9 / 24
第2章
第8話 止まらない試練の幕開け
しおりを挟む
いままさに、アトリエハーバルではクロエとセドリックの攻防戦が繰り広げられていた。
依頼の内容について、正式な回答を求めるクロエ。
それに対するセドリックの答えは、「時期尚早」の一点張り。
両者一歩も引かず、しばらくこのやり取りが続いている。
クロエに店番を任せたあの日、たとえ依頼人が来たとしても、薬の詳細を告げることはないだろう――そう考えていた。
実際、常連客であれば「いつもの」で通じるため、それで済んでいた。だが、数回来ただけのお客さんも多い。
PE治療薬を頼んだ男性客は、まだ2回目の来店だった。そのため、クロエが見習いであることを知らず、ごく普通に依頼をしてしまったのだろう。
(あと、あいつだ……あいつ……!!)
セドリックの脳裏に、あの変態男の顔がよみがえる。
(びんびん絶倫薬とか、ふざけた呼び方しやがってッ……!!)
クロエは、その件についても、執拗に薬の詳細を追求してきた。こんなことなら、常連客以外の依頼は断るように言っておくべきだった。セドリックは後悔せずにはいられなかった。
まさか、クロエのような子供にセンシティブな性の悩みを相談する客が現れるとは――。それは、あまりにも甘い考えだったらしい。
(……まあ、客からすれば、店にいる人はみんな薬師だよな……必要な情報を伝えるのは当然か……)
そうして、薬房で激しい攻防を繰り返していると、店のほうから元気な声が聞こえてきた――。
「ハイハイ! お邪魔するねぇ。あんたたち、今日は元気だね! 外まで聞こえていたよ! クロエが勉強熱心なのはいいことじゃないか、セドリック! ここの薬屋ではメインの仕事だろう。いずれ分かることなんだし、大人としてのステップアップとしても、教えてやったらいいさぁ!」
メイベルが無責任なことを言いながら、店にやってきた。外にまでクロエとの会話が丸聞こえだったことを知り、セドリックは顔が熱くなる。さらに、適当すぎるメイベルの発言に困惑する。
「ちょ……っ! 本当に、適当なことは言わないで下さいよ……」
メイベルを味方につけたとばかりに、クロエは得意げに胸を張り、腰に手を当てる。そんなクロエを、セドリックは軽く睨んだ。
「今日はセドリックに新しい頼みごとがあったんだけどねぇ! いい機会だから、クロエと一緒に作ってもらおうかね。たぶん、女手も必要になると思うし、ちょうどいいんじゃないかい! どうだい、クロエ? ちょっと大変だと思うけど、いい経験になると思うよ! いろんな意味でねぇ!」
(悪魔なのか? この人は……)
セドリックは知っている。メイベルの依頼の傾向を。嫌な予感がして、止めようとしたが――一歩遅かった。
興味津々のクロエが、すかさずメイベルの話に食いついていた。
「やりたい!! やらせてください!! 絶対やるッ!!」
「よく言った! クロエ! しっかりやるんだよ!!」
メイベルも間髪入れずに、クロエを鼓舞する。
こうなると、セドリックの意見は反映されない。もはや、話を聞くしかないのだ。
「……で、どんなものがご所望ですか……?」
しなしなに萎れたセドリックを見て、メイベルはアハハッと笑いながら話し始める。
「久しぶりに、生まれたばかりの子を引き取ったんだよ。だからさ、お乳が必要なんだけどね、ちょうど出がいい子がいないんだよ! いつも誰かしらいるんだけどねぇ! 半年前に産んだ子も卒乳が早くて、もう出ないんだとさ! ギリギリ出てる子もなかなか出が悪くてね! 困ってるんだよ!」
少し予想とは違い、真面目な悩みだったので、セドリックはホッとする。……だが、これがのちにとんでもない事件を引き起こすとは、今のセドリックには想像もできなかった。
「お乳の出をよくするお薬の開発ってこと?」
クロエはメイベルの話を真剣に聞きながら、自分なりに答えを導き出す。
「そういうことだよ! クロエは賢いね! お願いできるかい?」
クロエは、自信満々に答えたいところだが、さすがにまだ知識が追いついていない。できるのかどうか不安そうに、セドリックをチラチラッと見る。「できるの?」と無言の視線を送っていた。セドリックは、無言で小さくうんうんと頷いてみせる。
「おばさん! 任せて! 私とおじさんに作れない薬はないわ!!」
ドンッと胸を張り、メイベルに応えるクロエ。
(今の今まで不安げにこっちを見てたくせに……その自信は、どっから湧いて出たんだよ!)
セドリックは、思わず心の中で突っ込まずにはいられなかった。
メイベルが帰った後、セドリックは薬房で腕を組みながら考え込んでいた。
「で、どうやって作るの?」
クロエの問いかけに、セドリックは「うーん……」と唸る。
(すでに授乳している人の母乳の出をよくする薬はある。ギリギリ出てるって言ってた人に試して、効果があればそれで解決するけど……もし効果がなかった場合は、完全にゼロから母乳を作り出さなきゃいけない。そうなると、ホルモンを刺激する作用のある成分が必要だな……いくつか候補はあるけど、試作段階で誰かに試さなきゃいけないし、出産経験のある女性を何人か紹介してもらわなきゃいけないな……)
ひとりで黙々と考え込むセドリックに、クロエはしびれを切らした。
――ガクンッガクンッ!!
突然、クロエがセドリックの体を激しく揺さぶる。
「ちょっとぉ! おじさん! 今回は私も一緒にやるんだから、ちゃんと説明してよ! ひとりで頭の中だけで解決させないで!!」
一応、セドリックはクロエの師匠であり、今回はメイベルが正式に「2人」に依頼した仕事だ。考え込むあまり、クロエを無視するような形になっていたことに気づき、セドリックは反省する。
「あぁ、ごめん。いつもの癖で……」
ぷうっと頬を膨らませるクロエ。セドリックは机の上にあった木苺をひとつ手に取ると、クロエの口の中にほいっと押し込んだ。
「んむっ!?」
突然の木苺に驚いたクロエだったが、口の中に広がる甘みと酸味のバランスが絶妙な大好物に、思わず頬を緩める。セドリックは、それを見てホッとした。どうやら、クロエをなだめることには成功したようだった。
セドリックは、クロエにもさっき頭の中で考えていたことを説明する。
「それじゃあ、まずはお乳の出をよくする通常の薬を用意して、試してもらうってことね」
見習いとしての経験が板についてきたクロエに、セドリックはうんうんと頷く。
――そして、数日後。
結果は、あまり良くなかった。試してもらった女性には、残念ながら効果が出なかったようだ。
だが、最初の薬を試してもらっている間に、次の薬の準備はすでに進めていた。すぐに、次の試作へと取り掛かることにする。
まずは、事前にクロエと一緒に採取したこの植物ときのこを使ってみることにした。この植物は、乳腺の発達を促すホルモンと成分がよく似ており、普段はバストアップ目的で使われるものだ。それから、このきのこは、母乳の生成を促すホルモン成分を含んでいる。これらを掛け合わせ、さらにいくつかの成分を加え、調整を重ね――試作の土台は完成した。
(あとは微調整の実験をする必要があるか……)
セドリックは、その旨をメイベルに伝え、出産経験のあるなるべく若い女性を何人か紹介してもらうことになった。若い女性のほうが、薬の効果が出るのが早いためだ。だが、紹介してもらったのは皆25歳以上の女性だった。年齢だけで言えば十分に若いが、できればもう少し年齢の低い女性のほうが好ましかった。若い女性のほうが、ホルモンの分泌が活発で、薬の効果が出るのが早いためだ。しかし、治験に理解を示してくれる人は少ない。
「よくわからないものを体に入れて、実験しますよ!」――そんな話をされても、不安に思うのは当然だ。むしろ、それが普通の反応だろう。
それを考えれば、20代の女性を数人紹介してもらえただけでも、御の字である。
薬の開発には、時間と労力が必要だった。通常業務もあるため、セドリックの疲労は日に日に蓄積していた。そんなセドリックの様子を見て、クロエは心配していた。
見習いとして、できる限りのサポートはしている。だが、それでもまだ十分ではない。
――それでも、何かできないか。
クロエは必死に考えた。
――そして、思いついた。
椅子にもたれ、休憩をとっているセドリックの肩を、トントンと軽く叩く。
「ねぇ、おじさん。私じゃダメなのかな」
セドリックは、ゆっくりと目を開ける。
「ん? なにが? クロエは見習いとしてちゃんと役に立ってるぞ! 十分だ。ありがとうな!」
だが、セドリックの言葉を聞いても、クロエの表情は納得がいかない様子だった。
首を横に振ると、もう一度言葉を続ける。
「そうじゃなくて。 私じゃダメなのかな? 実験するの……私じゃダメなの? 出産経験はないけど10代だし、若さで言えばダントツじゃない? 実験のことだって、ちゃんとわかってるし!」
――その瞬間、セドリックの思考が一瞬フリーズした。
(はいぃぃぃぃい!? この娘は何を言っているんだ!? は? 13歳の娘が!?)
「ダメに決まってるだろッ!!!!?」
――ガタンッ!!
勢いよく立ち上がったセドリックのせいで、椅子が床に倒れる。だが、それにも動じず、クロエはまっすぐに言う。
「なんでダメなの? 私も薬師見習いだもん! おじさんだって、新しい薬はいつも自分で試してるじゃん!! なんで私はだめなのッ?」
セドリックの服を掴みながら、強く迫るクロエ。
だが――。
「なぜダメなのかもわかってないから、ダメなんだ!!」
冷たく、バッとクロエの手を振りほどく。そして、何も言わずに外へと出ていった。セドリックは、冷静になれていない自分に気づく。
――頭を冷やさなければ。このままでは、いけない。
そのまま、歩き始めた。
クロエを、ただひとり薬房に残して――。
(なんでダメなのか……わかんないから、教えてほしいんじゃん……ッ!!)
クロエは、大きな瞳に涙をいっぱい溜めながら、それでも泣くものかと必死にこらえていた。セドリックが出て行った扉を、じっと見つめる。――だが、その扉が動くことはなかった。
「……グスッ、スン……ッ……ゔぅ……ぅえーーーん!!」
耐えきれなかった。こらえていた涙が、ついに決壊する。クロエは、幼い子供のように泣きじゃくった。
セドリックの役に立ちたかった。
けれど選択を間違えて怒らせてしまった。
嫌われてしまったかもしれない。
役に立てなくて悔しい。
様々な感情が、クロエの胸の中でぐちゃぐちゃに入り混じっていた。
ひとしきり泣き、すべてを吐き出すように涙を流した。だが――それでもセドリックは戻ってこない。
「……っ」
クロエは、だんだん腹が立ってきた。――自分の失態は、とりあえず横に置いておく。
(ねぇ!! なんでおじさんは戻ってこないの!? 理由も言わずに怒って出てくなんてッ! ダメな師匠ねッ!! まったくもう!!)
先ほどまでの悲しみはどこへやら、今のクロエの胸には怒りが満ちていた。
(そっちがその気なら、こっちだって……!)
クロエは、机の上を見た。
そこには、いくつかの被験薬が並んでいる。⑤のラベルが貼られた小瓶を手に取り――。
――そして、一気に呑み込んだ。
(さすがに、あの言い方は大人げなかった……)
セドリックは怒りに任せてアトリエハーバルを飛び出し、そのまま町まで歩いていた。頭を冷やそうと無心で歩くうちに、次第に自分の言動を振り返り始める。
(なぜダメなのかを、あの場できちんと説明するべきだったよな……教えてこその師匠……だよなぁ)
クロエを突き放すような形になってしまったことを、セドリックは後悔した。自分の未熟さを改めて痛感する。クロエと一緒に、セドリック自身も成長しなければならないのだ。
(……なんか、ケーキでも買って帰るか)
謝るだけじゃなく、何か機嫌を直してもらえるものを持って帰ろう――そう思い、セドリックは足を向ける。
(ケーキで機嫌が直るなら安いもんだ。財布、ポケットに入れたままでよかった……)
せめて、財布の許す限りのケーキを買って帰ろう。そう決めると、セドリックは少しだけ気持ちを軽くして、歩みを進めた。
庭の扉の前に立つセドリック。
(ただいま……いや、違うか? ごめん……も、違うか……うーん)
何と言いながら店に入るべきか、あーでもない、こーでもないとぶつぶつ悩む。
――ガシャーンッ! 「きゃぁっ!」
何かが割れる音と同時に、クロエの悲鳴が響いた。セドリックは、ハッとして飛び込むように店の中へ駆け込む。
「クロエッ!? 大丈夫かっ?」
薬房の床にクロエが座り込んでいた。その前には、ガラスの破片が散乱している。
「ごめんなさい。片付けようとして手が滑っちゃった」
クロエは、しゅんと肩を落とした様子で言った。
(……さっきのこともあるし、まだ落ち込んでるのかもしれないな)
そう思ったセドリックは、少し優しい声で言う。
「俺が片付けるから……危ないから、お前は少し離れてろ」
そう言うと、セドリックはほうきを持ち、ガラスの破片を集めて紙に包んだ。片付けながら、クロエのほうに視線を向ける。
――怪我はないか?
