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第一章:ENVIRONMENT DIVISION
第005話「ナンカしときました!(前編)」
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「……聞きなさい、尾本コウよ」
澄んだ声が、静寂に溶け込むように響く。
視界一面を白い光が覆い、無数の輝きがかすかに揺れながら漂っている。
今朝の夢の続きだと理解した尾本は、少し考えてから、その声に答えた。
「断る」
「聞きなさいって!」
ぽかっと頭を軽く叩かれる。頭を掻きながら振り返ると、今朝の夢で見た可愛らしい女神が、小さな拳を握りしめ肩をぷるぷると怒りで震わせていた。
「へいへい……話は聞きますけどね。今日は疲れてるんで手短に頼みますよ」
女神は大きなため息をつくと、両手を広げて頭上にふわりと浮かぶ。今さらそんな女神演出は必要ないと思うが、そんなことを言えば、また叩かれそうだ。なので、黙っておいた。
「それでは、尾本コウよ。聞きなさい――」
「コウちゃんでもいいですよ?」
「ふざけないと喋れない病気か何かですか?」
「今日はそういう気分なんですよ~」
納期直前に、いきなり仕様変更。しかも、システムの根幹に手を加えないといけない内容という事もあって、完全に心は折れた。
「泣かないでくださいよ、気持ち悪い……」
「気持ち悪いって言った!」
「もうっ! いいですか、尾本さん! 今の体重ですが……昨日から2キロ増です!
に・き・ろ・ぞ・う! バカなんですか?
夢で伝えたことを忘れたんですか? あなたの体重が増えると世界がピンチなんですってば!」
「だってえぇ~ 納品直前に急な仕様変更とか、普通あり得ないっしょ~!」
もっとも、修正にかかる分だけ納期を伸ばしてもらったので、今日は定時で帰れた。しかし、これで終わりではない。他業務のスケジュールの辻褄を合わせるため、残業の日々がまた始まる。
「あっ! そうだ、女神様!
あのクライアント社長さんの残されし毛根が、一本残らず死に絶える呪いをかけてくださいよ」
「……話が進まないから無視しますね。
それで、私の世界の魔物の数が一気に増えて、本当にピンチなんです。勇者達が簡単にさばける数じゃありません。きっと今も戦っていることでしょう」
「今も残業中って事ですか? 異世界にも社畜っているんだなあ……」
「勇者を社畜って言わないでください! 仮にブラック勤務だとして、そうさせたのは尾本さんですからね! そこはゆめゆめお忘れなく!」
「ブラックがブラックを呼ぶ。なんという負のスパイラル……」
「もうっ!
……それで、昨日は一日尾本さんを監視してたんですけど、どうなんですか、あれ?」
「あれと申されますと?」
「なんでカップ麺? しかも、スープまで飲んで……」
「だって、スープ捨てにいくの面倒だし、そもそも空腹だったし」
「しかも、本当に40秒で食べ終わったのを見た時は、さすがに私も引きましたよ。女神ドン引きです」
「だって、すぐに電話しなきゃだったし」
「そして何ですか、あれ?」
女神が汚部屋の片隅に転がる銀色のヤツを指差す。それは見紛うことなくビールの空き缶。
「すぅぅぱぁぁどぅるぁあああい!」
「神の力で、あなたの頭の毛根をすべて焼き払いますよ?」
「神だけに? 髪だけに?」
「そりゃあ、あなたにもストレスぐらいあるでしょう。私だって鬼や悪魔じゃありません……神だけに……ププッ!」
笑いのツボに入ったらしく、女神は口元を手で押さえながら、ぷるぷると肩を震わせている。ついには小さな笑い声が漏れ始めた。異世界の女神はオヤジギャグへの耐性がないのかもしれない。
「――いや、そうじゃなくて! 今日も仕事帰りに居酒屋に行ってさんざん飲んで!
それだけならまだしも、帰りに缶ビールまで買ってくるなんて!」
「いや、ほら。今日の居酒屋は後輩の愚痴を聞くのがメインだったんで、そんなに飲んでなかったから」
職場の後輩の愚痴を聞き、日頃の労をねぎらうのもリーダーの立派な業務だ。もっとも「後輩から飲みに誘われたタイミングでしかやってはいけない」とリーダー研修で習った気がする。これがコンプライアンス?
