多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)

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31話

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「いやあ、貴重な体験だった!」
 パチパチと爆ぜる焚き火が赤く髭面を照らす。
 細い煙が昇る星空の下、炙った鹿肉を頬張りながらロジャーは大興奮で語る。
「あんなに葦の足が速いなんて思わなかったよ。あ、実際には足じゃなく根っこだけど。とにかく『全力疾走する葦』は、水辺に連れ帰った獲物を泥に沈めてまだ自走できない子株の養分にするんだ。なんといじらしい親心だろう! 俺が埋められた泥には白骨がゴロゴロしていたよ。人ではない骨の方が多かったから、普段は小動物をメインに狩っているんだと推察される。ああ、これで論文一本書けるぞ!」
 早口で捲し立てるロジャーの声を聞き流して、コウは黙々と鹿肉を食べる。
 ……疲れた。
 肉体よりも精神的な疲労で身体が怠くなる。
 ――ロジャーが能動的食肉植物全力疾走する葦に連れ去られた直後、コウは必死で雇い主を追いかけ、水辺に埋められている彼をなんとか奪還した。……のだが。
 当の被害者が殺されかけたことを喜んでいるのだから始末におえない。
(次は絶対捨てていこう)
 コウは心に決める。
 吹き抜ける風が冷たい。日が落ちてくると、学者一行は目隠しになる木々の多い場所で野営することにした。
 香ばしい匂いを上げて焼かれているのは、ルフガが獲ってきた鹿だ。肉に火を通して食べる人間に対して、狼獣人の彼は生の内臓に齧りついている。
「大分予定していたルートから外れたな。戻るよりも別の目的地に進んだ方が良かろう」
 ルフガの提案に、
「えー、人狼の集落を見せてくれる予定じゃなかったのか?」
「……お前が葦にさらわれたせいだろう」
 露骨に不満を述べるロジャーに、コウが呆れてツッコむ。
「ここは森の深部だ、魔獣も多い。同じ場所をうろつきまわれば狙われる可能性が高くなる。たとえがいたとしてもな。だから先に進む。それに人狼の集落の付近を通るとは言ったが、外部の者を我が縄張りに招く気ははなからない」
「へ? 獣人の村には案内してくれないのか?」
 驚くロジャーを人狼の長は鼻で嗤う。
「森から見れば人間は外敵だ。大事な巣を教えるわけがないだろう。他種の獣人の集落だってそうだ。人間は元より人狼族が近づけば、を捨てて逃げ出す。だから獣人達は互いの巣の場所を正確には知らない。ざっくりと棲んでいる地域は把握しているが。俺は万が一にでもお前達が俺達の縄張りを荒らさぬよう監視のために仕事を引き受けたんだ」
 そういう類の『道案内』だ。
「じゃあ、獣人の村の生活調査はできないのか」
 ロジャーはがっくりと肩を落とすが、
「自衛のための情報は出さないが、すべてを拒絶するとは言っていない」
 ルフガは話を続ける。
「炎竜の攻撃によってこの森は甚大な被害を受けた。その痛みを森の中だけで治めるには時間が掛かる。故に現状回復に人間が手を貸すというのなら、こちらも協力しよう」
「ああ、こっちも持てる知識をフル活用して、森にとっての最善を模索するよ」
 人狼の長の言葉を受け止め、王都の学者が真摯に答える。
 その横では、独りの傭兵が我関せずで黙々と鹿肉を平らげていた。
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