ギュッと服の裾を掴むクロエの小さな手には、傷はなさそうだった。ひと安心して顔を上げたセドリックは――今にも泣き出しそうなクロエの顔を見て、慌てた。
「ちょっ……、やっぱり怪我したのか!? どこだ? 大丈夫か!?」
慌ててガラスを包んだ紙を脇に置き、クロエの両手を取って傷がないか確認する。
「すん……ぅっうぅッ……おじさぁーんッ!!」
突然、クロエが泣き出した。
(ガラスを落としてそんなに驚いたのか!? いや、さっきのことを思い出して泣いたのか!? なに!? どれ!? 一体何が原因だ!?)
思い当たることが多すぎて、パニック寸前のセドリック。しかし――ふと、クロエの違和感に気づく。
「ん?……ちょっと待て。お前、なんか胸でかくなってないか」
さすがのセドリックだって、普段なら、こんな直接的な言い方は絶対にしない。――いや、それ以前に、普通なら気づくこともないはずだった。だが、セドリックの脳裏には、嫌な予感が浮かんでいた。
――先ほど片づけた床に散らばったガラスの破片。
その中には、⑤のラベルが貼られた瓶の残骸があった。
「お前……っ! まさか……。やったのか!? やったんだなっ!!!?」
「おじさぁぁーーーーん……ぅうっ……! ふぇぇーーん……っ」
クロエは、まるで赤ん坊のように泣きじゃくった。
依頼の内容について、正式な回答を求めるクロエ。
それに対するセドリックの答えは、「時期尚早」の一点張り。
両者一歩も引かず、しばらくこのやり取りが続いている。
クロエに店番を任せたあの日、たとえ依頼人が来たとしても、薬の詳細を告げることはないだろう――そう考えていた。
実際、常連客であれば「いつもの」で通じるため、それで済んでいた。だが、数回来ただけのお客さんも多い。
PE治療薬を頼んだ男性客は、まだ2回目の来店だった。そのため、クロエが見習いであることを知らず、ごく普通に依頼をしてしまったのだろう。
(あと、あいつだ……あいつ……!!)
セドリックの脳裏に、あの変態男の顔がよみがえる。
(びんびん絶倫薬とか、ふざけた呼び方しやがってッ……!!)