「そして、なんで唐揚げまで買ってくるんですか!」
「そりゃあ、ビールには唐揚げでしょうよ。知らないんですか?」
「知りたくないですねー」
ふいっと、女神が視線をそらす。
「あ、知ってる顔だ」
女神の見た目は幼いが、どうやら飲酒が許されるくらいの成人女性だったらしい。図星だったのか、女神が顔を真赤にして頬をふくらませる。
「と・に・か・く! 女神に誓ったんですからダイエット頑張ってくださいよ。初日にコレって、さすがにあんまりじゃないですか?」
「まあ、確かに……」
黒い津波のように押し寄せる魔物の群れと、深手の傷を負いながらも人々を守るために剣を構える若き勇者たち――そんな光景を想像すると、じわじわと罪悪感が湧き上げてくる。
「申し訳ない」
尾本は神妙な顔で頭を下げた。
「もうっ! そう素直に頭を下げられると調子が狂うというか……
なんだかなあ……
それで尾本さんの場合はモチベーションの問題もあるんじゃないかって――
今日、チラッと思ったんですよね」
「チラッとねえ……」
「『お前のせいで世界がピンチだ。だからダイエット頑張れ!』って、ちょっと身勝手なのかなあ……とか?」
女神は人差し指を顎に当て、小さく首を傾げる。本当にチラッとだけ思ったらしい。
「まあ、健康の為にも痩せた方がいいんで、そこは気にしなくていいですよ」
「今日は妙に素直ですね?」
「出会って2日目ですからご存知ないかもしれないですけど、俺ってすっげー素直ですよ?」
「それって、自分の欲望にもですよね? そんなわけで、ご褒美というか、なんというか……ちょっとした贈り物を用意しました」
女神はどこからともなく取り出した巨大な袋の中に手を突っ込むと、ごそごそと中身を探る。
「おおっ!」
「デジタル体重計です」
某有名家電メーカーの体重計を取り出す。どう見ても新品だ。
「神々しさガン無視で、すげえのきたな。あ、わかった! 異世界のすごい魔法の力が宿ってるとかですよね?」
「いえ。普通に家電量販店でも売ってるやつです。私はアマ◯ンでポチりましたが」
「すげえな、ア◯ゾン! 異世界にも届くんだ!」
「そんなわけないでしょ。こっちで買ったんですよ。後で設定を済ませた後に、そっちに持っていきますね」
「こっちとかそっちとか……異世界とは一体?」
すごい勢いで、何か世界観的なモノが壊れていくような気がする。気のせいだろうか。
澄んだ声が、静寂に溶け込むように響く。
視界一面を白い光が覆い、無数の輝きがかすかに揺れながら漂っている。
今朝の夢の続きだと理解した尾本は、少し考えてから、その声に答えた。
「断る」
「聞きなさいって!」
ぽかっと頭を軽く叩かれる。頭を掻きながら振り返ると、今朝の夢で見た可愛らしい女神が、小さな拳を握りしめ肩をぷるぷると怒りで震わせていた。
「へいへい……話は聞きますけどね。今日は疲れてるんで手短に頼みますよ」
女神は大きなため息をつくと、両手を広げて頭上にふわりと浮かぶ。今さらそんな女神演出は必要ないと思うが、そんなことを言えば、また叩かれそうだ。なので、黙っておいた。
「それでは、尾本コウよ。聞きなさい――」
「コウちゃんでもいいですよ?」
「ふざけないと喋れない病気か何かですか?」
「今日はそういう気分なんですよ~」
納期直前に、いきなり仕様変更。しかも、システムの根幹に手を加えないといけない内容という事もあって、完全に心は折れた。
「泣かないでくださいよ、気持ち悪い……」
「気持ち悪いって言った!」
「もうっ! いいですか、尾本さん! 今の体重ですが……昨日から2キロ増です!
に・き・ろ・ぞ・う! バカなんですか?
夢で伝えたことを忘れたんですか? あなたの体重が増えると世界がピンチなんですってば!」
「だってえぇ~ 納品直前に急な仕様変更とか、普通あり得ないっしょ~!」
もっとも、修正にかかる分だけ納期を伸ばしてもらったので、今日は定時で帰れた。しかし、これで終わりではない。他業務のスケジュールの辻褄を合わせるため、残業の日々がまた始まる。
「あっ! そうだ、女神様!
あのクライアント社長さんの残されし毛根が、一本残らず死に絶える呪いをかけてくださいよ」
「……話が進まないから無視しますね。
それで、私の世界の魔物の数が一気に増えて、本当にピンチなんです。勇者達が簡単にさばける数じゃありません。きっと今も戦っていることでしょう」
「今も残業中って事ですか? 異世界にも社畜っているんだなあ……」
「勇者を社畜って言わないでください! 仮にブラック勤務だとして、そうさせたのは尾本さんですからね! そこはゆめゆめお忘れなく!」
「ブラックがブラックを呼ぶ。なんという負のスパイラル……」
「もうっ!
……それで、昨日は一日尾本さんを監視してたんですけど、どうなんですか、あれ?」
「あれと申されますと?」
「なんでカップ麺? しかも、スープまで飲んで……」
「だって、スープ捨てにいくの面倒だし、そもそも空腹だったし」
「しかも、本当に40秒で食べ終わったのを見た時は、さすがに私も引きましたよ。女神ドン引きです」
「だって、すぐに電話しなきゃだったし」
「そして何ですか、あれ?」
女神が汚部屋の片隅に転がる銀色のヤツを指差す。それは見紛うことなくビールの空き缶。
「すぅぅぱぁぁどぅるぁあああい!」
「神の力で、あなたの頭の毛根をすべて焼き払いますよ?」
「神だけに? 髪だけに?」
「そりゃあ、あなたにもストレスぐらいあるでしょう。私だって鬼や悪魔じゃありません……神だけに……ププッ!」
笑いのツボに入ったらしく、女神は口元を手で押さえながら、ぷるぷると肩を震わせている。ついには小さな笑い声が漏れ始めた。異世界の女神はオヤジギャグへの耐性がないのかもしれない。
「――いや、そうじゃなくて! 今日も仕事帰りに居酒屋に行ってさんざん飲んで!
それだけならまだしも、帰りに缶ビールまで買ってくるなんて!」
「いや、ほら。今日の居酒屋は後輩の愚痴を聞くのがメインだったんで、そんなに飲んでなかったから」
職場の後輩の愚痴を聞き、日頃の労をねぎらうのもリーダーの立派な業務だ。もっとも「後輩から飲みに誘われたタイミングでしかやってはいけない」とリーダー研修で習った気がする。これがコンプライアンス?
「そして、なんで唐揚げまで買ってくるんですか!」
「そりゃあ、ビールには唐揚げでしょうよ。知らないんですか?」
「知りたくないですねー」
ふいっと、女神が視線をそらす。
「あ、知ってる顔だ」
女神の見た目は幼いが、どうやら飲酒が許されるくらいの成人女性だったらしい。図星だったのか、女神が顔を真赤にして頬をふくらませる。
「と・に・か・く! 女神に誓ったんですからダイエット頑張ってくださいよ。初日にコレって、さすがにあんまりじゃないですか?」
「まあ、確かに……」
黒い津波のように押し寄せる魔物の群れと、深手の傷を負いながらも人々を守るために剣を構える若き勇者たち――そんな光景を想像すると、じわじわと罪悪感が湧き上げてくる。
「申し訳ない」
尾本は神妙な顔で頭を下げた。
「もうっ! そう素直に頭を下げられると調子が狂うというか……
なんだかなあ……
それで尾本さんの場合はモチベーションの問題もあるんじゃないかって――
今日、チラッと思ったんですよね」
「チラッとねえ……」
「『お前のせいで世界がピンチだ。だからダイエット頑張れ!』って、ちょっと身勝手なのかなあ……とか?」
女神は人差し指を顎に当て、小さく首を傾げる。本当にチラッとだけ思ったらしい。
「まあ、健康の為にも痩せた方がいいんで、そこは気にしなくていいですよ」
「今日は妙に素直ですね?」
「出会って2日目ですからご存知ないかもしれないですけど、俺ってすっげー素直ですよ?」
「それって、自分の欲望にもですよね? そんなわけで、ご褒美というか、なんというか……ちょっとした贈り物を用意しました」
女神はどこからともなく取り出した巨大な袋の中に手を突っ込むと、ごそごそと中身を探る。
「おおっ!」
「デジタル体重計です」
某有名家電メーカーの体重計を取り出す。どう見ても新品だ。
「神々しさガン無視で、すげえのきたな。あ、わかった! 異世界のすごい魔法の力が宿ってるとかですよね?」
「いえ。普通に家電量販店でも売ってるやつです。私はアマ◯ンでポチりましたが」
「すげえな、ア◯ゾン! 異世界にも届くんだ!」
「そんなわけないでしょ。こっちで買ったんですよ。後で設定を済ませた後に、そっちに持っていきますね」
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