薄毛貴族とその家族、ドラキュラ以前とその弟、そして吸血鬼。〜ボクは国の行く末より、自分の髪の毛の方がよっぽどか心配!!〜

広田川ヒッチ

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第四章 ワラキア公国の未来が決まる日

第五十二話 逃げろ!

 馬車の上でバサラブを盾にラドゥとその親衛隊から身を守るオクタヴィアン。
 そこでローラの話になり、怒りが込み上げてきた。

「ローラはキミといっしょになったトコなのに、何であんな不幸な死に方しなきゃいけなかったんだよ!」

 ラドゥはローラの死を聞いて、しばらく言葉が出なくなった。

「何とか言えよ! ラドゥ! ローラは幸せじゃなかったのかよ!」

 ラドゥの目から一筋の涙がこぼれた。
 そして周りの親衛隊もそれを見て動揺を始めた。

「……オ、オクタヴィアン……。ぼ、僕は彼女を幸せにするつもりだったんだ。本当なんだ。僕の理想の女性……愛すべき女性……あんな素晴らしい女性……ロ、ローラと二度と会えないなんて……」

 ラドゥは仁王立ちのまま、上を向いて、目を閉じた。
 そして身体を震わせて、黙って泣き始めた。

 オクタヴィアンはそんなラドゥの姿を初めて見た。
 あんなにいつもは余裕ぶって冷静に対処している、あのラドゥが目の前でボロボロと涙を出して泣いている。
 オクタヴィアンはどうしていいのか分からなくなった。

 よくよく考えてみれば、ラドゥはローラと親密な仲になり、今回晴れて結ばれたのだ。
 別にラドゥにとってローラを迎える事に、何のメリットもない。
 むしろデメリットの方が大きいはず。なにせローラは奴隷なのだから。
 何の政略もない、純粋な結婚だったのだ。

 オクタヴィアンはこの事に関しては少し同情してしまった。
 しかし……

「……ところでオクタヴィアン。僕の子猫ちゃん……この彼女達の一人はどうしたのだ?」

 子猫ちゃんって……

 オクタヴィアンはそう思いながらも答えた。

「アイツは……ローラの次にボクを刺そうとしたから、何か……殺したっっ」

 その言葉を聞いたラドゥは、目をカッ! と見開いた。
 そして鬼の形相でオクタヴィアンを睨んだ。

「ころ……した? 殺したの? 僕の子猫ちゃんを……。ローラは……僕を裏切る事をしたと判断されたのだろう。だから子猫ちゃんが襲いかかったのだ。そうとしか思えない。しかしその子猫ちゃんを……殺しただと? しかも何か……って何だ?」

 ラドゥは明らかに態度が豹変した。

 オクタヴィアンは、ラドゥのローラに対する想いと、親衛隊達に対する想いの違いに戸惑った。

「……オクタヴィアン。この子達はねえ、オスマントルコにいる時から、ひどい目に散々遭ってきて……性奴隷だけならまだいい方でね、中には言われのない罪で拷問を受けたり、彼女達の持ち主の機嫌で火で炙られたりね……そういうひどい人生を送ってきた子達なんだ」

「え……」

 オクタヴィアンはまた少し同情した。
 ラドゥの話はまだ続いた。

「この頃、僕もスルタンに身体目当てで可愛がられててね。お互い辛い時に出会った。すぐに意気投合したよ。僕は彼女達を守るように何とか画策して助けてね。今度は彼女達が僕を守ってくれたんだ。そこで僕達はいっしょに魔術を学び、習得してったんだ。そしてその魔術で僕が死ぬ時には吸血鬼にしてくれた。僕はお礼に彼女達を吸血鬼に変えたんだ。いいかい? 僕と彼女達はいわば一心同体なんだ。その彼女を一人、殺したなんて……到底許される事ではないよ」

 オクタヴィアンはラドゥの過去を何も知らなかったので、少しショックを受けた。
 そんな辛い過去があるなんて思いもしなかった。
 しかし……だからといってラドゥの好きにさせるのはも違うと思った。

 ラドゥが怒りを込めて後方の親衛隊にトルコ語で何かを話している。
 オクタヴィアンはトルコ語が分からないし、バサラブもラドゥの声が聞き取れない。
 しかし明らかに不穏な空気を察知したバサラブがオクタヴィアンに声をかけた。

「ね、ねえ君、君っっ。オロロックちゃんっっ。ちょっとヤバい気がするんだけど……オレ様ちゃんに被害ないよねえ~?」

「被害……あるかもおおおおおおおおおおおおおおおお~!」

 オクタヴィアンが返事を返すタイミングで、後方から背中に向けて隠れていた親衛隊の一人が斬りかかってきた。
 オクタヴィアンは思わずバサラブに抱きつき、そのまま上空へ逃げた。

「バサラブ様っっ! ごめんなさいっっ! ヤツら、正気じゃないです」

「ウソでしょ~~! ど、どどどどうすんのこれ?」

 こんなやり取りの最中にも四人の親衛隊はオクタヴィアンとバサラブに斬りかかってくる。

 これじゃバサラブを抱いているだけ不利になる!

