MAN in MAID 〜メイド服を着た男〜

三石成

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第三章 賢者

「事実です」 -1-

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 ミレーニュ村はユレイト領の中でも北端にある、もっとも新しくできた村だ。

 そもそもユレイト領の大半は未だ人の手の入っていない深い森林であり、現在進行形で開拓が進んでいる。

 鬱蒼とした印象の森が村のすぐ側まで迫って、こぢんまりしているが、道も建物も何もかもが真新しく美しい。

 そして今日の村には、祭りのような賑わいがある。市場のようにテントが張り出され、村人たちが用意した、さまざまな食べ物や飲み物が提供されている。ミレーニュの村人だけでなく、近隣の住民たちも、いまだけは働く手を止めて集まってきている。それも全ては、新たに赴任してくる聖職者を歓迎するためだ。

 これらはエヴァンが指示してやらせているものではなく、村人たちが彼らの意思で行っているものだ。それだけ、聖職者の赴任は喜ばしいことなのである。

 村の中心部には、大きな建物がある。青い屋根を持ち、ダイヤマークを括れさせたような星の紋章が掲げられている。新しくできた教会だ。

 この世界において、青と星は信仰と教会を象徴する色だ。ルイスの着ている空色の祭服にも、星の紋章が入っている。

 青は薄い色ほど神に近いとされ、シスターやブラザーは藍色、司祭は青、賢者が水色で、大賢者はさらに白に近い水色の祭服を纏う。ちなみに白の祭服は法王にしか許されていない。

 この祭服の色に対する認識は、農民でも持っている。彼らは一生をかけても、司祭以上の位をもつ聖職者を見る機会すらないにも関わらず、だ。よって、赴任してくる聖職者を待っていたミレーニュ村の人々は、一目でルイスの姿に彼の身分を知る。「賢者様だ」「どうして賢者様がここに」というざわめきが、あたりに広まっていった。

 エヴァンとルイスは馬を降りて、教会の前にできた人の輪の中へと入っていく。ミカも後に続いたが、ロウだけは少し離れた場所で彼らの馬の手綱を握った。

「皆。ミレーニュの教会に、賢者のルイス・バリエル様と、ブラザーのミカ・バリエル様がいらしてくださいました」

 エヴァンが先に紹介をし、微笑みを浮かべたルイスが一歩前へと出る。その時強めの風が吹き、彼の銀色の長い髪を揺らして、キラキラを輝かせる。

「どうも皆さん、良い日ですね。私がルイスです。神の祝福と共に、ミカくんと皆さんを支えていきたいと思っておりますので、どうぞ末長く、よろしくお願いいたします」

 民衆は彼の様子を食い入るように見つめ、その言葉を聞いた。そして、やってきた賢者が、本当に教会に赴任しにきたのだということを理解する。

 森の奥までも届きそうな大歓声が響いたのは、その数秒後だった。


 エヴァンは村人から振る舞われた葡萄ジュースの杯を持ちながら、ルイスから一歩距離を取ったところに立っていた。

 賢者であるルイスの人気は凄まじく、先ほどの挨拶が終わってから小一時間経ったいまなお、彼を囲む人の輪は薄くなる様子がない。

 人々は入れ替わり立ち替わり、ルイスへ自己紹介と歓迎の言葉を述べているのだ。花や収穫物や料理なども捧げられ、彼の横には贈り物の山ができている。

 村人だけでなく近隣住民も挨拶に来ており、到底一度で憶えきれる人数ではない。しかし、親身な様子で彼らの言葉を聞いているルイスは、微笑みを浮かべ続けている。

 エヴァンの目から見ても、ルイスはこのお祭り騒ぎを、実に楽しそうに受け止めているようだった。

 いっぽう、ミカの方も相当の人数から挨拶を受けているが、彼は真顔のまま頷き一つで済ませている。

 ふと周囲を見回したエヴァンの視界に、藍色の祭服を身に纏った、灰髪の女性が映った。彼女は今まさに駆けてきた馬から降り、足をもつれさせながらやってくる。

「ハンナ様? どうなさいました」

 エヴァンは彼女の名を呼び、体を支えるようにその手をとる。尋常でなく息を咳切らして、今にも倒れそうな様子である。

「エヴァン様……その、賢者様がいらっしゃったという噂を聞き、どうしてもご挨拶をと……馬を走らせてきました。噂は、本当ですか……?」

 彼女が大慌てでやってきたのだということは、その様子を見ればわかる。

 ハンナはユレイトの町にある教会に勤めるシスターである。一八歳の時に赴任してきて以来一〇年間、ユレイト領全体の医療と信仰を一人で担ってきた。

「本当です。ルイス様にハンナ様のことをご紹介いたしましょう。こちらへ」

「ああ、なんということでしょうっ」

 聖職者と民衆では賢者に対する捉え方も異なる様子で、ハンナの感激ぶりは凄まじい。エヴァンはハンナに渾身の力で握られた手が痛むのを感じながらも、人の輪を抜けてルイスの元へと向かった。

「ルイス様。町のシスターがご挨拶にやってきました。シスターのハンナ様です。こちら、賢者のルイス様です」

 エヴァンが間に立ちお互いにお互いを紹介する。すると、ハンナはエヴァンの手から離れ、その場で崩れ落ちるように膝をついた。

「ああ、ルイス様、この地にいらしてくださったことに心からの感謝を。ユレイトに、新たな教会ができるということにも無上の喜びを感じておりましたのに。そこに来てくださったのがまさか賢者様だなんて、なんと、ありがたいことでしょう」

 全身で平伏しそうな勢いのハンナの感激ぶりには、この村に到着して以来終始笑顔だったルイスも驚いた。

「君が今まで一人でユレイト領を支え続けたことに比べれば、私の存在などたいしたこともないよ。さあ、立って。本当はもう少ししたら、私の方から挨拶に行こうと思っていたんだよ?」

 ルイスはそう言いながら、先ほどのエヴァンのようにハンナの手をとり、彼女の体を支える。

「そんなにもお優しいお言葉をかけていただけるなんて、光栄の極みです」

「いやいや。実際、いくらまだ小さな領だとは言え、今まで領に教会が一つしかなかったのだから、大変な仕事だったと思うよ。これからは同僚として頑張っていこうね」

 ハンナは続く感激に瞳を潤ませながらも、少し時間がたって落ち着いてきた。エヴァンはそんな彼らの様子を見て、案内を一つ挟む。

「本日は我が邸宅にて、ルイス様とミカ様を歓迎するディナーを用意させていただきます。ぜひハンナ様もいらしてください」

「まあ、わたくしなどが同席してもよろしいのですか?」

「もちろんです」

 ハンナへ向けてエヴァンが頷くと、ルイスはまた微笑みを浮かべる。

「領主宅でのディナーか、それはありがたい。エヴァン様のところの、他の使用人さんたちにもお会いできることを楽しみにしていますよ。ぜひ全員と会わせてくださいね」

「うちの使用人たちですか? もちろんそれは構いませんが。それはまたどうして」

 エヴァンからの問いかけに、ルイスは笑みを深める。そして、少し離れた場所で控えながら、しかし絶えずエヴァンの動向を気にかけているロウへと視線を向けた。

「私は今まで、彼ほど面白い人を見たことがなかったもので」
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