22 / 85
人生を楽しむことだって
しおりを挟む
けっきょく、なんだってよかった。夢中になることが出来さえすれば。
もし、アリシアの思い通りにならないボーイフレンドがいたら、のぼせて入れあげていたかもしれない。
学校の勉強が、もしも、アリシアにとって難しいものであったなら、もしかしたら意地になっていたのかもしれない。
でも、その当時のアリシアにとっては、何もかもが簡単すぎた。
そして、世界はこんなにもアリシアの思い通りになるのに、母親の暖かい腕のなかに抱かれてみたいという思いは、どんなに足掻いたって、絶対にかなうことはないのだ。
「友達をつくらないのかい、アリー」
と、父親は困ったような顔で言った。アリシアの父は、「最高経営責任者」という仕事をしているので、あまりアリシアと過ごす時間を作ることが出来ない。
そのくせ、たまに一緒の食事をすると、こんな風に説教じみたことを言うのだ。
「『おともだち』は欲しいわ。ただし、ちゃんとわたしが言うことを理解できて、ちゃんとわたしにも理解できるご返事をしてくれる『おともだち』。わたしの意見は違うけど、とか、アリーの言うとおりだわ、とか、たぶん、そうね、とか……そういうオウムみたいな『おともだち』は嫌。ペットなら犬を飼うわ。犬は知ったかぶりしないもの」
「……アリー。誰もが君のように賢く生まれてくるわけじゃない。それは神様の贈り物なんだ。そんな風に使ってはいけないよ」
贈り物なんか誰も望んでない。馬鹿に生まれた方が気楽だった。それに神様なんか信じていない。もし、お母さんが死ぬことを決めたのが神様なら、わたしは神様を憎む。
さすがにそれは父親には言えないので、アリシアはとっておきの――便利な――笑顔を作った。
「ごめんなさい、パパ。もちろんわたしだって努力してるのよ。クラスメートが嫌いなわけじゃないの、ただ、どうしようもなく退屈なだけ」
「退屈が問題かい? そう言えば、もうすぐ誕生日だったね」
ああ……まただ。
頭の中で、アリシアは天を仰いで十字を切った。アリシアの父親は、論理的には超人的な知性を発揮するけれど、情緒的には発達障害もいいとこだった。女の子の気持ちなんか、ハダカデバネズミの気持ちと同じくらい理解していない。
退屈なのは、クラスメートじゃなくて、ほんとうはこの生活だ。
もし、父が休日を一緒に過ごしてくれたら、アリシアはきっと退屈にも我慢することが出来る。
もし、母親が生きていたら……今のアリシアには信じられないことだけれど、たぶん、人生を楽しむことだって出来るに違いない。
なのに、アリシアの父親は、また見当はずれななにかをしようとしている。
去年は部屋の模様替えだった。亡くなってしまった母親がアリシアの為にそろえてくれた家具を、オカマみたいなインテリアコーディネーターが、 ガラクタ扱いで全部捨ててしまった。
それらの家具は、記憶にはない母がアリシアを愛していたことを、確かに知らせてくれる物だった。
とても悲しくて、赤ん坊みたいに泣いてしまいそうになった。
腹立たしくて、父が呼んだインテリアコーディネータの顔を足の裏で蹴ってやりたい、と思ったけれど、どう? 気に入ったかい? と尋ねる父親に、アリシアは笑顔を作って、とても素敵と答えた。
父親をがっかりさせたくなかったからだ。
異星人みたいな父親だけれど、アリシアは、父のことがとても好きで、母の代わりに力になりたいと思っていた。
「な、なあに、パパ? あたし、な、なにかを期待してもいいの?」――ほんとにいいの?――
「もちろんだ、アリー。楽しみにしているといい」
お願いだからなにもしないで、とアリシアは思ったのは一週間ほど前の話で、朝目覚めると、ベッドのまわりはガラクタで埋め尽くされていた。
まさに、文字通りの、ガラクタだった。トイザらスをそのまま部屋に連れてきた感じだ。
アリーの年頃とか、好みとか、父親の趣向さえ――関係なかった。選ばずに、ぜんぶ買ったのだ。
ふざけてんの? と一瞬、本当に逆上しかけたけれど、ベッドに腰掛けると少し冷静になって、仕方ないな、と諦めの気分になった。
これが、パパの愛情だ。見当はずれだけど、べつに腹を立てるようなことじゃない。
オモチャのほとんどは、アリシアには意味がない商品だった。
ままごとセットとか――これは、ほんとうに腹を立てても許されると思う――サッカーボールとか、モデルガンとか、あと、ディズニーキャラの変身セットとか。幼児向けに仕立てた安っぽいティンカーベルの衣装を、父親の前で、謝罪するまで着続けてもいい、とアリシアは思う。
その中で、一つだけ興味を惹く商品があった。
それはテレビでCMをしているテレビゲームだった。仮想現実デバイスを内蔵した最新のマシン。プレーヤーは部屋に居ながらにして、異世界への旅をすることが出来る。ゲームパッドを使っても構わないし、体感覚――脳が体を動かそうとする時の電位情報――を使用して操作してもいい。
