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きらきら灯る
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今日は一年のうちで一番日が短い冬至の日。
ここシュチパリアでは冬至の夜に寒い冬が半ばを迎え、太陽が力を取り戻す太陽節として祝う風習がある。太陽節の夜には広場に生命の象徴であるトウヒの樹を飾り付け、その前で太陽の象徴となる大きな焚火をして夜通しその周囲で歌ったり踊ったりするのだ。
今年もイリュリアでは街外れの広場と、王城の外宮庭に大きなかがり火が焚かれ、身分の貴賤を問わず多くの市民が冬至の到来を祝い春の訪れを望むことができる。
広場の周りには屋台がずらりと並び、僕の大好物のパクラヴァや、「タルハナ」というヨーグルトベースの野菜スープ、「ブレク」と呼ばれるフェタチーズと野菜のパイなどが売られている。
「どれにしよう……みんな美味しそうで迷っちゃうな……」
勤務が終わった僕は寮で私服に着替えて街外れの焚火を見物に来た。せっかくのお祭りなので、民族衣装でちょっとだけ着飾っている。
「ねえ君、男の子の服なんか着てどうしたんだい?せっかくの別嬪さんがもったいない」
屋台で夕飯を済ませてしまおうとあちこち迷いながら見て回ったら、知らない男性に声をかけられた。しっかり男性用の服を着ているんだけど、女の子に見えたらしい。
「もしかして、外国からの保養客?そのスカートは男の子用なんだ。いい店知ってるから君に似合うの買ってあげるよ」
「あの……僕、男性ですが……」
答えに詰まっていたら、外国人観光客だと思われたらしい。慌ててできるだけ低い声で返事をしたんだけど……残念ながら僕の声は男性にしてはかなり高い。女性にしては低めなんだけどね。
「いやいやいや、そんなに警戒しなくても大丈夫だって」
何かさらに勘違いされたらしく、馴れ馴れしく肩を抱かれてしまって寒気が走る。
僕が一般人を全力で振り払ったら怪我をさせちゃうかもしれないから、肩に置かれた手をそっと握って、そのまま少しだけ力を込めてみた。
「いたたたたたた。君、すごい力だね」
そりゃもう、毎日お仕事で槍斧振り回してますから。
「せっかくの祭りだと言うのにこんなところで何をやってるんだ、ヴォーレ」
そんなこんなでナンパしてきた男性を何とか撃退しようとしていたところ、背後から呆れ交じりの声がした。
「あ、コニー。君もこっちに来たんだ。」
振り返ると親友のコニーがあきれ顔で立っている。僕より頭一つは長身の彼は間違っても女性だと思われる事はないんだろうな、と少し羨ましくなった。
「何だ、男いるんだ。声かけて損した」
「……だから、僕が男だって言ってるのに……」
逃げるように去っていくナンパ男に思わず半眼でぼやくと、コニーに吹き出されてしまった。
「なんだ、また女性に間違われたのか」
「そんなに笑わなくたって……もしかして、これ似合ってないのかな?」
未だに笑いが止まらないコニーにちょっぴり凹んで訊いてみる。
ちなみに今日の僕の服装は鮮やかな瑠璃色に金糸で刺繍を施したウールの上着と白い膝丈のプリーツスカート、上着と色を合わせた長靴下に革靴と白いフェルト帽といういでたち。お祭りなので、いつもはきっちり編んでいる腰まである紅い髪は解いておろしている。
この国ではきわめて伝統的な男性の盛装なんだけど……なぜこれで女の子に見られたのか。
「いやとてもよく似合ってるぞ。単に男装した女の子に見えただけだろ」
「なんだよそれ」
むぅ、とむくれてみせると「そういう顔をするから間違われるんだ」とさらに僕の背中をぽすぽす叩きながら大笑いされてしまった。……失敬な。
最近コニー遠慮がなさすぎじゃない? いつももっと無表情だよね?
