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2.後編
「……あのさぁ? 服着てくんねぇ? じゃなきゃ、いい加減自分の部屋探して出ていってくんねぇ?」
あの日の事はかつてと同様、何事もなかったことになっていた。
ただ季節はだんだん寒くなっていくというのに、あれ以来戸開は妙に露出が増えたような気がする。
風呂上がり、ボクサーパンツ一枚で歩き回られると、目のやり場に困る。
俺が意識しすぎなのか、戸開がこの生活に慣れてきて普段の自分のスタイルに戻っただけなのかはわからない。
逆に家主の俺のほうが気を使って、風呂上がりにちゃんと服を着込むようになっていた。
戸開の離婚の方は、子供もいなかったし、財産分与と言っても、結婚生活を送っていたアパートや家具の処分についての話し合い程度で終わったらしい。戸開が了承さえすれば、あとはサインをするだけの状態。
最近では酒を飲んで愚痴ることもなくなった。
それでも奥さんとその浮気相手は続いているようだから、戸開が内心どう思っているのかは知らない。
「あ、明日取引先との飲み会で帰り遅くなるから、晩御飯いらない」
「はいよ。じゃぁ適当に一人で食うわ」
そんな会話をしていれば、まるで夫婦のようだな、と思う。なんだかんだ居心地は悪くない。
ご飯は早く帰ったほうが作ったり、外に食べに行ったり。家事もなんとなく分担して行っていた。ただセックスをしないだけ。
飲み会で帰りが遅いと言われた日、俺は定時で職場を上がり、そそくさと帰路へとつく。
帰りにコンビニで夕食を買い、帰ってすぐにシャワーを浴びてクローゼットを開けた。
クローゼットの奥に隠されている箱を取り出し、中の物を取り出すと、雑にローションを塗って、即、後孔に当てる。
少しの抵抗の後、先端を飲み込めばすぐにディルド全体が体内に侵入してきた。
「んっ……あぁ……」
久しぶりの感覚に思わず声が漏れる。
戸開との生活は特に不満もない。だが日々発散できぬ性欲だけが溜まっていた。
ちんこを扱きながら、腰を上下に振れば、穴からぬちぬちと淫猥な音がした。
「あ……あ……気持ち、いい……」
声に出せば、より体内から悦楽が湧き上がってくる。ディルドの吸盤はしっかりと床に張り付いていた。
自らのちんこを握り、反対の手で乳首を刺激しながら俺はヨガった。
「はぁ~……満足……」
一度目は床に、二度目はクローゼットの扉に貼り付けて体内への挿入を味わう。
その余韻を味わうように尻だけを突き上げたまま、床に突っ伏し、荒い呼吸を繰り返した。
久しぶりの挿入にまだ穴がひくひくと蠢いていた。
「どうしよう、もう一回くらいしとくかな……」
いつもだったらこれで終えることろだが、次はいつ発散できるかわからない。クローゼットに貼り付いたディルドにもう一度後孔を当てる。
ずぶずぶと飲み込み、腹の中が満たされればそれだけで気持ちがいい。
先程よりも怠惰に腰を振り、充足感を味わう。
突然玄関の鍵が開けられる音が静かな部屋に響いた。
時計を見ればまだ7時過ぎ。戸開は今日はまだ帰ってこないはずじゃないのか?
