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第四章 刺客
「拾った猫は責任を持って面倒を見なくては」-1-
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セルジアの町の様子は、ユレイトの町と比べるまでもなく別物である。
細い路地に至るまで石畳が敷き詰められ、二階建ての建物が所狭しと並んでいる。商人が通りに店を出し、人々は、盛んにその道を行き交っていた。
ユレイトの町は他の村と同じく、ほとんどの土地が農地だ。だが、ここセルジアの町に農地はない。つまり、農民は町ではなく、周辺の村に住んでいるということになる。
「ここがセルジアの町、ロウさんの故郷ですか、初めて見るものばかりです」
セルジアに来るのが初めてであるミッチェルは馬車の中で興奮気味にそう言って、開いたスケッチブックに、忙しなく木炭を滑らせる。ミッチェルがこの旅に同行したのは、教本の挿絵のために、セルジアの町を描く必要があったからである。
「懐かしいか?」
セルジア領主邸への道を馬で進みながら、エヴァンはロウへと尋ねる。
「ここを出てからまだ二年しか経ってねぇから、懐かしいも何もないな。変わらねぇな、とは思うけどな」
そう言ってロウが顎先で示して見せたのは、路地に座り込む人々の姿であった。彼らは襤褸を身にまとい、不衛生な姿でうつろな眼差しを、石畳に置かれた皿にむけている。とても正常な姿とは思えない。
「彼らはどうしたんだ?」
「セルジアは税がべらぼうに高いからな。まっとうに農業をやってても、天候やら家畜の具合やらで満足な収穫が得られなかったら、貯蓄分の金や、仕事道具なんかも差し出さなきゃ回らない。種にする分の作物さえ手放した農民は、もはや自分で生きていくとはできない。税の取り立てから逃れるためと、生きるために町にきて物乞いして命を繋ぐんだ」
「それは……救済措置を取ってしかるべきことだろう」
「ここの領主の考えは違うんだよ。そして、そいつを領主にすると決めたのは法王様だ。いち個人がどうこうできることじゃない。さ、領主邸はこっちだ」
眉を顰めるエヴァンに、ロウはこともなげに言って先へと促す。エヴァンは華やかな町の影に落ちるような人々の姿に後髪を引かれながらも、ロウの後に続くより他なかった。
領主邸は、町の中心部にある。
金に輝く正門をくぐると、混み入った町とは隔絶され、シンメトリーに整備された庭園が広がる。庭園を貫く広い石畳の奥に聳えるのは、白い外壁を持つ豪邸。その様は邸宅というよりも、城と形容したほうが正しい。
そして一行は今、そんな城の豪奢な謁見の間に通され、セルジア領主であるハインツ・セルジアと対面していた。ハインツの歳は七一。頭髪も、豊かな顎髭も白くなっている。
「ハインツ様、初にお目にかかります。エヴァン・ユレイトです」
「セルジアへようこそエヴァンくん。歓迎しよう。ワシはハインツ・セルジアである。あの辺境からいらしたのだから、さぞや長旅でお疲れのことだろう。今日は我が邸宅でゆっくりしていきなさい」
ハインツは威厳が感じられる、皺の深い顔に穏やかな微笑みを浮かべて言った。歓迎の言葉ではあるものの、ユレイトを辺境と言い切るあたりに、エヴァンに対する見下しのような感情が滲み出ている。
「歓迎とお心遣い、痛み入ります。さっそくですが本題に……」
「さて、では客室に案内させましょう」
出迎えたことで自分の責務は果たしたとばかりに、ハインツはエヴァンの言葉を遮り、話を切り上げるように言う。ハインツの目配せに反応し、控えていたフットマンが数人近づいてくる。
「お待ちください! 俺がその辺境の地からわざわざやってきたのは、セルジア領の視察のためではありません」
エヴァンは、今にも退出してしまいそうなハインツの背中に声をかける。そして振り向くと、背後に控えていたセルゴーに視線を向けた。
セルゴーは頷き、レティシアを連れてくる。さすがにここまで来て自害もしないだろうと、手の拘束だけを残して、猿轡と足のロープは外している。
「ハインツ様、この者に見覚えはありませんか?」
「さて、とんと見当がつかぬ」
ハインツはレティシアを一瞥すると、すぐに視線を外して否定する。彼の様子を見て、エヴァンは再度口を開く。
「この者はリオン領の使用人に扮して俺の邸宅に潜入し、メイドを殺そうとして、その者の脇腹を刺しました。幸いシスターの尽力あって、刺されたメイドは大事に至らずすみましたが」
「その狼藉者と、ワシに何の関係が?」
「リオン領の領主であるイライジャ・リオンがこの者を雇ったのは、この者がセルジア領主からの推薦状を持っていたからです。つまり、あなたからの推薦状です、ハインツ様。それでもこの者を知らないとおっしゃるのですか?」
エヴァンは懐からその推薦状を取り出し、ハインツの目の前へと突きつける。だが、ハインツの表情は変わらない。
「知らぬな。その推薦状も、見たところ偽装されたもの。ワシやセルジア領にはまったく関係がない」
「この推薦状が偽物ですと?」
「その通りだ、何せワシにはなんの身に覚えがないのだからな。よく見せてみなさい」
ハインツが手を伸ばし、エヴァンの手から推薦状を取る。そして、真贋を確かめるように顔を寄せた、その時。
推薦状が燃え上がった。ハインツが手の中に隠していた火炎岩のかけらで、それに火をつけたのだ。
「なっ……ハインツ様、何を」
まさかの行為にエヴァンは驚きの声をあげるが、推薦状はあっという間に燃え滓となり、大理石の床の上に落ちる。
「こんなところに塵が落ちておる。そこの者、片づけなさい」
ハインツは平然と言い放ち、脇に控えたフットマンに、その燃え滓さえも片付けさせた。そして、表情を変えぬままエヴァンを見る。
「さて、何の話だったかな」
今の自分の行為を、すべてなかったことにするという、驚異的な厚顔無恥さである。エヴァンは思わず呆気にとられ、反応しそびれるところであった。己を奮い立たせるように首を振り、ハインツの方へと一歩前に進んで言い募る。
「刺されたメイドとは、あなたが二年前に土地の制約から解放した、元農民のロウ・レナダです。これだけの関わりがセルジアにあって、なお知らないと言い切るのですね?」
「その通りだ。ワシは何も知らん。セルジア領とも関わりがない。問題は、そのような狼藉者を邸宅に簡単に侵入させた、ユレイト領の警備の甘さの問題であろう。ぜひこの機会に、我が邸宅の警備を見て帰り、参考にすると良かろう。これ以上難癖をつけるのであれば、セルジア領はユレイト領との関わり方を考えねばならないぞ」
続けられたのは、もはや脅しの言葉である。エヴァンはぎゅっと己の拳を握り、腹の中で膨れる怒りの感情を制御するように、フーッと息を吐いた。
「なるほど、わかりました……ルイス様」
エヴァンは振り向き、今度はルイスを呼ぶ。
ルイスは一瞬驚いたように目を瞬いたが、すぐにエヴァンの意図を察した。
レティシアと入れ替わりで前へと進み出たルイスの姿に、ハインツがようやく驚きの表情を浮かべた。ルイスが賢者であることは一眼その姿を見れば分かるし、本来であれば、エヴァンに賢者がついてきていることはあり得ない。
ルイスは微笑みを浮かべたまま、ハインツに軽く頭を下げた。
「初にお目にかかります、ハインツ様。私はユレイト領ミレーニュ村の教会に赴任しているルイスと申します。恐れながら、今までのエヴァン様とのやりとりは、全て『記憶』させていただきました」
『記憶』という単語を強調するルイスの言葉に、ハインツが怪訝そうな表情を浮かべる。それに応える形で、ルイスは細かく説明を続けた。
「高い力を持つ聖職者は他人の『記憶』を、再生することができるのです。つまり、いま私が『記憶』した光景、声などは全て、私が見たまま、聞いたままに、高い力を持つ他の聖職者に、伝えることができます」
「賢者様のお力は本当に素晴らしいですね。俺も勉強になりました。さて……話を戻しますが、俺は、俺のメイドの命を狙う者を野放しにはできません。犯人を見つけるため、ルイス様を通して、法王様へとご報告をしようと思っています」
ルイスの言葉にエヴァンが続くと、ハインツの表情がサッと翳る。
彼の様子を見ながら、エヴァンは畳み掛けるように話し続ける。
「ただ、俺としても、問題をおおごとにしたいと思っているわけではありません。もしこの件について、ハインツ様が何かご存知であり、そして今後いっさい、ロウに手出しをしないとお約束いただけるのであれば、今回のことに関しては、俺の胸に収めたいと思っていますが、いかがですか」
問いかけてから、その場に落ちる、しばしの沈黙。
ハインツは微動だにもせず、エヴァンの顔を見つめ続けている。しかし、エヴァンは焦れることなく、そして怯むこともなく、ハインツを見つめ返し、彼からの答えを待ち続けた。
と、瞬きを一つ。ハインツはようやく重い口を開く。
「そこまで困っていると言うのであれば、心当たりがないことはない。ワシから手を回し、そのロウという男の安全は保証しよう」
決して自分が刺客を出していたとは認めていない口振り。だが、ロウの安全を保証するという、その返事が得られただけで、エヴァンは満足だった。
無意識に緊張で浅くなっていた呼吸を整えるように、一度深く息を吐く。そして、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ハインツ様」
「なに、そのようなことで法王様を煩わせるのは忍びないからな。なあ、エヴァンくん。そうだろう」
「ええ、俺もそう思います」
念押しの言葉にエヴァンが同意すると、ハインツは満足げに頷く。そして、椅子から立ち上がると、もはや話すことはないというように、謁見の間から出て行こうとする。
その背中に、ルイスが言葉を投げかける。
「ハインツ様。レティシアの身柄は、引き取っていただけないのでしょうか」
ハインツは立ち止まった。しかし、振り向くことなく、一言。
「そのような狼藉者に見覚えはないと言ったはずだ」
とキッパリと言い切ると、再度止める間も無く、部屋から出て行ってしまった。
細い路地に至るまで石畳が敷き詰められ、二階建ての建物が所狭しと並んでいる。商人が通りに店を出し、人々は、盛んにその道を行き交っていた。
ユレイトの町は他の村と同じく、ほとんどの土地が農地だ。だが、ここセルジアの町に農地はない。つまり、農民は町ではなく、周辺の村に住んでいるということになる。
「ここがセルジアの町、ロウさんの故郷ですか、初めて見るものばかりです」
セルジアに来るのが初めてであるミッチェルは馬車の中で興奮気味にそう言って、開いたスケッチブックに、忙しなく木炭を滑らせる。ミッチェルがこの旅に同行したのは、教本の挿絵のために、セルジアの町を描く必要があったからである。
「懐かしいか?」
セルジア領主邸への道を馬で進みながら、エヴァンはロウへと尋ねる。
「ここを出てからまだ二年しか経ってねぇから、懐かしいも何もないな。変わらねぇな、とは思うけどな」
そう言ってロウが顎先で示して見せたのは、路地に座り込む人々の姿であった。彼らは襤褸を身にまとい、不衛生な姿でうつろな眼差しを、石畳に置かれた皿にむけている。とても正常な姿とは思えない。
「彼らはどうしたんだ?」
「セルジアは税がべらぼうに高いからな。まっとうに農業をやってても、天候やら家畜の具合やらで満足な収穫が得られなかったら、貯蓄分の金や、仕事道具なんかも差し出さなきゃ回らない。種にする分の作物さえ手放した農民は、もはや自分で生きていくとはできない。税の取り立てから逃れるためと、生きるために町にきて物乞いして命を繋ぐんだ」
「それは……救済措置を取ってしかるべきことだろう」
「ここの領主の考えは違うんだよ。そして、そいつを領主にすると決めたのは法王様だ。いち個人がどうこうできることじゃない。さ、領主邸はこっちだ」
