異世界の片隅で、穏やかに笑って暮らしたい

木の葉

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アルセル領の崩壊

 アルセル侯爵家が代々治めていた、王都の次に大きな街と言われたアルセル領は、すでに鎮圧され、現在は王宮預かりとなっていた。
 
 アルセル領がこれほどまでに荒れ果てた状態だと知りながら、陛下が長らく手を出さなかったのは、故アルセル侯爵との契約があったからだという。アルセル侯爵家は代々王家に忠誠を尽くしてきた家系で、王家にとっては誰よりも信用できる存在だった。
 
 故アルセル侯爵は、亡くなる前に陛下に奇妙な契約を取り付けたそうだ。自分が亡くなった後には領地が荒れるかもしれないが、七年間は何があっても手を出さないでほしいと願い、ある誓約書を差し出したという。
 
【長きに渡り忠誠を尽くしてくれた褒賞として、今後如何なる望みも叶えよう】
 
 その誓約書にはドレスデン国の前王の正式な署名があり、侯爵の望み通り契約を結ぶしかなかったらしい。
 
 陛下はそれからずっと、この契約を交わしたことを後悔していたという。かつて美しかった歴史ある街並みは今ではその影もなく、領民たちの顔から笑顔は消え去っていた。年々広がるスラム街は、今や悪人たちの棲家と化し、毎日のように悲鳴が聞こえ、死体が後を絶たないと言われていたそうだ。
 
「陛下、皆が揃っております」
 
「ふむ、では始めるとするか」
 
 王宮に集められたのは、高位貴族の面々だった。マッドも、お爺様と共にその会議に出席していた。
 
 議題は、アルセル領の今後について。すでにアルセル侯爵家の者たち、そしてアルセル領で幅を利かせていた悪人どもは全て捕らえられ、厳しい取り調べを受けているところだった。
 
「アルセル領を、王都に次ぐ街に再生できる者はいないだろうか?」
 
 陛下の問いかけに、誰もが下を向いた。壊れ果て、今も悪がはびこる街を統率できる者はなかなか見つからない。それに、ここに集められた者たちは皆、自身の領地を抱えており、厄介なことに巻き込まれたくなかったのだ。
 
 ある侯爵が口を開いた。
 
「第一王女のご婚約者であるアステル伯爵では、難しいのでしょうか?」
 
「アステル伯爵では、荷が重いだろう」
 
 陛下はきっぱりと答えた。
 
 たしかに力さえあれば一番の適任者であることは間違いないだろうが、アステル伯爵が治める自然豊かな領地と、荒廃したアルセル領とでは規模も性質も全く異なる。たとえ王家が介入したとしても、再生は困難だと誰から見ても明らかだった。
 
 しかも、アルセル侯爵家当主だった者を取り調べた結果、カルセリア国との繋がりまで浮上してきたという。カルセリア国はきな臭い国で、昔から警戒していた相手だ。魔法に長けた者が多いと言われている国なので、その不気味さは増すばかりだった。
 
「ミシェラン侯爵はどう思う?」
 
 陛下が、お爺様に問いかけた。
 
「確かにアステル伯爵には難しいと思います。ですが、ここに集められた者たちはすでに領主です。自身の領民を一番に考えるのは当然のことです」
 
「そんなことは私も理解している。だが、アルセル領をこのままにしておくわけにはいかぬ」
 
 そんな議論が繰り広げられたが、その日には何も決まらなかった。
 
 その夜、マッドは難しい顔をしながら考え込んでいるようだった。
 
「今日の会議について考えているのね」
 
 私がそう問いかけると、マッドは私の目を見て答えた。
 
「陛下は最終的に、父さんを指名すると思うんだ」
 
「私も聞いた限りはそう思うわ。お母様は王妹だし、お父様は力を持っていて、これだけの問題をまとめられる才能もお持ちだもの」
 
「ああ、でも今日任命しなかったのは王妃の反対もあったと思うんだ」
 
「どうして王妃様は、お母様をそこまで毛嫌いするのかしら?」
 
「王宮を出入りするようになってから分かったんだけど、今でも王宮での母さんの人気はすごいんだ」
 
「でも、お母様は長い間屋敷にこもっていた時期もあるのではないの?」
 
「ああ、十年ぐらい最低限必要な社交しかしていなかったにも関わらず、人気が衰えなかったらしい」
 
「お母様って、本当にすごい人だったのね」
 
「でもそうなると、ルルソン村が俺は心配でたまらないんだ」
 
 リオたちがいてくれれば何の問題もなかったけれど、今はもういない。大好きなルルソン村がどうなるのか、私も確かに心配だった。
 
 そんな話をしていた二週間後、ついに王命が出された。多くの貴族が集まる中で、大々的に行われたその場に、私もマッドと共に今回は出席した。
 
「ブライトン侯爵は、これよりアルセル領の当主となることを命ずる。よって本日よりアルセル領はブライトン領と名を変え、直ちに赴くことを王命とする!」
 
 お父様とお母様は深々と頭を下げ、王命を受け入れた。事前に知らされてはいたらしいけれど、こうなってしまえば後には引けないだろう。王妃様も同席していたが、労いの言葉もかけず、ただ退屈そうに座っているだけだった。
 
 ルルソン村の領主も早々に決めなければならない。お父様はバンスに任せたがっていたが、元犯罪奴隷だったこともあり、王妃様が猛反対したのだ。バンスは今では多くの貢献をしたとして子爵の位を持っているけれど、王妃様を無視することはできない。
 
 ミシェランでもルルソン村でも、バンスを慕う者はとても多いので、お父様の言うように適任なのは事実だった。私もバンスが領主になってくれれば安心だと心から思う。
 
 バンスを強く後押ししたのは、意外にも王太子殿下だった。王太子殿下は、バンスに大きな花瓶を王宮に献上するように依頼したのだ。バンスの作る大きな花瓶は今では国宝級とも言われており、隣国からの依頼も多い。殿下は、その花瓶を商業国家であるマイソン国に友好の品として納めたという。
 
 このことがマイソン国と友好関係を結ぶきっかけになり、バンスは国に大きな貢献をした。そうなると、さすがの王妃様も反対できなくなり、ルルソン村の領主として任命せざるを得なかったそうだ。
 
「バンス、ルルソン村を繁栄させるには、奥方も必要だぞ」
 
 殿下がそう言うと、バンスは頭を抱えて言った。
 
「俺なんかに嫁いでくれる貴族令嬢なんていませんよ。まあ、マッドたちの子供にきちんと引き継ぐまでは精一杯頑張りますよ」
 
 殿下は愉快そうに笑った後にバンスに言った。

「そういえば、カトリナが今度ルルソン村に視察に行くと言っていたから、宜しく頼むよ」
 
「姫さんがですか? ルルソン村には、姫さんが喜ぶような物はありませんよ」
 
「そうかな? ものすごく楽しそうに私に話していたぞ」
 
「それなら何か姫さんが喜びそうな器でも作っておきますか」

「そうだ、まだ公表はしていないがカトリナとリースの婚約は破棄されたぞ。だからバンスが慰めてやってくれ」

「……えっ?」

 バンスは訳が分からず無言だったが殿下は楽しそうに笑って去っていった。
 
 バンスの現在の名前はバンス・ブレイン子爵。

 彼は、領地持ちの子爵となり新たな重責を背負うことになった。
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