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第三章
これからも(雅次視点)
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兄上を殺す時、俺はきっと地獄に堕ちる。
そう、思っていた。
「お前は俺の魂だ」と言われ、身も心も繋がったことも、二人で力を合わせて伊吹を守り、二人の希望である龍王丸を当主に据えるという目的のため、全てを捧げることも、無上の歓びである。
兄上を殺して、龍王丸に憎まれ殺される道を選んだのも俺自身で、今更変えるつもりもない。
けれど、そうは言ってもやはり、
――はは。雅次は可愛いなあ。
そう微笑んで、抱き締めてくれる兄上の息の根を止めるなんて嫌だ。
兄上のいない世界で生きていくなんて嫌だ。
兄上に愛され、兄上を愛おしいと想えば想うほどに心が悲鳴を上げた。
でも、兄上が注いでくれる愛を振り払うことなんてできないし、拒んだりしたら、兄上を悲しませることになる。
兄上の命を救うことは、もはやできない。
だったらせめて、心安らかに旅立ってもらわねば。
兄上がこんな最期を迎えることになったのは俺のせいなのだから、なおさら。
そう思って、残り少ない時を兄上とともに過ごしたが、だんだん……その苦しさは消えて行った。
兄上が俺の罪悪感や恐怖を一つ一つ丁寧に拭い、そこに愛情を注ぎ込んだからだ。
にこにこ笑いながら、俺が考えた兄上の殺害計画を聞いてくれたことや、「お前は俺が殺す。誰にも渡さない」と、俺の殺し方を真剣に考えてくれたことは、特に嬉しかった。
常識や倫理観などそっちのけで、ただただひたすらに俺の心を見つめ、優しく包み込んでくれたから。
体も、そうだ。
――雅次は綺麗だ。汚いところなんてどこにもない。汚いと思うなら、どこがそう思うのか言え。俺が消してやる。
――そ、そんな……どこが…って……恥ずか、し……んんぅ。
――恥ずかしいことなんてない。どんなお前も可愛いよ。もっと見せてくれ。
そんな睦言と愛撫で、幾度もどろどろに溶かされて、作り変えられた。
家房に犯され穢された、薄汚い忌まわしい汚物から、兄上が愛でて褒めてくれる綺麗なものへと。
すると、息をするのがひどく楽になって……。
まるで、本来この世に生を受けた人間が与えられるべき全ての愛情を、一人で俺に注ぎ込もうとするかのような惜しみなさだった。
そこまで兄上に想ってもらえることが嬉しかった。
自分はこの世で一番幸せだ。
だから、もう十分だ。
兄上を喪った後、光が一切差さない地獄の最奥に堕ちて、二度と這い上がることができなくてもいい。
そう、思っていた。それなのに、兄上はこう言ってくれた。
――来世でも、俺と兄弟になってくれぬか。
そんなこと、考えたこともなかった。
人間死んだらそれで終わり。後には何も残らない。
そう思っていたから……今までの俺なら、鼻で嗤ったことだろう。何を、ありもしない馬鹿なことを言っているのだと。
だが、今は涙が出るほど嬉しい。
兄上は今生だけでなく、来世も俺と兄弟になりたいと思ってくれたことは勿論、これで終わりというわけではないという事実が一番……そうだ。
俺は、これで全部終わりになるのが嫌だった。
まだ、兄上と一緒にいたいし、一緒にやりたいことが山ほどある。だから……ああ。
そうか。これが、俺が一番欲しい言葉だった。
兄上はその言葉をくれた。
そして、最後に向けてくれた笑みを見て、必ず来世で兄として俺が生れ落ちるのを待ってくれていると馬鹿みたいに思えた。
だから、兄上が目の前で伏兵の放つ矢に打ち抜かれ、落命しても、俺が地獄に堕ちることはなかった。
寂しくも悲しくもなかった。
兄上は、いなくなっていない。
これからも、俺の兄上でいてくれる。
そう、心から信じさせてくれたことに、俺は泣いた。
兄上のおかげで、俺は本当に幸せだ。
しかし、泣いてばかりもいられない。
俺はまだ「血肉」を失っていない。生きている。生かされている。
そして、俺にはやるべきことがある。
俺はしゃがみ込み、どこまでも穏やかで綺麗な死に顔を浮かべる兄上をぎゅっと抱き締めた。
死んだ肉体から消えゆこうとする、兄上の魂をこの身に入れるために。
「参りましょう、兄上」
兄上の魂が身の内に溶けるのを確かに感じて、俺は立ち上がり、歩を踏み出した。
龍王丸のため。俺たち兄弟の来世のため。
己が全てを燃やし尽くすまで。
そう、思っていた。
「お前は俺の魂だ」と言われ、身も心も繋がったことも、二人で力を合わせて伊吹を守り、二人の希望である龍王丸を当主に据えるという目的のため、全てを捧げることも、無上の歓びである。
兄上を殺して、龍王丸に憎まれ殺される道を選んだのも俺自身で、今更変えるつもりもない。
けれど、そうは言ってもやはり、
――はは。雅次は可愛いなあ。
そう微笑んで、抱き締めてくれる兄上の息の根を止めるなんて嫌だ。
兄上のいない世界で生きていくなんて嫌だ。
兄上に愛され、兄上を愛おしいと想えば想うほどに心が悲鳴を上げた。
でも、兄上が注いでくれる愛を振り払うことなんてできないし、拒んだりしたら、兄上を悲しませることになる。
兄上の命を救うことは、もはやできない。
だったらせめて、心安らかに旅立ってもらわねば。
兄上がこんな最期を迎えることになったのは俺のせいなのだから、なおさら。
そう思って、残り少ない時を兄上とともに過ごしたが、だんだん……その苦しさは消えて行った。
兄上が俺の罪悪感や恐怖を一つ一つ丁寧に拭い、そこに愛情を注ぎ込んだからだ。
にこにこ笑いながら、俺が考えた兄上の殺害計画を聞いてくれたことや、「お前は俺が殺す。誰にも渡さない」と、俺の殺し方を真剣に考えてくれたことは、特に嬉しかった。
常識や倫理観などそっちのけで、ただただひたすらに俺の心を見つめ、優しく包み込んでくれたから。
体も、そうだ。
――雅次は綺麗だ。汚いところなんてどこにもない。汚いと思うなら、どこがそう思うのか言え。俺が消してやる。
――そ、そんな……どこが…って……恥ずか、し……んんぅ。
――恥ずかしいことなんてない。どんなお前も可愛いよ。もっと見せてくれ。
そんな睦言と愛撫で、幾度もどろどろに溶かされて、作り変えられた。
家房に犯され穢された、薄汚い忌まわしい汚物から、兄上が愛でて褒めてくれる綺麗なものへと。
すると、息をするのがひどく楽になって……。
まるで、本来この世に生を受けた人間が与えられるべき全ての愛情を、一人で俺に注ぎ込もうとするかのような惜しみなさだった。
そこまで兄上に想ってもらえることが嬉しかった。
自分はこの世で一番幸せだ。
だから、もう十分だ。
兄上を喪った後、光が一切差さない地獄の最奥に堕ちて、二度と這い上がることができなくてもいい。
そう、思っていた。それなのに、兄上はこう言ってくれた。
――来世でも、俺と兄弟になってくれぬか。
そんなこと、考えたこともなかった。
人間死んだらそれで終わり。後には何も残らない。
そう思っていたから……今までの俺なら、鼻で嗤ったことだろう。何を、ありもしない馬鹿なことを言っているのだと。
だが、今は涙が出るほど嬉しい。
兄上は今生だけでなく、来世も俺と兄弟になりたいと思ってくれたことは勿論、これで終わりというわけではないという事実が一番……そうだ。
俺は、これで全部終わりになるのが嫌だった。
まだ、兄上と一緒にいたいし、一緒にやりたいことが山ほどある。だから……ああ。
そうか。これが、俺が一番欲しい言葉だった。
兄上はその言葉をくれた。
そして、最後に向けてくれた笑みを見て、必ず来世で兄として俺が生れ落ちるのを待ってくれていると馬鹿みたいに思えた。
だから、兄上が目の前で伏兵の放つ矢に打ち抜かれ、落命しても、俺が地獄に堕ちることはなかった。
寂しくも悲しくもなかった。
兄上は、いなくなっていない。
これからも、俺の兄上でいてくれる。
そう、心から信じさせてくれたことに、俺は泣いた。
兄上のおかげで、俺は本当に幸せだ。
しかし、泣いてばかりもいられない。
俺はまだ「血肉」を失っていない。生きている。生かされている。
そして、俺にはやるべきことがある。
俺はしゃがみ込み、どこまでも穏やかで綺麗な死に顔を浮かべる兄上をぎゅっと抱き締めた。
死んだ肉体から消えゆこうとする、兄上の魂をこの身に入れるために。
「参りましょう、兄上」
兄上の魂が身の内に溶けるのを確かに感じて、俺は立ち上がり、歩を踏み出した。
龍王丸のため。俺たち兄弟の来世のため。
己が全てを燃やし尽くすまで。
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みんなの感想(1件)
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凄い。凄い壮大な物語😳
まるで映画のような、映像が見えてくるようでした。
確かにBLなんだけど、あまりにも兄弟の歩んできた人生が拗れてすれ違い過ぎてお互いの心の葛藤があって、信じたいのに信じきれない気持ちが切なくて🥹
最後の2人の決断に泣きました😭
沢山の方に読んで貰いたい作品だと思いました。
カスミ草様。だいぶニッチな内容であるにも関わらず、読破していただいた上、ご感想までありがとうございます!
過酷な境遇や環境のせいで、信じられずすれ違うばかり。
挙げ句、殺し合うよう宿命づけられてしまった二人でしたが、それでも兄弟の絆を守り、互いに愛し切った生きざまを堪能していただけたのなら幸いです!