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第一章

二十四話 捜索と対決

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「ここか……」 
 
 東通りを歩いて早三分。建物が多いこの場所は、来たことが少ない俺でさえ知っている道沿いだ。太陽が幾らか低くなり、夕日が差し込もうとする時間帯、この道の人気は一層寂しくなる。 
 
 しかしながら、携帯で場所を照らし合わせる俺はそれを無視して必死に目的地に進軍する。道を歩く足を留めてはならない。 それを行うのは辿り着いた時でいい。 そう判断した俺は、朧げに見えてきた建物に駆け足で向かう。もう少し、と言い聞かせ緊張を抑えて進み続ける……筈だった。 

「那覇士……」  

 足が動きをやめる。緊張は何処かへ去ってしまったらしい。 

 目線をぶつける。篠崎さんが居るであろう高さ三階程度の建築物、その入り口らしき所には那覇士香織が存在していた。 

「……、西岡さん?」 
 
 どこからか視線を感じたのか、彼女がこちらに振り向いた。肩をビクビクと震わせながら不思議そうに見てくる那覇士に俺は喋り掛ける。 

「初対面ではないんだけど、……覚えてないって顔してるな」 
「……ごめん」 
 
 恐らく那覇士と篠崎さんが口論をしたあの日、俺や雲斎がその場に居合わせたことにこの人は気付いていない。申し訳なさそうに声を出す彼女に「いいんだ」と俺は言い、気になっていた事実を尋ねた。 

「その、ここに来た理由は……もしかして篠崎さん類のものか?」 
「どうして、それを…」 
「遠くでこの道に走り出していたのが見えてな、俺の情報だと篠崎さんがこの建物にいるってことだから」 
 
 中谷の言葉は濁し、いい感じに丸め込んでおく。 
    東通りでは有名らしい目の前の建造物、此処はどこぞのデパートでもマンションでも雑貨ビルでもない。あえて言うなら使われなくなったビル。
 柵が朽ちて侵入が容易になり、時々ネットで入り込む馬鹿がいる秘密地というわけだ。 開放的な造りになっていて見下ろす景色が綺麗だとか、そんな噂が流れ放題になっている。 
 
 上を見上げる那覇士。顔を建物に合わせ俺に質問をする。 

「本当に、篠崎さんがここにいるの?」 
「推測だけどな。けど危険だから帰ったほうがいい。百パーセントって断言はできないし」 
「……西岡さんは、行くの?」 
「ああ。俺はあの人に、伝えなきゃいけない事があるんだ」 
 
 鋭い目つきで俺は那覇士と対峙する。彼女も頭を下ろし、目先をこっちに当て双方で瞳が交差する。 

「……西岡さんなら大丈夫かな?」 
「何が…?」 
「お願い。実は、篠崎さんに言ってほしいことがあるの。私からじゃ、勇気が出なくて」 

 
***** 


〈雲斎〉
 
 誰に対しても壁があり、人見知りが強くて話しても面白くない子、それが雲斎桜莉というアタシ自身の小さい頃の評価だった。

 小学校、中学校時代に上がっても友達とよべる人間は居なく、そう言うものだと割り切って過ごす時間は非常に平坦なものとして過ぎ去った。 

 学校の男女に思春期が到来し、お互いがそれぞれを意識するようになったところで、アタシはその枠組みに入れない。運動会や音楽祭を全員で一致団結しようともそこにアタシは居ない。卒業式で泣いてるクラスメイトを見て、ただ一人何の感情もなく立っている女子、それがアタシ。

 悲しいとか羨ましいとかそんな思いは消え失せ、何の興味も持たない透き通りすぎたガラス瓶、思い返せば他者と会話が続けられるか不明点もあった。 

    高校へ入学してもこれらの事例は繰り返されるのだろう。遠くの公立に入学したって関係ない、変わらないのは人ではなく自分なのだから。 それでもいいと思ってた。強がりではない、長い間一人で耐えてきた人間にとって孤独とは安らぎでありそれをぶち壊す行為自体に恐ろしさを抱いていたからだ。 
 
 でも、その恐ろしさを平気で行使してくる物騒な輩がいた。 

「ねえ、一人って退屈やない?」 
 
 入学式から十日、一番前で本に読み耽るアタシに横から質問をしてくる影が現れる。本を持ちながら首だけ横に捻ると一人の女子生徒がこちらを見ていた。 

「………誰ですか?」 
「誰でもええやろ。クラスメイトなんやから」 

    嘘偽りなく約十年以来の言葉。心臓をバクバクと震わせながらやっとの気持ちで喋ったアタシに対してスルーとは、こいつ、、と苛立ちを覚えた。 
 
 そう、これがナガッチとの初めての出会いだった。何度も絡んできたナガッチにアタシも話すようになり、友達、誰かとの約束、女同士の遊び、恋愛、…… ……そして、人間の本性と別れを学んだ。 


「へえ、そんな過去があったなんて。けど、今更それを話してどういうつもりなん?」 

 喋り終わると同時期に、興味なさそうに彼女は言う。 

「アタシは裏切られた。貴方にはどうってないかもしれないけど、アタシがどんな気持ちで色んな人に接していったか理解して欲しいの」 
 
 少しはこっちの気持ちを理解してほしい、そういう態度だったがナガッチは鼻で笑う。

「くだらんなあ。人との関わりを持たなかった人間が他人との触れ合いに徐々に安らぎを覚えていった事実なんてどうにも思わん」 
「っ、」 
「それに雲斎。あーしがお前を突き放して、クラスや交友関係に悪い噂を広めた理由はお前も知ってるやろ」
 
    よく知らない奴らは二年生に上がる付近でアタシとナガッチが問題を起こしたと捉えてるかもだけど、それは違う。アタシが一方的に悪いように風聴されているのだ。 
 
 ナガッチの好感度が馬鹿みたいに高いのもあるが、ほとんどの原因は一つっきり。 

「不運やな、あーしと思い人が被るなんて」 
 
 ナガッチとアタシの好きな人が一緒だったということ。元々、彼女の使える物は何でも使い、要らなくなったらポイっの取捨選択する性格とアタシの考え方は合っていなかった。

 それでも友達として存在価値のあったアタシだったが、これを引き金として急速にヒビが入り始め、気がつけば逆戻り。それっきりナガッチへの尋常じゃない憧れも終わりアタシは孤立していた。 

「あーしが支え? 友達と思ってた? 無駄や無駄、何したって。彼を好きになった時点でお前はもう終わりや」 
 
 固まる自分に冷たくあしらうかの如く、冷めた目で告げてくる。それを見てアタシは自暴自棄に笑みを浮かべた。 

「アタシ、貴方に憧れてた。手を差し伸べてくれるカッコいい人間がこの学校に居るってことに。仕草だって貴方に合わせし、高校に入ってずっと貴方の背中を追いかけてた。見放された時、すごく悲しかったし泣きたかったけど我慢して前に進んだ。……けどね、もうどうでもいいんだ」 
「…どうでもいいなら今すぐ帰れ。あーしは人を待ってんや」 
「そんなに好きな人が大事?」 
 
    当然やろ、と言ってくる彼女。その様子をこの目で覚えたアタシは、ある通告をナガッチにした。

「既にこと遅しだと思うけど」 
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