我ら、白蛇一派が参りやす

ミナズキ

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第一話 龍閣の白蛇一派

現役の亡霊

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翌朝、休日のすっきりとは言い難い生温い風に当てられて目を覚ました。
しわくちゃの白いシーツをもそもそと退かし、陽一は寝癖だらけの頭を掻きながら、ボーっと窓の方を眺めた。

昨夜の事はなんとなく覚えているが、あの後どうやって自宅まで戻ったのかはいまいち思い出せない。

だが、朝の目覚めは不思議な程に気持ちが良かった。なんとなく頭が痛いが、それはこの際どうでも良かった。
陽一は服を着替え、ひとまずは洗面所へ向かい顔を洗い歯を磨いた。
鏡に映る自分の目の下には変わらず隈が鎮座なされているが、昨日よりも血の気が戻って来ているらしかった。

顔も口も綺麗になって、陽一はすっと背筋を伸ばすと音のする台所へ向かった。既に父がガスコンロの前に立っており、慣れない手付きで朝食を作っている所だった。昔から母との仲の良かった父の顔は、実年齢よりもずっと老け込んでいる気がした。

父の作った飯を食いながら、陽一は父に、今日一日外へ出掛ける旨を伝えた。父は何処か怪訝けげんそうな顔をしたが、一言「気をつけてな」とだけ言ってくれた。
その後は淡々と準備をし、必要なものを全てかばんに詰め込んで外へ出た。天気は悪くない。少々厚い雲が遠い空を流れては居るが、雨の降る様子はなさそうだ。
黒いスニーカーの紐をしっかり結び、陽一はそのまま病院へと向かった。



休日と言う事もあってか、人はそんなにいない。ちらほら見えるあれはきっと面会に来た親族なのだろう。正面入り口より少し離れた夜間用の小さな戸から中へ入り、面会札を首からぶら下げて入院患者が入る為の病室のある二階へ向かうべく近くのエレベーターを利用させてもらった。
呆然と箱の動きに若干の気持ち悪さを覚えたが、それもすぐに終わりを告げる。

左右に開いたドアを素早く潜り抜け、ナースステーション前まで行くと、目の前に簡易的な受け付け台が現れた。用意されていた紙に自分の名前と日付を記入し、ようやっと通過を許された。
角を曲がった突き当たり、そこに母は入院している。病院からは、なんの異常もなく、何故か眠りっぱなしになっているらしい。そう言えば昨夜も、ガラルが様子を見に行った時でさえ寝ていたそうだ。

「もし元に戻らなかったら、母さんは・・・・・」

そんな不安が再び鎌首をもたげた。今まで考えないようにしてはいたが、得体のしれない恐怖を前にしては、陽一にもどうしようもなかった。
段々と足取りが重くなるのがわかる。しかし、もう引き返す事は出来ない。なんの為にあんな胡散臭うさんくさい奴にすがったと思って・・・・・

「おうおう、随分な言い草じゃねぇか」

背後より突然男の声で耳打ちされた。驚いたのと、その声に聞き覚えがあったのとで陽一はビクッと肩を揺らして咄嗟とっさに飛び退いた。
振り返ればそこに、昨日と同じ背格好の男が、やはり錫杖しゃくじょう片手に立っていた。二日酔いの抜けたスッキリとした表情をしている。男はやはりニコニコと笑ったままぼりぼりと頭を掻いた。

「せっかく俺が珍しく早起きしてやったってのによぉ。いや、本当に滅多にないんだぜ?」

「早起きって、もうお昼ですよ」

「細ケェ事は良いんだよ」

そしてガラルはひらひらと手を振りながら遠慮なく病室に入ってしまった。流石にあの珍妙な格好で入られるのは陽一に取って恥ずかしい。止めるべく声を掛けようとしたが、どちらかと言うと他の人間は陽一の方を不審そうに見ている。これは。

「視えてないって事?そんな、まさか・・・・・」

こんな典型的な事が本当に起こり得るのか。これはツッコむべか?
最早、陽一に全ての疑問を問いかける余力は残っていなかった。なにも言わず、見守るしかない。

「・・・・・本当だ。全然起きないな」

「だろうな。憑いている奴も、タチが悪いとは言え四六時中暴れていられる程の力はねぇ。昼間は中で眠って力を回復させてるんだろう。昨日の夜もそうだった」

「・・・・・ところで、一体母に憑いているモノってなんなんですか?なんて言うか、こう、女の幽霊とかそんな感じのやつですか?」

幽霊と言われて陽一が思い浮かべたのは、某ホラー映画で有名なあの霊であった。もちろん陽一にそう言ったものを見る力はないため、彼が想像出来る幽霊はこれだけであった。
しかし、ガラルから返ってきた返事は意外なものだった。

「金髪のヤンキー幽霊」

「・・・・・はい?」

言っている意味が分からず陽一はもう一度聞き返した。ガラルはもう一度静かに「パツキンオールバックの洒落た服着た二十代前半くらいのヤンキーの幽霊」が、母の枕元に立ってこっちにメンチ切ってると言った。

