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クリスマスデート(9)
▶︎SIDE 大介
ディスパの入場ゲート。
前に来たときより、やけに警備が厳重だ。荷物検査に金属探知機……こんなの、前はなかったよな?
門の向こうに広がる夢の国は、記憶の中と変わらないのに、目の前の光景だけが妙に現実的で、少しだけ調子が狂う。
そういえば、さっきも春翔に
「ファストパス取りに走るぞ」
って言ったら、
「今は全部アプリだよ。走らなくていい」
って、あっさり返された。
六年で、そんなに変わるか?
ディスパに行こうって言い出したのは俺だけど、正直、下調べはしてなかった。
春翔が「予約は任せて」って言うから、全部丸投げだ。
チケット持ってるだけじゃ入れないとか、入場制限があって事前予約必須とか……俺ひとりだったら、たぶん門の前で立ち尽くしてた。
周りを見渡す。
制限されてる割には、人は多い。
お、サンタコスのお姉さん。
この寒さでミニスカとか、強すぎだろ。可愛いけど。
あ、双子コーデの子たちもいる。白ニットワンピに白コート、髪型までお揃い。
……こっち見た。手、振ってる。
ふと、隣を見る。
春翔はスマホを操作しながら、何やら真剣な顔だ。
「アトラクションもご飯も予約制だから、ちょっと待ってて」
さっきそう言ってたっけ。
陽光を受けて、長いまつ毛が頬に影を落としている。
スマホばっかり見てるのが、ちょっとだけ面白くなくて、春翔の頬に指を伸ばした。
「……なに?」
視線を上げないまま聞いてくる。
「なんでもない」
そう言いながら、柔らかくてすべすべした感触を確かめる。春翔の口角が、ほんの少しだけ上がった。
それだけで、胸の奥がぎゅっとなる。
というわけで、この場で一番可愛いのは、どう考えても春翔だ。
バスで寝ても乱れないさらさらの髪。
化粧なんてなくても強すぎる顔面。
ダウンにデニム、ブーツっていう普段着なのに、コスプレ美女たちを軽々と超えてくる。
「寒い」
そう言って、春翔の腕を取る。
利き手を取られてスマホ操作がやりにくそうなのに、文句ひとつ言わず、ぽちぽち続けてる。
……そういうとこだよな。
俺に、甘いところ。
それがまた、最高なんだ。
♾️
地元とは違う、雪のないアスファルトをぼんやり眺めていると、思考が勝手に過去へ飛ぶ。
春翔に、彼氏がいない。
そう分かった日から、俺の世界は、ずっと最高のままだ。
隼の勘違いから始まった、このモヤモヤした悩みは、春翔自身が否定してくれたことで一気に晴れた。
今日の天気みたいに、快晴。
春翔を、彼氏に奪われる心配はなかった。
今まで通り。
そう、今まで通りの関係?
一瞬、また頭に靄がかかりそうになるけど、俺は難しいことを考えるのが苦手だ。
というか、時間の無駄だろ。
せっかく楽しい時間なのに、自分から台無しにするなんて馬鹿げてる。面倒な問題は、保留。とりあえず今はそれでいい。
それに、春翔と一緒にいたいって気持ちは、何も変わってない。
彼氏疑惑のおかげで、自分の望みがはっきりしたのは事実だ。そういう意味では、隼には感謝してる。
今は、春翔に内緒の計画も絶賛進行中だ。
その準備のために勉強を頑張らなきゃいけないけど、春翔のためなら全然苦じゃない。
ふふっ。今から、驚く顔が目に浮かぶ。
クリスマスソングが鳴り響く入場門をくぐると、園内はどこも人でごった返していた。
パレードもショーも、並ぶか予約しなければ見られないほどの混み具合だ。クリスマス限定の演目に、全国からディスパオタクが集まってきているらしい。
それでも、春翔が事前に予約を取ってくれていたおかげで、行程は概ねスムーズに進んでいる。
とはいえ、新しくできたジェットコースターは別格だった。予約していてなお、一時間待ちの列ができている。
