上 下
7 / 11

第6話 新たな危機

しおりを挟む
目がさめると、真っ白な天井が見えた。次に感じたのは頭部への鈍い痛み。ダリアは目だけ動かして周りをみる。保健室のようだった。
しばらくぼんやりしていたダリアだったが、だんだんと思い出してきた。飛行訓練をしていたこと。シアンがアドバイスをしにきてくれた事。その彼を追いかけて箒から落ちた事。

「そっか、私あの後――どうなったのかしら」
ベッドの周りはカーテンで包まれていて、状況がよくわからない。とりあえず、カーテンを引っ張ってみた。すると、隣のベッドの住人とバッチリ目があった。
そこにいたのは、黒髪で涼しげな顔をしている青年。黄金の瞳が煌めく美形だ。しかし、どこか怪我をしているとか、具合が悪いとかというわけではなさそうで、割と元気そうな顔色をしている。
ダリアは何事もなかったかのようにそーっとカーテンを閉めようと思ったが、その青年はダリアを凝視し続け、口を開いた。
「君、ダリア・スカーレットか?」
「え? そうですけれどーー」
「やはりそうだよな! いや、前からまた会いたいと思っていたんだよ。僕の名前はユウチ・グローリー。高等部2年Bクラスだ」
「ええ……」
「僕は副主席でね、ほら、この前の成績優秀者向けの機関訪問のとき君と同じ馬車に乗っていたじゃないか」
「そうでしたの? 覚えていないですわ」
ダリアはうーんと思い出し、わずかに記憶の糸を見つけた。ユウチ・グローリーは、学園のサッカークラブのキャプテンだった気がした。この間カトレアが話していたのを思い出す。
勉学にもスポーツにも優れ、女子からの注目の的だという。そういえば、廊下がやけに廊下で生徒をざわつかせる人がいるなあと思ったことがあった気もする。
しかし、ダリアはハンサムで優秀な男子に対する興味がなかったため顔なんて知らないし、会っていたことも思い出せなかった。

ユウチは気にもしない様子でにこりと笑う。
「そうだね、あの時は深い話はあまりしていなかったからね。でも君の噂はよく聞いているよ、才色兼備の女の子だってね。ぜひ今度ゆっくりお話でもしようじゃない」
「光栄ですわ」
そこまで乗り気ではないが、とりあえずお礼は言っておいた。まだ頭が痛くてぼうっとするのに、ベラベラと話されては余計酷くなる。
ダリアは保健室の先生が来るまで休んでいようと、またカーテンを閉じようとする。しかし、ユウチがガシッとダリアの手を掴んだ。
「どこか悪いのかい? こういう時は誰かがそばにいた方がいい。熱はないか? この僕が汗を拭いてあげよう」
「いえ、大丈夫です、少し休んでいれば」
ダリアは目を閉じて、ユウチから顔を背ける。なんて無神経な人なんだろうと、少し腹立たしくなり、ズキンと頭が痛む。
「かわいそうに、そんなに痛むのかい? 抱きしめてやりたいくらいだ」
「ですから、少し放っておいていただければ……」
かすれた声での頼みは聞き入れられず、ユウチはダリアの頭を撫でた。知らない人に撫でられても何も嬉しくないし痛みも治らない。
頭が割れるようだった。声も出せないほどの痛みがダリアを襲い、意識を奪った。



「え、シアンが校長室に呼ばれたですって!?」
保健室から出てこられたのは、終礼の時だった。魔法で傷口はふさがり、頭の痛みもすっかり良くなっていた。しかし、ユウチの無神経さへの苛立ちと見知らぬ男に触られた嫌悪感が体から離れず、ダリアはもやもやしていた。
そんな中、シアンが大変な状況になりそうだという追い打ち。

ダリアはかばんを手放して、教室から飛び出した。カトレアの止める声も無視し、廊下を疾走する。普段なら規則を守って、廊下など走ったことはなかった。
それだけ、焦っていた。


ダリアが落下して保健室に運ばれた後、シアンがリコリスに対して魔法で突風を起こし、何メートルか吹き飛ばしたのだという。
生徒も先生も騒然となり、リコリスは怪我こそなかったが、シアンは校長室に呼び出されるという大変な事態になってしまったというのだ。

シアンが学園から追放されてしまうかもしれないーーあのリコリスのことだから、きっと親の力を使ってシアンの追放を望むだろう。そして学園も、大貴族のスパイダー家の意見を無視することはできないだろう。
今のままでは最悪の事態は免れない。皆が、シアンが突然暴力を振いだす悪漢だと思い込んでいる今のままではーー。
しおりを挟む

処理中です...