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クリスマスデート(7)
玄関を出た瞬間、きゅっと冷たい空気が肺に入り込んだ。
昨夜の雪はまだ誰にも踏まれておらず、道はきれいな白のまま眠っている。
「……うわ、銀世界」
吐く息は白く、声まで少し弾んだ。
見渡す限り、白。
夏にはカエルの大合唱が響く田んぼも、今はすっかり雪に覆われ、畦道の輪郭さえ曖昧になっている。
田畑の間を横切る、駅までの一本道。
道路もまた、白く塗り潰されていた。
電柱と標識だけが、冬景色の中にわずかな彩りを添えている。
水量の少ない用水路が、さらさらと控えめな音を立てていた。
二人並んで、その静かな道を歩く。
やがて我を忘れて雪玉を投げ合い、本気の雪合戦をしながら、二人で学校へ向かった。
冷え切った体のまま電車に乗り、足元の暖房に脚を寄せる。手袋を外し、両手もかざして、じんわりと熱を取り戻した。
結局、学校に着いたのは三限の途中だった。大介と別れ、それぞれの教室へ向かう。
昨日までの嫌な気分は、どこかへ消えていた。
昨日は胸の奥まで冬に染まっていたのに、今日は外が冬で、胸の中は春だ。
教室に入るときに向けられる、教師や生徒の“腫れ物に触るみたいな”視線も、今の僕には何とも感じない。
もともと人の目を気にする性格じゃない。昨日は、少しだけ繊細になりすぎていたのだろう。
「……綾ノ瀬、遅刻だぞ」
数学の男性教師が、静かに入室してきた僕に声をかけた。
「すみません。雪合戦が白熱しました」
かなりの間を置いてから、教師は言った。
「……そうか。ほどほどにな」
予想外すぎる答えだったのだろう。
教室のあちこちで、生徒たちが目を丸くしている。
その表情が可笑しくて、思わず頬が緩んだ。
♾️
昼休みになっても、大介はやってきた。
これまでの昼は、購買のパンをさっと胃に流し込み、残りの時間は図書館で勉強して過ごすのが常だった。大介はといえば、野球部の連中と弁当を囲んでいるはずだったのに。
「一緒に食べるぞ」
有無を言わせない声で、大介は僕の机に弁当を広げる。
空いていた椅子を勝手に引き寄せ、当然のように腰を下ろして、食事の準備を始めていた。
「お前の分、翔子さんから預かってるぞ」
「……は?」
完全に寝耳に水だ。
なぜ息子ではなく、大介に渡す。
「雪で荷物が増えると、春翔が転ぶかもしれないだろ。だから俺が預かってたんだ」
まるで主人の代わりに新聞を取ってきた犬みたいに、目をきらきらさせて、褒めろと言わんばかりにこちらを見る。
「……あ、ありがとう」
そう言うと、大介は満面の笑みを浮かべた。
「よし。じゃ、食うぞ」
ハムと、くたびれたレタスが挟まった、料理が苦手な母らしい見栄えのサンドイッチを頬張る。
ハムとレタスとマヨネーズの味しかしない。なのに、なぜか美味しい。
「そんなんじゃ足りないだろ。ほら、卵焼き食え」
大介が、僕の方へ卵焼きをつまんだ箸を差し出してくる。
……あーん、しろってことか。
嬉しい。けど、周りの目が気になる。
こんなことをしていたら、大介まで陰口を叩かれてしまうかもしれない。
「だ、大介……ここじゃダメだって……」
「食え」
有無を言わせない声。
唇に、卵焼きがそっと触れる。
ああ、そうだった。
大介は、こういうやつだ。人の話なんて聞かない。
結局、折れるのはいつも僕。
意を決して口を開き、差し出された卵焼きを噛みしめる。
ふわっと、甘みと出汁の香りが広がった。
「どうだ」
「……美味しい。大介のお母さん、料理上手だね」
「ふふん。母さんじゃねーぞ。俺作」
胸の奥で、心臓がドクンと跳ねた。
「最近、料理の練習しててさ。母さん、毎朝五人分の弁当作ってるから。俺が卵焼き担当」
大介が作ったものだと思っただけで、さっきよりずっと美味しく感じる。
……たぶん、これが恋の魔法だ。
「次は揚げ物に挑戦するつもりなんだ。今度、唐揚げ作ってくるな」
嬉しくて、恥ずかしくて、感情が勝手に暴れ出す。もう、自分でも制御できない。
「あ、今日はお前を送ってくし、一緒に勉強するぞ」
ダメだ。心臓が、もたない。
嬉しくて、愛しくて、心臓が暴走している。鼓動は、まるで心肺停止までのカウントダウン。
「で、ご褒美は、月曜と火曜日分を一気にな」
蜂蜜より甘い大介の笑顔に見つめられて、
僕は、何も言えないまま真っ赤に染まった。心臓は、たぶん一度止まった。
昨夜の雪はまだ誰にも踏まれておらず、道はきれいな白のまま眠っている。
「……うわ、銀世界」
吐く息は白く、声まで少し弾んだ。
見渡す限り、白。
夏にはカエルの大合唱が響く田んぼも、今はすっかり雪に覆われ、畦道の輪郭さえ曖昧になっている。
田畑の間を横切る、駅までの一本道。
道路もまた、白く塗り潰されていた。
電柱と標識だけが、冬景色の中にわずかな彩りを添えている。
水量の少ない用水路が、さらさらと控えめな音を立てていた。
二人並んで、その静かな道を歩く。
やがて我を忘れて雪玉を投げ合い、本気の雪合戦をしながら、二人で学校へ向かった。
冷え切った体のまま電車に乗り、足元の暖房に脚を寄せる。手袋を外し、両手もかざして、じんわりと熱を取り戻した。
結局、学校に着いたのは三限の途中だった。大介と別れ、それぞれの教室へ向かう。
昨日までの嫌な気分は、どこかへ消えていた。
昨日は胸の奥まで冬に染まっていたのに、今日は外が冬で、胸の中は春だ。
教室に入るときに向けられる、教師や生徒の“腫れ物に触るみたいな”視線も、今の僕には何とも感じない。
もともと人の目を気にする性格じゃない。昨日は、少しだけ繊細になりすぎていたのだろう。
「……綾ノ瀬、遅刻だぞ」
数学の男性教師が、静かに入室してきた僕に声をかけた。
「すみません。雪合戦が白熱しました」
かなりの間を置いてから、教師は言った。
「……そうか。ほどほどにな」
予想外すぎる答えだったのだろう。
教室のあちこちで、生徒たちが目を丸くしている。
その表情が可笑しくて、思わず頬が緩んだ。
♾️
昼休みになっても、大介はやってきた。
これまでの昼は、購買のパンをさっと胃に流し込み、残りの時間は図書館で勉強して過ごすのが常だった。大介はといえば、野球部の連中と弁当を囲んでいるはずだったのに。
「一緒に食べるぞ」
有無を言わせない声で、大介は僕の机に弁当を広げる。
空いていた椅子を勝手に引き寄せ、当然のように腰を下ろして、食事の準備を始めていた。
「お前の分、翔子さんから預かってるぞ」
「……は?」
完全に寝耳に水だ。
なぜ息子ではなく、大介に渡す。
「雪で荷物が増えると、春翔が転ぶかもしれないだろ。だから俺が預かってたんだ」
まるで主人の代わりに新聞を取ってきた犬みたいに、目をきらきらさせて、褒めろと言わんばかりにこちらを見る。
「……あ、ありがとう」
そう言うと、大介は満面の笑みを浮かべた。
「よし。じゃ、食うぞ」
ハムと、くたびれたレタスが挟まった、料理が苦手な母らしい見栄えのサンドイッチを頬張る。
ハムとレタスとマヨネーズの味しかしない。なのに、なぜか美味しい。
「そんなんじゃ足りないだろ。ほら、卵焼き食え」
大介が、僕の方へ卵焼きをつまんだ箸を差し出してくる。
……あーん、しろってことか。
嬉しい。けど、周りの目が気になる。
こんなことをしていたら、大介まで陰口を叩かれてしまうかもしれない。
「だ、大介……ここじゃダメだって……」
「食え」
有無を言わせない声。
唇に、卵焼きがそっと触れる。
ああ、そうだった。
大介は、こういうやつだ。人の話なんて聞かない。
結局、折れるのはいつも僕。
意を決して口を開き、差し出された卵焼きを噛みしめる。
ふわっと、甘みと出汁の香りが広がった。
「どうだ」
「……美味しい。大介のお母さん、料理上手だね」
「ふふん。母さんじゃねーぞ。俺作」
胸の奥で、心臓がドクンと跳ねた。
「最近、料理の練習しててさ。母さん、毎朝五人分の弁当作ってるから。俺が卵焼き担当」
大介が作ったものだと思っただけで、さっきよりずっと美味しく感じる。
……たぶん、これが恋の魔法だ。
「次は揚げ物に挑戦するつもりなんだ。今度、唐揚げ作ってくるな」
嬉しくて、恥ずかしくて、感情が勝手に暴れ出す。もう、自分でも制御できない。
「あ、今日はお前を送ってくし、一緒に勉強するぞ」
ダメだ。心臓が、もたない。
嬉しくて、愛しくて、心臓が暴走している。鼓動は、まるで心肺停止までのカウントダウン。
「で、ご褒美は、月曜と火曜日分を一気にな」
蜂蜜より甘い大介の笑顔に見つめられて、
僕は、何も言えないまま真っ赤に染まった。心臓は、たぶん一度止まった。
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