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子供が拗ねている感じ
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機密扉エアロックに向かう途中の通路なので、壁際に簡単な机とパイプ椅子があるだけだ。居住区画ではないので、やや照明がうす暗い。
壁一面の頑丈な棚には、国連や国境なき医師団の資材がぎっしりと詰め込まれている。
黒文字でUNと書かれた黄色いポリタンクは飲料水で、緑色の頑丈なコンテナは食料品だ。赤字に白い人型を抜いたマークのコンテナは、MSFが調達した医薬品で、どれも使用期限が大きな文字で書かれている。
レヴィーンは、イツキをパイプ椅子に座らせて、テーブルに置いた救急キットを開封した。
キットは透明なビニルで密封されていて、大きさが違う何種類かの代用皮膚パッチと、いくつかの軟膏が入っている。プラスチック製の鋏やメス――これらは刃のところだけ剃刀が埋め込まれている――ピンセットも入っていた。
針と糸の代わりに外科用瞬間接着剤も入っているけれど、それを使う状況なら、傷跡が残らないようにシモーヌに見てもらった方がいい。
すぐに蜘蛛のかたちをしたロボットがやってきて、邪魔にならないように壁際に寄った。
たぶん、イツキのことが心配だったのだ。
コディの行動は「プログラム」という表現が全然そぐわないくらい、生き物めいた感情に溢れている。
誰かが落ち込んでいればそばにやってきて、見守ってくれるし、人の話を聞くのも――どこまで理解しているのかは分からないけれど――好きみたいだった。
武装が判明した時に防疫キャンプを追い出されなかったのは、スタッフの全員が、コディを危険な存在ではないと知っていたから、という理由もある。
「コディもこっちで座ったら」
そう言うと、コディはヴュヴュと困惑したような電子音で答えた。
イツキは、治療より日本製の缶コーヒーが必要みたいで、片手を伸ばして開封された箱を物色していた。
傷は眉間の辺りを横に走っていて、出血は大げさだけど傷口は浅かった。レヴィーンは傷の周りを指で押してみた。ちょっと意地悪のつもりだった。
「痛む? イツキ」
イツキは、怪我をしても、していなくても、仏頂面のままだった。
レヴィーンは時間があれば、イツキのそばで行動や表情を観察しているのだけれど、イツキが笑うところを見たことは、まだ一度もない。
おなかをくすぐると笑ったけれど、それはおかしかったんじゃなくて、単なる反射だ。後で怒っていたから。
「べつに……予備のメガネどこだっけ、車かな」
「手当したら、取ってこようか?」
「いいよ、また装備一式……面倒だろ。自分で取ってくる」
やっぱり、みんな間違っている。
イツキのことを悪く言う人が多いけれど、レヴィーンにはイツキがそんなに酷い人間だとは思えなかった。ぶっきらぼうだけど、ちゃんと気遣いをしてくれている。不愛想というより、子供が拗ねている感じだ。
ただ、口が悪いだけなんだと思う。どうしてああいう話し方をするのだろうと、レヴィーンは考えてみた。
なんとなく想像がつくような気がした。イツキがぞんざいな口を聞いて、周囲を傷つけるのを厭わないのは、きっと自分のことを大事にしていないからだ。
わたしとは、まったく正反対の振る舞いだけど――
レヴィーンは傷を確認するふりで、イツキの髪を撫でた。イツキは傷が痛むのか、ちょっと顔をしかめた。
――イツキとわたしは、きっと同じだ。
そう思いつつ、レヴィーンは努めて明るい声で言った。
壁一面の頑丈な棚には、国連や国境なき医師団の資材がぎっしりと詰め込まれている。
黒文字でUNと書かれた黄色いポリタンクは飲料水で、緑色の頑丈なコンテナは食料品だ。赤字に白い人型を抜いたマークのコンテナは、MSFが調達した医薬品で、どれも使用期限が大きな文字で書かれている。
レヴィーンは、イツキをパイプ椅子に座らせて、テーブルに置いた救急キットを開封した。
キットは透明なビニルで密封されていて、大きさが違う何種類かの代用皮膚パッチと、いくつかの軟膏が入っている。プラスチック製の鋏やメス――これらは刃のところだけ剃刀が埋め込まれている――ピンセットも入っていた。
針と糸の代わりに外科用瞬間接着剤も入っているけれど、それを使う状況なら、傷跡が残らないようにシモーヌに見てもらった方がいい。
すぐに蜘蛛のかたちをしたロボットがやってきて、邪魔にならないように壁際に寄った。
たぶん、イツキのことが心配だったのだ。
コディの行動は「プログラム」という表現が全然そぐわないくらい、生き物めいた感情に溢れている。
誰かが落ち込んでいればそばにやってきて、見守ってくれるし、人の話を聞くのも――どこまで理解しているのかは分からないけれど――好きみたいだった。
武装が判明した時に防疫キャンプを追い出されなかったのは、スタッフの全員が、コディを危険な存在ではないと知っていたから、という理由もある。
「コディもこっちで座ったら」
そう言うと、コディはヴュヴュと困惑したような電子音で答えた。
イツキは、治療より日本製の缶コーヒーが必要みたいで、片手を伸ばして開封された箱を物色していた。
傷は眉間の辺りを横に走っていて、出血は大げさだけど傷口は浅かった。レヴィーンは傷の周りを指で押してみた。ちょっと意地悪のつもりだった。
「痛む? イツキ」
イツキは、怪我をしても、していなくても、仏頂面のままだった。
レヴィーンは時間があれば、イツキのそばで行動や表情を観察しているのだけれど、イツキが笑うところを見たことは、まだ一度もない。
おなかをくすぐると笑ったけれど、それはおかしかったんじゃなくて、単なる反射だ。後で怒っていたから。
「べつに……予備のメガネどこだっけ、車かな」
「手当したら、取ってこようか?」
「いいよ、また装備一式……面倒だろ。自分で取ってくる」
やっぱり、みんな間違っている。
イツキのことを悪く言う人が多いけれど、レヴィーンにはイツキがそんなに酷い人間だとは思えなかった。ぶっきらぼうだけど、ちゃんと気遣いをしてくれている。不愛想というより、子供が拗ねている感じだ。
ただ、口が悪いだけなんだと思う。どうしてああいう話し方をするのだろうと、レヴィーンは考えてみた。
なんとなく想像がつくような気がした。イツキがぞんざいな口を聞いて、周囲を傷つけるのを厭わないのは、きっと自分のことを大事にしていないからだ。
わたしとは、まったく正反対の振る舞いだけど――
レヴィーンは傷を確認するふりで、イツキの髪を撫でた。イツキは傷が痛むのか、ちょっと顔をしかめた。
――イツキとわたしは、きっと同じだ。
そう思いつつ、レヴィーンは努めて明るい声で言った。
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