クロエは、その件についても、執拗に薬の詳細を追求してきた。こんなことなら、常連客以外の依頼は断るように言っておくべきだった。セドリックは後悔せずにはいられなかった。
まさか、クロエのような子供にセンシティブな性の悩みを相談する客が現れるとは――。それは、あまりにも甘い考えだったらしい。
(……まあ、客からすれば、店にいる人はみんな薬師だよな……必要な情報を伝えるのは当然か……)
そうして、薬房で激しい攻防を繰り返していると、店のほうから元気な声が聞こえてきた――。
「ハイハイ! お邪魔するねぇ。あんたたち、今日は元気だね! 外まで聞こえていたよ! クロエが勉強熱心なのはいいことじゃないか、セドリック! ここの薬屋ではメインの仕事だろう。いずれ分かることなんだし、大人としてのステップアップとしても、教えてやったらいいさぁ!」
メイベルが無責任なことを言いながら、店にやってきた。外にまでクロエとの会話が丸聞こえだったことを知り、セドリックは顔が熱くなる。さらに、適当すぎるメイベルの発言に困惑する。
「ちょ……っ! 本当に、適当なことは言わないで下さいよ……」
メイベルを味方につけたとばかりに、クロエは得意げに胸を張り、腰に手を当てる。そんなクロエを、セドリックは軽く睨んだ。
「今日はセドリックに新しい頼みごとがあったんだけどねぇ! いい機会だから、クロエと一緒に作ってもらおうかね。たぶん、女手も必要になると思うし、ちょうどいいんじゃないかい! どうだい、クロエ? ちょっと大変だと思うけど、いい経験になると思うよ! いろんな意味でねぇ!」
(悪魔なのか? この人は……)
セドリックは知っている。メイベルの依頼の傾向を。嫌な予感がして、止めようとしたが――一歩遅かった。
興味津々のクロエが、すかさずメイベルの話に食いついていた。
「やりたい!! やらせてください!! 絶対やるッ!!」
「よく言った! クロエ! しっかりやるんだよ!!」
メイベルも間髪入れずに、クロエを鼓舞する。
こうなると、セドリックの意見は反映されない。もはや、話を聞くしかないのだ。
「……で、どんなものがご所望ですか……?」
しなしなに萎れたセドリックを見て、メイベルはアハハッと笑いながら話し始める。
「久しぶりに、生まれたばかりの子を引き取ったんだよ。だからさ、お乳が必要なんだけどね、ちょうど出がいい子がいないんだよ! いつも誰かしらいるんだけどねぇ! 半年前に産んだ子も卒乳が早くて、もう出ないんだとさ! ギリギリ出てる子もなかなか出が悪くてね! 困ってるんだよ!」
少し予想とは違い、真面目な悩みだったので、セドリックはホッとする。……だが、これがのちにとんでもない事件を引き起こすとは、今のセドリックには想像もできなかった。
「お乳の出をよくするお薬の開発ってこと?」
クロエはメイベルの話を真剣に聞きながら、自分なりに答えを導き出す。
「そういうことだよ! クロエは賢いね! お願いできるかい?」
クロエは、自信満々に答えたいところだが、さすがにまだ知識が追いついていない。できるのかどうか不安そうに、セドリックをチラチラッと見る。「できるの?」と無言の視線を送っていた。セドリックは、無言で小さくうんうんと頷いてみせる。
「おばさん! 任せて! 私とおじさんに作れない薬はないわ!!」
ドンッと胸を張り、メイベルに応えるクロエ。
(今の今まで不安げにこっちを見てたくせに……その自信は、どっから湧いて出たんだよ!)
セドリックは、思わず心の中で突っ込まずにはいられなかった。
メイベルが帰った後、セドリックは薬房で腕を組みながら考え込んでいた。
「で、どうやって作るの?」
クロエの問いかけに、セドリックは「うーん……」と唸る。
(すでに授乳している人の母乳の出をよくする薬はある。ギリギリ出てるって言ってた人に試して、効果があればそれで解決するけど……もし効果がなかった場合は、完全にゼロから母乳を作り出さなきゃいけない。そうなると、ホルモンを刺激する作用のある成分が必要だな……いくつか候補はあるけど、試作段階で誰かに試さなきゃいけないし、出産経験のある女性を何人か紹介してもらわなきゃいけないな……)
ひとりで黙々と考え込むセドリックに、クロエはしびれを切らした。
――ガクンッガクンッ!!
