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醜行
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事が起きたのはそれから数日。出兵準備も整いジョエルの帰都の二日前。
ジョエルはヤニックと共に神殿へ走った。
中には神官に身を委ね頬に濡れ布巾を添えるイネスと傍らにはエステル。イネスの口角はひきつれ赤く乾いた痕、頬は青黒く色を変えていた。土汚れた神官衣を握る拳は硬い。
ジョエルはその様子から、女性にとって最悪な事態を想像し愕然とした。
「いま身元を確認した。素行の悪さは皆が知る奴らだそうだ」
そう告げるクレマンは、イネスの前で膝を着く。
「済まない、怖い思いをさせた」
かぶりを振るイネスは、その時の事を語りだした。
◇◇◇
まだ日の出ていない時間、習慣化した朝よりも早い時間に祈祷を終えたイネスは清掃道具を取りに神殿脇の物置小屋へ向かった。
小屋の鍵を開けたその時、突如後ろから口を塞がれるとそのまま中へ押し込められた。身体を捩り振り向くと左頬に痛みが走る。一瞬見えた足の数から二人居ることは分かった、ただ目を手のひらで塞がれ顔は見えない。激しい息遣いと下卑た笑い声から相手の思考が読み取れる。
不快感から手足をバタつかせた時である、足に当たった箒が倒れ相手の体勢が崩れた。同時に体当たりし小屋の外に出る……が絡まる手足に地面へと倒れ込む。
ニヤリと笑いながら二人がイネスに覆い被さろうと手を伸ばした。
◇◇◇
神官も語る……
身仕度を整えていた自分は、この時間に似つかわしくない気配と振動を感じた気がした。
何やら不快な予感が過りイネスを探し神殿へ向かった。いつもなら清掃している時間かと物置小屋へと視線を向けると、何か歪な塊が見えた。
空に明るさが混じる頃、息切らす自分が既に目覚めていたクレマンに取り次いでもらうと、朝番の見張りらと共に現場に戻る。
イネスは既に神殿内へと移動させてある。鍵はかけたが不安は去らないとクレマンに物置小屋へ向かって貰い、自分は神殿へと走った。
扉の前に人影を捉え近づけば、何故かエステルが座り込んでいた。振り返る彼女の青白い顔色からあれを見た事が伺えた。
あれは……自分がイネスを見つけた時、既に男二人は四つん這いの姿勢で永遠に動きを止めていた。目を見開き理解せぬ間に死が訪れたのだろうか、驚愕の表情で硬直していたと……
◇◇◇
パチ
と何が弾ける音、神殿周囲の木々が振るえる。男二人の胸の辺りに閃光が見えた。倒れた私の足元に蹲る。
恐る恐る足を動かし距離を取る。様子を伺うが男らの動く気配はない。ふと焦げ臭さを感じ匂いを追うと先は男らの身体。焼け焦げ血すらも流さず背から胸を貫く小枝の太さ程の穴がある。
どれ程の時間だろうか、穴を凝視し続けていると自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
そうイネスは語る。
男らの手は届かなかったと。
神官に促され神殿内に取り残され暫くすると外から悲鳴が聞こえた。その後は慌ただしく人が出入りし神官が準備した濡れ布巾で頬を冷やす。クレマンらに傷を見てもらった後治癒する予定だから大丈夫。そう周囲に微笑んだ。
◇◇◇
徐々に状況が明瞭になるとイネスの隣にエステルが座っている事が気になる。
「何故彼女が?」
ヤニックが神官に問う。
「神殿の清掃を手伝おうと思い立ったと。何も今朝来なくても良いものを」
◇◇◇
ヤニックと神官の会話を聞き、エステルの方に視線を移したイネスにジョエルが近づく。
「無事で……本当に無事で良かった……」
頬を冷やすイネスの手にジョエルの手が重なる。
周囲を気にもせず、イネスの視線に合わせるように膝をつく。
安堵の表情と労りの言葉が途切れぬジョエルに、俯いていたエステルは睨め掛くと立ち上がった。先日イネスがジョエルの傷を治癒してからだろうか、彼の態度が変わってきたのだ。エステルに向けた特別な笑みがいつしかイネスへと向けられている。当事者であるエステルは誰よりも早くその事に気付いた。
神殿の周囲は、何か異変を感じ取った人々が集まりはじめていた。
ジョエルはヤニックと共に神殿へ走った。
中には神官に身を委ね頬に濡れ布巾を添えるイネスと傍らにはエステル。イネスの口角はひきつれ赤く乾いた痕、頬は青黒く色を変えていた。土汚れた神官衣を握る拳は硬い。
ジョエルはその様子から、女性にとって最悪な事態を想像し愕然とした。
「いま身元を確認した。素行の悪さは皆が知る奴らだそうだ」
そう告げるクレマンは、イネスの前で膝を着く。
「済まない、怖い思いをさせた」
かぶりを振るイネスは、その時の事を語りだした。
◇◇◇
まだ日の出ていない時間、習慣化した朝よりも早い時間に祈祷を終えたイネスは清掃道具を取りに神殿脇の物置小屋へ向かった。
小屋の鍵を開けたその時、突如後ろから口を塞がれるとそのまま中へ押し込められた。身体を捩り振り向くと左頬に痛みが走る。一瞬見えた足の数から二人居ることは分かった、ただ目を手のひらで塞がれ顔は見えない。激しい息遣いと下卑た笑い声から相手の思考が読み取れる。
不快感から手足をバタつかせた時である、足に当たった箒が倒れ相手の体勢が崩れた。同時に体当たりし小屋の外に出る……が絡まる手足に地面へと倒れ込む。
ニヤリと笑いながら二人がイネスに覆い被さろうと手を伸ばした。
◇◇◇
神官も語る……
身仕度を整えていた自分は、この時間に似つかわしくない気配と振動を感じた気がした。
何やら不快な予感が過りイネスを探し神殿へ向かった。いつもなら清掃している時間かと物置小屋へと視線を向けると、何か歪な塊が見えた。
空に明るさが混じる頃、息切らす自分が既に目覚めていたクレマンに取り次いでもらうと、朝番の見張りらと共に現場に戻る。
イネスは既に神殿内へと移動させてある。鍵はかけたが不安は去らないとクレマンに物置小屋へ向かって貰い、自分は神殿へと走った。
扉の前に人影を捉え近づけば、何故かエステルが座り込んでいた。振り返る彼女の青白い顔色からあれを見た事が伺えた。
あれは……自分がイネスを見つけた時、既に男二人は四つん這いの姿勢で永遠に動きを止めていた。目を見開き理解せぬ間に死が訪れたのだろうか、驚愕の表情で硬直していたと……
◇◇◇
パチ
と何が弾ける音、神殿周囲の木々が振るえる。男二人の胸の辺りに閃光が見えた。倒れた私の足元に蹲る。
恐る恐る足を動かし距離を取る。様子を伺うが男らの動く気配はない。ふと焦げ臭さを感じ匂いを追うと先は男らの身体。焼け焦げ血すらも流さず背から胸を貫く小枝の太さ程の穴がある。
どれ程の時間だろうか、穴を凝視し続けていると自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
そうイネスは語る。
男らの手は届かなかったと。
神官に促され神殿内に取り残され暫くすると外から悲鳴が聞こえた。その後は慌ただしく人が出入りし神官が準備した濡れ布巾で頬を冷やす。クレマンらに傷を見てもらった後治癒する予定だから大丈夫。そう周囲に微笑んだ。
◇◇◇
徐々に状況が明瞭になるとイネスの隣にエステルが座っている事が気になる。
「何故彼女が?」
ヤニックが神官に問う。
「神殿の清掃を手伝おうと思い立ったと。何も今朝来なくても良いものを」
◇◇◇
ヤニックと神官の会話を聞き、エステルの方に視線を移したイネスにジョエルが近づく。
「無事で……本当に無事で良かった……」
頬を冷やすイネスの手にジョエルの手が重なる。
周囲を気にもせず、イネスの視線に合わせるように膝をつく。
安堵の表情と労りの言葉が途切れぬジョエルに、俯いていたエステルは睨め掛くと立ち上がった。先日イネスがジョエルの傷を治癒してからだろうか、彼の態度が変わってきたのだ。エステルに向けた特別な笑みがいつしかイネスへと向けられている。当事者であるエステルは誰よりも早くその事に気付いた。
神殿の周囲は、何か異変を感じ取った人々が集まりはじめていた。
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