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第一章 魔法少女の使い魔

第1話 魔法少女 相沢澪−あいざわみお−

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 誰かが言った「一生涯、幸せと不幸せの数は同じである」っと。
 でもきっと、それは嘘だ。嘘に違いない。そうでもなければ……。
 
 ──ドンドンドン、ドンドンドン!

 高校二年のゴールデンウィーク最終日、午後七時。
 自宅の玄関を、誰かが強く叩いている。
 俺はその犯人に、心当たりがあった。

「──こんばんわ~日輪ヒノワさん。おたくが借りた金銭の取り立てに来ました~」

 取り立て屋だ。まさか本当に来るとは……。

 実は数日前、我が家には一通の書類が投函されていた。
 中身は、多額の借金の請求書……。

 電話で家族に確認したところ、海外出張中の人の良いアホ親父おやじが、騙されて作った多額の借金と判明。
 それから数日間、俺は鳴り響く電話の音に怯える日々だった。

「返事してくださいよ~。……居るのは分かってんだ、さっさと払いやがれ‼」

 そして本日、等々直接家にも。
 おぃおぃ、いつの時代の取り立てだよ。
 まったく、汚い言葉と近所迷惑を考えない大声だ。
 こんな乱暴な取り立て、フィクションの中だけにしてくれよな!

 幸か不幸か、家族は俺だけを残して、旅行をかねて父の出張先に向かっていた。
 つまり、今この家には俺一人……。
 出来る事と言えば、家中の施錠を確認して自室に引き籠もるぐらいで。
 真っ暗な部屋の中、俺は毛布にくるまりスマホを見る。
 そして警察に電話しようか悩んでいた、その時だった。

 突然──。

「──うわぁ‼ お、驚いた。なんだ猫か」

 自室の窓ガラスが開き、一匹の白猫が部屋へと入り込んだのだった。

 ってあれ、おかしいぞ……。
 確か俺は、全ての鍵が掛かっている事を確認したはず。
 
 こんな状況で、心中穏やかではない俺の様子を見てか、白猫はあろう事か不敵な笑みを浮かべた。そして、
 
「──なぁなぁ兄さんにゃ。俺っちの頼みを聞いてくれたら、あんさん所の借金、無かった事にしてみせるにゃ」

 と、声を掛けてきたのだ。

「ははは、今度は喋る猫かよ。夢にしたって冗談キツすぎる」

 夢、これは夢に決まってる。
 そうじゃなければ、俺の頭がどうにかしたんだ。

「夢かどうかは、自分の顔でもつねって確認してみたらいいんじゃないかにゃ。でもその手じゃ、つねるのは難しいかもしれないにゃぁ」

 白猫の言葉につられ自分の手の平を見ると、驚く事にそこには肉球がついていた。
 そして視線を戻すと、周囲のスケールが大きく……。
 いや、違う。これは、自分が小さくなっているんだ!

 俺は、両手で顔を叩いた。
 顔には肉球のふわっとした柔らかさが、手には毛に触れた確かな感覚がある。

「どうやらその顔、少しは信じる気になったようだにゃ?」
「……あぁ、まるで狐につままれてる気分だけど」

 こうなったら、半ばやけくそだ。
 夢だろうと現実だろうと、借金が無くなる方が良いに決まってる。
 ならば、悩むこともない──猫の手も借りよう!

「本当に借金は無くなるのか? それならまず、頼み事の具体的な内容が知りたい」
「切り替えが早くて助かるにゃ。突拍子も無い話にゃけど、あんさんは魔法少女を信じられるかにゃ?」
「喋る猫に、自分も猫にされたんだ。魔法少女でも魔法使いでも、なんだって信じてやるさ」
「いい返事にゃ。俺っちのお願いってのは、あんさんに付きっきりで、彼女の使い魔をやってもらいのにゃ」

 彼女の使い魔? 会話の文脈から察するに、魔法少女の?
 そもそも魔法少女の仕事内容が分からない。
 その使い魔なんて言ったら、なおさら仕事に想像もつかない。

「今すぐ返事をするのは難しい。実際、何をしてるか分からないことには……」

 働きたくないだの、面倒くさいなどとは言わない。
 でも、痛いのや危険なのは話が別だ。
 こんな時だからこそ、リスクを天秤にかけて冷静に判断せねば。

 そんな事を考えている時だった。
 目の前の白猫と、いつの間にか俺の首に着いている首輪の鈴が、チリンチリンっと音を鳴らした。

「お呼びにゃ。丁度いいタイミングで敵がおいでなすったようにゃ。着いてくるにゃ!」

 そう言うと白猫は、突然窓の隙間から外へ出て空に浮かんだ。

「う、浮いてる!? つ、着いて来いって、俺はどうやって行くんだよ!」
「イメージにゃ。魔法を体験した兄さんにゃら、空を飛ぶイメージをすれば飛ぶ事は出来るはずにゃ」

 もう、こうなったらやけくそだ!
 俺は言われた通りに想像を膨らませる。

 飛ぶと言ったら翼だ。背中の翼で、羽ばたくイメージを……。

「すげー……。本当に飛んでる?」

 背中からは可愛らしい漆黒の翼が生え、足が地面から離れている。
 俺も白猫に着いていくため、外へと飛び出した。

「そうだ、大事なことを言い忘れてたにゃ」
「大事なこと? それって借金の返済より大事なことか!?」

 俺の返事を聞き「兄さん、よっぽど参ってたんだにゃ」っと、呆れた表情を見せる。
 そしてすぐに、その表情は真剣なものとなった。

「くれぐれも、兄さんの正体は秘密にしておくことにゃ。誰にも、例外は無く。例えそれが魔法少女にもにゃ」
「も、もしばれたら?」
「身の安全は保障しかねるにゃ……。さぁ、いくにゃよ!」

 不穏な言葉を残し、白猫は飛んで行く。
 不安しか残らない魔法少女業界の社会科見学は、こうして幕を開けた。

 ◇

「す、少し慣れてきた、もう少しなら早く飛べそうだ」

 最初は追いつくのがやっとだった空の旅。
 慣れてくるとこれが意外と快適で、明確なイマジネーション……。
 つまり想像をする事で、思い通りに翼が動く。

「中々にセンスがええじゃにゃいか、にゃんにゃら使い魔の方じゃなくて、魔法少女なんどうかにゃ。男の娘も需要あるにゃよ?」
「何処需要だよ!! せっかくのお誘い悪いが、女装趣味はない。そんなことより、あそこに居るのが、その魔法少女なのか?」

 遠目に、銀髪のショートポニーをした少女が、空に浮いている。
 後ろ姿とはいえ、服装と飛んでいることを除けば、普通の女の子に見えるけど。

「兄さんはここいらで待っとくにゃ。すまんみお、少し野暮用があって遅れたにゃ」
「シロルちゃん遅いよ、急がないと逃げられちゃう!」

 んっ? このこの声、何処かで聞いたことがある気が。

 少女は何かを見つめているのか、振り向かず前を見据えていた。

「あれか、あれがさっき言ってた魔法少女の敵……」
 
 遠目で見てるから、ハッキリとした大きさは良くわからない。
 半透明に光るエイみたいな体で、きっと人よりは幾分と大きいと思う。

「バイパスは繋がった。澪、結界魔法を張るにゃ」

 俺は敵と呼ばれた化け物から、視線を一人と一匹に戻した。
 ちらっと聞こえたバイパスと思われる青いリードが、魔法少女とシロルと呼ばれた白猫をいつしか繋いでいる。

「行くよ、シロルちゃん。結界魔法アジール!!」

 魔法少女が魔法名らしきものを叫んだ。
 するとシロルが一瞬光り、彼女達を中心に半径一キロほどの場所に、輝くドーム型の壁が現れた。
 そして、結界と呼ばれた壁に囲まれた世界は、淡く色を変える──。

「分かってるかにゃ、力一杯手加減するにゃよ」
「うん、分かってる!」

 手加減? この場合、アニメなどの展開では「全力で!!」なんてのが、定番なのではないか?
 その疑問は、直ぐに納得できる事となる。

「す~は~……。行くよ、必殺。アムール・エクレール!!」

 深呼吸の後、少女は魔法を放つため声を上げる。
 するとシロルと呼ばれた猫の手から、一筋の閃光が飛出し、光は地面から空へと弧を描いた。
 そして次の瞬間、

「──おいおい!?」

 なんだよこれ、ファンシー感ゼロなんですけど! 想像と全然違うぞ!!
 
 光が通った道筋には巨大な火柱が上がり、爆音と、肌を焼く程の熱風が吹き荒れる。
 火柱が上がった部分と、その周辺の人工物は跡形もなく消し飛び、えぐれた地肌が見えていた。

 しかしだ、しかし。

 魔法少女の敵は、彼女による破壊活動に命中することはなく。

「あっ……取り逃がしちゃった」

 彼女の言う通りフワフワ飛んで、結界と呼ばれた壁の外へと消え去って行った。

「反動が強くて魔法が少しそれたにゃ。ま、まぁきっと大丈夫にゃ。あのサイズのゾーオなら、今すぐにはろくな悪さも出来にゃいし……。多分」
「うーん、それならいいんだけど……」

 魔法が通った周辺は、未だにメラメラと燃えている。
 これ、さっきの化け物よりココに居る魔法少女達の方が、よっぽど人々にとって危険なのでは無いだろうか?
 魔法少女改め、大量破壊少女と改名したほうがいい気がする。

 正直な所、今のを見て俺の腰は若干引けていた。

「アジール解除!!」

 魔法少女が、結界を解除したのだろう。
 輝くドームはガラスが割れる様に砕け、先程の破壊光線もどきで壊れた町並みは消え、何事も無かったかのような普通の町並みに戻っていた。

「ふぅ、これでよし!!」

 手をパンパンと叩く魔法少女。
 結界と呼ばれた魔法は、あの大量破壊少女から町を守るものだっと解釈した。
 それにしても、驚きの連続だ。
 映画の迫力以上の本物を、目で、肌で、匂いで感じ取ったのだから、当然とも言えよう。
 俺はそんな現況を作り出した彼女の姿が気になり、覗き込むように前へと回る。

「なっ──!?」

 俺は彼女を見て驚いた。
 多少の見た目と、若干の雰囲気こそ違うけど間違いない。
 なんと魔法少女正体は、俺が入部している野球部のマネージャーであり、後輩の高校一年、相澤あいざわみお、その人だったのだ。

 そして彼女も俺に気付いたのだろう、こちらへフワフワと近づいてくる。

「さっき言ってた野暮用って、このカワイイ黒猫ちゃんの事?」

 相澤は、飛びながら膝を抱えしゃがみ込んだ。
 そして俺の顔を、まじまじと見つめる。

「あぁそうにゃ。澪の使い魔になる器をさがしてたのにゃ」
「えっ、この子が? 私の使い魔になる子……」
「まだ決まった訳やないけどにゃ。今話しをつけるにゃ」

 仕事内容はあらかた予想が出来た。
 先程のゾーオって化け物と戦いのが、魔法少女の役目なのだろう。

 相澤から距離を取るように、シロルは俺の肩を取り離れる。
 そして小声で、

「どうするかにゃ」

 っと、一言たずねてきた。

「なぁ、あの化け物。ほかっておいたらどうなるんだ?」
「あのサイズぐらいにゃら、周りに小さな迷惑をかける程度かにゃ。でも成長することで、人に危害をくわえる。死人がでるなんて、ザラにある話にゃ」

 やはり、そこはお約束か……。

 若干疑ったりもしたが、魔法少女は化け物から人々を守っている、その認識は間違っていないのだろう。
 俺も男の子だ、正義の味方みたいな正しい行いは嫌いじゃない。

 ただ問題は……。

「もう一度確認にゃ。この仕事、受けてくれるかにゃ?」
 
 どう考えてもこの仕事、安全な物とは思えない事だ。
 これは物語や他人事では無い、何かあったときの危険は、間違いなく自分に降りかかるだろう。
 でも後輩の女の子が、誰かを助けるためにその危険を冒している。
 それを先輩であり、男である俺が知らんぷりしても良いのか?

「…………分かった、やるよ。その代わり、借金の件は頼んだぞ」
「そう言ってくれると信じてたにゃ。借金の事は任せろにゃ。必ず無きものにするにゃ!」

 何となく言葉のニュアンスがおかしい気がするが、きっと気のせいだろう。
 さっきの破壊活動を見てるから、そんな風に思ってしまう。そうに違いない。

「澪、やってくれるって言ってるにゃ」

 俺の返事の結果に、相澤は両手をパンッっと合わせ「本当に? 良かった」っと笑顔を見せる。
 その表情は、先程の破壊行為を見たのを差し引いても、素直に可愛と思う。
 思ってしまったのだ……。

「使い魔契約のやり方は以前教えた通りや、覚えてるかにゃ?」
「うん、大丈夫」

 そう言うと相澤は、完全に油断をしていた俺の脇を抱え持ち上げた。

「ごめんね、猫ちゃん。少しだけ我慢してね」

 そして一言声をかけ、彼女は突然──重ねたのだ。

「むんぅぅっーーー!?」

 ……完全に不意打ちだった。

 思ってもみない事態に、言葉を失った。
 状況を整理したいが、思考がまともに働かない。
 つまり頭の中が真っ白になった。

「えーっと、確かこれで良かったんだよね?」

 放心状態の俺は、彼女の腕の中に抱きかかえられた。
 柔らかくて、いい匂いで、抱きしめられるのも存外悪くない。

 …………って、言ってる場合か!

「お、お、お、おい相澤!? なんて事するんだよ‼」

 心の準備が無いまま、しっかり唇同士が触れ合った。触れあってしまったのだ。
 動揺するなと言う方が無理があるだろう。

「あっ、言葉が分かる。よかった、成功したみたい。ところで猫ちゃん、何で私の名前を知ってるの?」
「なっ!? なんでって、それは……」

 おっと、危ない。
 確かシロルに、正体を隠しておけって言われてたんだった。

「そ、それは俺の散歩コースに学校があって、そこで君を見たことがあるんだよ」
「あっ、そうなんだ? えへー、これからよろしくね」

 相澤は、俺を見て無垢に微笑む。

 彼女、知らずに俺とキスをしてしまったんだ……。
 それを考えると、自然と胸が痛む。

「それじゃ今日のところは帰えるかにゃ。澪、後は頼んだにゃ。俺っちは今から用事で……。多分明日の朝には戻るにゃ」

 え、後のことはって、もしかして。

「うん、分かった。じゃぁ、私のお家に帰ろっか?」
「あー。あぁ、うん……」

 やっぱり、帰る場所は彼女の家。
 で、でも仕方ないよな? これはあくまでも借金を無くすためだ。
 抵抗しないのも、講義しないのにも、やましい気持ちなど一握りもない。

 俺は相沢に抱かれながら、移動中ずっと心の中で言い訳をしていた。
 するとしばらくして、彼女は一件のベランダへと降り立つ。

「ここが……相澤の家?」

 二階建ての、ごく普通の一軒家。
 電気はついておらず、カーテンもしまっていて中は真っ暗だった。

「ただいま、ノア君」

 俺はその場に下ろされ、相沢は窓ガラスを開けて先に中へと入る。
 その事自体は、何ら珍しくも無い。
 ただだぞ、ただ……。今ノア君と聞こえた様な。
 いや、きっと聞き間違えだろう。

 俺は彼女に続き、真っ暗な部屋に足を踏み入れた。

「えーっとスイッチスイッチ、いたい! ……あ、あった」

 派手に何処かに何かをぶつける音と、相澤が痛がる声が響く。
 その末、何とかスイッチを見つけたようだが、中々電気はつかない。

「──あのね、使い魔さん。シロルちゃんの話だと、魔法少女は恋する思いが力になるんだって。それでね、私はその思いが、特別人より強いらしいの」

 唐突の告白だった。

 このタイミングで、何故そんなことを言ったのか分からぬまま「驚かないでね?」の言葉の後に、部屋の電気がつくこととなる。

「おいおい──何だこの部屋は!?」

 明るくなった部屋のいたる所に、額縁に収められた写真が飾られていた。
 女子高生だ、アイドルの写真を壁に貼る事もあるだろう、だからそれ自体は問題はない。
 本当の問題は、写真の被写体すべてが日輪ヒノワ希空ノア。俺だと言う事だ。 

 電気のスイッチに指をかけていた彼女が、こちらを振り返る。

 背中に悪寒が走った……。

 振り向いた彼女の可愛らしい表情が、どことなく狂気的に見えたのだ。

「そして彼が、私の力の源……。だよ」

 壁に貼られたその写真達は、一枚たりとも取られた記憶が一切無い。
 間違いなく、盗撮写真だ。

「あの猫が言っていた、身バレした時の身の安全。もしかして……そう言う事なのか?」

 魔法少女が同じ学校で、しかも部活動の後輩。
 そして極め付けは、俺のストーカーだって言うじゃないか。
 色々あったが、間違いなく本日一番の驚きは、それだと断言しよう。
 きっと今日は人生一番の厄日だ、そうに違いない。

 普通の人が体験することのない不幸が、これだけ立て続けに続いたんだ。
 一生とは言わずとも、人生において多くの不幸は済ませただろう?
 だから幸せと不幸せの数が同じなら、明日は……。いや、せめて明後日ぐらいは幸せになれるはず。

 そうじゃ無ければ「一生涯、幸せと不幸せの数は同じである」なんて、俺は絶対に信じない。絶対に、絶対に……。
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