黄昏時奇譚

歌川ピロシキ

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土鬼の卵

逡巡

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 思いがけず本音を吐き出して来た甲斐に律は戸惑うばかりだった。人間はうわべだけ取り繕っていかにも綺麗に見せて、腹の中はドロドロした欲ばかりで他人のことなど食い物としか思っていない。自分より強そうな相手には媚を売っておいて、陰でコソコソ他人を虐げては喜びにふける、そんな奴ばかりだ。
 そう信じて、誰に対しても愛想よく隙を作らず接する代わりに、誰に対しても深い関わりを避けてきた。

 それがどうだろう。
 甲斐はそんな自分に人間に興味を持ってもらいたいと言う。自分と親しくなりたいと、心の中に踏み込める関係になりたいと言い切ったのだ。

 律の戸惑いを見てとった甲斐は苦笑した。
 彼は今まで人と向き合うことを避けてきた。自分に正面から向き合おうとする人間がいるとは思ってもみなかったのだろう。急に想いをぶつけられても、急に答えを求めるのは無理というものだ。

「無理に今返事をしなくても良いよ。俺が、ちゃんと律を見てることだけわかってくれれば良いから」

「甲斐……」

「俺、律がちゃんと答えを出せるまで気長に待つから。律は律のペースで俺の事ちょっとでもいいから見てほしい」

「……わかった」

 しばしの逡巡しゅんじゅんののち、律がぽつりと答えると、甲斐は思い切り伸びをした。
我知らず、緊張していたらしい。黄金色の光に満ちていた室内は、いつの間にか藍色の宵闇が忍び込んでいてそろそろ電気をつけた方が良さそうだ。

「それじゃ、俺は暗くなってきたから帰るな。お護りサンキュー」

 甲斐がよっこいしょ、と立ち上がると律も慌てて立ち上がった。

「途中まで送る」

「いいよ、女の子じゃあるまいし」

「いや、すぐそこまでだから」

「やっぱり律やさしーな」

 嬉しそうにニカっと笑う甲斐に律はちくりと罪悪感を覚えた。送ると言い出したのは確実に竹林に誘導するためだ。
 それでも甲斐の笑顔を見ると、もう少しだけ一緒にいるのも悪くない、と思えてしまう。律はこの新たに芽生えた感情が何なのかが自分でも見当がつかず、気が付かなかったふりをした。
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