したのよね?誰!?あ、分かったわ、ヴァシスでしょ?」
得意そうに腰に手を当てて、自信満々に答えた。
コイツは本当に…
歴史や医学以外の知識と知恵が壊滅的だな…
「あの時分かったのよ、ヴァシスを天空へ連れていくために白い悪魔を呼んで窓から颯爽と…え?何?」
袖をグイグイ引っ張られたカルルテは、リューナに腕を掴まれて、また椅子にお尻を落とした。
『ヴァシスじゃない!』
「え?違うの?誰?」
『…誰にも言うなよ』
「ええ。もちろん」
『シャムだ』
どぇっ!と謎の悲鳴をあげてカルルテは再び椅子から立ち上がる。
椅子は勢いよく後ろに倒れてしまった。
口をパクパクさせて、彼女は大きく目を見開いている。
その姿を見て、なぜ言ってしまったんだと、リューナは少し後悔した。
そう。全く気付かなかったのだがシャムには婚約者がいた。
城に仕えているもう1匹の黒い猫の獣人。
あれが婚約者だそうだ。
知らずに…
自分の記憶を相手に流すなとど言う重苦しい事をしてしまった。
あれはリューナにとって自分の人生を全て見せること、つまり告白みたいな行為だった。
幸いなのはシャムがその意味を特に深く捉えていなかった事だ。
友人が秘密の話をしてくれた、ぐらいにしか思っていないのだろう。
あの日の翌日、シャムと同じ猫型の獣人の話になって、サラッとあの黒猫が婚約者なのだとシャム本人から聞かされた。
そこであっさり、リューナの恋は終わったのだ。
「…全然気が付かなかったわ…そうだったのね」
と、カルルテが小さく息を吐いて俯いた。
紅茶はすっかり冷めてしまった。
こんなに天国みたいな庭園に、失恋した二人がどんより座っているなんて。
「まって!だから最近ドレスやワンピース着ていないの!?」
リューナは自分の服装を確認する。
普通のシャツに、薄手のベスト。
タイトなズボンとブーツを着用している。
『たまに着てるぞ…まあ…確かに頻度は減ったな…』
普段、毎日女装をしている訳ではない。
勇者としての戦闘のスタイルは、普通に男装だ。
前魔王の着せ替え人形と化していた名残で、必要があればスカートを着用していた事もあったが、ここ最近はそっちの方が楽に感じてずっと女装をしていた。
しかし、シャムの件があってからあまり華やかな服を着る気になれなかった。
ああ、そうかシャムに会う予定のある日は無意識に女装していたな。
気付かなかったが、きっと浮かれていたのだろう。
「あーあ、髪でも切ってさっぱりしようかしら~」
と、カルルテが自分の頬にかかる後れ毛をくるくる指先で巻きながら呟いた。
それを見て、リューナは全力で首をふる。
『やめておけ!ベルム以外にバレてるって言ってるだろ。このタイミングで切ると皆や…特にヴァシスが気にするぞ!』
「…え…そうかしら?…じゃ、やめておくわ…」
少しションボリしてカルルテは呟いた。
その悲しそうな顔を見て、リューナは小さく溜息をつきながら首を振る。
『いや…いい。別に俺が止めるような事じゃないな…切りたいなら切れ。切って早く気持ちを切り替えろ。俺も、早く忘れる』
「よし、どっちが早く立ち直れるか競走しましょ!」
カルルテとリューナはようやくタルトに手をつけ口に入れ、紅茶で腹へと流し込んだ。
*
深夜。
ヴァシスは墓地にいた。
眠れない夜は、いつもここに来る。
かつての仲間達に逢いたくて、墓石や並べられた武器と防具の掃除をして花を供え、時間を潰す。
たまにそのまま地面に横たわった状態で眠ってしまい、目が覚めるとベルムのベッドに連れ戻されている。
「放っておけ」と伝えるが、ヴァシスがまた消えたと思って…と、泣きそうな顔をするので、仕方なくなるべく自力で戻るようにはしている。
この日は妙な気配が墓地に漂っていた。