……まぁ、爆笑するコニーの顔っていう貴重なものを見られたのは嬉しいけどね。
「まあいい、売り切れる前にさっさと屋台回るぞ」
「あ、うん。僕バクラヴァ食べたい。グロッグも飲もうよ」
しばし憮然としていたら、コニーは僕の腕をつかむと屋台の集まっている一角にぐいぐい引っ張っていった。
「あ、ペイスがある。美味しそう」
ペイスは豚の頭を野菜と一緒に煮崩れるまでじっくりコトコト煮込んだスパイシーなシチューだ。さっそく買ってベンチに座っていただくことに。
「お肉がほろほろ溶けてて美味しい。身体あったまるね」
木のお椀に盛られたシチューをはふはふ言いながらいただくと、とろとろに煮崩れたお肉がとろけてハーブやスパイスの香りとお肉や野菜の混ざり合った旨味が口いっぱいに広がってくる。
「お前、本当に美味そうに食べるよな。実際野菜の甘みがとろけて美味いけど」
「美味しいものに感謝して美味しくいただくのは食べ物に対する礼儀だよ。そういうコニーだって美味しそうにたべてるじゃない」
「実際に美味いんだから美味そうな顔になるのは当然だろう」
二人で美味しいと言いあいながら食べるシチューは一人で食べるよりもさらに美味しい気がする。……そのせいであっという間にお椀が空になっちゃったのはご愛敬。
「ね、次はグロッグ飲もうよ。バクラヴァも食べたいし」
「お前あいかわらず甘いもの好きだな。俺はタルハナが欲しいな」
タルハナは小麦を入れて練ったヨーグルトにトマトや玉ねぎを練り込んで乾燥させたルゥで作る酸味の利いた野菜のスープ。コニーはつぶしたひよこ豆をたっぷり入れてあるのが好物なんだよね。
「それじゃ全部食べよう、せっかくのお祭りだし」
バクラヴァにタルハナ、ブレクにサムサ……二人で屋台を片端から回って、お腹がいっぱいになるまで色んなものを食べた。
満腹したところで広場の隅にあるお供え台にトウヒの葉と軽食をお供えする。
太陽節の日は深夜になると祖霊たちの行進が踊りの輪の中にいつの間にか紛れ込んでいると言う伝説がある。だから広場の隅にはお供え台があって、訪れた霊や精霊たちに捧げるバクラヴァやシチューなどが供えてあるんだ。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうだね、お腹もいっぱいだし」
二人でそろそろ引き上げようとしていたら、司祭服を着た男性に声をかけられた。
「あの、もしお急ぎでなければお手伝い願いたいのですが」
「どうしました?」
「今年の光の娘が今朝足をくじいてしまいまして。ちょうど背格好も同じですし、代理をお願いできませんか?」
僕の顔を縋るように見つめてお願いされてしまった。
ちなみに「光の娘」というのは太陽の復活を祝うこのお祭りらしく、祭りの日の夜に蝋燭を持って墓地に赴き燭台に火をともす儀式を行う少女のこと。
「えっと……僕、男ですよ?」
「あなたなら大丈夫です。誰も男だなんて思いません」
力強く保証されてなんとも情けない気分だ。
「良いんじゃないか?困ってるみたいだし、お前ならお似合いだろう」
「コニー、絶対面白がってるよね?」
「当然だろう」
茶化してくるコニーを軽く睨みつけたけど、どこ吹く風といった感じで軽く受け流されてしまった。
「わかりました。僕でよろしければ」
不承不承引き受けたけど、広場には他にも同じ年頃の女の子だっているはずだ。なんでよりによって僕に声をかけてきたのか……ちゃんと男性の服を着ているのに。
ぶつぶつ言いながらも手渡されたローブを服の上からかぶって、司祭様から蝋燭を受け取る。焚火が赤々と燃えていて明るい広場とは対照的に、墓地へと向かう道は真っ暗だ。
光源は僕の持つ燭台だけ。黙々と進むと、墓地の入り口に辿り着いた。誰もいないはずの墓地は、しかし何かの気配が満ちている。敵意がある訳ではなく、ただそこに在るだけ。
