[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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薔薇と少女と、図書室の秘密

五章『ラブレターはマカロンの甘さで』

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時を告げる柔らかな音とともに、扉がノックされた。

先輩はわたしに、ここにいて。と目で合図を送ってから、音もなく扉のロックを外す。わたしが目にしたのは、翳りを帯びた微笑みと。ガラス越しの踊るような声色。

ただそれだけ。

先輩は短く言葉を交わすと、扉を音もなく閉めた。振り返ったその手には、薔薇が一輪とラブレター。

「あの……薔薇、よかったら」

わたしは控えめに花瓶を差し出す。けれど先輩は柔らかく首を振る。

「ありがとう。でもね、これは向こうに飾りたいの」

先輩は窓際の日当たりの良い一輪挿しに、優しい手つきで薔薇を差した。わずかに開かれた窓からの風が、甘い香りを運ぶ。隣に置かれた白い封筒を指でなぞる――


購買部で売っている、見慣れた封筒だった。光沢のある封筒が、柔らかな午後の光を返している。先輩は微笑んだままそれを見つめていた。

また、見惚れていたことに気づいたわたしは目を逸らす。食器棚のガラス越しに、司書室を覗き見する生徒たちの視線とぶつかった。胸の奥が軋む。その痛みに気づかないふりをして、前髪を引っ張りながらわたしは言葉をさがした。

「あ……お茶、おいしかったです。お話も、もう大丈夫ですよね?」

早く逃げ出したくて、席を立とうとした。先輩はやわらかく首を横に振った。

「あなたは、私が招いたお客様なんだから、ね?」

雪乃先輩の瞳がわずかに揺れた。ここにいていいと、いてほしいと、その目が訴えかけているようだった。先輩は立ち上がると、窓の前に立って、ふわりと振り返った。

「ちょうど差し入れの薔薇のマカロンがあるの。一緒に食べましょ?今日は一日、薔薇の香りに包まれる日にしたいの」

差し出された、マカロンを口にする。鼻に抜ける薔薇の芳香と、口に広がる上品な甘味が心をゆるやかに溶かしてゆく。

「あ、美味しい……」
わたしの素直すぎる感想に、先輩は目を輝かせた。

「話が途切れちゃったわね。本当は続きがあるんでしょう?」

先輩は、いたずらっぽく見つめてくる。その視線から逃れるように俯くわたしに、優しく囁いた。

「私、変わった話が好きなの」
「ほら、推理好きの変人だって、みんな言ってるでしょう?」

わたしはまだ顔を上げる勇気がなく、

「変人だなんて……そんなこと、ないです。みんな、先輩のこと好きですから」

自分の言葉に傷ついているような、この痛みはなんだろう?そう感じながら答えた。

「好きっていってくれる人は、多いかなあ……こんな見た目だからね」

先輩の自嘲するような言葉。

この人の優しさを、寂しさを、ほんのひとかけらでも慰めて……いや、支えてあげられたら。そんな想いが自然と胸に湧きあがった。わたしは小さく息を吸ってから、勇気を出して先輩の瞳を見つめて口にする。

「推理ゲーム……もうちょっとだけ、真面目にやってみましょうか?」
わたしの言葉に、先輩の瞳が輝いた。

「ええ、もちろんよ」

弾む声と表情は、クリスマスの朝にプレゼントと出会った幼な子のようだ。

「そのために来てもらったんだから。もっともっと、お話ししましょう?」

変人という噂は先輩への揶揄だと思っていたけれど、案外本当なのかもしれない。図書室で手下を引き連れた冷たい魔王――そんなわたしの先入観。

それは今、目の前の雪乃先輩を見て揺らぎ始めていた。

そして噂話が真実だったこと。
それが先輩へのわたしの印象を好転させていると気づいた。

「改めて推理ゲームの始まりよ」

先輩は嬉しそうだった。その瞳と髪が一層煌めいて見えた。

「一度話したことも遠慮なくね」

弾む声でそう言った。先輩は、スカートをきれいに巻き込んでから座り直すと、わたしの顔を正面から見据えた。

「では、わたしも改めて最初から、詳細をお話しますね」

先輩を真似て座り直すが、うまくいかない。けれど、不思議と心は穏やかだった。
今朝の出来事の真相を解き明かす時間が始まる。
その先に何が待っているのか――わたしはまだ知らなかった。

「わたし、散歩が好きでよく歩くんです」
「今日は朝五時に目が覚めちゃって……そんな日はもう、何をやっても眠れないんです」

「三丁目のお屋敷の薔薇。この季節は最高ですよね」

先輩は黙ったまま頷いてくれる。睫毛に光がふわりと乗った。

「そう思ったら、もう着替え終わってて。お化け屋敷の噂、知らなかったから」

特に事件なんてあるわけない。それでも心が解けるようだった。こんなに落ち着いた会話は久しぶりだった。また、薔薇が甘く香った。

「それで、登校時間はずいぶん先だし、ゆったり楽しんでたんです。そうしたら……急に声をかけられてしまって」

先輩は、朝六時前に庭先で会話している、二人を思い浮かべているのだろうか?
女子高生と老婆、その奇妙な取り合わせを。

「ちょっと油断してたっていうか……。これまでその時間におばあちゃんに会うことはなかったから」

「それで仕方なく……お家にあげてもらって」

「その時は心底困ったなあと思ったんです」
でも、そのおかげで今この場所にいられる。おばあちゃんに感謝だな、わたしはそんなことを考えていた。

先輩はわたしの言葉をじっと聞きながら、軽く首を傾げた。

「こういうこと言うの、失礼かもだけど……」

先輩の視線が一瞬揺れた。

「おばあちゃんのお誘いを断れないタイプなんだね」

「今日、初めてってわけじゃないんです」

そっと唇を噛んで、不満を隠さずに言葉を重ねる。

「実はその家には、何度か上がらせてもらったことがあるんです。それにわたし、おばあちゃんっ子だから」

わたしはもう一度はっきりと言った。先輩は笑った。その瞳は、長い冬の後の陽だまりのように優しく見えた。

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