[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

文字の大きさ
32 / 72
赤りんご青りんご事件~名前のない色

六章『美術室へ――Viridian(深緑)の罠』

しおりを挟む

美術室の扉を開けると、油絵具と鉛筆の匂いがふわりと広がった。

わたしにとっての図書室のように、この空気に安らぎを覚える人も多いはずだ。

軋む扉の音に邪魔されながら、先輩は告げた。
「お邪魔します。私、二年F組、日ノ宮ひのみや雪乃ゆきのと申します」

天目あまのめ椿姫つばき部長と百瀬ももせ千里せんり副部長はいらっしゃいますか?」

百瀬先輩はすぐに気づくとスカートをひるがえしながら駆け寄ってくる。

「やあ、まさか本当に来てくれるとはね!モデルまでお願いしちゃっていいのかな?」

ひと足先に室内に入って部員に微笑む先輩。
周囲の部員に準備をするように伝えてから、雪乃先輩を部屋の中央へと招き入れた。
雪乃先輩は美術室を興味深げに見回してから

「お誘いありがとうございます。皆さんに描いていただけるなんて光栄です」

その言葉に部員たちは、きゃあきゃあと喜びの声をあげる。わたしもそっと室内にすべり込んだ。

わたしの選択科目は音楽なので、美術室は学校案内で入った以来だった。室内は角度がつけられる大型の机が、今はたたまれて部屋の隅に寄せられていた。

空いたスペースに、文化祭用のキャンバスが置かれたイーゼルが、二十ほど部員の数だけ並んでいた。
市松模様の床は丁寧に掃除されているが、絵の具の染みが歴史を物語っていた。

けれど、その努力と情熱の跡は、素直にただ綺麗だな、そう思えた。部屋の隅のごみ箱には、見覚えのある花柄シールがキラリと光った。

一部だけが使われていて、大部分がそのままだった。
勿体無いな、と思った。部屋の奥の緑の掲示板には、精密なデッサンが名前入りで飾られていた。
どうやったらこんな絵が描けるのかと、思えるものばかりだった。

掲示板の奥はモチーフ置き場で、石膏像や鳥の剥製、空瓶などが所狭しと並ぶ。

部員たちは各々、進めていた作品を美術室の隅に片付けて、イーゼルを円形に並べた。

準備が整う直前、扉がノックされた。
教室の扉が控えめに音を立てると、金髪の少女がそっと顔をのぞかせた。大きめのスケッチブックを抱えている。文芸部の先輩、物部もののべアリサ先輩だった。

雪乃先輩に気づくと軽く微笑んだ。同じクラスだと言っていたっけ。わたしは最近、幽霊部員であることに罪悪感を感じながら会釈をした。

アリサ先輩は気にしていないようだった。

「えっと……百瀬さん、聞きたいことがあって」
「まだ、描きかけなんだけど、この空の色……どうかな?」

差し出されたページには、淡い水色と藤色が重ねられた夜明けの空。  

百瀬先輩はその絵を覗き込むと、首をかしげた。

「ちょっと緑が……強いか?少しいいかな椿姫」

声をかけられた天目先輩は、アリサ先輩に手早く、しかし丁寧にレクチャーを済ませた。

アリサ先輩は嬉しそうに目を細め、礼を言うと去っていった。

それにしても、百瀬先輩は不思議な人だなと思った。水色と藤色の空に緑を足すと、いい絵になるんだろうか?

やはり――この人の感性はわたしとは違う、そう思った。

「ポーズはこんな感じ?」

雪乃先輩は教室の中央の椅子に腰掛け、周囲に向けて語りかけた。一言ごとに、黄色い声があがった。
先輩にも部員たちにも、心の中から暗い思いが沸き上がった。

先輩はわたしの物……なんかじゃないとわかっているのに。

「その姿勢だと長時間は辛いから、楽に座ってくれ」
モチーフの観察を怠らない様子で、目線はすでに雪乃先輩に向けたままの百瀬先輩。

鉛筆の先端をカッターで軽くなぞってから、指先で鉛筆のとがり具合を確認する。
それを満足そうに眺めるとペンケースに戻す。
手慣れた芸術への所作は熟練の騎士のようで、不思議な色気を醸し出している。

全員の準備が整ったのを見てとると

「せっかくだから、じっくり時間をかけてやろう」
「五分後開始。三十分で一ポーズ。椿姫、それでどうかな?」

最後に、部長の天目先輩に確認を取った。

「ありがとう、千里ちゃん、それでいいよ」

「クロッキーとデッサンの中間くらいになるから、しっかり形をとることを意識してね」

合図の手拍子をすると、天目先輩は普段の様子とは違う、指導者としての口調で告げた。部員たちにとっては普段のやりとりのようで、タイマー係の生徒が電源を入れる。

それまでのざわめきは一瞬で消え去った。

そこにあるのは、一心不乱に鉛筆を走らせる心地のいい音だけだった。

そして、その真っ直ぐな視線の中から、憧憬や好奇心は消えていた。わたしの中の、嫌な独占欲は、不思議と柔らいでいった。

邪魔にならないよう、音を立てずに席を立つ。
描いている様子が見やすい入り口近く、陽当たりのいい椅子に腰かけた。

「色味を感じさせるように鉛筆を持ち替えて」
「僕は2Bは赤、Fは黄色というように持ち替えるよ」
百瀬先輩は、周囲の部員に目を配った。

天野目先輩も別の部員に熱心に指導をしている。

さすが部長と副部長らしい。どちらも絵を描くことに重要な要素なのだろう。その指導で、それまで悩んでいた鉛筆が走り出す。

指導を仰ぐだけではなくて、積極的に意見を交わしあって、制作を続ける。
美術室独特の香りにも慣れたわたしは、目を閉じて心地良い音に耳を澄ませた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

名もなき春に解ける雪

天継 理恵
恋愛
春。 新しい制服、新しいクラス、新しい友達。 どこにでもいる普通の女子高生・桜井羽澄は、「クラスにちゃんと馴染むこと」を目指して、入学早々、友達作りに奔走していた。 そんな羽澄が、図書室で出会ったのは—— 輝く黒髪に、セーラー服の長いスカートをひらりと揺らす、まるで絵画から抜け出したような美しい同級生、白雪 汀。 その綺麗すぎる存在感から浮いている白雪は、言葉遣いも距離感も考え方も特異で、羽澄の知っている“普通”とは何もかもが違っていた。 名前を呼ばれたこと。 目を見て、話を聞いてもらえたこと。 偽らないままの自分を、受け入れてくれたこと—— 小さなきっかけのひとつひとつが、羽澄の胸にじわりと積もっていく。 この気持ちは憧れなのか、恋なのか? 迷う羽澄の心は、静かに、けれど確かに、白雪へと傾いていく—— 春の光にゆっくりと芽生えていく、少女たちの恋と、成長の物語。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

春に狂(くる)う

転生新語
恋愛
 先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。  小説家になろう、カクヨムに投稿しています。  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[完結] (支え合う2人) ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

処理中です...