突然、クロエがセドリックの体を激しく揺さぶる。
「ちょっとぉ! おじさん! 今回は私も一緒にやるんだから、ちゃんと説明してよ! ひとりで頭の中だけで解決させないで!!」
一応、セドリックはクロエの師匠であり、今回はメイベルが正式に「2人」に依頼した仕事だ。考え込むあまり、クロエを無視するような形になっていたことに気づき、セドリックは反省する。
「あぁ、ごめん。いつもの癖で……」
ぷうっと頬を膨らませるクロエ。セドリックは机の上にあった木苺をひとつ手に取ると、クロエの口の中にほいっと押し込んだ。
「んむっ!?」
突然の木苺に驚いたクロエだったが、口の中に広がる甘みと酸味のバランスが絶妙な大好物に、思わず頬を緩める。セドリックは、それを見てホッとした。どうやら、クロエをなだめることには成功したようだった。
セドリックは、クロエにもさっき頭の中で考えていたことを説明する。
「それじゃあ、まずはお乳の出をよくする通常の薬を用意して、試してもらうってことね」
見習いとしての経験が板についてきたクロエに、セドリックはうんうんと頷く。
――そして、数日後。
結果は、あまり良くなかった。試してもらった女性には、残念ながら効果が出なかったようだ。
だが、最初の薬を試してもらっている間に、次の薬の準備はすでに進めていた。すぐに、次の試作へと取り掛かることにする。
まずは、事前にクロエと一緒に採取したこの植物ときのこを使ってみることにした。この植物は、乳腺の発達を促すホルモンと成分がよく似ており、普段はバストアップ目的で使われるものだ。それから、このきのこは、母乳の生成を促すホルモン成分を含んでいる。これらを掛け合わせ、さらにいくつかの成分を加え、調整を重ね――試作の土台は完成した。
(あとは微調整の実験をする必要があるか……)
セドリックは、その旨をメイベルに伝え、出産経験のあるなるべく若い女性を何人か紹介してもらうことになった。若い女性のほうが、薬の効果が出るのが早いためだ。だが、紹介してもらったのは皆25歳以上の女性だった。年齢だけで言えば十分に若いが、できればもう少し年齢の低い女性のほうが好ましかった。若い女性のほうが、ホルモンの分泌が活発で、薬の効果が出るのが早いためだ。しかし、治験に理解を示してくれる人は少ない。
「よくわからないものを体に入れて、実験しますよ!」――そんな話をされても、不安に思うのは当然だ。むしろ、それが普通の反応だろう。
それを考えれば、20代の女性を数人紹介してもらえただけでも、御の字である。
薬の開発には、時間と労力が必要だった。通常業務もあるため、セドリックの疲労は日に日に蓄積していた。そんなセドリックの様子を見て、クロエは心配していた。
見習いとして、できる限りのサポートはしている。だが、それでもまだ十分ではない。
――それでも、何かできないか。
クロエは必死に考えた。
――そして、思いついた。
椅子にもたれ、休憩をとっているセドリックの肩を、トントンと軽く叩く。
「ねぇ、おじさん。私じゃダメなのかな」
セドリックは、ゆっくりと目を開ける。
「ん? なにが? クロエは見習いとしてちゃんと役に立ってるぞ! 十分だ。ありがとうな!」
だが、セドリックの言葉を聞いても、クロエの表情は納得がいかない様子だった。
首を横に振ると、もう一度言葉を続ける。
「そうじゃなくて。 私じゃダメなのかな? 実験するの……私じゃダメなの? 出産経験はないけど10代だし、若さで言えばダントツじゃない? 実験のことだって、ちゃんとわかってるし!」
――その瞬間、セドリックの思考が一瞬フリーズした。
(はいぃぃぃぃい!? この娘は何を言っているんだ!? は? 13歳の娘が!?)
「ダメに決まってるだろッ!!!!?」
――ガタンッ!!
勢いよく立ち上がったセドリックのせいで、椅子が床に倒れる。だが、それにも動じず、クロエはまっすぐに言う。
「なんでダメなの? 私も薬師見習いだもん! おじさんだって、新しい薬はいつも自分で試してるじゃん!! なんで私はだめなのッ?」
セドリックの服を掴みながら、強く迫るクロエ。
だが――。
「なぜダメなのかもわかってないから、ダメなんだ!!」
冷たく、バッとクロエの手を振りほどく。そして、何も言わずに外へと出ていった。セドリックは、冷静になれていない自分に気づく。
――頭を冷やさなければ。このままでは、いけない。
そのまま、歩き始めた。
クロエを、ただひとり薬房に残して――。
(なんでダメなのか……わかんないから、教えてほしいんじゃん……ッ!!)
クロエは、大きな瞳に涙をいっぱい溜めながら、それでも泣くものかと必死にこらえていた。セドリックが出て行った扉を、じっと見つめる。――だが、その扉が動くことはなかった。
「……グスッ、スン……ッ……ゔぅ……ぅえーーーん!!」
耐えきれなかった。こらえていた涙が、ついに決壊する。クロエは、幼い子供のように泣きじゃくった。
セドリックの役に立ちたかった。
けれど選択を間違えて怒らせてしまった。
嫌われてしまったかもしれない。
役に立てなくて悔しい。
様々な感情が、クロエの胸の中でぐちゃぐちゃに入り混じっていた。
ひとしきり泣き、すべてを吐き出すように涙を流した。だが――それでもセドリックは戻ってこない。
「……っ」
クロエは、だんだん腹が立ってきた。――自分の失態は、とりあえず横に置いておく。
(ねぇ!! なんでおじさんは戻ってこないの!? 理由も言わずに怒って出てくなんてッ! ダメな師匠ねッ!! まったくもう!!)
