何ノ為の王達ヴェアリアス

三ツ三

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第3話 感染の脅威性

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「警護班長このままでは町への被害が出てしまいます!」
「わかっている、王城からの応援要請の返事は!?」
「依然返答に変化無し。現戦力で”感染物”に対処しろと!」

   城下町と王城の間に広がる巨大な広場でそれは起こっていた。『感染物』と呼ばれる多くの異形の存在は警護兵達を圧倒していた。
   肘から手までの腕だけの生物。だがこの感染物はその腕に翼を二翼生やしていた。一匹一匹はさほどの力は無い。1対1で戦うようであれば魔力を扱える訓練を受け町の警護を主な任務として勤めている警護兵に負ける要因は無い。

「くそ! まだ湧いてくる! 本体は見つけられないのですか!?」
「馬鹿言え! こっちの手数が足りなさ過ぎだ、小型の雑魚共を食い止めるで精一杯だ」

   感染物は、感染者自らの体から小型の感染物を解き放ち人々を襲わせる。警護兵達が必死に守るのも当然だった。

   感染物、その名の通り小型の雑魚型と呼ばれる物でも人を感染者へと変貌させるには十分の力を秘めているからだ。

「魔力だけは絶対に切らすな! 魔力防護の無い状態で感染物との接触は厳禁だ! 魔力の残量が少ない物達は下がれ!」

   唯一の対抗手段、それが魔力の力。見えない膜が全身に覆われ感染のみならず自らに害を及ぼす攻撃を全て防ぐ事の出来る防護を作り出す。一切解明が進んでいない感染と呼ばれる未知の病に抗うたった一つの、自らだけを守る術であった。

「しまっ!!」

   兵の一人が魔力を切らした瞬間破れた。ガラスが割れるような豪快な音と同時に張られていた魔力防護が光り砕けた。

「ぐぅ!! ぐあぁああああああぁ!!!」

   魔力防護の無い者の末路。腕の感染物が兵の腕を掴んだ瞬間。内臓が狂気に震え出した。胸は膨らみ二の腕はあらぬ方向へと曲がり口内からは骨が突き出す。

   兵が居たその場には血飛沫が飛び散り、赤黒い水溜りを作ってしまっていた。

「くっ! お前達は死傷者を連れて撤退しろ! 後の詰めは・・・」

   警護班長は一歩前出た。懐から出した光り輝く物を空に掲げ。

「それは、増長石!? そんな物何処から、いやそれを使ったら班長の魔力が」
「わかっている! お前達を逃す時間を稼ぐには充分なはず! 早く行け!!!」
「班長!!」

   増長石を輝かしながら感染物の大群へと駆け抜けて行く。

「こんな訳の分からん物共に!!!」

   増長石から光の弾、魔力光弾を乱射し続ける。宙に浮き接近してくる感染物を一撃で撃退していく。視界に捉える敵全てに光弾を打ち込む、取りこぼしは許されない。確実に敵を倒しながら前へと駆け続けた。

   だが、感染物の群れに単身で向かう行為の結果は誰もが予想出来る。

「ぐはぁ!!!」

   衝突。撃ち漏らした腕の感染物が班長の顔面を殴り打った。
   もはや光弾のみで処理仕切れない数、増長石で自らの魔力を増長させたとしても群れを一掃出来るほどの力は警護班長には無かった。