眉を顰めるエヴァンに、ロウはこともなげに言って先へと促す。エヴァンは華やかな町の影に落ちるような人々の姿に後髪を引かれながらも、ロウの後に続くより他なかった。
領主邸は、町の中心部にある。
金に輝く正門をくぐると、混み入った町とは隔絶され、シンメトリーに整備された庭園が広がる。庭園を貫く広い石畳の奥に聳えるのは、白い外壁を持つ豪邸。その様は邸宅というよりも、城と形容したほうが正しい。
そして一行は今、そんな城の豪奢な謁見の間に通され、セルジア領主であるハインツ・セルジアと対面していた。ハインツの歳は七一。頭髪も、豊かな顎髭も白くなっている。
「ハインツ様、初にお目にかかります。エヴァン・ユレイトです」
「セルジアへようこそエヴァンくん。歓迎しよう。ワシはハインツ・セルジアである。あの辺境からいらしたのだから、さぞや長旅でお疲れのことだろう。今日は我が邸宅でゆっくりしていきなさい」
ハインツは威厳が感じられる、皺の深い顔に穏やかな微笑みを浮かべて言った。歓迎の言葉ではあるものの、ユレイトを辺境と言い切るあたりに、エヴァンに対する見下しのような感情が滲み出ている。
「歓迎とお心遣い、痛み入ります。さっそくですが本題に……」
「さて、では客室に案内させましょう」
出迎えたことで自分の責務は果たしたとばかりに、ハインツはエヴァンの言葉を遮り、話を切り上げるように言う。ハインツの目配せに反応し、控えていたフットマンが数人近づいてくる。
「お待ちください! 俺がその辺境の地からわざわざやってきたのは、セルジア領の視察のためではありません」
エヴァンは、今にも退出してしまいそうなハインツの背中に声をかける。そして振り向くと、背後に控えていたセルゴーに視線を向けた。
セルゴーは頷き、レティシアを連れてくる。さすがにここまで来て自害もしないだろうと、手の拘束だけを残して、猿轡と足のロープは外している。
「ハインツ様、この者に見覚えはありませんか?」
「さて、とんと見当がつかぬ」
ハインツはレティシアを一瞥すると、すぐに視線を外して否定する。彼の様子を見て、エヴァンは再度口を開く。
「この者はリオン領の使用人に扮して俺の邸宅に潜入し、メイドを殺そうとして、その者の脇腹を刺しました。幸いシスターの尽力あって、刺されたメイドは大事に至らずすみましたが」
「その狼藉者と、ワシに何の関係が?」
「リオン領の領主であるイライジャ・リオンがこの者を雇ったのは、この者がセルジア領主からの推薦状を持っていたからです。つまり、あなたからの推薦状です、ハインツ様。それでもこの者を知らないとおっしゃるのですか?」
エヴァンは懐からその推薦状を取り出し、ハインツの目の前へと突きつける。だが、ハインツの表情は変わらない。
「知らぬな。その推薦状も、見たところ偽装されたもの。ワシやセルジア領にはまったく関係がない」
「この推薦状が偽物ですと?」
「その通りだ、何せワシにはなんの身に覚えがないのだからな。よく見せてみなさい」
ハインツが手を伸ばし、エヴァンの手から推薦状を取る。そして、真贋を確かめるように顔を寄せた、その時。
推薦状が燃え上がった。ハインツが手の中に隠していた火炎岩のかけらで、それに火をつけたのだ。
「なっ……ハインツ様、何を」
まさかの行為にエヴァンは驚きの声をあげるが、推薦状はあっという間に燃え滓となり、大理石の床の上に落ちる。
「こんなところに塵が落ちておる。そこの者、片づけなさい」
ハインツは平然と言い放ち、脇に控えたフットマンに、その燃え滓さえも片付けさせた。そして、表情を変えぬままエヴァンを見る。
「さて、何の話だったかな」
今の自分の行為を、すべてなかったことにするという、驚異的な厚顔無恥さである。エヴァンは思わず呆気にとられ、反応しそびれるところであった。己を奮い立たせるように首を振り、ハインツの方へと一歩前に進んで言い募る。
「刺されたメイドとは、あなたが二年前に土地の制約から解放した、元農民のロウ・レナダです。これだけの関わりがセルジアにあって、なお知らないと言い切るのですね?」
「その通りだ。ワシは何も知らん。セルジア領とも関わりがない。問題は、そのような狼藉者を邸宅に簡単に侵入させた、ユレイト領の警備の甘さの問題であろう。ぜひこの機会に、我が邸宅の警備を見て帰り、参考にすると良かろう。これ以上難癖をつけるのであれば、セルジア領はユレイト領との関わり方を考えねばならないぞ」
続けられたのは、もはや脅しの言葉である。エヴァンはぎゅっと己の拳を握り、腹の中で膨れる怒りの感情を制御するように、フーッと息を吐いた。
「なるほど、わかりました……ルイス様」
エヴァンは振り向き、今度はルイスを呼ぶ。
ルイスは一瞬驚いたように目を瞬いたが、すぐにエヴァンの意図を察した。
レティシアと入れ替わりで前へと進み出たルイスの姿に、ハインツがようやく驚きの表情を浮かべた。ルイスが賢者であることは一眼その姿を見れば分かるし、本来であれば、エヴァンに賢者がついてきていることはあり得ない。
ルイスは微笑みを浮かべたまま、ハインツに軽く頭を下げた。
「初にお目にかかります、ハインツ様。私はユレイト領ミレーニュ村の教会に赴任しているルイスと申します。恐れながら、今までのエヴァン様とのやりとりは、全て『記憶』させていただきました」
『記憶』という単語を強調するルイスの言葉に、ハインツが怪訝そうな表情を浮かべる。それに応える形で、ルイスは細かく説明を続けた。
「高い力を持つ聖職者は他人の『記憶』を、再生することができるのです。つまり、いま私が『記憶』した光景、声などは全て、私が見たまま、聞いたままに、高い力を持つ他の聖職者に、伝えることができます」
「賢者様のお力は本当に素晴らしいですね。俺も勉強になりました。さて……話を戻しますが、俺は、俺のメイドの命を狙う者を野放しにはできません。犯人を見つけるため、ルイス様を通して、法王様へとご報告をしようと思っています」
ルイスの言葉にエヴァンが続くと、ハインツの表情がサッと翳る。
彼の様子を見ながら、エヴァンは畳み掛けるように話し続ける。
「ただ、俺としても、問題をおおごとにしたいと思っているわけではありません。もしこの件について、ハインツ様が何かご存知であり、そして今後いっさい、ロウに手出しをしないとお約束いただけるのであれば、今回のことに関しては、俺の胸に収めたいと思っていますが、いかがですか」
問いかけてから、その場に落ちる、しばしの沈黙。
ハインツは微動だにもせず、エヴァンの顔を見つめ続けている。しかし、エヴァンは焦れることなく、そして怯むこともなく、ハインツを見つめ返し、彼からの答えを待ち続けた。
と、瞬きを一つ。ハインツはようやく重い口を開く。
「そこまで困っていると言うのであれば、心当たりがないことはない。ワシから手を回し、そのロウという男の安全は保証しよう」
決して自分が刺客を出していたとは認めていない口振り。だが、ロウの安全を保証するという、その返事が得られただけで、エヴァンは満足だった。
無意識に緊張で浅くなっていた呼吸を整えるように、一度深く息を吐く。そして、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。ハインツ様」
「なに、そのようなことで法王様を煩わせるのは忍びないからな。なあ、エヴァンくん。そうだろう」
「ええ、俺もそう思います」
念押しの言葉にエヴァンが同意すると、ハインツは満足げに頷く。そして、椅子から立ち上がると、もはや話すことはないというように、謁見の間から出て行こうとする。
その背中に、ルイスが言葉を投げかける。
「ハインツ様。レティシアの身柄は、引き取っていただけないのでしょうか」
ハインツは立ち止まった。しかし、振り向くことなく、一言。
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