普段、墓地には居ない沢山の光虫が辺りをフワフワと飛んでいる。
薄青色に発光する小指の爪程の羽虫で、繁殖期になると大量発生する虫だ。
木や草、墓石に止まりそこら中が光っている。美しく、しかし不気味である。
あまり長く居ない方が良いのかもしれない。
海でヴァシスにまとわりついてきた亡霊のような物が、ハッキリ見えないだけできっとここにも沢山いるのだろう。
亡くなった仲間の武器は雨ざらしになっているので少し錆びてきた。
16歳の少女、賢者プユケの使っていた杖を手に取る。
シャン、と音を立てて装飾が揺れた。
杖の上部に埋め込まれたエメラルドグリーンの宝石が少し輝く。
浄化の力がまだ宿っている。
見よう見まねだったし、なんの効果も無いとは思うが、プユケが行っていた【浄化】を行ってみた。
浄化の魔法は回復魔法に近い筈だ。
この場所の回復をする。
回復魔法を、霧の魔法と混ぜてこの場に拡散させ、亡霊を鎮める。
「…ダメだ…上手く出来ない…難しいな」
プユケは、上手くやっていた。
生温くまとわりつく空気は澄み、鬱々とした雰囲気はライトを照らしたように明るくなり、見えない気配は消えていく。
多少…
空気が澄んだような気がした。
亡霊は消えては居ないがこの場から去ったかもしれない。
だが、森の奥から最悪な声が聞こえた。
【誰だ…?ヴァシスか?】
一瞬、亡霊が話しかけてきたのかと思い驚いたが、ヴァシスはその声に聞き覚えがある。
この脳内に木霊する低い声は。
「なんだ、悪魔か…どこにいる?出てこい」
間違えなくヴァシスの悪魔の声だった。
そういえば最近全く姿を見せないと思ったら、こんな所に居たのか。
ヴァシスは周りを見渡したが、悪魔は姿を現さない。
仕方なく、声のする方に…脳内に直接聞こえるので位置は分からないが、何となくこっちかと思う方向へ進んだ。
生い茂る草木を掻き分けて進むと、少し開けた草むらに黒い影があった。
光虫のお陰か、普段より周囲が明るく、遠くからでもよく見えた。
「何だ…お前が供えたのか?」
ヴァシスは影に問いかける。
悪魔の前には、名前も何も彫っていない小さな墓石があり、その前に白い花が1本置いてあった。
【……】
悪魔は何も答えない。
じっとその墓の前で突っ立っている。
「おい、無視かよ…。どこに居たんだ?最近全く見かけないと思ったら…誰の墓だ?知り合いか?」
【…ここに小さな子どもが…眠っている。母親をずっと…探してさ迷っている。祈ってくれ…さっき…やっていただろう】
悪魔はようやく言葉を発し、ヴァシスの方を向いた。
ヴァシスはその姿を見て、少し後ずさった。
最後にこの悪魔の姿を見たのはいつだっただろう。
子どもを産む少し前だった筈だ。
2週間ぐらい…姿を見ていなかった。
「お前…何をした…目は…どうした?」
ヴァシスは少し緊張して呼吸が乱れた。
問いかける声が少しだけ震えた。
行き交う光虫の光が悪魔の顔を照らす。
悪魔はかなり痩せ細っていた。
元々細身だったが、ここまでではなかった筈だ。
左目に十字の大きな傷が付いていて、明らかに失明しているようだった。
まだ傷が新しい。
【問題ない。もう塞がっている】
悪魔は、心底どうでもいいと思っているのか動揺するヴァシスの腕を掴み、それより早く祈ってくれと引き寄せた。
「分かった!でも、杖が無いと…やるから後でちゃんと話を聞かせろ。お前に傷を付けられる奴がいるなんて…ベルムと同じぐらいの力を持ってるやつがまだ居るって事か…」
悪魔の腕を振りほどいてヴァシスは姿勢を正す。
【さっきと同じようにやってくれ。杖は必要ない。お前の力だけで効果は充分だ…】
ヴァシスは集中して先程と同じ魔法を使った。
本当に杖が無くて大丈夫なのか…?
よく分からないが、悪魔が良いと言うのならその通りにしよう。
今はさっさと終わらせて、悪魔が誰に傷を付けられたか確認したい。
その魔族は、ベルムにも危害を加える可能性があるかもしれない。
ヴァシスの手から広がる金色の魔法が霧に乗って周囲に広がる。
悪魔は相変わらず無表情で墓石の前に立ち尽くしていたが、しばらくすると視線をゆっくり宙に向けた。
視線を追ったがヴァシスには何も見えない。「何?何が見えている?」と悪魔に聞くしか無かった。
悪魔は、じっと空を見上げている。
無表情なのに、何故か少し喜んでいるように見えた。
【魂は、天空に戻って行った】
天空?
天国という事だろうか?
「約束だ。お前の目を潰したやつはどの魔族だ?まさかベルムじゃないだろうな…?」
悪魔は少し沈黙する。
なかなか口を割らないので、ヴァシスが睨むと、ようやく話した。
【お前の息子だ。ベルムと同等の力を持っている】
それを聞いたヴァシスは鼻で笑う。
「はっ、まだ生まれたばかりで話せもしないんだぞ。出来るわけ無い」
【強い魔力があれば年齢は関係ない。魔法を飛ばして攻撃する事も可能だろう。俺は嫌われているからな…】
「だとしても…お前が傷を受けるレベルだなんて…」
【心配するな。俺の場合はわざと受けた。まだそれほど強くは無い。ベルムに危害が及ぶ恐れは無い】
はぁ?と思わずヴァシスは声を出す。
意味がわからない。
わざと攻撃を受けたというのか。
いやそもそも、あんな小さい子が何故この悪魔を嫌って攻撃を?
24時間ずっと誰かが子どもを見ているので悪魔はあの部屋には行く事が出来ない。
顔さえお互い見た事がない筈だ。
【親の側を彷徨く悪魔が邪魔だったんだろう。それだけだ】
「まぁいい。嘘か本当か分からないが、それだけの攻撃を受けているなら強い魔力が飛んだはず。べルムも気付くはずだ。聞いてみる。あと、痩せているのは何でだ?」
【単純に…食事をしていないからだ】
「何で食べてないんだ。そもそも悪魔って何を食べてるんだ?」
ヴァシスは悪魔の事を殆ど知らない。
知る必要が無い。
封印して、呼び出して、魔王を殺し、対価を命で払って終わりの予定だったからだ。
食事をしている所を見た事がない。
ヴァシスに封印されていた時は何年も何も食べていない筈だ。
【負の感情だ…お前の】
なるほど。
それなら封印されている間は食べ放題状態だった訳だ。
そして、その後も殆どヴァシスの傍を離れなかったのは食われていたと分かった。
「ガリガリだと見た目が悪い。さっさと食え、ホラ!」
ヴァシスは吐き捨てるように悪魔に伝えて両手を広げた。
しかし悪魔は首を振る。
【数十年なにも食べなくても死なない】
ヴァシスはイライラして悪魔の胸ぐらを掴んだ。
この悪魔の事は大嫌いだが本当に様子がおかしい事は分かる。
消えてしまいそうな状態だと思った。
腹が立つが、いくつか借りもある。
べルムも何故かコイツの事を気に入っている。
力があるから白い悪魔も言うことを聞くし、ヴァシスやベルムの身に危険が迫った時は役に立つ。
まだまだ使い道がある。
死なれては困る。
「早くしろ」
しばらくして悪魔は観念したのか、ヴァシスの頬を撫で肩に手を置き、首筋に顔を埋めた。
悪魔の唇が当たったが、冷たい。
歯が少し首を掠めた。
これで食えているのか不思議に思っていると、熱い舌がヌルッと這う。
「…っ!?」
何故かヴァシスは立って居られなくなり、その場にしゃがみ込んだ。
構わず悪魔はヴァシスの喉を舐め続ける。
負の感情…
怒り、悲しみ、嫉妬、絶望、欲望、憎悪、妬み、恨み…
全部が一気に腹から心臓へ、心臓から喉へ集まってくる。
「ま…待て!んむぅ…」
静止しても無駄だった。
悪魔の舌は、ヴァシスの口の中へと侵入した。
ヴァシスの身体は力が抜け、ぐにゃりと悪魔にもたれ掛かる。
どこにも力が入らない。
悪魔は相変わらずの無表情だったが、ヴァシスを地面に押し倒して、文字通り口内を貪り食うような形になっている。
熱い舌が動き回り、でも喉には何かが張り付いていて取れない。
多分【負の感情】が張り付いているのだと思う。
早く、取って欲しい。
グチョ、グチョと音を鳴らしてヴァシスの口内を犯していた悪魔の舌が、さらに喉の奥まで進もうと伸びてくる。
ヴァシスの身体は何度か痙攣して、舌が奥に進む度にビクビクと跳ねる。
だが不思議なことに苦しくは無かった。
もうすぐ、届く。
早く、早く。
取り出して。
喉を反らしたヴァシスの目から大粒の涙が溢れる。
鼻から抜ける吐息が熱い。
夜なのに目の前が眩しい。
「早くっ、んむ、んん、はっ…ぐっ…!」
届く。もうすぐ喉に張り付いた物が。
取れる。
ズルルッと、喉から一気に舌が引き抜かれる感覚に、耐え切れず声を上げ、思わず身を捩った。
「ん…ん…ぁあ!」
しばらく痙攣がおさまらないヴァシスを、悪魔が座った状態で抱き抱えていた。
ヴァシスが顔を上げると、悪魔と目が合う。
相変わらず表情は無いが、何となく元気になったような気がする。
腹が満たされたのか悪魔は機嫌が良いようで、動けないヴァシスの頭を撫でてきた。
気持ち悪いから止めろと声を出そうとしたその時、急に辺りが昼間のようにカッと明るくなり、悪魔の左の角が吹き飛んだ。
周囲を飛んでいた光虫が、一斉に逃げて辺りが一瞬暗くなる。
「はっ?」
角が吹き飛んだ当の本人は特に気にしておらず、飛んで地面に落下した黒い角をじっと見ている。
角には血管が通っていたようで青い血が出ていた。
血はトクトクと額を伝って頬に流れ落ち、悪魔は指先でそれを拭う。
【また怒らせたようだ…1人で城に帰れるか?ヴァシス。送って行ったらまた機嫌を損なうかもしれない】
「今の…あの子がやったって言うのか?」
【ああ…怒らないでやってくれ。俺がヴァシスやベルムに近付くのを嫌うんだ】
怒らなきゃいけないのはお前だろう。
それだけの理由で目を潰されて角を折られたのか?
また、辺りが明るくなる。
今度はヴァシスが悪魔の顔に抱きついて叫んだ。
「止めろ、俺の悪魔だ!今後一切手を出すな!」
聞こえたのだろうか。
攻撃は来なかった。
本当にあの子なのだろうか…
こんな力を持ってしまって…
どうすれば…
「うわっ!」
腹部が温かいと思ったら、抱えた悪魔の鼻から血が出ていてヴァシスのシャツに大きな青いシミを作っていた。
抱きついた時にぶつかったのかと思ったが違うらしい。
【ああ…汚してすまない。嬉しくて】
嬉しくて鼻血が出る悪魔なんて聞いたことがない。
というかそもそも悪魔に嬉しいという感情があるのか。
「やはりお前は気味が悪い…。ベルムが心配するからもう帰る。いいか、次あの子が攻撃してきたら全部避けろよ、約束だ」
【ああ】
その答える悪魔の声にも少し喜んでいるような気持ち悪さを感じて、ヴァシスは寒気を感じる。
一切振り返らず足早に墓地を後にした。
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