「ただいま。急に取引先が都合悪くなって、飲み会延期になった。……ってなに慌ててんだ?」
「え? いや、驚いただけで……別に……」
腰にタオルを巻き、さも風呂上がりであることを装ったが、少ししどろもどろになっていた。
「はっ? 俺が早く帰ってきたら、都合悪かったか? 誰かいるのか?」
嫌な思い出を刺激してしまったか?戸開が不機嫌に言った。
「い、いや……?」
思わずクローゼットに視線が行った。戸開がムッとしたように俺をどかしてクローゼットを開ける。
慌てて放り込んだディルドがそこにあった。しかも先程まで使っていたことを示すようにローションでてらてらに光っている。
戸開が無言でそれを手に取った。先程まで俺の肛門に突き刺さっていたそれを、片思いの相手が手に取る羞恥。
「あ、の……それ、は……その……」
上手い言い訳が見つからない。別に悪いことをしていたわけではないのだし、戸開とはただの友達だ。弁解する必要もないのだが、まるで思春期に家族に自慰を見られた時のようないたたまれなさを感じた。
「使ってたのか? 見せろよ」
「な……なに言って……?」
「これ、挿れてたんだろ? 見たい。見せろよ」
「っ!! み、見せられるわけねぇだろ? お前、俺のこと何だと思ってんの? お前にとって俺はなんっ……!!」
逆らえば戸開は怒って俺をベッドに突き飛ばした。
腰に巻いていたタオルが外れて、俺の身体を隠すものがなくなった。
ジャケットを脱いただけのスーツ姿の戸開が、俺の足を割り開いた。
この体勢はやばいと、本能が言っている。
だが逃げる間もなく、俺のすでに解れている後孔に戸開の指が触れた。
「柔らかいね。すぐ入りそう」
戸開のベルトが緩められる。
「戸開っ!!!! やめろってっ!!!! どういうつもりだよっ!!!!」
正気に戻れと訴えるが、戸開は怒りを含んだような、複雑な表情を浮かべていた。
「……俺にだってわかんねぇよっ!!!!」
ギンギンに勃ち上がったちんこを引っ張り出し、数回扱くと、戸開は俺の穴に挿入した。
「あ……あ……あ……」
漏れ出ている声が喘ぎ声なのか、泣き声なのか自分でもわからない。
ただ、俺達の友情はこれで終わるんだと思った。
ほとんど着衣の乱れもなく、戸開は俺の体内に欲望を吐き出した。
「……どういう……つもりだ……」
ファスナーを上げ、ベルトを締め直す戸開に、俺はもう一度聞いた。
「……俺にもよくわかんねぇ……」
吐き出して正気に戻ったのか、弱々しく言った。混乱している様子が伺える。
俺と視線を合わせようとしなかった。
「わかんねぇくせに、ヒトんとこ犯してんじゃねぇ!」
俺はグーで戸開の頬を殴った。
来ると分かっていただろうが、戸開は避けなかった。
殴った衝撃で拳が痛い。
いや、心が痛い。
俺はしばらく睨んでいたが、唇を噛み締め、端で丸まっていた布団を掴み、その中に蹲った。
「……出ていってくれ……」
許せなかった。
俺が長い間大事にしていた恋心や友情をこんな形で踏みにじったこいつが。
俺の価値なんてそんなもんだったのか?
お前にとっては、一時の欲求で壊してしまえる程度の、そんなものだったのか?
しばらくしてドアが閉まる音が聞こえた瞬間、俺は声を上げて泣いた。
===
長く拗らせていた恋が終わったからと言って、世の中が変わることはない。
今日も変わらず朝が来て、そして夜が来る。
気持ちがどんなに疲れていても、どんなに身体が重くても、ただ『会社にいかなくては』という義務感だけで、淡々とお決まりの行動を繰り返す。
自分の周りだけ世界が色褪せて見えた。楽しいことだけをすべて抽出し終わったかのような、出涸らしのような景色だと思った。
『あの日の事、謝りたい。ちゃんと説明させてほしい』
何度か戸開から連絡が来ていたが、返事はしなかった。
謝られた所で許せることではない。もう前のような友達に戻ることもできないのだから、あいつは俺に対してずっと罪悪感を抱えて生きていけばいい。
そうして苦い思い出としてあいつの記憶に残れるのであれば、もうそれだけで満足な気がした。
週末、近所の居酒屋のカウンターで一人で飲んでいた。
強い酒が呑みたくて、珍しく日本酒を頼んだ。
ふと、そういえば最後に来たのは戸開とだったな、と思い出す。あの時は戸開が酔っ払って……。
「あ、また会えた」
ぼんやり感傷に浸っていれば、聞いたことのある声が聞こえた。振り返れば、伊東がそこにいた。
「……こん、ばんわ……」
一人だったせいもあって、伊東に話しかけられるのは前ほど嫌ではなかった。ぐるぐると回る負の思考のループから抜け出したい。
「この間も会ったけど、家、近いの? 僕も少し前に近くに引っ越してきて、最近この店よく来るんだよね。引っ越してきた日に、君にも会えたしね。それにあの後連絡したのに返事がこないから、また会って話せたらなーとも思っててさ。普通に飲み友達くらいにでもなれたらな、って」
「あ、そういえば……」
なんて返事を返そうか迷っているうちに戸開とのことがあってすっかり忘れていた。
「既読スルー? ひどいなぁ、はは」
さして気にしている様子もなく、伊東は笑った。
「すみ、ません……」
「はは、冗談だから気にしないで。というか大丈夫? 顔、かなり疲れてるけど、仕事忙しいの? それとも……この間の彼?」
思わず頬に手を当てた。そんなにひどい顔をしているだろうか?
「いや、色々あって……」
伊東は俺の隣に移動してきた。大将に見えないよう、カウンターの下で太ももに手が置かれた。距離感が近いのは何回か寝たことがあるからだろう。
なんとなく誰でもいいから寝たい気分になった。伊東は手っ取り早い相手かもしれないと思う。
戸開に今までの抑えていた気持ちを踏みにじられ、性のはけ口にされたことは俺にとってはつらい出来事だった。
だがそれを上書きしていけば大したことではなくなるかもしれない。きっとそのうち忘れられる。
当たり障りのない話をしながら距離感を詰めてくる伊東に質問する。
「伊東さん、俺とします?」
伊東は一瞬驚いた様子だったが、すぐに笑顔で返してきた。
「直球だね。君が良いならぜひ」
「……それは駄目だ」
地鳴りのような低い声が背後から聞こえた。びくりとして振り返れば、怒りをたたえた戸開がそこにいた。
「えっと、突然なにかな? 君には関係ないよね?」
伊東が少し驚きながらも、笑って返す。
「俺は岩屋の……」
「岩屋くんの、なに……? それは僕達の今の会話を遮るほどの正当性がある内容なのかな?」
挑発するかのような伊東の声。一触即発の空気に変わった。
「う、うるせぇな。岩屋の部屋に忘れ物したから、急ぎで取りに行きてぇんだよ」
早々に敗北の予感がしたのかすぐに矛先がこちらに変わった。
長年の友情から、戸開がかなり苛立っているのがわかる。伊東からは早めに引き離したほうが良いだろう。
「忘れ物? 気づかなかったけど、どこに?」
俺は伊東の様子を伺いながら、戸開に尋ねた。
忘れ物なんて、何かあったただろうか?
俺達が仲違いをした日、部屋の合鍵はリビングのテーブルの上に置いてあった。
「ク、クローゼットの中……今すぐ必要で……」
戸開にしては珍しく焦っている。今すぐ必要ということは離婚絡みのものなのかもしれない。それだけ急いで必要な物なら一度取りに帰ってあげないといけないな、と思った。
「伊東さん。俺から誘ったのにすみません。やっぱり今日は……また連絡します」
「はは、残念。まぁ、よく彼と話し合いなよ?」
伊東は苦笑いしながら、手を振っていた。
「ちょっとクローゼット見てくるから……」
上がってこようとした戸開を静止して、玄関で待たせた。
この間の事をまだ許していない、と伝えるためにも声色を低くし、ぶっきらぼうに言い放つ。
「……いや……自分で……」
「……漁られたくないんだよ。わかんねぇ?」
苛立ちの含んだ声で言い捨てて、クローゼットへと向かう。開けてみても戸開の物がどこにあるのか分からなかった。
「お前、何忘れたの? 見つかんねぇんだけど!」
俺は戸開は玄関にいると思い、大声で言う。
「ごめん、忘れ物は嘘だ……」
「おわっ! びっくりした!」
いつの間にか戸開が背後に立っていた。
「お前に会いたくて近く来て、お前の姿が見えて、話聞こえて……お前があのオッサンに抱かれるのかと思ったら居ても立ってもいられなくて……すまん……」
「はぁっ? 俺が誰と何しようが俺の勝手だろ? なんだ? 一度寝たから独占欲でも芽生えたか? 嫉妬でもしたか? あいにく俺はお前の事なんて……」
続く言葉を思わず飲み込んだ。戸開の表情が今まで見たことのない切なそうなものだったからだ。
「……お前が俺のことなんとも思ってなくても、俺はお前が好きだ。……そうだよ。独占欲に嫉妬にいろんな感情でぐちゃぐちゃだよ。……俺は馬鹿だから、今更気づいたんだからしょうがねぇだろ?」
「……は? お前何いってんの……?」
お前が、俺を……好き?
耳を疑うセリフが聞こえてきた。
「どうやら俺はお前が好きみたいだ」
今度はハッキリと目を見て言われた。
「な、何をいって……?」
「お前が好きだから、お前が他のやつに抱かれるのが嫌だ。俺だけのものにしたい。ちゃんと離婚してきた。俺と、付き合ってくれないか?」
「は? は? ホントお前どうしちゃったの? お前、ノンケだろ?」
都合の良い夢を見ているのだろうか?
「だめでも、せめて友達には戻りたい。俺、お前が去っていくことをまったく想像してなくて、ずっとお前だけは見捨てないんだって思って甘えてた……」
「いや、それ、は……」
「お前オンナの気配なかったし、俺がお前の一番だと思っていたけど、お前が同性愛者で、俺以外に一番がいるのかと思ったら居ても立ってもいられなくなった」
「お、お前にしては随分としおらしいじゃねぇか……なんか悪いもんでも食っ……」
「付き合って?」
誤魔化そうとする俺の言葉を遮って戸開が言った。
「…………あ、あぁ……」
「ダメでも恋人としての好きになってくれるまで頑張るつもりではある……けど……って……え?」
「こ、恋人同士になるんだろ? そ、それなら……いいよ?」
俺はいつもと違って弱気な戸開に、戸惑いながら答える。
「い、いいのか? 俺、結構、嫉妬深いけど……」
「おぅ、嫉妬深くて、独占欲強くて、束縛したがりだろ?」
「そ、そこまでは酷くない……と思うが……あの、お前は嫌かもしれないが、俺はお前とセックスも……した、い……」
「お、おぅ、……い、いいぞ?」
「いいのか!? だってお前この間……」
戸惑う戸開に俺は説明する。
「あのなぁ、『友達』とはセックスできねぇけど、『恋人』ならかまわねぇ、って言ってんの。お前あの時、俺のこと好きかわかんねぇまま犯しただろ? それが許せねぇ、って言ってんの!」
「……すまん」
「はは、珍しくしおらしいお前にいいこと教えてあげようか? 俺は高校生の時からずっとお前に片思いしてたぜ?」
いつもの戸開に戻ってほしくて、俺はとっておきの秘密を暴露する。
目をまん丸くして驚く戸開の唇に、ちゅっとキスをして、それから俺達は抱き合った。
その後のセックスは、今までした中で一番幸せで、一番気持ちよかった。
ヨガりまくる俺の痴態を見て、嫉妬に駆られた戸開に、気絶しそうな程、何度もヤラれたがそれすらも嬉しかった。
「……あ、そうだ。伊東さんに謝っとかないと!」
散々抱き合った後、裸のままふと思い出してスマホに手を伸ばす。喘ぎまくって声が少しかすれていた。
「その名を出すな……」
戸開が俺の手を握り、スマホを取るのを阻止した。
「はは、嫉妬か? 心配しなくても、俺はずっとお前が一番だよ」
ちゅっと唇を重ねて、そして俺はまた戸開に抱きついた。
後日、駅の近くでバッタリ会った伊東に、あの日のことを謝ると「一年位前、荒れていたのは彼の結婚が原因かな?」と言われた。
戸惑っていると「覚えてない? 言ってたよ?」と言って苦笑いされた。
「高校時代からの片思いだったんだろ? 良かったな」
「そ、そんなことまで俺、言ってました……?」
真っ赤になりながら、それでも伊東のお陰だと感謝を伝え、戸開が待つ家へと帰途を急ぐ。
もうすっかり日も沈んだというのに、帰り道の景色はキラキラと美しく輝いて見えた。
(おわり)
あの日の事はかつてと同様、何事もなかったことになっていた。
ただ季節はだんだん寒くなっていくというのに、あれ以来戸開は妙に露出が増えたような気がする。
風呂上がり、ボクサーパンツ一枚で歩き回られると、目のやり場に困る。
俺が意識しすぎなのか、戸開がこの生活に慣れてきて普段の自分のスタイルに戻っただけなのかはわからない。
逆に家主の俺のほうが気を使って、風呂上がりにちゃんと服を着込むようになっていた。
戸開の離婚の方は、子供もいなかったし、財産分与と言っても、結婚生活を送っていたアパートや家具の処分についての話し合い程度で終わったらしい。戸開が了承さえすれば、あとはサインをするだけの状態。
最近では酒を飲んで愚痴ることもなくなった。
それでも奥さんとその浮気相手は続いているようだから、戸開が内心どう思っているのかは知らない。
「あ、明日取引先との飲み会で帰り遅くなるから、晩御飯いらない」
「はいよ。じゃぁ適当に一人で食うわ」
そんな会話をしていれば、まるで夫婦のようだな、と思う。なんだかんだ居心地は悪くない。
ご飯は早く帰ったほうが作ったり、外に食べに行ったり。家事もなんとなく分担して行っていた。ただセックスをしないだけ。
飲み会で帰りが遅いと言われた日、俺は定時で職場を上がり、そそくさと帰路へとつく。
帰りにコンビニで夕食を買い、帰ってすぐにシャワーを浴びてクローゼットを開けた。
クローゼットの奥に隠されている箱を取り出し、中の物を取り出すと、雑にローションを塗って、即、後孔に当てる。
少しの抵抗の後、先端を飲み込めばすぐにディルド全体が体内に侵入してきた。
「んっ……あぁ……」
久しぶりの感覚に思わず声が漏れる。
戸開との生活は特に不満もない。だが日々発散できぬ性欲だけが溜まっていた。
ちんこを扱きながら、腰を上下に振れば、穴からぬちぬちと淫猥な音がした。
「あ……あ……気持ち、いい……」
声に出せば、より体内から悦楽が湧き上がってくる。ディルドの吸盤はしっかりと床に張り付いていた。
自らのちんこを握り、反対の手で乳首を刺激しながら俺はヨガった。
「はぁ~……満足……」
一度目は床に、二度目はクローゼットの扉に貼り付けて体内への挿入を味わう。
その余韻を味わうように尻だけを突き上げたまま、床に突っ伏し、荒い呼吸を繰り返した。
久しぶりの挿入にまだ穴がひくひくと蠢いていた。
「どうしよう、もう一回くらいしとくかな……」
いつもだったらこれで終えることろだが、次はいつ発散できるかわからない。クローゼットに貼り付いたディルドにもう一度後孔を当てる。
ずぶずぶと飲み込み、腹の中が満たされればそれだけで気持ちがいい。
先程よりも怠惰に腰を振り、充足感を味わう。
突然玄関の鍵が開けられる音が静かな部屋に響いた。
時計を見ればまだ7時過ぎ。戸開は今日はまだ帰ってこないはずじゃないのか?
「ただいま。急に取引先が都合悪くなって、飲み会延期になった。……ってなに慌ててんだ?」
「え? いや、驚いただけで……別に……」
腰にタオルを巻き、さも風呂上がりであることを装ったが、少ししどろもどろになっていた。
「はっ? 俺が早く帰ってきたら、都合悪かったか? 誰かいるのか?」
嫌な思い出を刺激してしまったか?戸開が不機嫌に言った。
「い、いや……?」
思わずクローゼットに視線が行った。戸開がムッとしたように俺をどかしてクローゼットを開ける。
慌てて放り込んだディルドがそこにあった。しかも先程まで使っていたことを示すようにローションでてらてらに光っている。
戸開が無言でそれを手に取った。先程まで俺の肛門に突き刺さっていたそれを、片思いの相手が手に取る羞恥。
「あ、の……それ、は……その……」
上手い言い訳が見つからない。別に悪いことをしていたわけではないのだし、戸開とはただの友達だ。弁解する必要もないのだが、まるで思春期に家族に自慰を見られた時のようないたたまれなさを感じた。
「使ってたのか? 見せろよ」
「な……なに言って……?」
「これ、挿れてたんだろ? 見たい。見せろよ」
「っ!! み、見せられるわけねぇだろ? お前、俺のこと何だと思ってんの? お前にとって俺はなんっ……!!」
逆らえば戸開は怒って俺をベッドに突き飛ばした。
腰に巻いていたタオルが外れて、俺の身体を隠すものがなくなった。
ジャケットを脱いただけのスーツ姿の戸開が、俺の足を割り開いた。
この体勢はやばいと、本能が言っている。
だが逃げる間もなく、俺のすでに解れている後孔に戸開の指が触れた。
「柔らかいね。すぐ入りそう」
戸開のベルトが緩められる。
「戸開っ!!!! やめろってっ!!!! どういうつもりだよっ!!!!」
正気に戻れと訴えるが、戸開は怒りを含んだような、複雑な表情を浮かべていた。
「……俺にだってわかんねぇよっ!!!!」
ギンギンに勃ち上がったちんこを引っ張り出し、数回扱くと、戸開は俺の穴に挿入した。
「あ……あ……あ……」
漏れ出ている声が喘ぎ声なのか、泣き声なのか自分でもわからない。
ただ、俺達の友情はこれで終わるんだと思った。
ほとんど着衣の乱れもなく、戸開は俺の体内に欲望を吐き出した。
「……どういう……つもりだ……」
ファスナーを上げ、ベルトを締め直す戸開に、俺はもう一度聞いた。
「……俺にもよくわかんねぇ……」
吐き出して正気に戻ったのか、弱々しく言った。混乱している様子が伺える。
俺と視線を合わせようとしなかった。
「わかんねぇくせに、ヒトんとこ犯してんじゃねぇ!」
俺はグーで戸開の頬を殴った。
来ると分かっていただろうが、戸開は避けなかった。
殴った衝撃で拳が痛い。
いや、心が痛い。
俺はしばらく睨んでいたが、唇を噛み締め、端で丸まっていた布団を掴み、その中に蹲った。
「……出ていってくれ……」
許せなかった。
俺が長い間大事にしていた恋心や友情をこんな形で踏みにじったこいつが。
俺の価値なんてそんなもんだったのか?
お前にとっては、一時の欲求で壊してしまえる程度の、そんなものだったのか?
しばらくしてドアが閉まる音が聞こえた瞬間、俺は声を上げて泣いた。
===
長く拗らせていた恋が終わったからと言って、世の中が変わることはない。
今日も変わらず朝が来て、そして夜が来る。
気持ちがどんなに疲れていても、どんなに身体が重くても、ただ『会社にいかなくては』という義務感だけで、淡々とお決まりの行動を繰り返す。
自分の周りだけ世界が色褪せて見えた。楽しいことだけをすべて抽出し終わったかのような、出涸らしのような景色だと思った。
『あの日の事、謝りたい。ちゃんと説明させてほしい』
何度か戸開から連絡が来ていたが、返事はしなかった。
謝られた所で許せることではない。もう前のような友達に戻ることもできないのだから、あいつは俺に対してずっと罪悪感を抱えて生きていけばいい。
そうして苦い思い出としてあいつの記憶に残れるのであれば、もうそれだけで満足な気がした。
週末、近所の居酒屋のカウンターで一人で飲んでいた。
強い酒が呑みたくて、珍しく日本酒を頼んだ。
ふと、そういえば最後に来たのは戸開とだったな、と思い出す。あの時は戸開が酔っ払って……。
「あ、また会えた」
ぼんやり感傷に浸っていれば、聞いたことのある声が聞こえた。振り返れば、伊東がそこにいた。
「……こん、ばんわ……」
一人だったせいもあって、伊東に話しかけられるのは前ほど嫌ではなかった。ぐるぐると回る負の思考のループから抜け出したい。
「この間も会ったけど、家、近いの? 僕も少し前に近くに引っ越してきて、最近この店よく来るんだよね。引っ越してきた日に、君にも会えたしね。それにあの後連絡したのに返事がこないから、また会って話せたらなーとも思っててさ。普通に飲み友達くらいにでもなれたらな、って」
「あ、そういえば……」
なんて返事を返そうか迷っているうちに戸開とのことがあってすっかり忘れていた。
「既読スルー? ひどいなぁ、はは」
さして気にしている様子もなく、伊東は笑った。
「すみ、ません……」
「はは、冗談だから気にしないで。というか大丈夫? 顔、かなり疲れてるけど、仕事忙しいの? それとも……この間の彼?」
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なんとなく誰でもいいから寝たい気分になった。伊東は手っ取り早い相手かもしれないと思う。
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だがそれを上書きしていけば大したことではなくなるかもしれない。きっとそのうち忘れられる。
当たり障りのない話をしながら距離感を詰めてくる伊東に質問する。
「伊東さん、俺とします?」
伊東は一瞬驚いた様子だったが、すぐに笑顔で返してきた。
「直球だね。君が良いならぜひ」
「……それは駄目だ」
地鳴りのような低い声が背後から聞こえた。びくりとして振り返れば、怒りをたたえた戸開がそこにいた。
「えっと、突然なにかな? 君には関係ないよね?」
伊東が少し驚きながらも、笑って返す。
「俺は岩屋の……」
「岩屋くんの、なに……? それは僕達の今の会話を遮るほどの正当性がある内容なのかな?」
挑発するかのような伊東の声。一触即発の空気に変わった。
「う、うるせぇな。岩屋の部屋に忘れ物したから、急ぎで取りに行きてぇんだよ」
早々に敗北の予感がしたのかすぐに矛先がこちらに変わった。
長年の友情から、戸開がかなり苛立っているのがわかる。伊東からは早めに引き離したほうが良いだろう。
「忘れ物? 気づかなかったけど、どこに?」
俺は伊東の様子を伺いながら、戸開に尋ねた。
忘れ物なんて、何かあったただろうか?
俺達が仲違いをした日、部屋の合鍵はリビングのテーブルの上に置いてあった。
「ク、クローゼットの中……今すぐ必要で……」
戸開にしては珍しく焦っている。今すぐ必要ということは離婚絡みのものなのかもしれない。それだけ急いで必要な物なら一度取りに帰ってあげないといけないな、と思った。
「伊東さん。俺から誘ったのにすみません。やっぱり今日は……また連絡します」
「はは、残念。まぁ、よく彼と話し合いなよ?」
伊東は苦笑いしながら、手を振っていた。
「ちょっとクローゼット見てくるから……」
上がってこようとした戸開を静止して、玄関で待たせた。
この間の事をまだ許していない、と伝えるためにも声色を低くし、ぶっきらぼうに言い放つ。
「……いや……自分で……」
「……漁られたくないんだよ。わかんねぇ?」
苛立ちの含んだ声で言い捨てて、クローゼットへと向かう。開けてみても戸開の物がどこにあるのか分からなかった。
「お前、何忘れたの? 見つかんねぇんだけど!」
俺は戸開は玄関にいると思い、大声で言う。
「ごめん、忘れ物は嘘だ……」
「おわっ! びっくりした!」
いつの間にか戸開が背後に立っていた。
「お前に会いたくて近く来て、お前の姿が見えて、話聞こえて……お前があのオッサンに抱かれるのかと思ったら居ても立ってもいられなくて……すまん……」
「はぁっ? 俺が誰と何しようが俺の勝手だろ? なんだ? 一度寝たから独占欲でも芽生えたか? 嫉妬でもしたか? あいにく俺はお前の事なんて……」
続く言葉を思わず飲み込んだ。戸開の表情が今まで見たことのない切なそうなものだったからだ。
「……お前が俺のことなんとも思ってなくても、俺はお前が好きだ。……そうだよ。独占欲に嫉妬にいろんな感情でぐちゃぐちゃだよ。……俺は馬鹿だから、今更気づいたんだからしょうがねぇだろ?」
「……は? お前何いってんの……?」
お前が、俺を……好き?
耳を疑うセリフが聞こえてきた。
「どうやら俺はお前が好きみたいだ」
今度はハッキリと目を見て言われた。
「な、何をいって……?」
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「いや、それ、は……」
「お前オンナの気配なかったし、俺がお前の一番だと思っていたけど、お前が同性愛者で、俺以外に一番がいるのかと思ったら居ても立ってもいられなくなった」
「お、お前にしては随分としおらしいじゃねぇか……なんか悪いもんでも食っ……」
「付き合って?」
誤魔化そうとする俺の言葉を遮って戸開が言った。
「…………あ、あぁ……」
「ダメでも恋人としての好きになってくれるまで頑張るつもりではある……けど……って……え?」
「こ、恋人同士になるんだろ? そ、それなら……いいよ?」
俺はいつもと違って弱気な戸開に、戸惑いながら答える。
「い、いいのか? 俺、結構、嫉妬深いけど……」
「おぅ、嫉妬深くて、独占欲強くて、束縛したがりだろ?」
「そ、そこまでは酷くない……と思うが……あの、お前は嫌かもしれないが、俺はお前とセックスも……した、い……」
「お、おぅ、……い、いいぞ?」
「いいのか!? だってお前この間……」
戸惑う戸開に俺は説明する。
「あのなぁ、『友達』とはセックスできねぇけど、『恋人』ならかまわねぇ、って言ってんの。お前あの時、俺のこと好きかわかんねぇまま犯しただろ? それが許せねぇ、って言ってんの!」
「……すまん」
「はは、珍しくしおらしいお前にいいこと教えてあげようか? 俺は高校生の時からずっとお前に片思いしてたぜ?」
いつもの戸開に戻ってほしくて、俺はとっておきの秘密を暴露する。
目をまん丸くして驚く戸開の唇に、ちゅっとキスをして、それから俺達は抱き合った。
その後のセックスは、今までした中で一番幸せで、一番気持ちよかった。
ヨガりまくる俺の痴態を見て、嫉妬に駆られた戸開に、気絶しそうな程、何度もヤラれたがそれすらも嬉しかった。
「……あ、そうだ。伊東さんに謝っとかないと!」
散々抱き合った後、裸のままふと思い出してスマホに手を伸ばす。喘ぎまくって声が少しかすれていた。
「その名を出すな……」
戸開が俺の手を握り、スマホを取るのを阻止した。
「はは、嫉妬か? 心配しなくても、俺はずっとお前が一番だよ」
ちゅっと唇を重ねて、そして俺はまた戸開に抱きついた。
後日、駅の近くでバッタリ会った伊東に、あの日のことを謝ると「一年位前、荒れていたのは彼の結婚が原因かな?」と言われた。
戸惑っていると「覚えてない? 言ってたよ?」と言って苦笑いされた。
「高校時代からの片思いだったんだろ? 良かったな」
「そ、そんなことまで俺、言ってました……?」
真っ赤になりながら、それでも伊東のお陰だと感謝を伝え、戸開が待つ家へと帰途を急ぐ。
もうすっかり日も沈んだというのに、帰り道の景色はキラキラと美しく輝いて見えた。
(おわり)
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