TS猫耳銃士戦記~社畜のおっさんSEが痩せたら魔王も倒せますか?~

頑田むぅ

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第一章:ENVIRONMENT DIVISION

第001話「あなたが望む姿は(後編)」

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「……」

 真っ白な霧の中から、フェルネスがどこか苛立ちを含んだ表情で手鏡を持って現れた。
 手渡された手鏡に映っていたのは、羽飾りのついた帽子をかぶり、マントを羽織って長靴を履いた猫耳の――職場の後輩女子『広瀬あかり』の姿。
 銀色の懐中時計をぶら下げた黒いコルセット風ミニスカートは、可愛らしさと無邪気さを同時に感じさせる。
 黒髪ショートボブの上の黒い猫耳が、尾本の動揺に反応してぴょこぴょこと動いた。
 天真爛漫てんしんらんまんな広瀬に対し、いつも幼いという印象を抱いていたせいか、それとも『長靴を履いた猫』のイメージと混じり合ったせいか……
 その見た目はどう見ても10代半ばぐらいにしか見えない。広瀬は26歳だったはずだが。

「えっと……」

 何かの間違いかと思い、思わず自分の身体を触って確かめる。
 細く長い手足は、まるで弓のようにしなやか。そして、布越しに伝わる控えめな胸のふくらみ――
 思わず鏡に向かって苦笑いを浮かべると、口元に猫っぽい小さな白い牙が覗いた。

 ――間違いない。

 どうやら〝これ〟が、この世界での自分の姿らしい。
 まさか〝これ〟の中身がダイエットを迫られている37歳独身中年男性とは、誰も思うまい。
 何だったら、自分も思いたくない。考えただけでぞっとするし、知人にバレた時の恐怖に震える。

「どうするんです、これ?」

「俺が聞きたい」

「ド変態」

 フェルネスの瞳が冷たく細められる。

「違う! 誤解だ! 広瀬が『困った時のあかりちゃん』って言ってたのを、とっさに思い出しちゃって!」

「いっぺん、死んどきます?」

 フェルネスがにっこり微笑んだ。

「死んだら復活あり?」

「なしです」

 次の瞬間――
 尾本の目の前に真っ黒なコンソール画面が現れ、無機質なメッセージが流れる。

《本番環境『異世界ウルファジム』へのデプロイを開始:Rollback is disabled!もう戻れないよ、テヘペロ!

「え?」

Ok,Let's go!逝ってよし!

 尾本とフェルネスの足元が崩れ落ちる。重力が急に消え、体が宙に投げ出される感覚に襲われた。
 次の瞬間、真っ白な空間を切り裂きながら急降下する。

「うっ――わあああああ!」

 尾本の悲鳴に反応するように、体が上下逆さまになった。
 目の前に広がったのは上下逆さまの赤黒い夕焼け空だ。
 視線を落下地点に向けると、薄暗い大地には何かが無数にうごめいているのが見える。
 地表のあちこちで小規模の爆発が起こり、炎が辺りを照らす。

 ――どう見ても戦場だ。

「今日も尾本さんが太ったせいで魔物がいっぱいですね。言い換えるなら、あれって尾本さんの贅肉ぜいにくですよ、贅肉」

 隣で頭から落下しているフェルネスが呆れたようにぼやく。

「ねねねねネコはどんな高さから落ちても死なないって言うけどおおおお?!」

「それは迷信ですね。猫の身体能力をもってしても限界はありますよ」

「ちちちなみにこの高さはははは?!」

「もちろん! 余裕で高度限界オーバー」

 フェルネスが笑顔でサムズアップ。しかし、二人とも頭から落下しているため、親指は無情にも地面に向けられていた。それが何とも意味深に見える。

 ――ふ。一瞬で意識が遠のいた。

「……まあ、さすがに女の子の姿でペチャンコになられたら、私の寝覚めが悪くなりそうですからね。今回だけは助けますけど」

 フェルネスは迫りくる大地に向かって手を伸ばし、「大地よ。爆ぜろ」と物騒なことを呟いた。
 尾本の身体が地面に叩きつけられようとする瞬間、眩しい閃光とともに大地が爆音を響かせて炎を上げる。

 燃え盛る爆炎の中から、くるくると回転しながら宙を舞い、音もなく尾本――猫耳広瀬は地面へ着地した。
 それはまるでネコ科の動物。尾本の意思や運動能力をまったく無視した行動だった。

 急な静寂。
 尾本はふらつきながら立ち上がると、墜落の恐怖に閉じていた目をゆっくりと開いた。

 視界に飛び込んできたのは、燃え盛る戦場と真っ赤な夕日。そして、静まり返った人間の兵士たちと犬の頭をした魔物の群れ。

 大爆発とともにムダにヒロイックな登場を果たした猫耳少女に度肝を抜かれ、敵も味方も関係なく全員が動きを止めると互いに顔を見合わせ、その顔に困惑の色をにじませている。

「あれは……魔物か?」

 人間の兵士の一人がぼやくと、対峙している魔物が慌てて首を左右に振った。

「なんじゃ、こりゃあああああ!」

 尾本は戦場の真ん中で吠える。
 混乱する脳裏に浮かぶのは、この異常事態に陥る事になった原因。

 暴飲暴食がまずかったのは認める。
 そもそも、ビールに唐揚げが合うのが悪いとも思う。

 だからといって、どうして自分は異世界で勇者をしなくてはならないのか。
 しかも、猫耳美少女の姿で……って、それは自分のせいか。
 いや、違う。そもそもことがすべての原因なのか。

「こうなったら……」

 尾本は震える手で、腰に下げた剣の柄を掴んだ。

「やるか、ダイエット!」

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