先ほどまでの悲しみはどこへやら、今のクロエの胸には怒りが満ちていた。
(そっちがその気なら、こっちだって……!)
クロエは、机の上を見た。
そこには、いくつかの被験薬が並んでいる。⑤のラベルが貼られた小瓶を手に取り――。
――そして、一気に呑み込んだ。
(さすがに、あの言い方は大人げなかった……)
セドリックは怒りに任せてアトリエハーバルを飛び出し、そのまま町まで歩いていた。頭を冷やそうと無心で歩くうちに、次第に自分の言動を振り返り始める。
(なぜダメなのかを、あの場できちんと説明するべきだったよな……教えてこその師匠……だよなぁ)
クロエを突き放すような形になってしまったことを、セドリックは後悔した。自分の未熟さを改めて痛感する。クロエと一緒に、セドリック自身も成長しなければならないのだ。
(……なんか、ケーキでも買って帰るか)
謝るだけじゃなく、何か機嫌を直してもらえるものを持って帰ろう――そう思い、セドリックは足を向ける。
(ケーキで機嫌が直るなら安いもんだ。財布、ポケットに入れたままでよかった……)
せめて、財布の許す限りのケーキを買って帰ろう。そう決めると、セドリックは少しだけ気持ちを軽くして、歩みを進めた。
庭の扉の前に立つセドリック。
(ただいま……いや、違うか? ごめん……も、違うか……うーん)
何と言いながら店に入るべきか、あーでもない、こーでもないとぶつぶつ悩む。
――ガシャーンッ! 「きゃぁっ!」
何かが割れる音と同時に、クロエの悲鳴が響いた。セドリックは、ハッとして飛び込むように店の中へ駆け込む。
「クロエッ!? 大丈夫かっ?」
薬房の床にクロエが座り込んでいた。その前には、ガラスの破片が散乱している。
「ごめんなさい。片付けようとして手が滑っちゃった」
クロエは、しゅんと肩を落とした様子で言った。
(……さっきのこともあるし、まだ落ち込んでるのかもしれないな)
そう思ったセドリックは、少し優しい声で言う。
「俺が片付けるから……危ないから、お前は少し離れてろ」
そう言うと、セドリックはほうきを持ち、ガラスの破片を集めて紙に包んだ。片付けながら、クロエのほうに視線を向ける。
――怪我はないか?
ギュッと服の裾を掴むクロエの小さな手には、傷はなさそうだった。ひと安心して顔を上げたセドリックは――今にも泣き出しそうなクロエの顔を見て、慌てた。
「ちょっ……、やっぱり怪我したのか!? どこだ? 大丈夫か!?」
慌ててガラスを包んだ紙を脇に置き、クロエの両手を取って傷がないか確認する。
「すん……ぅっうぅッ……おじさぁーんッ!!」
突然、クロエが泣き出した。
(ガラスを落としてそんなに驚いたのか!? いや、さっきのことを思い出して泣いたのか!? なに!? どれ!? 一体何が原因だ!?)
思い当たることが多すぎて、パニック寸前のセドリック。しかし――ふと、クロエの違和感に気づく。
「ん?……ちょっと待て。お前、なんか胸でかくなってないか」
さすがのセドリックだって、普段なら、こんな直接的な言い方は絶対にしない。――いや、それ以前に、普通なら気づくこともないはずだった。だが、セドリックの脳裏には、嫌な予感が浮かんでいた。
――先ほど片づけた床に散らばったガラスの破片。
その中には、⑤のラベルが貼られた瓶の残骸があった。
「お前……っ! まさか……。やったのか!? やったんだなっ!!!?」
「おじさぁぁーーーーん……ぅうっ……! ふぇぇーーん……っ」
クロエは、まるで赤ん坊のように泣きじゃくった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる