多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)

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5話

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「あーもームカつく! 聞いてよ、コウ。今日、得体の知れないポーションを持ち込もうとした錬金術師を止めたら、二時間もゴネられてさー!」
 いつもの酒場のいつもの席。僕はいつもの飲み友達に、いつもの職場の愚痴を言っていた。
 コウは串焼きの肉を頬張りながら、たまに相槌を打ちつつ僕の話に耳を傾けている。彼は変に判ったフリや、ややこしいアドバイスをせずに聞いてくれるから、こっちも発散したいだけの愚痴を吐き出しやすい。
「それでね……」
 僕が行場のない悪態を続けようとした時、
「おっ、嫌なヤツを見つけちまったな」
 不意に背後から嫌味な声が響いた。振り返ると、見るからにガラの悪いスキンヘッドと髭面のゴロツキが二人立っていた。
「そこにいるのは、横取り傭兵のコウじゃないか?」
 ニヤニヤ嗤う二人に、僕は眉を顰める。……まだ『横取り』なんて言い方する輩がいるのか。
「今日も誰かの手柄を盗んだ金で酒を呑んでるのか? 俺達にも奢ってくれよ」
 髭面が馴れ馴れしくコウの肩に手を回してきて、僕は堪らず立ち上がった。
「やめろよ、コウに構うな!」
 強くビシッと注意したつもりだったが、ゴロツキどもは顔を見合わせてゲラゲラ嗤う。
「こんななよっちい奴に庇われるなんて、なさけねぇな。さすが、卑怯者だけある」
「いい加減に……」
「おっと」
 ぶん殴ろうと振り上げた僕の拳を、スキンヘッドが簡単に握り込む。
「あんたには関係ないだろ? これは俺達とコウの問題だ。その傭兵のせいで俺達は侯爵様に散々怒られて報酬も貰えなかったんだからな」
「それはお前らの不手際だろう! お前らがヘマしたから、コウが巻き込まれたんじゃないか!」
「なにをっ」
 図星を突かれたスキンヘッドが、耳まで赤くなる。カッとなった男が、腰のナイフを引き抜こうとした……刹那。
「そこまでにしとけ」
 コウの鋭い声が響いた。
「得物を抜けば、ただでは済まなくなる。ここで引いてくれないか?」
 静かな瞳で見据えるコウにゴロツキどもはたじろぐけど、後には引けないようだ。
「ふっ……ふざけんな!」
 怒りに任せてスキンヘッドが一歩踏み出した、その時!
 バサッ!
 ……スキンヘッドのズボンが床に落ちた。
「へ?」
 相方の醜態に呆気にとられている髭面のズボンも、同様に足からズルッとずり落ちた。
 一瞬、辺りは静寂に包まれ……、一拍置いて、大爆笑が酒場中に轟いた。
「きっ、貴様っ! おぼえてろよ!!」
 お決まりの捨て台詞を残し、ズボンを引きずりながらゴロツキどもは去っていく。
 涼しい顔で何も刺さっていない鉄串を皿に戻したコウの仕草から、僕は彼が串焼きの串でゴロツキどものベルトのバックルを壊したのだと理解した。……誰の目にも留まらぬ早業で。
 コウは僕が知る限り一番の凄腕戦士だ。
「手、大丈夫か?」
 気遣わしげに聞かれて、僕はスキンヘッドに握られた手をグーパーする。
「平気。怪我はないよ」
 ちょっと痺れは残ってるけど、骨にも筋にも異常はなさそうだ。
「そうか」
 コウはほっとしたように小さく行きを吐き出してから、カウンターに数枚の硬貨を置いて立ち上がった。
「騒がせて悪かった」
 店主に声を掛け、振り返りもせず店を出る。
「あ……」
 僕は引き止めることもできず、閉まるドアを見つめていた。

◆ ◇ ◆ ◇

 薄曇りの空に、霞んだ星が瞬いている。
 ひんやりとした風が吹き抜ける裏路地で、酒場から出てきた背の高い傭兵を睨みつける瞳が四つ。
「あの野郎、今に見てろ」
「絶対に後悔させてやる」
 ゴロツキどもの囁きは、コウの耳には届かなかった。
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