死んだ竜を探しにいく

悠行

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死んだ竜を探しにいく5

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 こんな話、信じてもらえるかしら。つい話が長くなってしまってごめんなさいね。婦人はおっとりとそう言った。しかしその目はまっすぐと私の目を見据えている。その目が私の何かを見透かしているように感じた私は、冷や汗が噴き出てくるのを感じた。焦って視線をそらしてしまった私は、場を和ませようと何か聞こう、と口を開く。
「その、たっちゃんとは、それから会っていないんですか」
「あれから大体二十年後くらいかしら、再会したの。ずっと、会いたいと思っていたから、たっちゃんだ、と気づいた時には、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。あの瞬間が、人生で一番幸せだったわ」
小さい頃の夢のような話。しかしこれを私に話すということは、どうにかしろというメッセージなのか、それとも、どうにかするという決意なのか。聞きたいことがあるのに、声が出なかった。
「記事が出来たら私にも見せていただきたいわ。それに、こんなこと話すのは初めてだから、読者さんの声も聞きたいわ。期待して待っているわね」
「は、はい。誠意を込めて記事にしますので」
なんとか応えながらも、私は冷や汗が止まらない。自分が求めた話を聞けたというのに、この人の強さに圧倒されている。
 その時、玄関から音がした。
「あら、夫だわ、すみません」
婦人は立ち上がって部屋を出て行った。夫に会えば接触とみなされる可能性がある。雨の日は出掛けているだろうと思って今日来たが、長居しすぎてしまった。どうしようかと思っていると、ごう、とあり得ないくらい大きな音と共に、風が強く吹いた。こんなに濡れて、たっちゃんは相変わらずなんだから、と声がする。その声はまるで少女のようだ。
 私はふと、竜と結ばれると不老になるという、伝説を思い出していた。


私はここで失敗するわけにはいかない、と慌てて婦人の家の窓から飛び出した。外は小雨になっていた。何故婦人は私の正体を知っていたのだろう。駆けながら思わず頭を触るが、角は出ていない。焦ってしまった私は、落ち着こうととりあえず恋人に電話をした。
「あれ? どうしたの、電話なんて、めずらしいね」
のんびりとした彼女の声を聴いて私は少し安心した。同時に自分がしっかりしなければ、と改めて思う。向こうからはがやがやと人の声が聞こえてくる。まだ大学にいるのだろう。そんなことを思っていると、それにしても、と彼女が唐突に言った。
「それにしても、電話だと、すごく声高く聞こえるんだよね。不思議」
彼女の声は相変わらずのんびりとしたものだが、私ははっとした。
「それって、僕が? いつも?」
「え、気づいてなかったの? 全然声違うよ」
つまり、電話した段階で、気づいていたということか。
だとすると、婦人は何故中々竜と会った話をしなかったのだろうか――それは、本当は私を夫と会わせたかったからなのではないか。私は会わないように逃げた。婦人は逃げも隠れもしなかった。そして全てを私に話した。私は自分が誰であるかさえ明かさなかった。私と婦人の差はそこだ。彼女の意志は固いのだ。
「ん? あれ? 大丈夫?」
 彼女の心配そうな声が聞こえてくる。
「なんか分かんないけど、今日、会おうよ。バイト早く終わるから」
「ありがとう。迎えに行く」
 彼女の邪魔をするわけにはいかないが、本当は今すぐ会いたいと思ってしまった。他の竜に見つからないように彼女と会うのは骨の折れることだが、どうしても会いたくて、会うのを控えようと約束しても、すぐに会ってしまう。
 好きだという気持ち、一緒にいたいという気持ち。それだけではいけないのだろうか。何故それだけなのに、追放され、魂を天国に持って行ってくれないのか。自分の魂がここで終わってしまうことを考えると、足がすくんだ。
 それに、追放されたら仕事も無くなってしまう。この世での存続すら危うくなる。私は自分の弱さを呪った。
『覚悟』――婦人の口にした言葉が何度も思い出される。私とは違って、彼女は強い。いや、違う。婦人も夫も、私と同じなのだ。二人で一緒に、いたいのだ。共に天国へ行きたい、ずっと共にいたい。ただ、それだけなのだろう。
 私は今までに会った竜と人間、そして婦人と彼女を思い返した。話したこと、してくれたこと。全て。私は期待されているのだ、そう思った。その中で今、どれを選んでどれを背負うかなのだ。


「 ――以上のように、どうやら記者の正体はばれていたようだったが、婦人は少なくとも幸せに暮らしており、我々の世界について人間に話すことは無いと思えた。ご存知のように、婦人の夫というのは、約五十年前に人間に姿を見せるという禁忌を犯し、さらに数十年後結婚をしてしまった彼の竜しかいない。竜界からは追放され、その後死んだとされていたが、本誌はその魂がどうなったのかを知るため、死んだ竜の行方を長年探していた。今回の取材相手が近年人間界で恐竜研究で有名になったことで、記者は婦人が竜との結婚相手ではないかと取材した。どうやら彼の竜はいまだ生存しており、人間との結婚生活を続けていることは確かなようである。人間が竜と結婚するとどうなるのかは未だ明らかになっていないが、竜との結婚はその人間を幸運にするだけだと思われ、その人間が信頼できる人物であれば、我々の世界のことが脅かされることもないはずである。今回の事例を受け、今後我々は禁忌であった事項についての再考が求められるだろう。
(年刊 竜報 第1004号より)」
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