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プロローグ 2人の出会い

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「今日は遅くなってしまったわ。まだ馬車はあるかしら」
ダリア・スカーレットは、手いっぱいに紙袋を抱えていた。来月の舞踏会のためのドレスがたくさん詰まっている。けれど、これは新品ではなく、年季の入ったドレスをなんとか今風にお直ししてもらったものだった。

貴族といえどもピンキリで、お城を何個も買えるほどの者がいる一方で、明日の服に困っている者もいる。
スカーレット家はそのキリのキリの方で、食事は一色一汁プラスデザート一品、新しいドレスは一年に一、二着だけ、お家は雨漏り、召使いは60歳の老紳士がたった一人。
庶民よりはちょっといいかなレベルである。
そして実家は地方のため、王都にある学校に通うには都の外れの寮で一人暮らしをしなければならなかった。都に別荘も持っていないくらいの貧乏さだった。

そんなダリアだったが、やはり子爵令嬢という貴族だけあって、箱入り娘だった。お直ししてもらったドレスを抱えてるんるんの帰り道。街中は暗くごちゃごちゃしていて、なかなか大通りに出られない。
「あら? ここさっき通ったかしら……」
ダリアは細い路地を覗き込む。向こうに明るい光が見えたから、この道を抜ければ大通りに出るかも、とくるりと方向を変えた。
夜の路地には危険がいっぱいということを、あまり知らないダリア。そのまま細く枝分かれしている路地をまっすぐ進んでいく。
するとーー。


「おーい姉ちゃん。何してんの? こんなとこで」
「えっーー」
「ドレスなんか持ってんじゃん、どっかのお嬢様? 貴族様ですかね?」
路地からぬっと現れたのは巨漢の2人。ダリアは驚き、怖くて固まってしまう。鼻を突くような酒の匂い。2人の男は赤くなっていてすっかり出来上がっている。
「そんなカッコしてさあ、ここに入ってきてさあ、悪意があるとしか思えないんだよなあ」
紙袋が地面に落ちる。ダリアの両腕は掴み上げられ、無理矢理に壁に押し付けられた。恐怖のあまり、ダリアは息をするのも抵抗するのも忘れ固まってしまう。
喉がしまってしまい、声も出ない。顔がすうっと冷えて行く。悪漢は、怯える姿に余計興奮し、ダリアを地面に倒してその服に掴みかかろうとしたーーその瞬間。

ものすごい衝撃が起こり、ダリアに覆いかぶさっていた大男が吹っ飛んだ。ゴミ箱や廃材が倒れ、路地には轟音が響く。
「――うっせえなァ……人ん家の前でごちゃごちゃやってんじゃねえっつの」
半身を起こしたダリアは、目の前に誰か立っているのを見つける。逆光で顔はよく見えない。
もう1人の悪漢は倒れた男の横によろよろとひざまづき、わあわあと呼びかけていた。ダリアはただ目の前の影をじっと見た。少年だった。


「あなたはーー?」
ダリアがかすれた声を出すと、その少年はサッと背を向けてしまう。腰が抜けてしまったダリアだが、必死に手を伸ばして、その少年のズボンをぎゅっと掴んだ。
「あの、ありがとうーー助けてくれて」
しかし、少年は乱暴にダリアの手を払う。
「お前のためじゃねえよーーギャーギャー騒がれたんじゃ寝れやしねえってだけで」
一瞬、その少年の顔が見える。肩くらいまで雑に伸ばした銀の髪、蒼く鋭いがどこか悲しげな目。その目は、2人の男を睨んでいる。まるで、また襲いかかって来ないか見張っているような。
ダリアは、ぱあっと顔を明るくした。
「――素敵だわーー」
「は?」
「ねえ、私今立てないの。手を貸してくださらない?」
「――1人で立て」
「ダメ。あなたが手伝ってくれないと、またあの2人が私を襲ってきて、ギャーギャー騒いでしまうわ」
チッと舌打ちをして、少年は仕方なさそうにダリアの手を乱暴に掴んで立ち上がらせる。力が余って、ダリアは少年の胸に飛び込んでしまった。彼はわずかに驚きながらも、瞬時に片手でしっかりと支えてくれる。


少年をそっと見上げるダリア。彼は思ったより端正な顔をしていた。青い目は大粒のキラキラした宝石のようで、今まで見たことのあるどんな絵の具、湖とも違う色。驚いたような顔は一瞬で不機嫌な顔に戻る。
少年はダリアから目をそらし、乱暴に突き放した。ダリアは、大事なドレスのこともすっかり忘れて、彼に釘付けだった。
「あなたのお名前は? 一体なんておっしゃるの?」
「お前なんかに教える義理はない」
「言ってくださらないなら、折れてくださるまで叫びーー」
「わかった黙れーーシアンだ」
「シアン・セレスティ?」
ダリアがそういうと、シアンは目を大きくした。意外と可愛いらしい表情だった。
「――どうして知ってる?」
シアンは怪訝な顔をして、声を低くする。一方ダリアは興奮気味になり、身を乗り出した。
「だって、首席でしょう、アルカディアの。私ずっとあなたに会いたかったの!!」
まさに、これは運命の出会いだった。

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