 オクタヴィアンはラドゥに向かってバサラブを投げようと思った。
 しかしラドゥの顔を見た瞬間、飛ばしたバサラブがバラバラに斬り裂かれると直感した。

「こ、恐い~~~~~~~~っっ!」

「今、話さないで! 舌を噛みますよ!」

 オクタヴィアンはバサラブをどこかに置こうと思い、またトルコ軍の中をバサラブと共に突っ込んで行き、兵士一人一人を避けながら逃げまどった。
 しかし親衛隊は案の定、兵士達をバッサバッサと斬り殺しながら進んでくる。
 これではバサラブを置くなんてできない!

「ああっっ! オレ様ちゃんがトルコに懇願して来てもらった兵達がああああ~っっ!」

 オクタヴィアンは仕方なくトルコ軍から抜けると、川の上に出た。

 あ! 確か水の流れには逆らえないってテスラが教えてくれた気がするっっ!

 オクタヴィアンは川の上空に上がると、四人の親衛隊を待った。
 案の定、親衛隊達はオクタヴィアン目がけてすごいスピードで飛んできた。

「オロロックちゃんっっ! 動かなくていいの? 音が近づけて来てるよっっ」

 暗闇で何も見えないバサラブはもう気が気ではない。

「もうすぐ、もうすぐ……今だ!」

 オクタヴィアンは一気に川に向かって急降下をした。

「でえええええええええっっ!」

 バサラブが悲鳴をあげる中、親衛隊四人は慌てて上昇から下降に方向転換した。

 この時、親衛隊二人がすごい勢いでぶつかり、二人は意識を失った。

 意識がある二人はオクタヴィアン目指して飛んで来ているが、意識をなくした二人はそのまま川に向かって落ちていった。

 そこで一人は意識を戻したが、一人は川にドボンッ! と落ちた。

 落ちた親衛隊は意識を取り戻したが、川の流れに逆らえず、『ギーギー!』と泣き叫びながら沈んでいった。

 それを助ける事も出来ず『ギーギー』と泣いていた助かった方の親衛隊の一人は、猛スピードでオクタヴィアンへ向かって行った。

 オクタヴィアンはバサラブを抱いたまま、川の上にこれ以上いても意味がないと思い、また森へ入った。

 当然、親衛隊二人は追って来る。そして遅れてもう一人の親衛隊も、怒り狂った表情で追いつこうとしている。

 バサラブを抱いて逃げまどいながら何か策を練りたいが、何も浮かんでこない。

 それどころか、いっしょに逃げているバサラブが、あまりの急速度による上昇、急降下などを動きに具合が悪くなり、顔が真っ青になってしまった。

 オクタヴィアンはバサラブの異変に気がつくと、上空高く舞い上がった。
 下からは親衛隊がすごい速さで追っかけてきている。

「バサラブ様っっ! だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない……酔った……ゔっっ! は、吐きそう……」

「ちょちょちょちょ! バサラブ様っっ! 待ってえええええええええええ!」

 おボエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ~ッッ!

 バサラブが見事に空中で撒き散らした。
 抱いているオクタヴィアンは相当驚いたが、斬りかかってきていた親衛隊の二人もこれには驚いて慌てて回避した。
 
 その時だった。

 撒き散らされたそれに気を取られた親衛隊は、瞬く間に次々と首をはねられたのだ!
 あまりの一瞬の出来事に、オクタヴィアンも何が起こったのか分からなかった。

 遅れて来たもう一人の親衛隊は、目の前で仲間の首がはねられて発狂した。
 その時、彼女の首もスパン! と、はねられた。

 首をはねられた三人の親衛隊は、力なく地上目掛けて落ちていく。
 その一部始終を地上から眺めていたラドゥは、顔が真っ青になった。

 オクタヴィアンはバサラブの背中をさすりながら、落ちていく親衛隊三人を確認した。
 そして何が起こったか、すぐに理解した。

「ちょっといなくなった間にとんでもない事になったもんだなオロロック」

 目の前まで飛んできたのは、ハンガリーに向かったアリスファド・テスラだった。
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