多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)

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33話

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 ――それから。
 暴走する学者ロジャーの首根っこを掴まえつつ調査を続け、にたどり着いたのは、翌日の夕方だった。
 滑らかに抉れた地面に絶句する。すり鉢状に開いた穴は果てしなく続き、国境沿いの山並みの一部さえ欠けている。
「ここが炎竜の発顕地点、『最初の咆哮』の場所だ」
 緑深い森の中に突如現れた何も無い空間。
 あまりの光景に立ち尽くす二人の人間に、人狼は淡々と説明する。
「炎竜の大難で森の三分の一が焼けたというが、その半分はこの一撃によるものだ」
「竜は発顕時に凝縮されたパワーを一気に放出する。しかも発顕場所は予測できない。これは七十二年前のひょう竜以来の衝撃波だ」
 いつもはしゃいでいるロジャーも流石に大人しい。抑揚のない声で惨状を分析する。
 暗虚の森はガルス国の二倍以上の面積がある。その森林の三分の一が失くなったのだから、損害は計り知れない。
(ここにノクトーム族の集落があったのか……)
 エンバーの街なら二つ三つ飲み込んでしまいそうな荒野。ほんの数ヶ月前まで木が生い茂り、誰かが生活していたなんて想像できない。ひたすらな虚無だ。
 言葉にならない感情を、コウは無理矢理胸にしまい込んだ。
「本格的な調査は翌朝からにして、今日は別の場所で休もう。ここは危険だ」
「そうだな」
 ルフガの意見に珍しくロジャーが素直に同意する。足早にその場を離れようとする二人を、コウが追いかける。
「何が危険なんだ?」
 ロジャーが首だけ振り向く。
「竜は恐怖の権化、竜が発顕した場所には悪しきモノが溜まるといわれている」
「悪しきモノ?」
「世界に害を与える、禍々しい気みたいな……ひっ」
 喋っている途中のロジャーの舌が凍りつく。
 うなじの毛が逆立つ悪寒に、振り返ったコウは後ろに飛び退すさりながら剣を抜いた。
 ズッ、ズズズ……ッ。
 重いものを引きずる音が近づいてくる。
 ズズ……。
 ぺたり、と湿った前脚を虚無の淵にかけ、這い上がってきたのは……。
 甲冑のような鱗を持つ、巨大なワニだった。
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