二人で大人しく並んでいると、前にいた二人組のアジア系の美女(国籍も年齢も不詳)が、突然英語で話しかけてきた。
最近は英語もそれなりに頑張っているつもりだったけど、いきなりだと全然わからない。
……なのに。
春翔は、さらっと英語で返している。
黒髪ロングのセクシー系美女が、春翔に向かって何か言いながらスマホの画面を見せた瞬間、あの「俺以外には基本無表情」な春翔が、声を出して笑った。
「Really?」
今のはさすがに俺でも聞き取れた。
「マジ?」みたいなやつだ。
黒髪美女はそのまま距離を詰め、楽しそうに話を続けている。
正直、気に食わない。
……と思った瞬間。
横から、俺の腕に柔らかい感触が当たった。
反射的に視線を向けると、もう一人の美女が、俺の腕を取って上目遣いで見つめてくる。ピンクブロンドの髪に、白いファーコート。そのふわりとした感触に、思わず胸が跳ねた。
「コンニチハ」
カタコトの日本語で話しかけられ、そのまま手元のスマホ画面を指差された。
『君たち、かっこいいね。学生?』
彼女が打ち込んだ文字が、日本語に翻訳されて表示されている。
思わず頷くと、ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔が返ってきた。眩しい。妹が追いかけてる海外アイドル並みに、顔が整ってる。
「旅行客?」
そう問いかけると、今度は俺の言葉をスマホが読み取って、即座に翻訳する。
美女は楽しそうに頷いた。
……現代の技術、すごすぎだろ。
未来のアイテムに心が躍り、たまにズレた翻訳に二人で笑いながら、爆美女との即席コミュニケーションを楽しむ。
突然始まった異文化交流を満喫しつつ、ふと春翔の方を見る。
今度は、黒髪美女が見せるスマホの動画を覗き込んでいた。
……なんだよ、嬉しそうにしやがって。
彼氏疑惑で一度落ち着いたはずの心が、またざわつき始める。
そんな俺の視線に気づいたのか、ピンクちゃんがスマホを操作して、こちらに画面を向けた。
『BF?』
……ん、なんだ?
ベストフレンズフォーエバーなら、BFFじゃなかったか?
首を傾げていると、俺の顔を見て察したらしく、すぐに文字が打ち直される。
『Your partner?』
一気に、顔に血が集まった。
熱い。
BFって、ボーイフレンドの略かよ。
春翔が、俺の彼氏?
彼氏って、なんだ?
友達との違いって、なんだっけ。
お互い好きで、一緒に遊んで、デートして、セックスする関係。
……それ、春翔じゃね?
そう思った瞬間、反射的に春翔を見た。
黒髪美女のスマホを覗き込みながら、少しだけ身を屈めて笑っている横顔。長いまつ毛が伏せられて、口元だけが柔らかく弧を描いている。
──ああ、だめだ。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。その顔を、俺以外に向けてほしくない、なんて。
普段ほとんど使われていない脳細胞が、唐突に稼働率100%に達する。
この感情の名前は知ってる──独占欲。
俺の動揺を知ってか知らずか、ピンクちゃんは再びスマホを示す。
『私とMimiは、パートナー』
「あ!」
思わず、声が出た。
その声に反応して、春翔たちもこちらを振り向く。ピンクちゃんが、母国語で何かを早口に説明すると、ミミはくすっと笑って、
「リリ」
と名前を呼び、ためらいなく唇を重ねた。
ミミに腰を抱かれたままのピンクちゃんこと──リリが掲げたスマホには、
「ダーリン、取らないから。大丈夫」
と、短い一文が表示されている。
……うぉ。
美女同士のキスの破壊力、想像以上。
思わず固まっていると、横で春翔も気まずそうに視線を逸らしていた。
……照れてる。間違いなく。
そのあと、ミミと春翔が一緒に見ていたスマホの動画について説明してくれた。
海外で流行っているドラマらしい。
その主演俳優二人が、俺と春翔に似ているから気になって声をかけた、とのこと。
画面を覗き込むと、確かに雰囲気は近い。
財閥の御曹司役が春翔で、
夢に破れた元ボクサーが、俺。
……配役、妙にしっくりきてるのが腹立つ。
それから、ジェットコースターの長い待ち列のあいだ、春翔の通訳を頼りに異文化交流を楽しんだ。
やがて順番が回ってきて、俺たちはそのまま二組で、四人乗りのコースターに乗り込む。
シートに腰を下ろした瞬間、リリが振り返って何か叫んだ。
春翔が苦笑しながら教えてくれる。
「大介、怖くても春翔に抱きついちゃダメだよ?……だって」
「余計なお世話だ」
そう返しつつ、俺でもわかる英語で返す。
「Lili, don’t cry!」
リリはきゃあきゃあと声を上げながら、ミミにぎゅっと抱きついた。
ミミは慣れた様子で、愛おしそうにリリの頭をぽんぽんと撫でている。
……くそ。煽られたら、やるしかねぇ。
「このコースターは、急発進、急下降、旋回を──」
ナレーションを聞き流しながら、最初の坂を登っていく。登り切ったら、あとは落ちるだけ。途中には、定番のカメラスポットがあるはずだ。
俺は春翔に、腕を上げろと視線で合図する。春翔は迷いなく、素直に腕を上げた。
コースターが、頂上に差しかかる。
──よし、今だ。
腕を上げた春翔の胸に、勢いよくしがみつく。抱きついたせいで春翔の顔は見えない。でもこの角度なら、記念写真にはばっちり映る。
ガガガガ、と鳴り響く摩擦音よりも、自分の心臓の音のほうがうるさく感じた。
横揺れのたびに、さらに春翔に体を預ける。前の席では、ミミとリリの叫び声が重なって、興奮を煽ってくる。
ギギギガゴン!!
急停車の衝撃とともに、コースターは減速し、そのまま降り場へと滑り込んでいく。
「春翔、楽しかったな!」
そう言って隣を見ると、春翔は安全バーにもたれかかり、顔を伏せている。
「なんだよ、はーくん。怖かった?」
そうからかうと、ゆっくりこちらを向いた春翔の顔は、耳まで真っ赤だった。
「……なんだよ、照れてんのか?」
りんごみたいな耳元に、わざと顔を寄せる。
「いつも、もっとすごいことしてるだろ?」
その一言で、春翔はさらに俯き、力が抜けたみたいに項垂れた。その頬に、軽くキスを落とす。
間もなく、降り場に到着する。
安全バーが上がるチャイムで春翔は顔を上げたが、赤みはまだ引いていない。
その表情が可愛くて。
俺の一挙一動にいちいち照れるのが、たまらなくて。気づけば、俺のテンションも頂上を振り切っていた。
コースターからふらりと降りようとする春翔を、後ろから抱きすくめ、そのままお姫様抱っこで持ち上げた。
肩で担ぐよりは、正直、重い。
けど──まあ、いける。
春翔は完全に力が抜けていて、抵抗もせず、大人しく腕の中に収まった。両手で顔を覆うのが、せめてもの抵抗らしい。
心配そうに見てくるスタッフに、
「怖すぎて腰抜けたみたいで」
と軽口を叩くと、春翔が俺の胸をドンと叩いた。
そのまま、春翔をそっと床に下ろす。
ミミとリリが、パチパチと拍手を送りながら指笛で煽ってくる。二人に手を振りつつ、預けていた手荷物をロッカーから取り出した。
興奮したままのリリが、次々と言葉を投げてくる。だが春翔はふわふわしていて、通訳役としては完全に戦力外だった。
四人並んで、出口へ続く階段を降りる。
その途中、記念写真の販売所で足が止まった。モニターいっぱいに映し出されているのは、さっきの写真だ。
カメラに完璧なキメ顔を向けるミミとリリ。
証明写真みたいに無表情な春翔。
そして、思いきり抱きついている俺。
ミミとリリ、そして俺は大爆笑。
春翔だけが、まだ照れたまま両手で顔を隠している。
俺は迷わずレジに向かい、記念写真を購入した。その間、春翔はミミたちと何か話していたようだが、印刷が終わって戻ると、二人の姿はもうなかった。
「……あの二人、どこ行った?」
そう聞くと、春翔がこちらを見て、問い返してくる。
「一緒に回りたかった?」
もう、顔は赤くない。
さっきの間に、何かあったのかもしれない。
「いや。別れの挨拶くらいはしたかったなって思ってさ」
そう言ってから、肩をすくめる。
「ま、しゃーない。行くぞ! またラブラブ写真、撮ろうぜ」
「馬鹿っ」
春翔が俺の背中を殴る。
もちろん、全然痛くない。
嬉しいくせに。
ほんと、可愛い。
そうだ。今日はデートだ。
俺たちが、幼馴染から一歩進んだ──
その記念日。
▶︎SIDE 春翔
大介が写真を買いにレジへ向かった、その隙だった。
黒髪の女が、距離を詰めてくる。
「ねえ。このあと、ホテルで4Pしない?」
「……は?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
隣でピンク髪の女が、肩をすくめて笑う。
「えー、こわーい」
わざとらしい作り声。
胸の奥が、冷たく燃え上がる。
「消えろ」
短く言うと、黒髪の女が眉をひそめる。
寄せた眉間に、化粧が歪む。
「狭量ね。嫉妬で火傷する前に退散するわ」
そう吐き捨てて、ピンク髪の女の腕を引く。
「もっと心のままに生きなさい。お姉さんからのアドバイスよ。じゃあね、坊や」
二人はそのまま、人混みに紛れて消えた。
「誰にも、触れさせない。」
喉の奥で零れた呟きは、ジェットコースターの軋む音と、乗客たちの叫び声にかき消された。
ディスパの入場ゲート。
前に来たときより、やけに警備が厳重だ。荷物検査に金属探知機……こんなの、前はなかったよな?
門の向こうに広がる夢の国は、記憶の中と変わらないのに、目の前の光景だけが妙に現実的で、少しだけ調子が狂う。
そういえば、さっきも春翔に
「ファストパス取りに走るぞ」
って言ったら、
「今は全部アプリだよ。走らなくていい」
って、あっさり返された。
六年で、そんなに変わるか?
ディスパに行こうって言い出したのは俺だけど、正直、下調べはしてなかった。
春翔が「予約は任せて」って言うから、全部丸投げだ。
チケット持ってるだけじゃ入れないとか、入場制限があって事前予約必須とか……俺ひとりだったら、たぶん門の前で立ち尽くしてた。
周りを見渡す。
制限されてる割には、人は多い。
お、サンタコスのお姉さん。
この寒さでミニスカとか、強すぎだろ。可愛いけど。
あ、双子コーデの子たちもいる。白ニットワンピに白コート、髪型までお揃い。
……こっち見た。手、振ってる。
ふと、隣を見る。
春翔はスマホを操作しながら、何やら真剣な顔だ。
「アトラクションもご飯も予約制だから、ちょっと待ってて」
さっきそう言ってたっけ。
陽光を受けて、長いまつ毛が頬に影を落としている。
スマホばっかり見てるのが、ちょっとだけ面白くなくて、春翔の頬に指を伸ばした。
「……なに?」
視線を上げないまま聞いてくる。
「なんでもない」
そう言いながら、柔らかくてすべすべした感触を確かめる。春翔の口角が、ほんの少しだけ上がった。
それだけで、胸の奥がぎゅっとなる。
というわけで、この場で一番可愛いのは、どう考えても春翔だ。
バスで寝ても乱れないさらさらの髪。
化粧なんてなくても強すぎる顔面。
ダウンにデニム、ブーツっていう普段着なのに、コスプレ美女たちを軽々と超えてくる。
「寒い」
そう言って、春翔の腕を取る。
利き手を取られてスマホ操作がやりにくそうなのに、文句ひとつ言わず、ぽちぽち続けてる。
……そういうとこだよな。
俺に、甘いところ。
それがまた、最高なんだ。
♾️
地元とは違う、雪のないアスファルトをぼんやり眺めていると、思考が勝手に過去へ飛ぶ。
春翔に、彼氏がいない。
そう分かった日から、俺の世界は、ずっと最高のままだ。
隼の勘違いから始まった、このモヤモヤした悩みは、春翔自身が否定してくれたことで一気に晴れた。
今日の天気みたいに、快晴。
春翔を、彼氏に奪われる心配はなかった。
今まで通り。
そう、今まで通りの関係?