腹をくくって墓地の要所要所にある灯篭に、蝋燭の火をうつしていく。ゆらめく炎がともるたび、そこここに漂うおぼろな影のようなものが光のなかに浮かび上がる。
墓地の灯篭のすべてに火が灯ると、ふるふると震えるおぼろな影たちが、すぃっと僕の後ろについて動き始めた。この墓地に祀られた祖霊たちかもしれない。
ふと気付くと、いつの間にか僕の隣に誰かいる。僕と同様、服の上から白いゆったりとしたローブを羽織っている。ローブのフードをおろしているので顔はわからないが、蝋燭の灯りでも鮮やかな茜色の長い髪が見え隠れしている。なんとなく、何故この役が僕のところに来たのか分かった気がした。
広場に戻ると、コニーの隣に見覚えのある人影が。長身で短い黒髪と鮮やかな蒼い瞳の男性。僕たちがさんざん振り回された、エルネスト・タシトゥルヌ監査局長だ。
「お久しぶりですね、エルネストさん」
「やあ、こんな時でもないと浮世にはこられないからね。白薔薇ちゃんも元気そうで何より」
「その呼び方やめてください。クラウディオさんもお久しぶりです」
振り返って声をかけると、フードを外したその人の美貌が明らかになった。
「ディディでいいよ。本当に久しぶり。元気だった?」
嫣然と微笑まれ、ついつい見惚れてしまう。
かつては僕もこの人と比べられては否定されて、色々とひねくれたりいじけたりしてしまったこともあったんだけど、直にお目にかかってからはもう仕方ないかと思っている。
だってこんなに綺麗で優しくて聡明な人なんだよ?なまじ少し似た容姿だけに、比べられてがっかりされるのも仕方がない。
それでも僕は僕なりにできる事も成し遂げてきた事もあるし、そんな僕を認めて大切にしてくれる人もいる。だから僕なりに精一杯生きて行けば良いと思っている。
「おかげさまで。次から次へと何か起きてる気がしますが、何とかやってます」
「そう?あまり何でも一人で背負い込んではダメだよ?君はちゃんと愛されてるんだから」
優しく微笑んで頭を撫でられた。他の人に同じことをされるとちょっと腹が立つのに、この人にされるとちょっぴり嬉しいから不思議だ。
「はい。僕一人でできることは限られてるので。困ったらちゃんと周りを頼ります」
「うん、いい子だね。いざとなったら、ちゃんと逃げる事も覚えるんだよ?」
僕よりもさらに少しだけ小柄なディディさんにしっかり目を合わせて言われて、ちょっとどぎまぎしてしまう。
「いえ、これでも軍人の端くれですし……」
「撤退や転進も立派な戦術だよ。君に万一のことがあったら悲しむ人がいる事を忘れないで」
ディディさんはちらっと意味ありげにコニーを見やると、小さな子に言い聞かせるように僕に念を押した。
「君自身のためというよりは君を愛している人たちのために、君は君自身を粗末にしてはいけないよ」
そういえば、ディディさんは請われるままに自分を犠牲にしてでも治癒魔法を使い続け、生命をすり減らしてしまった。亡くなったのは事件に巻き込まれたせいだけど、もし魔法の行使で消耗していなければ、あっさりと生命を落とすようなことはなかっただろう。
「……はい。肝に銘じます」
「うん、約束だよ」
笑みを深くしたディディさんと指を絡めて約束すると、エルネストさんのなんとも言えない視線が刺さって来た。
「エルネストさんたちも踊りませんか?せっかくの祭りですし」
お誘いすると、エルネストさんは待ってましたとばかりにディディさんの手を取ると、焚火のほうに足取りも軽くさっさと歩いて行った。早く二人で踊りたかったんだろう。
「俺たちも行くか」
コニーに言われて焚火近くに戻ると、ローブを脱いだディディさんがエルネストさんと楽し気に踊りの輪に加わっていた。
フスタネーラを軽やかにひるがえして優雅に踊る二人の姿に、周囲の人もうっとりと見惚れている。
「ほら、見惚れてないで行くぞ」
コニーに促されて僕もローブを脱いで踊りの輪の中に入る。
太陽節の踊りは夜会のダンスとは違ってみんなで大きな輪を作って焚火の周りを音楽に合わせて踊るんだ。王宮外苑は貴族が多いけれども、こちらの街の広場では貴族も平民も身分に関係なく、みんな手に手をとって踊りあかす。
夜も更けて焚火の火が少しずつ小さくなって、薪をだいぶ継ぎ足したころ、中天の月がかげってきた。
みるみるうちに丸い琥珀色の月は細く欠けていって、猫の爪よりも細くなると、完全に影に消えた瞬間紅く染まる。
「あれ?今日って月蝕だったっけ?」
思わず首を傾げると
「祭りを見に来ただけだろう」
とコニーにあっさり笑われてしまった。ああ、僕の主は人間が楽しそうにしてるの見るのが大好きだからね。
「いえいえ、そろそろお時間だからお迎えにきただけですよ~。うっかり帰れなくなっちゃってこっちで迷ってしまっては大変ですからね~」
高く澄んだ、ふわふわした可愛らしいお姫様のような声が響くと、広場で踊っていた人々の輪から、いくつもの影がすぅっと離れて暗がりに向かって行く。
「僕たちもそろそろおいとましなくちゃ」
「また来年な」
ディディさんとエルネストさんも軽く手をあげて挨拶すると、そのまますぃっと闇に紛れて消えてしまった。
「それではまた来年~」
ふわふわとした声が響くと、広場にはもう揺らめく影は残っていなかった。
「ゾンビ女神様、珍しく姿を見せなかったね」
「臭いがすごいのを気にしてたんじゃないか?みんな飲み食いしてるわけだし」
変なところで気を遣う女神様、相変わらずいい人だ。でも腐ったままの姿を何とかすればいいだけの気もひしひしとする。
「ディディさんたち、また来年も会えるかな?」
「ちゃんと迎えに行けばな」
ぽつりと言うと、優しく肩を叩いて答えてくれた。
「また来年も一緒に来ようね」
「そうだな、局長の顔も見たいし」
二人でくすくすと笑いあうと、祭りの余韻を味わいながら僕たちも広場を後にした。
空には星々を従えた月がいつの間にかいつもの丸い姿を取り戻し、きらきらと琥珀色の輝きを放っている。
新しい年ももうすぐそこに迫っている。来年も良い年でありますように。
ここシュチパリアでは冬至の夜に寒い冬が半ばを迎え、太陽が力を取り戻す太陽節として祝う風習がある。太陽節の夜には広場に生命の象徴であるトウヒの樹を飾り付け、その前で太陽の象徴となる大きな焚火をして夜通しその周囲で歌ったり踊ったりするのだ。
今年もイリュリアでは街外れの広場と、王城の外宮庭に大きなかがり火が焚かれ、身分の貴賤を問わず多くの市民が冬至の到来を祝い春の訪れを望むことができる。
広場の周りには屋台がずらりと並び、僕の大好物のパクラヴァや、「タルハナ」というヨーグルトベースの野菜スープ、「ブレク」と呼ばれるフェタチーズと野菜のパイなどが売られている。
「どれにしよう……みんな美味しそうで迷っちゃうな……」
勤務が終わった僕は寮で私服に着替えて街外れの焚火を見物に来た。せっかくのお祭りなので、民族衣装でちょっとだけ着飾っている。
「ねえ君、男の子の服なんか着てどうしたんだい?せっかくの別嬪さんがもったいない」
屋台で夕飯を済ませてしまおうとあちこち迷いながら見て回ったら、知らない男性に声をかけられた。しっかり男性用の服を着ているんだけど、女の子に見えたらしい。
「もしかして、外国からの保養客?そのスカートは男の子用なんだ。いい店知ってるから君に似合うの買ってあげるよ」
「あの……僕、男性ですが……」
答えに詰まっていたら、外国人観光客だと思われたらしい。慌ててできるだけ低い声で返事をしたんだけど……残念ながら僕の声は男性にしてはかなり高い。女性にしては低めなんだけどね。
「いやいやいや、そんなに警戒しなくても大丈夫だって」
何かさらに勘違いされたらしく、馴れ馴れしく肩を抱かれてしまって寒気が走る。
僕が一般人を全力で振り払ったら怪我をさせちゃうかもしれないから、肩に置かれた手をそっと握って、そのまま少しだけ力を込めてみた。
「いたたたたたた。君、すごい力だね」
そりゃもう、毎日お仕事で槍斧振り回してますから。
「せっかくの祭りだと言うのにこんなところで何をやってるんだ、ヴォーレ」
そんなこんなでナンパしてきた男性を何とか撃退しようとしていたところ、背後から呆れ交じりの声がした。
「あ、コニー。君もこっちに来たんだ。」
振り返ると親友のコニーがあきれ顔で立っている。僕より頭一つは長身の彼は間違っても女性だと思われる事はないんだろうな、と少し羨ましくなった。
「何だ、男いるんだ。声かけて損した」
「……だから、僕が男だって言ってるのに……」
逃げるように去っていくナンパ男に思わず半眼でぼやくと、コニーに吹き出されてしまった。
「なんだ、また女性に間違われたのか」
「そんなに笑わなくたって……もしかして、これ似合ってないのかな?」
未だに笑いが止まらないコニーにちょっぴり凹んで訊いてみる。
ちなみに今日の僕の服装は鮮やかな瑠璃色に金糸で刺繍を施したウールの上着と白い膝丈のプリーツスカート、上着と色を合わせた長靴下に革靴と白いフェルト帽といういでたち。お祭りなので、いつもはきっちり編んでいる腰まである紅い髪は解いておろしている。
この国ではきわめて伝統的な男性の盛装なんだけど……なぜこれで女の子に見られたのか。
「いやとてもよく似合ってるぞ。単に男装した女の子に見えただけだろ」
「なんだよそれ」
むぅ、とむくれてみせると「そういう顔をするから間違われるんだ」とさらに僕の背中をぽすぽす叩きながら大笑いされてしまった。……失敬な。
最近コニー遠慮がなさすぎじゃない? いつももっと無表情だよね?
……まぁ、爆笑するコニーの顔っていう貴重なものを見られたのは嬉しいけどね。
「まあいい、売り切れる前にさっさと屋台回るぞ」
「あ、うん。僕バクラヴァ食べたい。グロッグも飲もうよ」
しばし憮然としていたら、コニーは僕の腕をつかむと屋台の集まっている一角にぐいぐい引っ張っていった。
「あ、ペイスがある。美味しそう」
ペイスは豚の頭を野菜と一緒に煮崩れるまでじっくりコトコト煮込んだスパイシーなシチューだ。さっそく買ってベンチに座っていただくことに。
「お肉がほろほろ溶けてて美味しい。身体あったまるね」
木のお椀に盛られたシチューをはふはふ言いながらいただくと、とろとろに煮崩れたお肉がとろけてハーブやスパイスの香りとお肉や野菜の混ざり合った旨味が口いっぱいに広がってくる。
「お前、本当に美味そうに食べるよな。実際野菜の甘みがとろけて美味いけど」
「美味しいものに感謝して美味しくいただくのは食べ物に対する礼儀だよ。そういうコニーだって美味しそうにたべてるじゃない」
「実際に美味いんだから美味そうな顔になるのは当然だろう」
二人で美味しいと言いあいながら食べるシチューは一人で食べるよりもさらに美味しい気がする。……そのせいであっという間にお椀が空になっちゃったのはご愛敬。
「ね、次はグロッグ飲もうよ。バクラヴァも食べたいし」
「お前あいかわらず甘いもの好きだな。俺はタルハナが欲しいな」
タルハナは小麦を入れて練ったヨーグルトにトマトや玉ねぎを練り込んで乾燥させたルゥで作る酸味の利いた野菜のスープ。コニーはつぶしたひよこ豆をたっぷり入れてあるのが好物なんだよね。
「それじゃ全部食べよう、せっかくのお祭りだし」
バクラヴァにタルハナ、ブレクにサムサ……二人で屋台を片端から回って、お腹がいっぱいになるまで色んなものを食べた。
満腹したところで広場の隅にあるお供え台にトウヒの葉と軽食をお供えする。
太陽節の日は深夜になると祖霊たちの行進が踊りの輪の中にいつの間にか紛れ込んでいると言う伝説がある。だから広場の隅にはお供え台があって、訪れた霊や精霊たちに捧げるバクラヴァやシチューなどが供えてあるんだ。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうだね、お腹もいっぱいだし」
二人でそろそろ引き上げようとしていたら、司祭服を着た男性に声をかけられた。
「あの、もしお急ぎでなければお手伝い願いたいのですが」
「どうしました?」
「今年の光の娘が今朝足をくじいてしまいまして。ちょうど背格好も同じですし、代理をお願いできませんか?」
僕の顔を縋るように見つめてお願いされてしまった。
ちなみに「光の娘」というのは太陽の復活を祝うこのお祭りらしく、祭りの日の夜に蝋燭を持って墓地に赴き燭台に火をともす儀式を行う少女のこと。
「えっと……僕、男ですよ?」
「あなたなら大丈夫です。誰も男だなんて思いません」
力強く保証されてなんとも情けない気分だ。
「良いんじゃないか?困ってるみたいだし、お前ならお似合いだろう」
「コニー、絶対面白がってるよね?」
「当然だろう」
茶化してくるコニーを軽く睨みつけたけど、どこ吹く風といった感じで軽く受け流されてしまった。
「わかりました。僕でよろしければ」
不承不承引き受けたけど、広場には他にも同じ年頃の女の子だっているはずだ。なんでよりによって僕に声をかけてきたのか……ちゃんと男性の服を着ているのに。
ぶつぶつ言いながらも手渡されたローブを服の上からかぶって、司祭様から蝋燭を受け取る。焚火が赤々と燃えていて明るい広場とは対照的に、墓地へと向かう道は真っ暗だ。
光源は僕の持つ燭台だけ。黙々と進むと、墓地の入り口に辿り着いた。誰もいないはずの墓地は、しかし何かの気配が満ちている。敵意がある訳ではなく、ただそこに在るだけ。
腹をくくって墓地の要所要所にある灯篭に、蝋燭の火をうつしていく。ゆらめく炎がともるたび、そこここに漂うおぼろな影のようなものが光のなかに浮かび上がる。
墓地の灯篭のすべてに火が灯ると、ふるふると震えるおぼろな影たちが、すぃっと僕の後ろについて動き始めた。この墓地に祀られた祖霊たちかもしれない。
ふと気付くと、いつの間にか僕の隣に誰かいる。僕と同様、服の上から白いゆったりとしたローブを羽織っている。ローブのフードをおろしているので顔はわからないが、蝋燭の灯りでも鮮やかな茜色の長い髪が見え隠れしている。なんとなく、何故この役が僕のところに来たのか分かった気がした。
広場に戻ると、コニーの隣に見覚えのある人影が。長身で短い黒髪と鮮やかな蒼い瞳の男性。僕たちがさんざん振り回された、エルネスト・タシトゥルヌ監査局長だ。
「お久しぶりですね、エルネストさん」
「やあ、こんな時でもないと浮世にはこられないからね。白薔薇ちゃんも元気そうで何より」
「その呼び方やめてください。クラウディオさんもお久しぶりです」
振り返って声をかけると、フードを外したその人の美貌が明らかになった。
「ディディでいいよ。本当に久しぶり。元気だった?」
嫣然と微笑まれ、ついつい見惚れてしまう。
かつては僕もこの人と比べられては否定されて、色々とひねくれたりいじけたりしてしまったこともあったんだけど、直にお目にかかってからはもう仕方ないかと思っている。
だってこんなに綺麗で優しくて聡明な人なんだよ?なまじ少し似た容姿だけに、比べられてがっかりされるのも仕方がない。
それでも僕は僕なりにできる事も成し遂げてきた事もあるし、そんな僕を認めて大切にしてくれる人もいる。だから僕なりに精一杯生きて行けば良いと思っている。
「おかげさまで。次から次へと何か起きてる気がしますが、何とかやってます」
「そう?あまり何でも一人で背負い込んではダメだよ?君はちゃんと愛されてるんだから」
優しく微笑んで頭を撫でられた。他の人に同じことをされるとちょっと腹が立つのに、この人にされるとちょっぴり嬉しいから不思議だ。