なんて返して良いのか分からず、陽一は呆然と母の枕元を眺めた。見えやしないが、そうするしかなかった。

「そいつに覚えはねぇか?どうもあんたら一家に恨みがあるらしい」

「いやいや!そんな奴知りませんて!むしろこっちが・・・・・・あ、いや。待てよ・・・・・・」

不意に、陽一の脳裏に随分前の記憶が僅かにチラついた。背中に嫌な痛みが走る。陽一は恐る恐るガラルへ問うた。

「そ、そいつの右手に入れ墨はありますか?」

「墨?あぁ、入ってるよ。いかつい虎に龍が巻き付いてる奴。あ、隠した」

嗚呼、やっぱり。陽一はその場で頭を抱えてうなだれてしまった。そうだ、そいつの事は幼い頃からよおく知っている。ずっと、縁を切りたいと思っていた奴だ。

「そいつは、おれの同級生でした。幼稚園の頃から高校まで同じく所に一緒に通ってました。なんですが、その、おれ元々は気が弱くて大人しいタイプの奴だったんです。それで昔からこいつに目を付けられてて、かなり酷い目に遭わされてました。でも、そいつ・・・・・」

高校卒業間近だったはず。防寒着がなくてはふらっと出掛けるのも億劫おっくうなくらい寒かったのを覚えている。
そいつは、受験シーズン中にバイク事故で亡くなった。自損事故だと聞いている。だが事故の直前、そいつは何を思ったのか陽一の家を訪ねてきていた。
理由などとうに忘れてしまったが、きっとろくでもない言い掛かりを付けて嫌がらせしようとしたのだろう。
大学受験中だったのと、両親にも奴の事は伝わっていたので、そのときは無謀むぼうにも母が怒鳴って追い返してしまった。事故で亡くなったと聞いたのも、その日から二日くらい経った後だった。

そのときは、申し訳ないが悲しみも怒りも、なにも湧いてこなかった。今もそうなのだが、今回は事情が違う。
陽一の胸の内はどうしょうもない怒りでいっぱいだった。

「ふーん、そんな事があったのか。と、言うことは、今回はこいつの逆恨みによる犯行って訳か。どんな深い事情があるのかと思えば、しょーもな」

どうでも良くなったのか、ガラルはつまらなさそうに欠伸あくびを放った。

「馬鹿は死んでも治らねぇってのはあながち嘘じゃなさそうだな。こういうのが人間の面倒くせぇ所なんだよ」

ガラルがそう悪態をついた直後、大きなラップ音が母の枕元から聞こえたかと思えば突然、眠っていたはずの母がかっと目を開いて飛び起きた。驚く陽一の首を両手で掴むと、信じられない力で絞め上げてきたのだ。

「誰のせいでこうなったと思ってんだ!?あぁ!!?」

母の声ではあった。しかし、いつもの母ではありえない乱暴極まりない下品な言葉遣いで陽一をひたすら罵り、白目を剥いて口から泡を飛ばしている。人の顔をしていなかった。

苦しいのと怖いのとで、陽一に周りの悲鳴は届かない。涙が溢れた。
ただの逆恨みで、家族をこんなにしていいのかよ。おれにはなにも出来ないのか。陽一は悔しくてたまらなかった。
ついに看護師の方が数人掛かりで陽一と母を引き剥がしにきた。母の手が陽一の首から剥がれたのと同時に、母は突然プツンと糸でも切れた様にコロンと布団の中に倒れ眠ってしまった。

喉の圧迫感が消え少し咳き込んだが、苦しかったのもほんの僅かな時間だ。陽一は喉仏辺りを軽く擦りながら、眠ってしまった母の枕元を睨んだ。もちろん視えてはいない。しかし、母の身体を借りて死後も人様に害を成すその神経に腹が立った。

「大丈夫ですか?首に痛みは?」

一緒に母を止めようとしてくれた若い女性看護師が、どこか泣きそうな声で陽一の顔を覗き込んだ。大したことはない旨を伝え母、もとい奴の非礼を詫びる。
そこでふと、ガラルの姿がない事に気付いた。病室をぐるりと見回しても、どこにもいない。

「あの野郎・・・・・!」

肝心な時に逃げやがったな。そう叫んでやりたいが、人が大勢いる事もあって後に続く言葉をぐっと飲み込み、代わりに両の拳を強く握りしめた。

簡易に済ますと啖呵を切っておいてこのザマか、絶対に訴えてやるぞインチキ野郎。

「・・・・・はるひと?」

怒りに歯を軋ませる陽一の名を呼ぶ者があった。生まれてから独り立ちした後も聞き続けている筈なのに、もう何年も経ってしまったかのような懐かしさが込み上げてくる。
弾かれた様に陽一は顔を上げ、ベッドの方を振り返った。
顔色は悪く血の気も薄いが、その黒っぽい瞳には正気の光が戻っている。
なにが起こったのかわからないそうで、ひたすらに瞬きを繰り返して陽一と周りの看護師たちを交互に見ていた。

「あ、あぁ・・・・・」

そう、あの少し困ったような、人の良さそうなあの表情。物心ついた時から父と共にあった優しい顔。

「うそ、立川さん!?私の言葉が分かりますか?」

驚きのあまり言葉を失い立ち尽くす陽一に代わって、看護師の一人が問いかけた。母はやはり状況が呑み込めきれずに眉間へ少し皺を寄せたが、一つだけ頷いてみせた。

「はるひと、なにがあったの?」

嗚呼、これだ。この穏やかな話し方、間違いない。陽一は泣きながらひたすら頷き、涙を流しながらこれまでのことを話した。

もちろん、白蛇一派びゃくだいいっぱの事は伏せた。これ以上母を混乱させた所で意味はないからだ。陽一の説明を聞いた母は酷くショックを受けて肩を落としてしまった。
その間にも担当の医師がやってきて、看護師の方と何かを話しつつ母の身体検査を進めていく。

「良かったじゃねぇか、お兄さん」

病室の入り口から、ガラルのそんな声が聞こえてきた。陽一がそちらを見たときには既に誰もおらず、僅かな煙草の残り香がそこに漂っているだけだった。






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