19 / 85
エイプリルフール
しおりを挟む
べつに出世欲に魅入られているわけではないが、給料が下がるのは有り難いことではなかった。
ネイサン・ミラー中尉は、面会の目的を想像して、ため息をついた。
知らせを受けたのは、二時間前だった。
なんでも軍の然るべき地位にある人物が、直々にミラー中尉へ聴取を行いたい、という話だった。ミラー中尉が所属するアメリカ陸軍感染症医学研究所の上司でさえ、その人物が何者であるのかを知らされていなかった。
出迎えは不要、部屋からは出るなという厳命だった。正装は不要、飲み物も不要、会談については他言無用。
もしかして、秘密裡に処分されるのだろうか、とも思ったが、最近しでかしたヘマといえば、『ハルシオン』のチームに攻撃され、作戦遂行能力を奪われた例の件くらいしか思い当たることがなかった。死に値するほどの罪とも思えない。
先ほどから、輸送ヘリのローター音が、耳に届いていた。
問題の人物は、とっくに到着している。ミラー中尉は自室のドアを凝視していた。もし死の瞬間がやってくるとしても、その時くらいは自分の目ですべてを確認したかった。
最初、目にした瞬間は、軍服姿のカーネルサンダースだと思った。白い髪と髭、メガネに、血色のいい頬。混乱した。これはジョークか? とも思ったが、付き従う若い兵士の態度を見る限り、エイプリルフールではなさそうだった。
人のいい初老の紳士、といった感じだが、体つきや身のこなしは、そこまで年を喰った感じはない。
階級章は身に着けていなかった。
ミラー中尉には、本当に軍人かどうかもわからなかった。
「君がミラー中尉かね? 資料通りの色男だな。間違えてゲイバーに来たのかと思ったぞ。かけたまえ。わたしも座らせてもらおう」
「い、イエス……サー」
「楽にしたまえ。きみが軍属ではあるが、本来は研究者であることは聞いている。君が心配しているように不始末を叱責しに来たわけでもない。ただそれだけの事であれば、わたしも気が楽だったのだがね」
「と、いいますと?」
カーネルサンダースは、ミラー中尉の準備した椅子に座り、トレードマークの杖に、組んだ腕を置いた。
「話は順序良くいこう。わたしは感染症には門外漢でね。ここへ来る前にレポートは目を通したが、再確認だ。現状について少々の説明をしてくれると助かるのだが」
「説明と申されますと……」
カーネルサンダースは少し苛立ったようだった。杖の先で、かすかに床を叩く。
「きみは優秀な男だと聞いていたんだがね。わたしがチキンフライの作り方を君に尋ねると思うのかね?」
「……し、失礼ですが、サー、いま、なんと?」
「冗談だ。わたしが君に尋ねるとしたら、君が得意としている事柄だ。『ハタイ脳炎』だよ。説明してくれたまえ。ニュースでキャスターが説明するように」
ネイサン・ミラー中尉は、面会の目的を想像して、ため息をついた。
知らせを受けたのは、二時間前だった。
なんでも軍の然るべき地位にある人物が、直々にミラー中尉へ聴取を行いたい、という話だった。ミラー中尉が所属するアメリカ陸軍感染症医学研究所の上司でさえ、その人物が何者であるのかを知らされていなかった。
出迎えは不要、部屋からは出るなという厳命だった。正装は不要、飲み物も不要、会談については他言無用。
もしかして、秘密裡に処分されるのだろうか、とも思ったが、最近しでかしたヘマといえば、『ハルシオン』のチームに攻撃され、作戦遂行能力を奪われた例の件くらいしか思い当たることがなかった。死に値するほどの罪とも思えない。
先ほどから、輸送ヘリのローター音が、耳に届いていた。
問題の人物は、とっくに到着している。ミラー中尉は自室のドアを凝視していた。もし死の瞬間がやってくるとしても、その時くらいは自分の目ですべてを確認したかった。
最初、目にした瞬間は、軍服姿のカーネルサンダースだと思った。白い髪と髭、メガネに、血色のいい頬。混乱した。これはジョークか? とも思ったが、付き従う若い兵士の態度を見る限り、エイプリルフールではなさそうだった。
人のいい初老の紳士、といった感じだが、体つきや身のこなしは、そこまで年を喰った感じはない。
階級章は身に着けていなかった。
ミラー中尉には、本当に軍人かどうかもわからなかった。
「君がミラー中尉かね? 資料通りの色男だな。間違えてゲイバーに来たのかと思ったぞ。かけたまえ。わたしも座らせてもらおう」
「い、イエス……サー」
「楽にしたまえ。きみが軍属ではあるが、本来は研究者であることは聞いている。君が心配しているように不始末を叱責しに来たわけでもない。ただそれだけの事であれば、わたしも気が楽だったのだがね」
「と、いいますと?」
カーネルサンダースは、ミラー中尉の準備した椅子に座り、トレードマークの杖に、組んだ腕を置いた。
「話は順序良くいこう。わたしは感染症には門外漢でね。ここへ来る前にレポートは目を通したが、再確認だ。現状について少々の説明をしてくれると助かるのだが」
「説明と申されますと……」
カーネルサンダースは少し苛立ったようだった。杖の先で、かすかに床を叩く。
「きみは優秀な男だと聞いていたんだがね。わたしがチキンフライの作り方を君に尋ねると思うのかね?」
「……し、失礼ですが、サー、いま、なんと?」
「冗談だ。わたしが君に尋ねるとしたら、君が得意としている事柄だ。『ハタイ脳炎』だよ。説明してくれたまえ。ニュースでキャスターが説明するように」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる