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元来、貴族と言うものは人前で感情を出さないように躾けられる。
ダンスホールで成り行きを見守っている面前の多くは、己の口を結び或いは扇で隠し、目を伏せて瞠目している姿を上手く隠していた。
けれど、思わぬ方の参入に、いよいよを持って知らぬフリを出来なくなる。
この場に居た誰も、ーーー断罪を仕掛けたグレゴリオはもちろん、レミエットでさえーーーこのように高貴な方がお出ましになるとは考えていなかった。
「ラ…ラインハルト殿下…!」
優雅な足取りでレミエットたちの居るホールの中央に歩み寄るその人物は、この国の第二王子だ。
まるで作り物のような美しい相貌、手入れの行き届いた輝かしいブロンド、長い手足に品の良い装飾品で飾られた衣装。
そのどれをとっても公爵嫡男であるグレゴリオはその足元にも及ばない。
もちろん、グレゴリオに限らず、この国の殆どの男性が裸足で逃げ出す美貌と位の持ち主だ。
そんな人物が、断罪を受けている最中の侯爵令嬢である、わたくしの前に割って入ったのである。
その目礼だけで、わたくしを押さえていた衛兵は飛び退き、わたくしは自由の身となった。
「やぁ、しばらくぶりだね、レミティ」
「…殿下、その愛称でお呼びになるのはおやめくださいと何度も……」
「良いじゃないか、僕が気に入っているのだから。僕から可愛い君を呼ぶ楽しみを奪わないでくれるかな?」
ラインハルト殿下はまるで小鳥が羽ばたくように軽やかに、わたくしの手を取りその甲に挨拶のキスを落とす。
普通ならキスをする「フリ」で済ませるのに、殿下はしっかりと柔らかな唇を重ねてきた。
「なんて滑らかな肌だろう…。レミティは身体の隅々まで美しいね」
この国の第二王子に対して、その破廉恥な言を責めることもできず、わたくしは顔を真っ赤にして俯くばかりだ。
そんなわたくしの様子をラインハルト殿下は本当に愉快そうな顔で眺め尽くし、今度はわたくしの手の平にその唇を恭しく当ててくる。
「…レミティ、君は公爵夫人ではなく僕の妻として、これからは僕やこの国の支えになってくれないか?」
手の平へのキスは懇願。
その燃えるような瞳が、わたくしに熱く囁きかけている…。
「わ、わたくしが、殿下の側室に?」
「レミティ、僕は側室を持つつもりはないよ。君は僕の唯一の妃だ」
「……まさか、そんな…」
「僕は嘘を好まない。知っているだろう?」
えぇ、存じておりますわ。
美しいのは見た目ばかりではなく、その心も高潔であることは、この国中の人間が良く存じております。
だからこそ、この場で殿下が仰ることが信じられなくて、わたくしは眩暈がしてしまいます。
「信じられなぁぁい!!こんな意地悪なレミエット様に、なんでラインハルト様はプロポーズしちゃうのぉ?」
遠くへ羽ばたきかけた意識を、男爵令嬢の金切り声が引っ張り戻してくれた。
彼女はドレスのスカートを皺くちゃに握り締めながら、わたくしをキィッと睨みつけて来る。
「貴女!さすがに不敬が過ぎましてよ!!殿下に対して無礼を詫びなさい!!!」
「ほらぁぁぁっ!やっぱりレミエット様は意地悪だわぁぁ。こわぁい、グレゴリオ様ぁ♡♡」
「おぉ、よしよし、泣くでない泣くでない。まったく、レミエットは性根が腐りきっている。ラミアが可愛いからって、なんに対しても難癖をつけるのは良くないぞ!」
こいつら、揃いも揃って莫迦が過ぎる…。
わたくしも、開いた口が塞がりませんわ。
「…殿下、わたくしから彼女の非礼をお詫び致しますわ。申し訳ございません」
「ふむ。この夜会の主催は公爵家、その婚約者である君もこの会場で起こりうる非礼に頭を下げて然るべき、か?」
「左様でございます。ラミア男爵令嬢はこの夜会の招待客、その招待客の非礼は主催者の非礼でございます。彼女の非礼をわたくしに免じて恩赦くださいませ、殿下」
「……気に食わないな」
殿下の深いグリーンアイが、慈愛に満ちた色合いから強欲な獣のそれに変わる。
