MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第一章 メイド

「メイド服が好きだから」 -2-

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 まだ朝日ものぼりきっていない、薄暗い早朝。エントランスに集まったのは、九人の女とロウ。特に作業着の支給などはされていないので、全員が昨日と似たり寄ったりの、バラバラの格好をしている。

 リリーの厳しい面接を通過した女たちは皆、一様に品がある。内心はどうであれ、彼女たちは、男であるロウが混ざっていることを、あからさまに気にはしていなかった。

「これから実技試験を開始します。まずは洗濯。それから掃除、ベッドメイクをしていただきます」

 志願者たちの顔を一人ひとり見つめながら、リリーが説明する。さらに後を継ぐ形で、ギルバートが口を開く。

「これだけははじめに言っておきますが、作業は早い者順に評価が高いというわけではありません。あくまで、働きぶりを見て総合的に評価します。邸宅の中には衣類調度品問わず、貴重な品が多いため、作業は慎重に行なってください」

 念を押すギルバートの言葉に、一〇人の志願者たちは「はい」と声を揃えた返事をした。

「よろしい。では、裏庭へ向かいます」

 ギルバートは踵を返し、志願者たちを引き連れて、まっすぐに裏庭へと出た。

 地面は踏み固められた土で、手押しポンプが設置された井戸があり、物干しロープが幾本も渡っている。ここはあくまで家事を行うための作業場だ。

 角の方にはまだ雪の残る裏庭には、ネイサンが志願者たちを待っていた。彼は全員が揃うのを待ってから説明を始める。

「お一人ずつ桶と洗濯板、それから石鹸を用意しました。その前にあるのが、これから皆さんに洗濯していただく洗濯物です。井戸は譲り合ってご利用ください」

 ネイサンの言葉通り、井戸を取り囲むようにして一〇個の桶と洗濯板、石鹸のセットが置かれており、その横には、それぞれこんもりと盛られた衣類や寝具が並んでいる。

 メイドは主人であるエヴァンの衣類や寝具の洗濯はもちろんのこと、自分自身を含む邸宅に居住する使用人の衣類寝具、邸宅内の備品など、数多くの布製品の洗濯を日常的に行わなければならない。

 志願者たちは促されるままに、それぞれ桶の前へと移動する。

「それでは、はじめ」

 ギルバートのかけ声を聞き、志願者たちが慌ただしく動き始める。

 井戸は一つしかないので、真っ先に井戸をとった者以外は、自分の担当する洗濯物の仕分けから始めていた。

 ギルバートとリリー、ネイサンはそれぞれに志願者たちの様子を見て回りながら、手元の手帳に己の所見をメモしていく。

 そんな中、ギルバートは全員を公平に見なければと思いながらも、ついロウの動向に注意が向いていた。

 この世界では、家事は一般的に女が行うものである。よってギルバートは、ロウが本当にメイドの仕事が行えるのかを訝しんでいた。しかし、洗濯物を仕分けているロウの動きに、戸惑っているような素振りはない。

 井戸の使用順が回ってきて、ロウは手押しポンプの前へと向かうと、勢いよく水を汲み始める。単純な肉体労働になるため、水を汲む速さも、当然のことながら他の者たちに比べても早かった。

 だが、水を張った桶に洗濯物と共に手を入れた瞬間、ロウの動きがピタリと止まった。

 ギルバートは、その理由をすぐに推察することができた。

 ここユレイト領は、国の中で最も寒い地域だ。もう冬も終わりかけとはいえ、ユレイト領の厳しい寒さは、セルジア領出身のロウには慣れないものである。

 とりわけ、早朝に行われる洗濯は、凍えんばかりの水に手を浸し続け、作業を行わなければならない過酷なものだ。

 他の志願者たちは皆、ユレイト領の農民である。彼女たちは、そんな凍える水で行う洗濯にも慣れているため、戸惑う様子もなく作業を進めている。

 ロウはすぐに作業をやめて立ち上がり、ギルバートの元へとやってきた。

「キッチンで湯を沸かしてきて良いか?」

「ええ、かまいませんよ。キッチンは先ほど通ってきた廊下を、すぐ左に入ったところにあります」

 許可を出すと、ロウはバケツに水を汲んでキッチンに向かっていった。彼が去ったすぐ後、少し離れたところで様子を見ていたリリーが、ギルバートの横にやってくる。リリーとネイサンには、昨日のことの顛末はすでにすべて共有済みだ。

「ロウさん、水が冷たくてギブアップですか?」

「そのようですね。やはり彼には、メイドの仕事は務まらないようです」

「なんだか残念です。彼がメイドになって一緒に働くことになったら、面白そうだなと思ったんですが」

 リリーの言葉に、ギルバートは笑う。

「面白さで雇う者を決めたりはしませんからね」

 それから、バケツいっぱいの湯を沸かしてきたロウは洗濯に戻ったが、他の志願者たちと比べ、作業の遅れは明白であった。


 朝日の爽やかな裏庭。そこにかけられた物干しロープには、今やさまざまな布製品が干されている。山になっていた洗濯物が、すべて洗い終えられたのだ。

 結局、ロウの作業は他の者に比べて少しばかり遅く終わった。

 しかしながら、志願者たち一〇人の洗濯作業のすべてをみていたギルバートは、青空にはためく、ひときわ白い衣類に着目した。それらはどれも、ロウが手がけた洗濯ものたちであった。

「皆もちろん綺麗に洗えていますけど、ロウさんの洗濯したものと見比べてしまうと、汚れが落ちきってないのがわかってしまいますね。私がやっても、こんなに綺麗になっていなかった気がします。洗い方が何か違うんでしょうか」

 隣にやってきたリリーが言う。

 その言葉に頷き、ギルバートは振り向くとロウを呼んだ。志願者たちは皆、今は洗濯用具の片付けをしているところであった。ロウだけが呼び出されたことに、他の志願者たちは皆どこか気にしている様子だが、ロウ本人は平然としている。

「あなたの洗った洗濯物ですが、すべてとても綺麗に汚れが落ちているようです。洗い方に何か秘訣などがあるのですか? ご教授願えるようでしたら、お願いしたいのですが」

 ギルバートは包み隠すことなく正面から問いかける。試験を行なっている者の立場で受験者に教えを乞うというのは、そうそうできることではない。ギルバートの性格がよく現れた行動だった。

 すると、ロウも渋ることなく口を開く。

「それなら、水温の差が大きいだろう。熱湯は生地が痛むから良くねぇが、暖かいお湯に浸けてから洗った方が、汚れはよく落ちるんだ。湯を作らなきゃならない一手間はかかるが、それだけの価値はある。それにしても、ここの水は冷たすぎるな。あれでは手も思うように動かねぇだろうし、落ちる汚れも落ちんだろうさ」

 リリーは手をパンと叩いて感心する。

「なるほど、お湯の方が汚れ自体も落ちやすいんですね。今度からは私もそうやって洗ってみようと思います。辛い仕事も楽になりそうですし、これこそ一石二鳥でしょうか」

「ああ、楽できるところでは楽をしたらいいし、手を抜けるところは抜いたらいい」

 ロウの言葉に、ギルバートは目を細める。

「雇われるための審査をしている途中に『手を抜けるところは抜く』とは、なかなか大胆なことを言うものですね」

 だが、ロウは気にした様子はなく、ひょいと肩をすくめた。

「仕事っていうのは成果を求められるものであって、無理したり、我慢したりすることが目的じゃねぇだろ。意味のない行為に精を出すのは無能のやることだ。かけなくていい手間はかけないっていうのが、俺の信条でね」

「なるほど、もっともなご意見です」

 ギルバートは顔には出さなかったものの、いたく感心した。

 物事を行うにあたり、そこにかかった労力や努力ばかりを注視する者は多い。しかし、そうした労力はあくまでも労いの対象や、教育的に考慮されるべきものであり、実際に必要なのは結果だ。

 この場合で言えば、キンキンに冷えた水で手を痛めながら洗おうが、お湯でその冷たさを緩和しようが、洗濯物が綺麗になれば方法は何でも構わないのだ。
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