多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)

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23話

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 燦々と降り注ぐ太陽が容赦なく僕を灼く。
 何度目かのあくびを噛み殺しつつ、僕は重い足を引きずって家路を辿っていた。
 僕の仕事はエンバーの街の門番。魔獣の巣窟である暗虚の森の畔に位置するこの街は、街全体を高く強固な壁で囲まれている。外壁には東西南北四つの門があり、それぞれに人の出入りを監視している。僕は一番大きい『正門』と呼ばれる南門の警備が担当だ。
 エンバーの街は森に潜る冒険者の最終補給地点であり、隣国に渡るための交易拠点だ。人通りも多い。
 馬車が三台並んで通れるほど広い大門は、基本的に夜明けとともに解放され、日没には閂が掛けられる。
 しかし、夜中にも来訪者はある。火急の報せを携えた領主の使者や、夜中に活発になる魔獣や、不法侵入を試みる盗賊団など。
 それらに対処するため、門番は夜も見張りを続けるのだ。
 ――ってことで。僕は今週、夜勤のローテーションに組み込まれていた。
 毎月一度は回ってくるとはいえ、昼夜逆転勤務は辛い。しかも、深夜の訪問者なんて滅多にいないから暇だし。……平和なのはいいことだけどさ。
 申し送りに時間が掛かって、解放されたのは昼前だ。早く帰って寝てしまおう。
(今週は、酒場にも行けないなぁ)
 実のない会話をしながら酒を飲むのが、唯一の癒やしなのに。
 もう、瞼がくっつきそう。
 ふらふらと商店街を歩いていると、
「あれ?」
 見知った長身が雑貨屋の前に立っているのが見えた。
「コウ!」
 思わず声を掛けると、彼は「よう」と振り向いた。
「こんな時間に街なかで会うのは珍しいな、レイエス」
 いつもは昼間は門の前でしか会わないもんね。
「今週は夜番なんだ。コウは何してるの?」
「買い物」
 素っ気なく言った彼の目線の先には、クッション売り場があった。その中でも一際目立つ、人間ほどの大きさの長方形の商品には、こんなプレートが下げられていた。

【生きとし生けるモノを怠惰へと導くクッション】

「あ、これ! 今、流行ってるやつだよね。繊維メーカーと錬金術師が共同開発した、スライムの体組織を模したゲル素材が中材になってて、乗った人の体を包み込むように形を変えるクッション」
「……よう分からんが、現代魔法科学の叡智が詰まってるんだな」
 僕もよく分かんない。門番の詰所に置いてあった情報誌の受け売りだ。
「コウ、これ欲しいの?」
「まあな」
「じゃあ、試してみればいいじゃん」
 僕は率先して、試し座り用の巨大クッションに腰を下ろす。
「わっ、ふにょっとしてて柔らかい」
 背中を預けると、体がクッションに沈んでいく。ただ柔らかいだけじゃなく、もっちりと弾力があって、程よく体を支えてくれる。
 ふぁ~、気持ちいい。このまま溶けそぅ……。
「レイエス、寝るな」
 はっ。
 腕を引っ張られ、僕は現実世界に浮上する。
「やばっ、怠惰に導かれた」
「抜群の効果だな」
 目を擦る僕に、コウが慄く。夜勤明けの身には脅威の破壊力だったよ。
「では、これにするかな。レイエスのお墨付きだし」
「寝ただけだけどね」
 実証実験の成功例になりました。
 コウはクッションを抱えて支払いカウンターに行こうとして、ふと足を止めた。
「レイエスは買わないのか?」
 うーん、寝心地は最高だったけど……。
「僕の部屋、狭いから自分より大きなクッションなんて置き場がないよ」
 苦笑を返す。
「あ、でも、こっちの小さいのは今度買おうかな。今、使ってる枕が合わなくて、肩こりが酷くてさ」
 僕は山積みになっている、同じシリーズの枕サイズのクッションを指差す。スライムなんちゃら素材は、きっと頭にもフィットするだろう。……今は給料日前で手持ちがないから買えないけど。
「じゃあ、僕は帰るね。また来週、酒場で」
「おう」
 コウの会計を待たずに、僕は雑貨店を出た。
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