「まだぁ・・・。ぐぼぉ!!」

   そこで繰り広げられているのはもはやお遊びだった。感染物には意思があるかのように群れに飛び込んだ獲物を弄んでいた。

   顔面に一発。腹部に一発。鋭い翼で頬を斬り、痛め付けるようにして獲物が苦しむ様を楽しんでいるようだった。

「まだ・・だ!! 私の命などくれてやる!!」

   それでも班長は立ち上がる。魔力の力を使った身体強化などでは無い。生まれた時から使い続けてきた自らの足で立ち上がった。

「だがな・・・貴様等なぞにくれてやれんのだ!! 若い奴等を、まだ歩き足りない連中だけは・・・」

   体を動かすのもままならない程の傷を負ってもなお歩みを止めなかった。そして再び増長石を空へと掲げる。

   更に光の輝きを増して。

「絶対にだ!!!」


   最後の言葉と同時に掲げた増長石を中心に強烈な光を放った。

   感染物の群れは光に包まれ、跡形も無く消滅した。


「班長ぉおおおおおおおおおおお!!!!!」

   後に残された者の慟哭が響き渡る。
   目の前で起きたのは、数時間前まで共に居た上司の散りざま。別れの言葉なんて物は存在の余地すら無いただの結果であった。

「くそ!くそ! なんで班長が!!」
「おいお前! 泣くのは後にしろ!! 感染物が、また来るぞ!!!」

   班長の死は無駄。ほんの少しの時間と距離を稼いだだけの行為だったと笑みを受けべるかのように、撤退の指示を受けた者達へと感染物達は動く。

   ただそこに人がいるという理由だけで。

「俺だって・・・俺だって!!!」
「バカよせ!!!」

   剣を握りしめ踏み出す。その踏み出しはあまりにも弱々しかった。
   体の全身は震え拒み、握っている剣すらも落としてしまいそうになるほどに。

「はぁはぁはぁはぁ・・・!」

   息も荒く、戦うなんてことは出来ない状態。誰が見ても思う事であり、それが無謀であることなど語るまでも無い。

   それでも・・・その行いに、立ち上がった者に・・・。

「大丈夫です。後は、任せて下さい」

   インジュは安心させる声を掛けるのだった。



「子供・・・?」

   インジュの登場で腰を抜かしてしまい地べたに座って尻餅をつきボソリと口にした。そんな警護兵に振り向く事無くインジュは走り出した。

(大丈夫、落ち着け。感染物との戦いは初めてだ、だけど知識はある!)

   向かうは感染物の群れの方角。手にはインジュが先生と呼んだ男から借りた何の細工もない普通の剣。子供の頃に山の森林でモンスターと戦う事が多かったインジュにとって戦闘行為は不慣れなものではなかった。

「よし!!」

   撤退する警護兵達と群れの丁度中心で足を止めると同時に気合を入れる。インジュはここへ到着するまでの間に考えた仮説、そしてそれに基づいた作戦。それを今ぶっつけ本番で始めようとした。

「こっちだ来い!!」

   再びインジュは勢い良く地面を蹴った。来た方角とは直角に曲がった方向へと走った。

「とりあえずは思った通りと情報通り、モンスターと似たような物だと思えば臆する事は無い。数はとんでも無く多いけど。上手くやってみせるんだ」

   感染物の特徴を逆手に取り警護兵達と町とは逆の方角へ一人で誘導する。人のように意思が無く統率も取れてないからこそ出来る事。ここまでは事前に考えておいた作戦、それから先は、インジュの仮説、憶測でどうにかするしかなかったが。

「来た・・・!」

   一番先頭の感染物がインジュ目掛けて襲い掛かってくる。
   振り切れる速度ではない。それは最初からわかっていた、だからこそインジュはタイミングを見計らい跳んだ。

「このぉ!!」

   宙に浮いた瞬間に体を反転し迎撃。反転した勢いを殺す事無く振り向き様に剣を振るう。

   一撃。

   攻撃のタイミング、背中から感じ取っていた距離感、自らが持っている武器のリーチ。全てが噛み合った事で羽を生やした感染物を真っ二つに斬り裂いた。

「よし・・・これならいける」

   反転した勢いは留まる事無く地面へと着地をした。敵の攻撃なんてなかったかのようにインジュは再び走り始める。

「あとはこれを繰り返す。母様の教え、敵の数が圧倒的な時は常に自分の立ち位置を意識しろ。そして・・・」

   再び走るインジュの背後に感染物が迫ってくる。先ほどとは違って数が違うが。

「敵の位置と力を見定めろ!!」

   急停止と同時にバックステップ。感染物は追っていたはずのインジュを通り越す形になり姿を一瞬見失う。それでもインジュがどこに消えたかはわかっていたが。

   方向転換。インジュに背後を取られ踵を返そうとした感染物達。インジュの方へその身を向ける事無く両断され散っていった。

「7・・・いや8は同時にいける。タイミングさえあえば」

   急速展開。群れの中に一気に距離を詰める。

「10体はいける!!」

   10体の感染物を消滅。余韻に浸らずの即時離脱、ヒットアンドアウェイを絶対とした行動。たった一人のインジュの今の勝算はこの作戦しかなかった。走るのをやめて動きを止めたら誰だって勝てない。
   ならば持ち前の体力と積み上げてきた戦闘経験をフル活用しての戦い。とにかく時間を掛けてでも敵の戦力を確実に削ぎ落としていく。
   常人には1時間も保たない戦いだが、インジュはダークエルフのハーフで幼い頃から好きでモンスターに喧嘩を売っていたほどに。

   そして・・・。

「やっぱり・・・僕は、”触れても”大丈夫なのか。それはつまり・・・いや今それを考えてる場合じゃない!」

   それは10体を同時に消滅させた時の事、背後から迫る群れの一体がインジュの後頭部目掛けて突進して来た攻撃を躱した時だった。インジュの頬に赤く切れた一本の線を負ってしまったのだった。軽傷にもならず一切の支障を来たす物ではない。

   だがたったそれだけの事で出てしまう結果があった。

   感染者。
   仮説の仮説、それは誰もが試すこの出来ない、試す必要性の無い物。感染者や感染物に触れる者は問答無用でその病に犯される。記述には例外などなかった。触れてはならない、必ず魔力で防護しなくてはならない。それが絶対なのだと常識になっていた。
   だからこそ、インジュの表情は曇りを見せた。

