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第一章 オクタヴィアンはハゲを治したいだけ

第十九話 黒いコートの男

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 オクタヴィアンは一人、パチパチと聞こえる焚き火の音を聞きながら、仰向けになりながら死を覚悟していた。

 全身の痺れや腹痛、吐き気などを感じつつも、全く動くことのできない今の現状。
 焚き火があるからまだ寒さはかろうじて防げている部分もあるが、地面についている背中からくる冷気はとんでもなく冷たい。それに風だってかなりな冷たさだ。

 そして激しく鼓動していた心臓も弱ってきてるし、この毒が回るのが早いか、寒さか、どちらにしろ自分の意識がここでなくなれば、このまま死ぬだろう。

 何と言っても、目の前でヨアナとローラがラドゥと黒い人達に連れて行かれてしまった。
 ボクを残して……
 きっとこのままボクは死ぬ運命なんだろう……

 そうオクタヴィアンは考えていた。

「ふ~む……なんだ? この男は……」

 そこにいきなりまた足音もなく目の前に男が現れた。
 オクタヴィアンの意識は朦朧としていたが、あまりの出来事に目が覚めた。

 その男は全身を黒いコートに身を包み、背丈はそれ程大きくなさそうだが背筋をピンと伸ばして姿勢がいい。
 顔は彫りの深く髭はない。見た目は四十代くらい。鋭い目つきをしており、鼻は通り若ければかなりな美形だったと推測できる。髪は黒色でフサフサなのが分かる。その髪をオールバックにかためて実に渋い。

 その男はラドゥと同じように空中を軽く浮きながら移動して、スープの入っていたお椀や、馬車やそこで動く気力もなくなっているアンドレアスの姿など、かなりじっくりと観察している。

「ふ~む……これは面白い。おまえはあの男に毒を飲まされたんだな? 口から出る匂いですぐに分かった。そしてそこの男。おまえはこの男を殺してどうしたかったのだ? どうやら他に人間が一人……いやもう一人、子供がいたようだが……。なるほど、ラドゥがその二人を連れ去ったとみえる。するとおまえ達はラドゥの知り合いか何かなんだな。なるほど~……」

 その男はアンドレアスには目もくれず、仰向けに倒れているオクタヴィアンの元へ来ると、その場でしゃがみ込んだ。

 自分には用がないと気がついたアンドレアスは、馬車に打ちつけられた全身の痛みを気にしながらもその場を離れようと少しずつ、少しずつ馬車から離れようと静かに移動を始めた。
 しかし、道の奥からいくつもの松明の火と、人の話し声、それと道を歩く音がシャカシャカと聞こえてきた。
 それはどんどん近くなり、それは十数人の団体と、大型の馬車である事が確認できた。
 そしてそれが地元のジプシーであるのは明白だった。しかしアンドレアスはその顔を全く知らない。
 ジプシー達はアンドレアスの近くまで来ると、周りを見渡して、何があった? だのどうした? だのと話をしている。

 アンドレアスはすっかり逃げる事をあきらめた。
 そしてジプシーの一人が男に向かって声をかけた。

「あ~、テスラ様。わしらどうしたらいいですかねえ」

「ふ~む。そこにいる男と馬車を運んで行ってほしい」

「分かりました~!」

 その声と共にアンドレアスは無理矢理立たされて拘束され、馬車も没収され、再び闇の中へ消えていった。
 
 そしてこの場には完全にオクタヴィアンと男の二人になった。

「ふ~む……。この匂いをザッと分析すると、トリカブトが主成分……後はヒ素と阿片……ひょっとするとカエルも入っているな? どのみちこのままだと君は後数分で死ぬんだが……。ここで二つの選択肢がある。一つはこのままここでのたれ死ぬ。もう一つは私の教材になる。実はな、私は吸血鬼という化け物でな。しかし研究者でもある。いろいろと過去に事例を見てきたし、実験した事もあるのだが、毒で死ぬ寸前の人間を吸血鬼に変える実験はしていなかったんだよ。どうだ? 私の実験に参加してくれないか? 何かしらの弊害が起こるのか見てみたい。このまま死ぬよりいいと思うんだが」

 吸血鬼?

 何を言ってるんだ? 正気なのか? あれ? でもラドゥも飛んだし、この人も足が浮いてたな……。え? ボクはこの後、吸血鬼にされるのか? 嫌だ! そんなのは断じてお断りだ!

 オクタヴィアンは、その男の申し出を断ろうとしたが、やはり口がきけない。
 オクタヴィアンは目でその意思を表そうとした。

「んん? 何も言わない……言えないのかな? 確かトリカブトには全身を痙攣させてしまう効果があったからな。しかしその目つき、私の申し出を心して受けると言うことと見た! 素晴らしい!」

 違う~~~~~~~っっ!
 そうじゃない~~~~~~~~~っっ!

 オクタヴィアンはしっかり勘違いされた事に慌てて否定したいが、やっぱり身体は動かない。
 しかしそんな思いを分かっていないこの男は、オクタヴィアンの首元の服をグイっと両手でよけると、オクタヴィアンの首筋に向かって顔を近づけた。

 おいおいおいおい! やめてくれ~~~~! ボクの血を吸うのは勘弁してくれ~~~~っっ!

 オクタヴィアンは噛まれたくない一心で身体を少しだけ動かした。するとその男はいった。

「何。吸血鬼になるのも悪くないぞ。見た目も若返る事もあるし、いろんな新しい能力が手に入る。私のようにな」

 ……え? 若返る? それはつまり……髪の毛が戻るっ?

 オクタヴィアンは男に首筋を噛まれた。

 き、吸血鬼になってまう!

 そう思いながらも、実は内心何かちょっと期待をし始めた。

 自分の血が首筋から吸われている感覚がしっかりあるが、それは痛みではなく、むしろ気持ちがいい気がする。

 これで髪の毛が生えれば……

 オクタヴィアンはそのまま意識を失った。
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