もし、アリシアの思い通りにならないボーイフレンドがいたら、のぼせて入れあげていたかもしれない。
学校の勉強が、もしも、アリシアにとって難しいものであったなら、もしかしたら意地になっていたのかもしれない。
でも、その当時のアリシアにとっては、何もかもが簡単すぎた。
そして、世界はこんなにもアリシアの思い通りになるのに、母親の暖かい腕のなかに抱かれてみたいという思いは、どんなに足掻いたって、絶対にかなうことはないのだ。
「友達をつくらないのかい、アリー」
と、父親は困ったような顔で言った。アリシアの父は、「最高経営責任者」という仕事をしているので、あまりアリシアと過ごす時間を作ることが出来ない。
そのくせ、たまに一緒の食事をすると、こんな風に説教じみたことを言うのだ。
「『おともだち』は欲しいわ。ただし、ちゃんとわたしが言うことを理解できて、ちゃんとわたしにも理解できるご返事をしてくれる『おともだち』。わたしの意見は違うけど、とか、アリーの言うとおりだわ、とか、たぶん、そうね、とか……そういうオウムみたいな『おともだち』は嫌。ペットなら犬を飼うわ。犬は知ったかぶりしないもの」
「……アリー。誰もが君のように賢く生まれてくるわけじゃない。それは神様の贈り物なんだ。そんな風に使ってはいけないよ」
贈り物なんか誰も望んでない。馬鹿に生まれた方が気楽だった。それに神様なんか信じていない。もし、お母さんが死ぬことを決めたのが神様なら、わたしは神様を憎む。
さすがにそれは父親には言えないので、アリシアはとっておきの――便利な――笑顔を作った。
「ごめんなさい、パパ。もちろんわたしだって努力してるのよ。クラスメートが嫌いなわけじゃないの、ただ、どうしようもなく退屈なだけ」
「退屈が問題かい? そう言えば、もうすぐ誕生日だったね」
ああ……まただ。
頭の中で、アリシアは天を仰いで十字を切った。アリシアの父親は、論理的には超人的な知性を発揮するけれど、情緒的には発達障害もいいとこだった。女の子の気持ちなんか、ハダカデバネズミの気持ちと同じくらい理解していない。
退屈なのは、クラスメートじゃなくて、ほんとうはこの生活だ。
もし、父が休日を一緒に過ごしてくれたら、アリシアはきっと退屈にも我慢することが出来る。
もし、母親が生きていたら……今のアリシアには信じられないことだけれど、たぶん、人生を楽しむことだって出来るに違いない。
なのに、アリシアの父親は、また見当はずれななにかをしようとしている。
去年は部屋の模様替えだった。亡くなってしまった母親がアリシアの為にそろえてくれた家具を、オカマみたいなインテリアコーディネーターが、 ガラクタ扱いで全部捨ててしまった。
それらの家具は、記憶にはない母がアリシアを愛していたことを、確かに知らせてくれる物だった。
とても悲しくて、赤ん坊みたいに泣いてしまいそうになった。
腹立たしくて、父が呼んだインテリアコーディネータの顔を足の裏で蹴ってやりたい、と思ったけれど、どう? 気に入ったかい? と尋ねる父親に、アリシアは笑顔を作って、とても素敵と答えた。
父親をがっかりさせたくなかったからだ。
異星人みたいな父親だけれど、アリシアは、父のことがとても好きで、母の代わりに力になりたいと思っていた。
「な、なあに、パパ? あたし、な、なにかを期待してもいいの?」――ほんとにいいの?――
「もちろんだ、アリー。楽しみにしているといい」
お願いだからなにもしないで、とアリシアは思ったのは一週間ほど前の話で、朝目覚めると、ベッドのまわりはガラクタで埋め尽くされていた。
まさに、文字通りの、ガラクタだった。トイザらスをそのまま部屋に連れてきた感じだ。
アリーの年頃とか、好みとか、父親の趣向さえ――関係なかった。選ばずに、ぜんぶ買ったのだ。
ふざけてんの? と一瞬、本当に逆上しかけたけれど、ベッドに腰掛けると少し冷静になって、仕方ないな、と諦めの気分になった。
これが、パパの愛情だ。見当はずれだけど、べつに腹を立てるようなことじゃない。
オモチャのほとんどは、アリシアには意味がない商品だった。
ままごとセットとか――これは、ほんとうに腹を立てても許されると思う――サッカーボールとか、モデルガンとか、あと、ディズニーキャラの変身セットとか。幼児向けに仕立てた安っぽいティンカーベルの衣装を、父親の前で、謝罪するまで着続けてもいい、とアリシアは思う。
その中で、一つだけ興味を惹く商品があった。
それはテレビでCMをしているテレビゲームだった。仮想現実デバイスを内蔵した最新のマシン。プレーヤーは部屋に居ながらにして、異世界への旅をすることが出来る。ゲームパッドを使っても構わないし、体感覚――脳が体を動かそうとする時の電位情報――を使用して操作してもいい。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる