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第三章
再会(雅次視点)
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静まり返った部屋に、かちゃり……かちゃり……という金属音が転がる。
俺が腰に差した脇差を、鞘から抜いたり納めたりしている音だ。
その音を聴きながら、考える。
どうしたらいい。
どうしたら、兄上と龍王丸の将来を潰さずに済む。
家房からの文を読んだあの瞬間から、ずっと考え続けている。
しかし、妙案は何一つ浮かんで来ない。
浮かんでくるのは、無残に殺される兄上と、家房に犯される龍王丸の姿ばかり。
脇差を握る手に力が籠る。
本当は、今すぐ腹を掻っ捌いて死にたい。
兄上と龍王丸の害悪でしかなくなったこの身など、一刻も早くこの世から消し去りたくてしかたない。
それなのに、できない。
俺が死ねば、家房が兄上の仕業と言いがかりをつけて、虎千代を旗頭にして攻めてくるから。
「……っ」
がちゃがちゃと、脇差を握る手が震える。
……どうしてだ。
俺はただ兄上のことだけを考えて、兄上のためだけに生きてきたはずなのに。
どうして、こんなことになるっ。
俺は何を間違えた。
どうすれば、こんなことにはならなかった?
何もかも捨てて、死に物狂いで頑張ったはずなのに……。
――ははは。伊吹など、他愛なきことよ。
「……っ!」
不意に脳裏に響いた家房の嘲笑に息が止まる。
今まで、相手を上手く利用しているのは自分のほうだと思っていた。
少年の体に目がない色狂いなど、少し媚びを売ってやればどうとでも扱えると。
それが、今はこのありさま。
結局、体のいい駒にされていたのは俺のほうだった。
家房なんか簡単に動かせるという自負は、本当はあの男に逆らえない。
身も心も囚われ、いいように扱われるばかりの自分を認めたくなかった方便。
そのつまらない自尊心が、あらゆるものから目を背けさせて……兄上のそばにいたい。好きでいてほしいという抑え切れぬ欲望が判断を鈍らせて……ああ。
やはり、いけなかったのだ。
家房に犯し抜かれた、俺みたいな薄汚い汚物は、兄上のそばにいるべきじゃなかった。
兄上に俺を忌み嫌うよう仕向けて、完全に関わりを絶っておくべきだった……いや。
いっそ、生まれて来なければよかった。
俺がいたから、兄上はいつも殴られていた。
悲しい顔をして泣いていた。
兄上は俺がいたから今の自分があると言ってくれたけど、俺がいなくても、兄上の魅力に気づいて親身になってくれる人間は必ず現れたはずだ。
生まれて来なければよかったんだ。
俺みたいな弟がいなければ、兄上は……っ。
「っ……兄上、ごめん、なさい。ごめん……!」
みっともなく涙をぼろぼろ零しながら脇差を抱え、力なく謝罪の言葉を繰り返していた俺は、突然の物音に全身を震わせた。
恐る恐る顔を上げ、瞠目した。
そこに、兄上が立っていたから。
「あ、兄上……っ」
言いかけ、俺は息を呑んだ。
兄上の顔。いつも血色のいい日焼けた肌は青ざめ、頬は痩け、目の下には色濃くくまが刻まれ……まるで、死霊にでも取り憑かれたようだ。
会わなかったのはほんの十数日だというのに、この窶れよう。
俺が山吹に変異したことに始まり、俺が家房に囚われたことや世継ぎのこと。そして……もう、全部知ってしまったのだ。
俺が今までひた隠しにしてきた、家房との全てを。
今、兄上は何を考えている?
兄上の目には俺が、どんなふうに見えている?
想像もできなくて、全身を震わせることしかできない。
「あ、あ……兄上」
からからに乾いた口を必死に動かして呼びかける。
しかし、兄上は何も言わない。何の感情も読み取れない真顔でこちらを凝視してくるばかりだ。
それが、怖くてたまらない。
「あ……申し訳、ございません。本当に、申し訳……んんっ?」
目を瞠る。
謝罪の言葉を繰り返すことしかできない俺の唇に、兄上が噛みついてきたのだ。
俺が腰に差した脇差を、鞘から抜いたり納めたりしている音だ。
その音を聴きながら、考える。
どうしたらいい。
どうしたら、兄上と龍王丸の将来を潰さずに済む。
家房からの文を読んだあの瞬間から、ずっと考え続けている。
しかし、妙案は何一つ浮かんで来ない。
浮かんでくるのは、無残に殺される兄上と、家房に犯される龍王丸の姿ばかり。
脇差を握る手に力が籠る。
本当は、今すぐ腹を掻っ捌いて死にたい。
兄上と龍王丸の害悪でしかなくなったこの身など、一刻も早くこの世から消し去りたくてしかたない。
それなのに、できない。
俺が死ねば、家房が兄上の仕業と言いがかりをつけて、虎千代を旗頭にして攻めてくるから。
「……っ」
がちゃがちゃと、脇差を握る手が震える。
……どうしてだ。
俺はただ兄上のことだけを考えて、兄上のためだけに生きてきたはずなのに。
どうして、こんなことになるっ。
俺は何を間違えた。
どうすれば、こんなことにはならなかった?
何もかも捨てて、死に物狂いで頑張ったはずなのに……。
――ははは。伊吹など、他愛なきことよ。
「……っ!」
不意に脳裏に響いた家房の嘲笑に息が止まる。
今まで、相手を上手く利用しているのは自分のほうだと思っていた。
少年の体に目がない色狂いなど、少し媚びを売ってやればどうとでも扱えると。
それが、今はこのありさま。
結局、体のいい駒にされていたのは俺のほうだった。
家房なんか簡単に動かせるという自負は、本当はあの男に逆らえない。
身も心も囚われ、いいように扱われるばかりの自分を認めたくなかった方便。
そのつまらない自尊心が、あらゆるものから目を背けさせて……兄上のそばにいたい。好きでいてほしいという抑え切れぬ欲望が判断を鈍らせて……ああ。
やはり、いけなかったのだ。
家房に犯し抜かれた、俺みたいな薄汚い汚物は、兄上のそばにいるべきじゃなかった。
兄上に俺を忌み嫌うよう仕向けて、完全に関わりを絶っておくべきだった……いや。
いっそ、生まれて来なければよかった。
俺がいたから、兄上はいつも殴られていた。
悲しい顔をして泣いていた。
兄上は俺がいたから今の自分があると言ってくれたけど、俺がいなくても、兄上の魅力に気づいて親身になってくれる人間は必ず現れたはずだ。
生まれて来なければよかったんだ。
俺みたいな弟がいなければ、兄上は……っ。
「っ……兄上、ごめん、なさい。ごめん……!」
みっともなく涙をぼろぼろ零しながら脇差を抱え、力なく謝罪の言葉を繰り返していた俺は、突然の物音に全身を震わせた。
恐る恐る顔を上げ、瞠目した。
そこに、兄上が立っていたから。
「あ、兄上……っ」
言いかけ、俺は息を呑んだ。
兄上の顔。いつも血色のいい日焼けた肌は青ざめ、頬は痩け、目の下には色濃くくまが刻まれ……まるで、死霊にでも取り憑かれたようだ。
会わなかったのはほんの十数日だというのに、この窶れよう。
俺が山吹に変異したことに始まり、俺が家房に囚われたことや世継ぎのこと。そして……もう、全部知ってしまったのだ。
俺が今までひた隠しにしてきた、家房との全てを。
今、兄上は何を考えている?
兄上の目には俺が、どんなふうに見えている?
想像もできなくて、全身を震わせることしかできない。
「あ、あ……兄上」
からからに乾いた口を必死に動かして呼びかける。
しかし、兄上は何も言わない。何の感情も読み取れない真顔でこちらを凝視してくるばかりだ。
それが、怖くてたまらない。
「あ……申し訳、ございません。本当に、申し訳……んんっ?」
目を瞠る。
謝罪の言葉を繰り返すことしかできない俺の唇に、兄上が噛みついてきたのだ。
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