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40話
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日が真上まで昇ってきた。
コウは枯れ枝を拾い集めて火を熾すと、串を刺した魚を炙り始めた。
現在の釣果は、コウの靴のサイズほどのマスが二匹。
二匹とも昼食用に焼いてしまったから、家へ持ち帰る分がない。
「午後はもう少し釣れるといいのだが……」
コウはマスに齧りつく。程よく脂ののった身は柔らかく旨味が強い。
「これ、そっちの分だ」
少し離れた場所に焼けたマスを刺しておくと、森から黒い影がするりと近づいてくる。ふんふんと匂いを確かめてから、魚の腹にかぷりと牙を立てる。途端にじゅわっと脂が溢れて……、
「にゃちっ、にゃちっ!」
……猫舌は相変わらずのようだ。
同行者の姿を敢えて見ないようにして、食べ終わったコウは釣りを再開する。
正直、『彼女』が何をしたいのかは未だにまったく解らない。
ただ今日コウについて来たことからも、敵意がないことは確かだろう。
「海は見たことがあるか?」
戯れに尋ねてみる。エンバーの街は海から遠い。交易は盛んだから海の情報は入ってくるし、商店には海洋生物モチーフの物品が置いてあるが、実際には行ったことのない者も多い。
「俺の生まれた街は、海が近かったんだ。子どもの頃はしょっちゅう釣りをしていた。岩場からだったり、船に乗ったりして。それが今は、海から遠く離れた場所に住んでる」
この街に居着くまでにはそれなりに色々あったが……。
「案外、思ってもみないところに居場所って作れるものなのかもしれないな」
この会話は実に一方的でとりとめのないもので、答えは返ってこないし……自分でも答えが解らない。
ただ川のせせらぎのせいで、少し感傷的になっただけ。
まだ日が高いうちに、コウは釣りを切り上げた。暗くなると山道は危険度が跳ね上がる。
釣具をしまって一息つく。
……結局、午後の釣果はゼロだった。
「レイエスへの土産がなかったな」
密かに肩を落としながらコウが踵を返すと、そこには……!
◆ ◇ ◆ ◇
仕事終わり。いつもの酒場に寄ると、カウンター席の端っこに見知った顔を見つけた。
「コウ!」
「おつかれ、レイエス」
僕は甘めのカクテルを注文しながら、スツールに座る。
「釣りはどうだった? いっぱい釣れた?」
早速訊いてみると、彼はちょっと首を竦めて、
「いや、魚は昼飯で消費する程度」
「あらら、残念。お土産期待してたんだけどな」
本当は最初から貰おうなんて思ってなかったけど、酒の席ではこれくらいの軽口が丁度いい。わざとからかう僕に、コウは「それなんだが」と切り出して、
「これを土産に」
と、麻袋を僕に渡してきた。
「なに?」
ずしりと重い袋の口を開いてみると、そこには……雉が一羽入っていた。
しかも、頭を落として内臓を抜いて羽まで毟った、所謂『丸どり』の状態で!
「え!? これ、どうしたの?」
驚く僕にコウは淡々と、
「釣りを終えて帰ろうと思って振り返ったら、岩の上にこれが二羽鎮座していた。食いきれないから一羽はレイエスに」
出たよ、コウ界隈の怪奇現象。想像すると、なかなかホラーな光景だな……ってか、
「ねえ、もしかしてミルカちゃん? ミルカちゃんがついて行ってたの?」
詰問してみると、
「さあ?」
コウは嘯く。
……こいつ、門番に彼女の不法入出街を咎められないようにとぼけてやがるなっ。
まあ、証拠がないから僕も追求できないけどさ。
色々と含むところはあるけど、とりあえず今日のところは――
「店主、雉揚げて!」
――おつまみが一品増えました。
コウは枯れ枝を拾い集めて火を熾すと、串を刺した魚を炙り始めた。
現在の釣果は、コウの靴のサイズほどのマスが二匹。
二匹とも昼食用に焼いてしまったから、家へ持ち帰る分がない。
「午後はもう少し釣れるといいのだが……」
コウはマスに齧りつく。程よく脂ののった身は柔らかく旨味が強い。
「これ、そっちの分だ」
少し離れた場所に焼けたマスを刺しておくと、森から黒い影がするりと近づいてくる。ふんふんと匂いを確かめてから、魚の腹にかぷりと牙を立てる。途端にじゅわっと脂が溢れて……、
「にゃちっ、にゃちっ!」
……猫舌は相変わらずのようだ。
同行者の姿を敢えて見ないようにして、食べ終わったコウは釣りを再開する。
正直、『彼女』が何をしたいのかは未だにまったく解らない。
ただ今日コウについて来たことからも、敵意がないことは確かだろう。
「海は見たことがあるか?」
戯れに尋ねてみる。エンバーの街は海から遠い。交易は盛んだから海の情報は入ってくるし、商店には海洋生物モチーフの物品が置いてあるが、実際には行ったことのない者も多い。
「俺の生まれた街は、海が近かったんだ。子どもの頃はしょっちゅう釣りをしていた。岩場からだったり、船に乗ったりして。それが今は、海から遠く離れた場所に住んでる」
この街に居着くまでにはそれなりに色々あったが……。
「案外、思ってもみないところに居場所って作れるものなのかもしれないな」
この会話は実に一方的でとりとめのないもので、答えは返ってこないし……自分でも答えが解らない。
ただ川のせせらぎのせいで、少し感傷的になっただけ。
まだ日が高いうちに、コウは釣りを切り上げた。暗くなると山道は危険度が跳ね上がる。
釣具をしまって一息つく。
……結局、午後の釣果はゼロだった。
「レイエスへの土産がなかったな」
密かに肩を落としながらコウが踵を返すと、そこには……!
◆ ◇ ◆ ◇
仕事終わり。いつもの酒場に寄ると、カウンター席の端っこに見知った顔を見つけた。
「コウ!」
「おつかれ、レイエス」
僕は甘めのカクテルを注文しながら、スツールに座る。
「釣りはどうだった? いっぱい釣れた?」
早速訊いてみると、彼はちょっと首を竦めて、
「いや、魚は昼飯で消費する程度」
「あらら、残念。お土産期待してたんだけどな」
本当は最初から貰おうなんて思ってなかったけど、酒の席ではこれくらいの軽口が丁度いい。わざとからかう僕に、コウは「それなんだが」と切り出して、
「これを土産に」
と、麻袋を僕に渡してきた。
「なに?」
ずしりと重い袋の口を開いてみると、そこには……雉が一羽入っていた。
しかも、頭を落として内臓を抜いて羽まで毟った、所謂『丸どり』の状態で!
「え!? これ、どうしたの?」
驚く僕にコウは淡々と、
「釣りを終えて帰ろうと思って振り返ったら、岩の上にこれが二羽鎮座していた。食いきれないから一羽はレイエスに」
出たよ、コウ界隈の怪奇現象。想像すると、なかなかホラーな光景だな……ってか、
「ねえ、もしかしてミルカちゃん? ミルカちゃんがついて行ってたの?」
詰問してみると、
「さあ?」
コウは嘯く。
……こいつ、門番に彼女の不法入出街を咎められないようにとぼけてやがるなっ。
まあ、証拠がないから僕も追求できないけどさ。
色々と含むところはあるけど、とりあえず今日のところは――
「店主、雉揚げて!」
――おつまみが一品増えました。
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