ミミサキ市の誘拐犯

三石成

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第四章

チーム -1-

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『ユージさんからまた電話があるとは、思いませんでした』

 繋がった電話の向こうから、ノラの声がした。彼女なりに、感情の起伏はあるのだろうが、彼女の声はいつも淡々としていて変わりない。さらに彼女の声とは別に、誰か別の人間の声が微かに聞こえた。

「ヴィンスについて話したい。周りに人がいない場所に行ってくれ」

 そう注意を促すと、ノラは『ちょっと待ってください』と告げてきて、場所を移動したようだ。

『大丈夫です。自室に戻りました』

「今家か?」

 問いかけると、肯定の言葉が返ってきた。

 俺がミミサキ市に到着したその日、ノラを家まで送っていった時のことが思い出される。彼女は実家住まいで、その一軒家は、外観だけでもすごいのがわかる程の豪邸だった。あの時は度肝を抜かれたが、彼女が誘拐された被害者のうちの一人だったということがわかった今では、納得できる。

『それで、ヴィンスさんについてのお話とは?』

「単刀直入に言うと、俺はヴィンスを助け出したいと思っている。ノラはヴィンスと居た期間が最も長い子供だ。知恵を貸してもらいたい」

 本当に話の核心そのものから話すと、さすがのノラも面食らったようだった。返事までに、数秒の空白があった。

『それがどういうことか、わかって言ってらっしゃいますか?』

「政府に喧嘩を売ることになるな。『捕らえられた神を助けてはいけない』なんて法律はないから、何の法を犯すことになるのかはわからないが、何らかの罪を被せられて、間違いなく犯罪者になる。それもおそらく特級犯だろう、即座に命を落とす可能性だってある」

『……ヴィンスさんは昔から、もし自分が突然いなくなっても、決して探すなと仰っていました。それは、ヴィンスさんが政府に捕まった時も、含まれていると思います』

「あいつは俺にも、助けてくれなんて、一言も言わなかったよ」

 笑い混じりに、言葉を返す。最後に見たヴィンスの姿と、かけられた言葉を思い出せば、目頭が熱くなる。キャプターが接近していると悟ったとき、あいつは俺の身を案じることしかしなかった。

「全て忘れろと言っていた。でも、忘れられないんだ」

 震えそうになる声を堪え、俺は続けた。

「この苦しさと罪悪感を抱えて生きるくらいなら、俺は犯罪者になってでも、ヴィンスを助ける。それが、俺にとって正しい道だと思うんだ」

 聞いている気配はするのだが、ノラからの返事はない。

「もちろん、ノラも一緒に犯罪者になれとは言っていない。実行するのは俺だけでいい。もし俺が捕まっても、ノラのことは決して話さないと約束する」

 ノラの不安を解消するためにとかけた言葉だったが、彼女が返事をしなかったのは、臆していたからではなかった。次に出てきた彼女の声は、涙に滲んでいた。

『違うんです。私、嬉しくて……ユージさんから、ヴィンスさんがキャプターに捕まったって話を聞いた時、世界に絶望しました。だってあんなに優しい人、いないでしょう? だから、この世界は、なんてひどい所なんだろう、もう終わりなんだって』

 ノラの声が感情に歪むのを聞く。

『だけど、勝手に諦めていたのは私の方です。私も、ヴィンスさんを助けたい』 

 彼女の言葉に、俺は深く息を吐き出した。ノラならば、そう言ってくれるだろうとは思っていたが、あまりにもリスクの高い行為故に確証はなかった。ほっとした、というのが正直なところだ。これでヴィンス救出の第一歩が進められる。

「ありがとう。それで、まずは情報が決定的に足りないんだ。ヴィンスは今、どこにいるんだろう。キャプターに捕まった神は、どういう流れで発電所に送られるんだろう。そんなことすら、わからない」

『私もそこまではちょっと……ユージさん、本庁に戻ったのですよね。何か情報はありませんでしたか?』

「俺もそう思って探りを入れてみたが、特級事件対策班の動向は全く掴めないな」

 問いかけられ、電話口にも関わらず首を横に振る。俺は昼間、シンさんと別れてから一度本庁に戻り、できる限りの情報の収集に努めていた。

「留置場の担当と総務課にも探りを入れてみたが、別段怪しい留置場の使用も、輸送の記録もなかった。どこかに一時収容されているなら、ミミサキ市に近い拘置所の可能性の方が高そうだ」

『なるほど……あの、一つ気になっていることがあるんです』

 ノラがおずおずと話し出すのに、俺は黙ることで先を促す。

『ユージさんと一緒に聞き込みに行った、ホセという方のこと、憶えてらっしゃいますか?』

「もちろん。あの、電気は神様の力って言っていた男だろう」

『はい。あの方、世界の真実を知ってらっしゃいました。それに私は、神様がどうやって電気を採られるのか、詳しいやり方の話は、聞いたことがなかったんです。でも、ホセさんは知っていた』

 その言葉に、俺も思い出す。ホセは、「神の両手両足に剣のような電極を刺して、磔にする」ということを言っていた。本当だとすれば、やたらと詳しい情報だ。仮に本当だとすれば、の話だが。

「あれは宗教とか、オカルトめいた眉唾ものの可能性もあるが」

『潜神教の教えに、そんなものありませんよ。それに、ホセさんは潜神教の信者ではないと思います』

「どうしてそう思う?」

『家のどこにも、シィカスサークルや、その他宗教に関連するようなものは、飾ってありませんでした。あそこまで生活を制限するような信者なら、そういうものがないのは不自然です』

 言われてみて記憶の中を辿るが、ノラの言う通りだ。彼は実際にシィカスの枝を燃料に生活をしているようだったが、祭壇や偶像など、そういった宗教に結びつくものは、置いていなかった。

「なるほど……では、ホセに話を聞きに行こう。俺はこれから、デンメラからミミサキ市に戻る。明日の午後一時に、ホセの家の前で待ち合わせで良いか」

『はい、かしこまりました。あの、ユージさん』

 呼び止められ、携帯電話の通話終了ボタンを押そうとしていた手を止める。

『ありがとうございました』

「ノラに礼を言われる覚えはないな。後頭部を殴られたのは忘れていないが」

 俺の冗談めいた言葉に、ノラが「うっ」と言葉に詰まる。そんな素直な反応に笑って、俺は就寝の挨拶を告げてから通話を切った。

 暗闇の中、携帯電話の液晶画面だけが明るく光っている。辺りの静けさが急に迫ってくるようで、気合を入れ直すために息を一つ吐く。

 俺は一人、黒のミニバンの車内にいた。この車は警察所有の車両ではなく、即日納車可能な店で、今さっき急遽購入してきたものだ。ひどく年式のいった中古車即決。八〇万イェロ現金払い。

 半年前に母が死んでからは使うアテもなく、節約を重ね、貯めに貯めた金も全て下ろしてきた。当面の荷物だけではなく、大切な物も、全て車の中に積み込んだ。

 ジャケットの内側に着込んだホルスターには、本来、退庁する時にロッカーへ返却しなければならない拳銃が収まったままだ。

 俺は携帯電話を助手席の座席に投げ、車のエンジンをかける。

 アクセルを踏み込み、車を止めていた横道から国道へと出る。ここからミミサキ市までは、休憩を挟まずに行けば、車で片道七時間。
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