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荒野の野芥子(のげし)1 イリム視点
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山全体を淡い紫に染めていた土竜豆の花も散り、鮮やかな緑があたりを覆っている。日いちにちと日の出も早くなり、高原をわたる風に混じる若葉の香りが力強い生命の息吹を感じさせる季節だ。
今日もいつも通りに礼拝やトレーニングを終えた後、朝食の後片付けをしていると、年長の仲間から司令室に行くようにと言われた。隊長が呼んでいるらしい。
司令室で聞かされた話はちょっと厄介だった。
「お客様、ですか?」
「ああ。しばらく単独で活動していたらしいんだが、やはり限界を感じたのでうちの組織に参加したいと言いだしてな。上から一通りの技術と心構えを叩きこんでほしいと頼まれたんだ」
現在、この国には世界中から独裁政権に対抗する戦士たちが集まってきている。もともとのこの国の住人はもちろん、一人でふらっとやってきて手ごろな部隊に参加する人もいれば、少人数でやってきてどこかの旅団の下につくチームも。
僕たち「赤い鷹」もそういった外国人義勇兵部隊の一つで、その名の通り正規のメンバーはみなシュチパリア系民族の出身だ。
「うちにお話が来たってことは、入隊希望者はシュチパリア系なんですか?」
「いや、関係ない。支援任務の一環として、彼らの教育を頼むとのことだ」
この部隊は解放同盟という組織の中で、狙撃と諜報による友軍の支援をする役割を担っている。
最近では戦況が落ち着いてきたせいか、広報活動を受け持ったり、こういった新入り義勇兵たちの訓練を任されることも増えてきた。
とはいえ、この国に着いたばかりの新兵の教育は気が重いというのが本音。戦いの知識や技術以前に、戦うための心構えがまったくできていない者が多いから。
しっかり教育しないまま前線に出せば、民間人に危害を加えたり、異教徒や違う宗派の人に信仰を強要したりと、ろくなことをしない。
正直に言えば、難しい狙撃の任務に就く方が、そんな奴らのお守りなんかよりも何百倍も気が楽だ。
「かしこまりました。今回の訓練はいつものメンバーで?」
相棒が少しだけ視線を鋭くして隊長に問う。100人ほどのこの部隊のうち、本当に中心メンバーと言えるのは隊長を含めて23人。ここから遠く離れたダルマチアの小さな谷からやってきた、同じ部族の人たちだ。
僕たちの故郷のペルア村はここ数百年の間、何度も民族紛争に巻き込まれてきた。この部隊のメンバーの大半も家や家族を失っている。みんな最近の紛争が落ち着いてからしばらくは村の復興に尽くしてきたが、隊長がこの国の人たちのために戦うと決めた時、一緒についてきた。
あの時は成人前だった僕たちは後から合流したけれど、幼いころからの知り合いで、同じ部族の出身だから中心メンバーに入れてもらっている。
「お客さんは四人だからな。教えるのはお前たち二人で充分だろう。テストはうちの連中で行う」
つまり、一般メンバーとの訓練は行わないということ。
「よほど前途有望なんですね。……それとも、どこか怪しいところでも?」
相棒の油断のない目つきと皮肉気な口調。もちろん、前途有望だなんて本気で思っているわけがない。
諜報を担当する中心メンバーだけが対応するのは、一般メンバーとの雑談から情報が漏れるのを防ぐため。前途有望だからいずれ中心メンバーに迎え入れる、なんてことは絶対にあり得ない。
うちの部隊はいわば一つの部族……家族のようなものだ。お客様には決して立ち入らせたりなんかしない。
「それはお前たちで見極めろ」
それも仕事のうちだろう?