一瞬、また頭に靄がかかりそうになるけど、俺は難しいことを考えるのが苦手だ。
というか、時間の無駄だろ。
せっかく楽しい時間なのに、自分から台無しにするなんて馬鹿げてる。面倒な問題は、保留。とりあえず今はそれでいい。
それに、春翔と一緒にいたいって気持ちは、何も変わってない。
彼氏疑惑のおかげで、自分の望みがはっきりしたのは事実だ。そういう意味では、隼には感謝してる。
今は、春翔に内緒の計画も絶賛進行中だ。
その準備のために勉強を頑張らなきゃいけないけど、春翔のためなら全然苦じゃない。
ふふっ。今から、驚く顔が目に浮かぶ。
クリスマスソングが鳴り響く入場門をくぐると、園内はどこも人でごった返していた。
パレードもショーも、並ぶか予約しなければ見られないほどの混み具合だ。クリスマス限定の演目に、全国からディスパオタクが集まってきているらしい。
それでも、春翔が事前に予約を取ってくれていたおかげで、行程は概ねスムーズに進んでいる。
とはいえ、新しくできたジェットコースターは別格だった。予約していてなお、一時間待ちの列ができている。
二人で大人しく並んでいると、前にいた二人組のアジア系の美女(国籍も年齢も不詳)が、突然英語で話しかけてきた。
最近は英語もそれなりに頑張っているつもりだったけど、いきなりだと全然わからない。
……なのに。
春翔は、さらっと英語で返している。
黒髪ロングのセクシー系美女が、春翔に向かって何か言いながらスマホの画面を見せた瞬間、あの「俺以外には基本無表情」な春翔が、声を出して笑った。
「Really?」
今のはさすがに俺でも聞き取れた。
「マジ?」みたいなやつだ。
黒髪美女はそのまま距離を詰め、楽しそうに話を続けている。
正直、気に食わない。
……と思った瞬間。
横から、俺の腕に柔らかい感触が当たった。
反射的に視線を向けると、もう一人の美女が、俺の腕を取って上目遣いで見つめてくる。ピンクブロンドの髪に、白いファーコート。そのふわりとした感触に、思わず胸が跳ねた。
「コンニチハ」
カタコトの日本語で話しかけられ、そのまま手元のスマホ画面を指差された。
『君たち、かっこいいね。学生?』
彼女が打ち込んだ文字が、日本語に翻訳されて表示されている。
思わず頷くと、ぱぁっと花が咲いたみたいな笑顔が返ってきた。眩しい。妹が追いかけてる海外アイドル並みに、顔が整ってる。
「旅行客?」
そう問いかけると、今度は俺の言葉をスマホが読み取って、即座に翻訳する。
美女は楽しそうに頷いた。
……現代の技術、すごすぎだろ。
未来のアイテムに心が躍り、たまにズレた翻訳に二人で笑いながら、爆美女との即席コミュニケーションを楽しむ。
突然始まった異文化交流を満喫しつつ、ふと春翔の方を見る。
今度は、黒髪美女が見せるスマホの動画を覗き込んでいた。
……なんだよ、嬉しそうにしやがって。
彼氏疑惑で一度落ち着いたはずの心が、またざわつき始める。
そんな俺の視線に気づいたのか、ピンクちゃんがスマホを操作して、こちらに画面を向けた。
『BF?』
……ん、なんだ?
ベストフレンズフォーエバーなら、BFFじゃなかったか?
首を傾げていると、俺の顔を見て察したらしく、すぐに文字が打ち直される。
『Your partner?』
一気に、顔に血が集まった。
熱い。
BFって、ボーイフレンドの略かよ。
春翔が、俺の彼氏?
彼氏って、なんだ?
友達との違いって、なんだっけ。
お互い好きで、一緒に遊んで、デートして、セックスする関係。
……それ、春翔じゃね?
