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2、ブランジェ公爵屋敷
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「ああ、ヒマだわ」
自室のソファに腰を下ろし、優雅に紅茶を啜りながらフルールはのほほんと呟いた。
学園卒業後、本来なら彼女は王宮に入り結婚式の準備をするはずだった。しかしその予定がなくなり、まったくやることがない状態なのだ。
幼い頃から王太子妃候補として日夜あらゆる分野の勉学に励んでいた彼女は、降って湧いた自由を持て余していた。
だが……。
「……私は全然ヒマではないのですが……」
うんざりした顔でそう言ったのは、エリック・マイスナー。ブランジェ公爵家フルール専属の執事だ。
「あら、どうして?」
「どうしてって……」
首を傾げる令嬢に、執事は手を広げて室内を見渡した。
「御覧ください、この贈り物の山を! 全部フルールお嬢様宛です。朝からひっきりなしに配達の馬車が押し寄せ、使用人はてんやわんやですよ!」
フルールの部屋には薔薇の花束や綺麗にラッピングされた大小の箱が所狭しと並んでいて、足の踏み場もない。これはまだごく一部で、入り切らなかったプレゼントは廊下に壁のように積まれている。
彼女は「てんやわんやってどんな語源かしら?」なんて全然関係ないことを考えつつ、サブレを齧る。
「でも、何故こんなに贈り物が届いているの? わたくしの誕生日はとっくに終わったわよ?」
「それは、これがお誕生日ではなく、求婚の贈り物だからです!」
執事の言葉に、令嬢は一瞬キョトンとしてから、
「まさか!」
ケラケラと笑い出した。
「冗談でしょう、エリック。わたくし、これまでグレゴリー殿下以外に求婚されたことなんてなくってよ。……いえ、殿下との婚約は家同士の決め事。彼からも愛を告白されたことはなかったわ」
昨日、婚約破棄をされたことで、自分には女性としての魅力はないのだとフルールは痛感していた。だから、真実の愛に目覚めた婚約者を快く送り出した……のだが。
「……お嬢様、貴女はご自身を解ってらっしゃらない」
エリックは深いため息をついてから、フルールに向き直った。
「いいですか、フルール様。貴女は大変お美しい。絶世の美少女です。金糸の髪にサファイヤの瞳、精霊のように儚くも整った容姿。どんなドレスも霞んでしまう見事なプロポーション。姿勢は正しく弁舌爽やか。そして王太子妃候補として培ったマナーと教養……。どこをとっても一分の隙もない完璧な淑女なのですよ! 引く手あまたです。昨日だって、パーティー帰りに多くの男子学生が群がって、お嬢様を馬車に乗せるのが大変だったのですからね!」
……たしかに、昨日は大勢の男性にダンスの相手を求められたが……。
「あれはわたくしが殿下に婚約破棄されたのを憐れんで、皆様で慰めてくれたのでしょう?」
「……だったらどうして、翌日になってもプレゼント攻勢に遭うのだと思いますか?」
そこまで言われると、鈍いフルールも流石に押し黙ってしまう。
脳裏にふと、昨夜のユージーンの声が蘇る。
『次の恋の相手は俺に決めて欲しい』
……あれは……本気なの?
途端に顔が熱くなり、フルールは両手で頬を挟んだ。
「プレゼントもですが、それ以上に恋文も届いています。お返事はどうしますか?」
「こここ恋文ぃ!?」
令嬢の声がひっくり返る。
「そんなもの、今まで貰ったことも書いたこともないわ」
グレゴリーは筆まめな方ではなかったし、彼女も自分から送ることはなかったから。
「こちらで適当に代筆しましょうか?」
それは貴族がよく行う手口だが、
「いいえ、すべてに目を通してわたくしがお返事するわ。せっかく書いてくださった方に失礼ですもの」
誠実なのはフルールの長所だ。
「それにしても、婚約破棄されたのわたくしに求婚するなんて、世の中には酔狂な殿方が多いのね」
「今までが特別だったのですよ」
しみじみ感想を述べる令嬢の認識を、執事が正す。
フルールは王太子の婚約者、迂闊に手を出せば反逆罪に問われる可能性さえあった。それが、王太子側の不貞──完全に相手の有責──で婚約破棄になったのだ。
王室に入る前提だったので、フルールの結婚までの貞操は折り紙付き。傷物どころかまっさらな優良物件が放出されたことになる。
……争奪戦が起こるのも無理はない。
もう少しお嬢様にも危機感を持ってもらいたいところだが……。肝が据わったところも彼女の個性だ。
「贈り物には相応の品とお礼状を。薔薇は切り花が多いわね。萎れる前に飾れるだけ飾って、後はポプリと薔薇ジャムにしましょう。それでも残った花は、大浴場に浮かべましょうか。みんなで楽しめるように」
ブランジェ公爵屋敷の大浴場は、使用人も入れる施設だ。
「それは素敵な考えですね。早速メイドに手配させます」
婚約破棄は残念だが、フルールが屋敷に残ることを、実はエリックを始めとした使用人達全員が密かに喜んでいる。
「さて、このお手紙の山を読みきっちゃわないと。エリック、お茶をもう一杯もらえる?」
「畏まりました」
執事が頭を下げ、令嬢が居ずまいを正して堆く積み上げられた封筒に手を伸ばした……瞬間!
「フルール!」
突然、弾ける勢いで部屋のドアが開いて、騎士服の青年が飛び込んできた。
自室のソファに腰を下ろし、優雅に紅茶を啜りながらフルールはのほほんと呟いた。
学園卒業後、本来なら彼女は王宮に入り結婚式の準備をするはずだった。しかしその予定がなくなり、まったくやることがない状態なのだ。
幼い頃から王太子妃候補として日夜あらゆる分野の勉学に励んでいた彼女は、降って湧いた自由を持て余していた。
だが……。
「……私は全然ヒマではないのですが……」
うんざりした顔でそう言ったのは、エリック・マイスナー。ブランジェ公爵家フルール専属の執事だ。
「あら、どうして?」
「どうしてって……」
首を傾げる令嬢に、執事は手を広げて室内を見渡した。
「御覧ください、この贈り物の山を! 全部フルールお嬢様宛です。朝からひっきりなしに配達の馬車が押し寄せ、使用人はてんやわんやですよ!」
フルールの部屋には薔薇の花束や綺麗にラッピングされた大小の箱が所狭しと並んでいて、足の踏み場もない。これはまだごく一部で、入り切らなかったプレゼントは廊下に壁のように積まれている。
彼女は「てんやわんやってどんな語源かしら?」なんて全然関係ないことを考えつつ、サブレを齧る。
「でも、何故こんなに贈り物が届いているの? わたくしの誕生日はとっくに終わったわよ?」
「それは、これがお誕生日ではなく、求婚の贈り物だからです!」
執事の言葉に、令嬢は一瞬キョトンとしてから、
「まさか!」
ケラケラと笑い出した。
「冗談でしょう、エリック。わたくし、これまでグレゴリー殿下以外に求婚されたことなんてなくってよ。……いえ、殿下との婚約は家同士の決め事。彼からも愛を告白されたことはなかったわ」
昨日、婚約破棄をされたことで、自分には女性としての魅力はないのだとフルールは痛感していた。だから、真実の愛に目覚めた婚約者を快く送り出した……のだが。
「……お嬢様、貴女はご自身を解ってらっしゃらない」
エリックは深いため息をついてから、フルールに向き直った。
「いいですか、フルール様。貴女は大変お美しい。絶世の美少女です。金糸の髪にサファイヤの瞳、精霊のように儚くも整った容姿。どんなドレスも霞んでしまう見事なプロポーション。姿勢は正しく弁舌爽やか。そして王太子妃候補として培ったマナーと教養……。どこをとっても一分の隙もない完璧な淑女なのですよ! 引く手あまたです。昨日だって、パーティー帰りに多くの男子学生が群がって、お嬢様を馬車に乗せるのが大変だったのですからね!」
……たしかに、昨日は大勢の男性にダンスの相手を求められたが……。
「あれはわたくしが殿下に婚約破棄されたのを憐れんで、皆様で慰めてくれたのでしょう?」
「……だったらどうして、翌日になってもプレゼント攻勢に遭うのだと思いますか?」
そこまで言われると、鈍いフルールも流石に押し黙ってしまう。
脳裏にふと、昨夜のユージーンの声が蘇る。
『次の恋の相手は俺に決めて欲しい』
……あれは……本気なの?
途端に顔が熱くなり、フルールは両手で頬を挟んだ。
「プレゼントもですが、それ以上に恋文も届いています。お返事はどうしますか?」
「こここ恋文ぃ!?」
令嬢の声がひっくり返る。
「そんなもの、今まで貰ったことも書いたこともないわ」
グレゴリーは筆まめな方ではなかったし、彼女も自分から送ることはなかったから。
「こちらで適当に代筆しましょうか?」
それは貴族がよく行う手口だが、
「いいえ、すべてに目を通してわたくしがお返事するわ。せっかく書いてくださった方に失礼ですもの」
誠実なのはフルールの長所だ。
「それにしても、婚約破棄されたのわたくしに求婚するなんて、世の中には酔狂な殿方が多いのね」
「今までが特別だったのですよ」
しみじみ感想を述べる令嬢の認識を、執事が正す。
フルールは王太子の婚約者、迂闊に手を出せば反逆罪に問われる可能性さえあった。それが、王太子側の不貞──完全に相手の有責──で婚約破棄になったのだ。
王室に入る前提だったので、フルールの結婚までの貞操は折り紙付き。傷物どころかまっさらな優良物件が放出されたことになる。
……争奪戦が起こるのも無理はない。
もう少しお嬢様にも危機感を持ってもらいたいところだが……。肝が据わったところも彼女の個性だ。
「贈り物には相応の品とお礼状を。薔薇は切り花が多いわね。萎れる前に飾れるだけ飾って、後はポプリと薔薇ジャムにしましょう。それでも残った花は、大浴場に浮かべましょうか。みんなで楽しめるように」
ブランジェ公爵屋敷の大浴場は、使用人も入れる施設だ。
「それは素敵な考えですね。早速メイドに手配させます」
婚約破棄は残念だが、フルールが屋敷に残ることを、実はエリックを始めとした使用人達全員が密かに喜んでいる。
「さて、このお手紙の山を読みきっちゃわないと。エリック、お茶をもう一杯もらえる?」
「畏まりました」
執事が頭を下げ、令嬢が居ずまいを正して堆く積み上げられた封筒に手を伸ばした……瞬間!
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