暗にそう言われれば、うなずかざるを得ない。
ここ二年ほど戦況が安定し、渓谷の入口にあるアルファーダなどの街も復興が進んできた。それもこれも、僕たちがこの山を堅守しているからこそ。
山の上から自走式榴弾砲が睨みを利かせているから、政府軍もリリャール軍も周囲の街や村に迂闊に手を出せない。小規模な歩兵部隊が入り込むことはあっても、大規模な機甲部隊の投入は難しいのだ。
たとえ膠着状態と言う名の一時的な平穏にせよ、この穏やかな時間を守るためには部外者には決して見せられない秘密がこの山にはたくさん隠されている。それに触れさせて良い人間かどうか、しっかり見極めをつけなくては。
「明日、ガイドがここに連れて来るそうだ。しっかり面倒を見てやってくれ」
「はい、任せてください!」
「了解。しっかり監督します」
「ああ、信頼している」
隊長はふっと笑うと僕の頭をくしゃりと撫で、相棒の肩を軽く叩いた。少し子供扱いされている気もするけれど、この温もりに何だかとっても安心する。
敵や他の部隊の人たちには鬼神のように恐れられている隊長だけど、僕たちにとっては父親みたいに頼もしい人。 その信頼を裏切らないように頑張らなくっちゃ。
今日もいつも通りに礼拝やトレーニングを終えた後、朝食の後片付けをしていると、年長の仲間から司令室に行くようにと言われた。隊長が呼んでいるらしい。
司令室で聞かされた話はちょっと厄介だった。
「お客様、ですか?」
「ああ。しばらく単独で活動していたらしいんだが、やはり限界を感じたのでうちの組織に参加したいと言いだしてな。上から一通りの技術と心構えを叩きこんでほしいと頼まれたんだ」
現在、この国には世界中から独裁政権に対抗する戦士たちが集まってきている。もともとのこの国の住人はもちろん、一人でふらっとやってきて手ごろな部隊に参加する人もいれば、少人数でやってきてどこかの旅団の下につくチームも。
僕たち「赤い鷹」もそういった外国人義勇兵部隊の一つで、その名の通り正規のメンバーはみなシュチパリア系民族の出身だ。
「うちにお話が来たってことは、入隊希望者はシュチパリア系なんですか?」
「いや、関係ない。支援任務の一環として、彼らの教育を頼むとのことだ」
この部隊は解放同盟という組織の中で、狙撃と諜報による友軍の支援をする役割を担っている。
最近では戦況が落ち着いてきたせいか、広報活動を受け持ったり、こういった新入り義勇兵たちの訓練を任されることも増えてきた。
とはいえ、この国に着いたばかりの新兵の教育は気が重いというのが本音。戦いの知識や技術以前に、戦うための心構えがまったくできていない者が多いから。
しっかり教育しないまま前線に出せば、民間人に危害を加えたり、異教徒や違う宗派の人に信仰を強要したりと、ろくなことをしない。
正直に言えば、難しい狙撃の任務に就く方が、そんな奴らのお守りなんかよりも何百倍も気が楽だ。
「かしこまりました。今回の訓練はいつものメンバーで?」
相棒が少しだけ視線を鋭くして隊長に問う。100人ほどのこの部隊のうち、本当に中心メンバーと言えるのは隊長を含めて23人。ここから遠く離れたダルマチアの小さな谷からやってきた、同じ部族の人たちだ。
僕たちの故郷のペルア村はここ数百年の間、何度も民族紛争に巻き込まれてきた。この部隊のメンバーの大半も家や家族を失っている。みんな最近の紛争が落ち着いてからしばらくは村の復興に尽くしてきたが、隊長がこの国の人たちのために戦うと決めた時、一緒についてきた。
あの時は成人前だった僕たちは後から合流したけれど、幼いころからの知り合いで、同じ部族の出身だから中心メンバーに入れてもらっている。
「お客さんは四人だからな。教えるのはお前たち二人で充分だろう。テストはうちの連中で行う」
つまり、一般メンバーとの訓練は行わないということ。
「よほど前途有望なんですね。……それとも、どこか怪しいところでも?」
相棒の油断のない目つきと皮肉気な口調。もちろん、前途有望だなんて本気で思っているわけがない。
諜報を担当する中心メンバーだけが対応するのは、一般メンバーとの雑談から情報が漏れるのを防ぐため。前途有望だからいずれ中心メンバーに迎え入れる、なんてことは絶対にあり得ない。
うちの部隊はいわば一つの部族……家族のようなものだ。お客様には決して立ち入らせたりなんかしない。
「それはお前たちで見極めろ」
それも仕事のうちだろう?
暗にそう言われれば、うなずかざるを得ない。
ここ二年ほど戦況が安定し、渓谷の入口にあるアルファーダなどの街も復興が進んできた。それもこれも、僕たちがこの山を堅守しているからこそ。
山の上から自走式榴弾砲が睨みを利かせているから、政府軍もリリャール軍も周囲の街や村に迂闊に手を出せない。小規模な歩兵部隊が入り込むことはあっても、大規模な機甲部隊の投入は難しいのだ。
たとえ膠着状態と言う名の一時的な平穏にせよ、この穏やかな時間を守るためには部外者には決して見せられない秘密がこの山にはたくさん隠されている。それに触れさせて良い人間かどうか、しっかり見極めをつけなくては。
「明日、ガイドがここに連れて来るそうだ。しっかり面倒を見てやってくれ」
「はい、任せてください!」
「了解。しっかり監督します」
「ああ、信頼している」
隊長はふっと笑うと僕の頭をくしゃりと撫で、相棒の肩を軽く叩いた。少し子供扱いされている気もするけれど、この温もりに何だかとっても安心する。
敵や他の部隊の人たちには鬼神のように恐れられている隊長だけど、僕たちにとっては父親みたいに頼もしい人。 その信頼を裏切らないように頑張らなくっちゃ。
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