そう思った瞬間、反射的に春翔を見た。
黒髪美女のスマホを覗き込みながら、少しだけ身を屈めて笑っている横顔。長いまつ毛が伏せられて、口元だけが柔らかく弧を描いている。
──ああ、だめだ。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに苦しくなる。その顔を、俺以外に向けてほしくない、なんて。
普段ほとんど使われていない脳細胞が、唐突に稼働率100%に達する。
この感情の名前は知ってる──独占欲。
俺の動揺を知ってか知らずか、ピンクちゃんは再びスマホを示す。
『私とMimiは、パートナー』
「あ!」
思わず、声が出た。
その声に反応して、春翔たちもこちらを振り向く。ピンクちゃんが、母国語で何かを早口に説明すると、ミミはくすっと笑って、
「リリ」
と名前を呼び、ためらいなく唇を重ねた。
ミミに腰を抱かれたままのピンクちゃんこと──リリが掲げたスマホには、
「ダーリン、取らないから。大丈夫」
と、短い一文が表示されている。
……うぉ。
美女同士のキスの破壊力、想像以上。
思わず固まっていると、横で春翔も気まずそうに視線を逸らしていた。
……照れてる。間違いなく。
そのあと、ミミと春翔が一緒に見ていたスマホの動画について説明してくれた。
海外で流行っているドラマらしい。
その主演俳優二人が、俺と春翔に似ているから気になって声をかけた、とのこと。
画面を覗き込むと、確かに雰囲気は近い。
財閥の御曹司役が春翔で、
夢に破れた元ボクサーが、俺。
……配役、妙にしっくりきてるのが腹立つ。
それから、ジェットコースターの長い待ち列のあいだ、春翔の通訳を頼りに異文化交流を楽しんだ。
やがて順番が回ってきて、俺たちはそのまま二組で、四人乗りのコースターに乗り込む。
シートに腰を下ろした瞬間、リリが振り返って何か叫んだ。
春翔が苦笑しながら教えてくれる。
「大介、怖くても春翔に抱きついちゃダメだよ?……だって」
「余計なお世話だ」
そう返しつつ、俺でもわかる英語で返す。
「Lili, don’t cry!」
リリはきゃあきゃあと声を上げながら、ミミにぎゅっと抱きついた。
ミミは慣れた様子で、愛おしそうにリリの頭をぽんぽんと撫でている。
……くそ。煽られたら、やるしかねぇ。
「このコースターは、急発進、急下降、旋回を──」
ナレーションを聞き流しながら、最初の坂を登っていく。登り切ったら、あとは落ちるだけ。途中には、定番のカメラスポットがあるはずだ。
俺は春翔に、腕を上げろと視線で合図する。春翔は迷いなく、素直に腕を上げた。
コースターが、頂上に差しかかる。
──よし、今だ。
腕を上げた春翔の胸に、勢いよくしがみつく。抱きついたせいで春翔の顔は見えない。でもこの角度なら、記念写真にはばっちり映る。
ガガガガ、と鳴り響く摩擦音よりも、自分の心臓の音のほうがうるさく感じた。
横揺れのたびに、さらに春翔に体を預ける。前の席では、ミミとリリの叫び声が重なって、興奮を煽ってくる。
ギギギガゴン!!