「・・・うおぉおぉおおー!!!」

   自らが感染者である裏付け。認めたく無くとも今はその可能性のおかげで戦えている。故に警護兵達の手助けが出来る。
   あらゆる想いを叫びへと変え、インジュは次々と感染物を消滅させていった。

   今は、とにかくこの戦いを終わらせる。それでひとまずは・・・。

「っ!!?」

   ひとまず落ち着きを取り戻してから考えればいい。そんな甘い考えがインジュを襲った。

   地面が揺れ動いた瞬間、触手状の何かがインジュを吹き飛ばし地面へと叩き付けた。

(僕は馬鹿だ、誤っていた・・・敵を)

   先ほどまで戦っていたのは敵では無い。ただの攻撃。そう、インジュが戦っていた物はただの”敵の攻撃”の一部。

「感染者・・・!」

   インジュを吹き飛ばした地面から突然現れた触手状の得体の知れない物体がグチャグチャと音を立てながら形を整えていた。消滅させて来た物羽の生えた感染物の親玉だとすぐに理解した。

   何かの腕。決して人の手とは到底思えない鋭い爪、禍々しく大きな5本の指。
   そして感染物と同じように、翼の骨格が伸び広げた。

「ゴ・・ガガッ・・アァァガ・・!!」
「顔・・・感染する前の、人の・・・なのか」

   左の目玉は飛び出、鼻は歪な形に曲がり、耳の一つは失われ、口は頬が大きく裂け、頭が割れ膨れ上がった脳が飛び出していた。
   異形。それでも辛うじて人であったという可能性をインジュが感じたのは。

   揺れ動くドックタグがぶら下がるように揺れていたからだった。

「アガ・・・グガー!!!」
「ッ! くそぉ!!」

   指が伸びインジュを襲う。感傷を感じつつも間一髪で避ける事が出来たインジュ。だが感染者の攻撃は絶えず続いていた。避けられたのならば追撃、一本の指でダメなら二本で、体勢を崩す事すら無いのならば地中からの視角外から連撃。ありとあらゆる手段でインジュを殺そう、力を振るっていた。それでもインジュの顔は酷く歪むだけ、反撃の試みる気配は一向に無い。
   感染物と戦うとは訳が違い過ぎた。感染者は人とは違う存在。化け物と呼ばれても仕方のない存在にも関わらず、思考をインジュは巡らせてしまった。

「もう・・・人間じゃない」

   迷い。それがインジュを苦しめてしまい・・・事態を悪化させてしまう事になってしまった。

「感染物が!!」

   先手を打ったのは敵だった。インジュに対して効果的な攻撃を与えられないからなのか、ただインジュを脅威と見做さなかったからか。

   感染物がインジュが居ない方角へと移動を開始した。

「行かせない!!」

   それは当然の結果だった。気を散らせてしまったから感染物動いた、そしてそれは余所見へと繋がり連鎖し、新たな結果を突き付ける。

「ぐッ!!!?」

   晒してしまった、敵に背中を。無防備なインジュを鋭利な爪で切り裂くのは、容易だった。
   身体が地面に吸い寄せられるかのようにインジュは倒れる。

「ぁあ・・・!」

   右側上半身の感覚が消えていた。動かすという単純な動作、神経が遮断され命令を一切の受付を阻むようだった。
   動かせる、動けるはず、動かないといけない。インジュがどれだけ懇願し念じても、変える事が出来ない。

「ダメだ・・・行かせ・・!」

   それでも、左腕で這いずる。まだ間に合うはず、絶対に向かわせない。全神経を左腕に集中させる。
   全身を左腕だけで引きずる。今出来る事、それがこんなにも浅く、情けない物であってもインジュにはそれだけを続けるしかなかった。

「言ったんだ・・・僕・・言ったんだから・・・!」

   インジュが口にした言葉。あの警備兵に言った言葉。

「任せて下さい・・・って、言ったんだから!!!」

   叫ぶ。自らの嘆きと無力さ。待て、と伸ばす左手のあまりの非力さを。
   眼に映るのは町や警備兵達へと向かう感染物達。その姿は小さく、ゴミのように転がっているインジュに見向きもしないで、ただ離れていくだけだった。

   もはやインジュの見る光景は絶望しかなかった。為す術なく徐々に視界から消えていく敵を見ているだけ。

   残されるのは、非力に伸ばしている”左手”だけ。

「・・・・・・・・・」

   絶望。インジュの表情はそんな物ではなかった。

   何故?

(なんで・・・僕は)

   伸ばした左手を降ろす事はなかった。むしろ更に伸ばそうと力を込めた。”それ”は必ず答えてくれるはずだから。

「ぐっ!! うぅーっ!!」

   身体はもう動かせない、絶体絶命。誰もがそう口にするに決まっていた。それでも手を伸ばす。

   左手を。

   言葉は思い出した。たった一度しか聞いていなかったが、インジュはしっかりと覚えている。
   それがきっと、答えて貰える鍵になる。だから伸ばすのだった・・・。

   ガントレットを付けた左手を。



「ライゼーションッ!!!」

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