わたくしは場違いにも、その瞳の鋭さに胸を高鳴らせていた。
ダンスホールで成り行きを見守っている面前の多くは、己の口を結び或いは扇で隠し、目を伏せて瞠目している姿を上手く隠していた。
けれど、思わぬ方の参入に、いよいよを持って知らぬフリを出来なくなる。
この場に居た誰も、ーーー断罪を仕掛けたグレゴリオはもちろん、レミエットでさえーーーこのように高貴な方がお出ましになるとは考えていなかった。
「ラ…ラインハルト殿下…!」
優雅な足取りでレミエットたちの居るホールの中央に歩み寄るその人物は、この国の第二王子だ。
まるで作り物のような美しい相貌、手入れの行き届いた輝かしいブロンド、長い手足に品の良い装飾品で飾られた衣装。
そのどれをとっても公爵嫡男であるグレゴリオはその足元にも及ばない。
もちろん、グレゴリオに限らず、この国の殆どの男性が裸足で逃げ出す美貌と位の持ち主だ。
そんな人物が、断罪を受けている最中の侯爵令嬢である、わたくしの前に割って入ったのである。
その目礼だけで、わたくしを押さえていた衛兵は飛び退き、わたくしは自由の身となった。
「やぁ、しばらくぶりだね、レミティ」
「…殿下、その愛称でお呼びになるのはおやめくださいと何度も……」
「良いじゃないか、僕が気に入っているのだから。僕から可愛い君を呼ぶ楽しみを奪わないでくれるかな?」
ラインハルト殿下はまるで小鳥が羽ばたくように軽やかに、わたくしの手を取りその甲に挨拶のキスを落とす。
普通ならキスをする「フリ」で済ませるのに、殿下はしっかりと柔らかな唇を重ねてきた。
「なんて滑らかな肌だろう…。レミティは身体の隅々まで美しいね」
この国の第二王子に対して、その破廉恥な言を責めることもできず、わたくしは顔を真っ赤にして俯くばかりだ。
そんなわたくしの様子をラインハルト殿下は本当に愉快そうな顔で眺め尽くし、今度はわたくしの手の平にその唇を恭しく当ててくる。
「…レミティ、君は公爵夫人ではなく僕の妻として、これからは僕やこの国の支えになってくれないか?」
手の平へのキスは懇願。
その燃えるような瞳が、わたくしに熱く囁きかけている…。
「わ、わたくしが、殿下の側室に?」
「レミティ、僕は側室を持つつもりはないよ。君は僕の唯一の妃だ」
「……まさか、そんな…」
「僕は嘘を好まない。知っているだろう?」
えぇ、存じておりますわ。
美しいのは見た目ばかりではなく、その心も高潔であることは、この国中の人間が良く存じております。
だからこそ、この場で殿下が仰ることが信じられなくて、わたくしは眩暈がしてしまいます。
「信じられなぁぁい!!こんな意地悪なレミエット様に、なんでラインハルト様はプロポーズしちゃうのぉ?」
遠くへ羽ばたきかけた意識を、男爵令嬢の金切り声が引っ張り戻してくれた。
彼女はドレスのスカートを皺くちゃに握り締めながら、わたくしをキィッと睨みつけて来る。
「貴女!さすがに不敬が過ぎましてよ!!殿下に対して無礼を詫びなさい!!!」
「ほらぁぁぁっ!やっぱりレミエット様は意地悪だわぁぁ。こわぁい、グレゴリオ様ぁ♡♡」
「おぉ、よしよし、泣くでない泣くでない。まったく、レミエットは性根が腐りきっている。ラミアが可愛いからって、なんに対しても難癖をつけるのは良くないぞ!」
こいつら、揃いも揃って莫迦が過ぎる…。
わたくしも、開いた口が塞がりませんわ。
「…殿下、わたくしから彼女の非礼をお詫び致しますわ。申し訳ございません」
「ふむ。この夜会の主催は公爵家、その婚約者である君もこの会場で起こりうる非礼に頭を下げて然るべき、か?」
「左様でございます。ラミア男爵令嬢はこの夜会の招待客、その招待客の非礼は主催者の非礼でございます。彼女の非礼をわたくしに免じて恩赦くださいませ、殿下」
「……気に食わないな」
殿下の深いグリーンアイが、慈愛に満ちた色合いから強欲な獣のそれに変わる。
わたくしは場違いにも、その瞳の鋭さに胸を高鳴らせていた。
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