急停車の衝撃とともに、コースターは減速し、そのまま降り場へと滑り込んでいく。
「春翔、楽しかったな!」
そう言って隣を見ると、春翔は安全バーにもたれかかり、顔を伏せている。
「なんだよ、はーくん。怖かった?」
そうからかうと、ゆっくりこちらを向いた春翔の顔は、耳まで真っ赤だった。
「……なんだよ、照れてんのか?」
りんごみたいな耳元に、わざと顔を寄せる。
「いつも、もっとすごいことしてるだろ?」
その一言で、春翔はさらに俯き、力が抜けたみたいに項垂れた。その頬に、軽くキスを落とす。
間もなく、降り場に到着する。
安全バーが上がるチャイムで春翔は顔を上げたが、赤みはまだ引いていない。
その表情が可愛くて。
俺の一挙一動にいちいち照れるのが、たまらなくて。気づけば、俺のテンションも頂上を振り切っていた。
コースターからふらりと降りようとする春翔を、後ろから抱きすくめ、そのままお姫様抱っこで持ち上げた。
肩で担ぐよりは、正直、重い。
けど──まあ、いける。
春翔は完全に力が抜けていて、抵抗もせず、大人しく腕の中に収まった。両手で顔を覆うのが、せめてもの抵抗らしい。
心配そうに見てくるスタッフに、
「怖すぎて腰抜けたみたいで」
と軽口を叩くと、春翔が俺の胸をドンと叩いた。
そのまま、春翔をそっと床に下ろす。
ミミとリリが、パチパチと拍手を送りながら指笛で煽ってくる。二人に手を振りつつ、預けていた手荷物をロッカーから取り出した。
興奮したままのリリが、次々と言葉を投げてくる。だが春翔はふわふわしていて、通訳役としては完全に戦力外だった。
四人並んで、出口へ続く階段を降りる。
その途中、記念写真の販売所で足が止まった。モニターいっぱいに映し出されているのは、さっきの写真だ。
カメラに完璧なキメ顔を向けるミミとリリ。
証明写真みたいに無表情な春翔。
そして、思いきり抱きついている俺。
ミミとリリ、そして俺は大爆笑。
春翔だけが、まだ照れたまま両手で顔を隠している。
俺は迷わずレジに向かい、記念写真を購入した。その間、春翔はミミたちと何か話していたようだが、印刷が終わって戻ると、二人の姿はもうなかった。
「……あの二人、どこ行った?」
そう聞くと、春翔がこちらを見て、問い返してくる。
「一緒に回りたかった?」
もう、顔は赤くない。
さっきの間に、何かあったのかもしれない。
「いや。別れの挨拶くらいはしたかったなって思ってさ」
そう言ってから、肩をすくめる。
「ま、しゃーない。行くぞ! またラブラブ写真、撮ろうぜ」
「馬鹿っ」
春翔が俺の背中を殴る。
もちろん、全然痛くない。
嬉しいくせに。
ほんと、可愛い。
そうだ。今日はデートだ。
俺たちが、幼馴染から一歩進んだ──
その記念日。
▶︎SIDE 春翔
大介が写真を買いにレジへ向かった、その隙だった。
黒髪の女が、距離を詰めてくる。
「ねえ。このあと、ホテルで4Pしない?」
「……は?」
自分でも驚くほど、低い声が出た。
隣でピンク髪の女が、肩をすくめて笑う。
「えー、こわーい」
わざとらしい作り声。
胸の奥が、冷たく燃え上がる。
「消えろ」
短く言うと、黒髪の女が眉をひそめる。
寄せた眉間に、化粧が歪む。
「狭量ね。嫉妬で火傷する前に退散するわ」
そう吐き捨てて、ピンク髪の女の腕を引く。
「もっと心のままに生きなさい。お姉さんからのアドバイスよ。じゃあね、坊や」
二人はそのまま、人混みに紛れて消えた。
「誰にも、触れさせない。」
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ぽんぽこ狸
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逃げ出してしまった乎雪(こゆき)にはもう後が無かった。これで人生三回目の家出であり、ここにきて人生の分岐点とも思われる、苦境に立たされていた。
手持ちのお金はまったく無く、しかし、ひとところに留まっていると、いつの間にか追いかけてきた彼に出くわしてしまう。そのたびに、罵詈雑言を浴びせられるのが、心底いやで気力で足を動かす。
けれども、ついに限界がきてそばにあった電柱に寄りかかり、そのまま崩れ落ちて蹲った。乎雪は、すぐそこがゴミ捨て場であることにも気が付かずに膝を抱いて眠りについた。
目を覚まして、また歩き出そうと考えた時、一人の男性が乎雪を見て足を止める。
そんな彼が提案したのは、ペットにならないかという事。どう考えてもおかしな誘いだが、乎雪は、空腹に耐えかねて、ついていく決心をする。そして求められた行為とペットの生活。逃げようと考えるのにその時には既に手遅れで━━━?
受け
間中 乎雪(まなか こゆき)24歳
強気受け、一度信用した人間は、骨の髄まで、信頼するタイプ。
攻め
東 清司(あずま せいじ)27歳
溺愛攻め、一見優し気に見えるが、実は腹黒いタイプ。