彼女は工具を振り下ろす ~掘削系女子のホラーゲーRTA~

桃千あかり

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彼女は工具を振り下ろす

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「エミリア、気分はどう?」

 長身の青年が、気遣わしげに尋ねてくる。古風な装いの美丈夫だ。

「クロード様」

 半年前、名前以外の記憶を失い、路傍に倒れていた私は、馬車で通りかかったクロードに救われた。ずっと彼の屋敷に居てもいいと言われている。厚意に甘えるのが心苦しく、本気で記憶を探っていた。

 先程、過去を思い出し、悲鳴をあげたばかりだ。前世の記憶までさかのぼってしまったから。我ながら本気の度合いにビックリである。
 かつて私は日本人だった。

『やっぱり焼き芋はうま……もがっ』

 それが最後の記憶。きっとトラックにかれたに違いない。それより、もっと深刻な問題がある。

 前世の私は、この世界に似たゲームをプレイしていた。ヒロインの名はエミリア。クロードは主人公で操作キャラだ。
 ちなみに前世の私が遊んだのは『追憶のエミリア』というホラーゲームである。

 何故、乙女ゲームをしておかなかったのか。女性の異世界転生ときたら定番なのに。悔しくてならない。目の前に意中のイケメンがいるのに、乙女ゲームじゃないなんて。

 ホラーの他は採掘や物資収集ゲームばかりやっていた。神様だって困っただろう。工具を握りしめ、掘ったり盗ったり殺ってばかりいる女の扱いに。
 このゲームが選ばれたのは、せめてイケメンにだけは会わせてやりたいという神様なりの配慮だったのかも……。

「ああ、泣かないで」

 体は金髪美少女でも中身は私だ。枝状採掘が好きで、地下墓地の掘削に邪魔な骸骨騎士を始末したり、銃欲しさに敵の頭をスコップでかち割る女なのだ。申し訳ない。

 ゲームでのエミリアは断片的な記憶を取り戻し、マレット館にいたと話す。そこは廃屋で、地元民から化物屋敷と忌避されていた。二人は過去を取り戻すため館へ向かう。

 館に入ると扉が閉じて即監禁、随伴の従者達は惨死。ヤバいと悟ったクロードは出口を探す。パズルを解き、鍵を集め、手記を拾い、徐々に記憶を取り戻し、グロい怪物と追いかけっこする。二十回は死んだな。

 怪物の正体は、館の主マレット氏だ。氏は亡き娘を甦らせようと闇魔法を使用していた。侵入者は生贄として殺される。終盤に寝室へ到達すると、まるで眠っているような美しい遺体……本物のエミリアを発見する。

 実はクロードが保護した令嬢は、生贄を呼ぶ餌として造られた、エミリアそっくりのホムンクルスだった。エミンクルスも、偽りの記憶を与えられた被害者である。
 真相が判明すると、氏が寝室へ踏み込んでくる。あわやという時、真エミリアが目覚めて父親を食らう。生前の善良さや知性は残っていない。血に飢えたアンデッドとなり、クロードに襲いかかってくる。

 結末はエミンクルスの好感度で分岐する。雑に扱っていると見殺しにされて死亡してしまう。
 それなりに優しくしていれば、命がけで助けてくれる。エミンクルスは死ぬが、クロードは脱出可能だ。しかし、感傷にふける彼の背後から真エミリアが現れて終了。死亡確定である。
 誠心誠意尽くした場合、エミンクルスがクロードを庇うが、彼は逃げない。複製人間にすぎない彼女を守り、真エミリアと刺し違えて死ぬ。愛していると告げて。

 どうあっても彼は死ぬ。ハピエンは無い。全ルートで主人公死亡だ。いい加減にしろ。でもね、鬱ホラーゲーなんですコレ。

「悩みがあるなら話してくれ。君の力になるよ」

 寄る辺ない私を助けてくれた愛しいクロード。かけがえのない人だ、絶対に傷つけたくない。
 いっそ化物屋敷なんて放置してしまおうか。無関係な犠牲者が出て、恐ろしいアンデッドが目覚めたとしても。

 考え、迷い、そして覚悟を決める。慎重に言葉を選んだ私は、はからずもゲームと同じ台詞を口にしていた。

「私、少しだけ思い出しました。丘の上にある古いお屋敷を。そこはマレット館と呼ばれていたわ」

 ごめんなさい、クロード。だけど、貴方を連れていくしかないの。

 □

 屈強な男達が、樽の中身を館の外壁へまいていく。鼻を刺す油の臭気。準備を整えたクロードが松明を近付ける。
 ボッと火の手が上がり、炎が館を包んでいった。私はクロードに肩を抱かれ、焼け落ちる化物屋敷を見つめている。

 館内から、異形と化した男の断末魔が轟いた。グッバイ、マレット氏。

「もう大丈夫だ、エミリア」

 エミンクルスで申し訳ない。銃も発破器も無い丸腰令嬢の私は、クロードに助けを乞うしかなかった。

 館の怪物に襲われ、辛うじて逃げたと説明したのが数日前。村人を雇った彼は、捕まえた鹿を館内に放して、屋外から検証した。鹿を引き裂く怪物を目撃し、現在に至る。


 残骸が冷えた頃、館の跡地を訪れて寝室の辺りへ向かった。瓦礫がれきを撤去中の村人からスコップを借りる。やたらしっくりくる取っ手を握り、黒くすすけたソレの側に立つ。外皮を失って尚、異様な気配を放っていた。

「誰も幸せになれないゲームなら、始まる前に終わらせなきゃ。おやすみ、エミリア」

 未だ生死の狭間にある頭蓋骨へ、私は工具を振り下ろす。
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