[第一巻完結!]清心館女学院の探偵事情~銀髪の名探偵『日ノ宮雪乃』謎は解けても恋は解けない~

水星 透

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外伝エピソード

10月ハロウィンの夜に

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清心館女学院の寄宿舎談話室の前、夕暮れの光が橙色に滲むころだった。
雪乃先輩と二人でその場所に立つと、奥から賑やかな笑い声がすりガラス越しに見えるきらびやかな飾り越しに聞こえてきた。

「ほんとに……招待されて来ちゃってよかったんですか?」

わたしは少しだけ震えた声で尋ねた。

「もちろん。今日は私も“誰でもない人”だから。」

先輩の答えには、いつもと違うどこか楽しげな響きがあった。
その言葉の意味を掴めないまま、わたしは驚いて目を丸くする。

「先輩、まだ早いですって!そのマント、どこから出したんですか?」

わたしの声に先輩は笑いを堪えるように肩を揺らし、マントを優雅に羽織っている。

「外でかぼちゃマスクはやめてくださいって!」
「だって、待ちきれないんですもの」

そう言うと、雪乃先輩はドアを開けて談話室へと足を踏み入れた。
その途端、室内は一気に沸き立ち、三人の生徒が勢いよく駆け寄ってきた。

「雪乃さま、もう少しお顔を見せてください!」

「わたくし、今日が誕生日なの。だから今日は主役でしょう?」

生徒たちは口々に囁き、笑い、談話室をざわめきが包んでゆく。
壁に揺れるハロウィンの飾りが影絵のように笑顔を作っている。

「今日は誰の名前もない日。かぼちゃも魔女もみんな番号で呼ばれるのでしょう?」
雪乃先輩の言葉に名前も性別も年齢もない、そんな一夜の魔法に生徒たちは高揚していた。雪乃先輩は仮面をかぶせられ、その誰が見てもわかる髪もフードで隠されている。

「あ、先輩、ちょっと助けて!」

笑い声の中、わたしは生徒たちに引き込まれてしまう。
先輩はわたしがそんなことになってるなんて気づかずに、皆の様子を楽しげに見ている。

「仮面と数字が支配するハロウィン……事件の香りね」

ハロウィンの仮装の人の頭の向こうから雪乃先輩の歌うような声。
その瞬間、部屋が闇に包まれた。ざわめきが一瞬止まり、さらに大きくなる。

「先輩、どこですか?」

暗闇の中、わたしの手は誰かの手を掴んだ。
この手は……温もりが違う。この手は――もう別の誰かと結ばれてる……。
明かりがないままの混乱した室内に混乱した頭で、わたしは先輩を探した。

「萌花ちゃんどうしたの?私はここよ、手を伸ばして」

先輩の声が響く。
その時だった。暗闇の中響き渡る走り去る足音。
ドアが微かに開いて細い光が差し込んだ。一枚の紙切れが足元に落ちる音。

ようやく電気が点くと、わたしと雪乃先輩は密着して手を繋いでいた。
生徒たちが楽しげに囃し立てる。
わたしは慌てて先輩から離れた。
雪乃先輩は名残惜しそうに見えたのはわたしの願望がそう見せたのだろうか?

「あら、これは何かしら?」

足元の紙を拾い上げ、生徒の一人が声に出した。
読んでみて、遥。
突然訪れた静寂と呼ばれた名前が祭の終わりを示しているようだった。
遥と呼ばれた二年生は頬を染めながらその手紙を読み上げた。

『私は詩帆を愛してる。きっと来てね。S-N』

遥さんは詩帆さんに一歩近づいて囁いた。その声は微かな震えを帯びている。

「あなたへのメッセージよ、詩帆」

「わ、わたし!?」

また名前が呼ばれて、驚きの声が上がる。また一つ魔法が解けたようだった。
詩帆さんは息を飲み、照明がその姿を包んだ。
その瞳に混乱と戸惑いが渦巻いている。

遥さんは眉を寄せながら、疑問を口にする。

「S-N……結びつく愛の記号かしら?」
「磁石ってこと?美希?」
美希と呼ばれた子は
「必ず結びつくってことでしょ?ロマンチックじゃない」
そんな言葉をそっと発した。
詩帆「S-N……何かしら?」
詩帆「あなたはわかる?遥」
遥「美希と同じ。磁石くらいしか思い浮かばない。それに何の意味が?」

ハロウィンの狂騒も今は遠く『誰でもない時間』が終わろうとしていた。
女学院の恋だけがそこにあった。

「この中に差出人がいるってこと?」

「だって扉は空いたけれど、人数は減ってない。参加者も変わってないよ」

謎が急速に広がり、談話室がざわめきに包まれる。
そのざわめきを鎮めるように、雪乃先輩がゆっくりとマントを外した。
銀の髪が流れ落ちるとそれは滝のように波打って輝いて、光を放った。

「皆さんが仮面を脱いだなら、次は私の番ね」

先輩の穏やかな声に、周囲の空気が静まる。

「わたしは探偵の仮面を被りましょう。探偵はただ答えを出すのみ」

先輩はカードを持つとわざとゆったりと眺め続けた。

「どこにでも罫線の入ったノート。清心館なら皆持ってる」
「かなりの悪筆ね」
「太いマジックで強い筆圧」

雪乃先輩はカードを光にかざし、鮮やかな手つきでひっくり返した。
その優雅な動きに皆が息を飲む。

「答えは簡単。誰も出て行ってないのに明かりが照らされた」
「その光がヒントよ。裏移りした数字、これは出席番号『2-17』」

その瞬間、生徒たちは驚きと興奮にざわめいた。
「でもここには2組17番の子はいないわ?」
「雪乃様でも推理を外すこともあるのね」
「誰かが預かったラブレターかも」
室内はまたざわめきに包まれてゆく。
先輩は笑った。少し儚くて、少し楽しそうに。
「探偵は灯りをつけたわ。でも、恋の謎解きは……」

雪乃先輩はそこで言葉を止め、微笑を浮かべたまま一礼した。
その微笑みには、語り切れない何かが含まれていた。

「今日はお招きありがとうございます。私たちはこれで失礼するわ」
丁寧にマントを畳むと厚手のドレープの皺を伸ばした。
寄宿舎を後にするわたしたち。扉を開けると月の光が優しく照らし出した。
「明るいけど、足元気をつけてね」
先輩はそう言いながら、手を繋いでくれた。
二人、静かな夜の道を歩く。

「今日の謎解き、先輩にしては……ちょっと変でしたね」

わたしの呟きに、雪乃先輩が振り返った。
その瞳には寂しげな光が宿っている。

「あら、私は謎を解くなんて言ってないわ」
「でも……闇の中でも天使は天使だった」
先輩は足元の小石を軽く蹴飛ばした。

それをみてわたしは反射的に言ってしまう。
「わ、わたしの前では」
「ハロウィンでもクリスマスでも先輩は先輩ですから!」

「あら、それってクリスマスデートのお誘い?」
わたしは何も言えなくて満月をただ眺めるしかできなかった。
顔が真っ赤なのがバレてしまうから。
先輩はからかうように続けた。

「ねえ、萌花ちゃん、本当の謎解き、知りたくない?」
その声が胸を高鳴らせて、先輩の瞳とぶつかった。

「もしあれが、数字でも、アルファベットでもないとしたら、ね?」
舞台の幕が降りて、先輩が天使に戻って、天使が一人の女の子に戻った。
雲ひとつない満月。風が梢を揺らす。この夜はどこまでも続いている。

次回:暖炉に燃え残ったラブレターの持ち主は?
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