「はい。僕一人でできることは限られてるので。困ったらちゃんと周りを頼ります」
「うん、いい子だね。いざとなったら、ちゃんと逃げる事も覚えるんだよ?」
僕よりもさらに少しだけ小柄なディディさんにしっかり目を合わせて言われて、ちょっとどぎまぎしてしまう。
「いえ、これでも軍人の端くれですし……」
「撤退や転進も立派な戦術だよ。君に万一のことがあったら悲しむ人がいる事を忘れないで」
ディディさんはちらっと意味ありげにコニーを見やると、小さな子に言い聞かせるように僕に念を押した。
「君自身のためというよりは君を愛している人たちのために、君は君自身を粗末にしてはいけないよ」
そういえば、ディディさんは請われるままに自分を犠牲にしてでも治癒魔法を使い続け、生命をすり減らしてしまった。亡くなったのは事件に巻き込まれたせいだけど、もし魔法の行使で消耗していなければ、あっさりと生命を落とすようなことはなかっただろう。
「……はい。肝に銘じます」
「うん、約束だよ」
笑みを深くしたディディさんと指を絡めて約束すると、エルネストさんのなんとも言えない視線が刺さって来た。
「エルネストさんたちも踊りませんか?せっかくの祭りですし」
お誘いすると、エルネストさんは待ってましたとばかりにディディさんの手を取ると、焚火のほうに足取りも軽くさっさと歩いて行った。早く二人で踊りたかったんだろう。
「俺たちも行くか」
コニーに言われて焚火近くに戻ると、ローブを脱いだディディさんがエルネストさんと楽し気に踊りの輪に加わっていた。
フスタネーラを軽やかにひるがえして優雅に踊る二人の姿に、周囲の人もうっとりと見惚れている。
「ほら、見惚れてないで行くぞ」
コニーに促されて僕もローブを脱いで踊りの輪の中に入る。
太陽節の踊りは夜会のダンスとは違ってみんなで大きな輪を作って焚火の周りを音楽に合わせて踊るんだ。王宮外苑は貴族が多いけれども、こちらの街の広場では貴族も平民も身分に関係なく、みんな手に手をとって踊りあかす。
夜も更けて焚火の火が少しずつ小さくなって、薪をだいぶ継ぎ足したころ、中天の月がかげってきた。
みるみるうちに丸い琥珀色の月は細く欠けていって、猫の爪よりも細くなると、完全に影に消えた瞬間紅く染まる。
「あれ?今日って月蝕だったっけ?」
思わず首を傾げると
「祭りを見に来ただけだろう」
とコニーにあっさり笑われてしまった。ああ、僕の主は人間が楽しそうにしてるの見るのが大好きだからね。
「いえいえ、そろそろお時間だからお迎えにきただけですよ~。うっかり帰れなくなっちゃってこっちで迷ってしまっては大変ですからね~」
高く澄んだ、ふわふわした可愛らしいお姫様のような声が響くと、広場で踊っていた人々の輪から、いくつもの影がすぅっと離れて暗がりに向かって行く。
「僕たちもそろそろおいとましなくちゃ」
「また来年な」
ディディさんとエルネストさんも軽く手をあげて挨拶すると、そのまますぃっと闇に紛れて消えてしまった。
「それではまた来年~」
ふわふわとした声が響くと、広場にはもう揺らめく影は残っていなかった。
「ゾンビ女神様、珍しく姿を見せなかったね」
「臭いがすごいのを気にしてたんじゃないか?みんな飲み食いしてるわけだし」
変なところで気を遣う女神様、相変わらずいい人だ。でも腐ったままの姿を何とかすればいいだけの気もひしひしとする。
「ディディさんたち、また来年も会えるかな?」
「ちゃんと迎えに行けばな」
ぽつりと言うと、優しく肩を叩いて答えてくれた。
「また来年も一緒に来ようね」
「そうだな、局長の顔も見たいし」
二人でくすくすと笑いあうと、祭りの余韻を味わいながら僕たちも広場を後にした。
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