-PEACE KEEPER- (バルバロイR2)アルファ版

ずかみん

文字の大きさ
32 / 85

人の気持ちなんか

しおりを挟む
 樹が初めて防疫キャンプにやってきた時、スタッフはみな忙しくて、誰も出迎えてはくれなかった。

 コディはキャンプの外に置いてきた。UNカラーの白に塗装してあるので、誰かが怯えて騒ぎになることもないだろう。コディは寂しがるだろうけど、そこはロボットなので、必要であれば、一週間でも十日でも、動かず待機することは可能だった。

 エアロックの外で出迎えてくれたのは、クルド人の少女だった。防護服のシールド越しに見える顔は、まだ幼さが残りあどけないような感じだったけれど、しっかりとした眉は、表情に気丈な印象を与えていた。

――子供っぽい顔だから、よく患者と間違われるけれど、これでも、ちゃんとお給料をもらってるスタッフなのよ。

 と、その少女は笑った。

 エアロックの使い方や部屋の場所、食事や休憩に使うミーティングルームなど、防疫キャンプについて一通りの説明をした少女は、振り返って、手を後ろでつなぎ、樹の目をのぞき込んだ。

 樹も、その少女も、スタッフ棟の中では、同じ青い不織布の室内着だった。その服は薄手で、面積も必要な最小限しかなくて、透けて見える体の輪郭や、短い袖から突き出した細い腕に、樹はどぎまぎした。

――思ったより若いんだね。製薬会社の偉い人って言ってたから、もっとおじさんなのかと思ってた。病気を退治してくれるんでしょ?

 違うよ。それは思い違いだ。ぼくはそんなんじゃない。
 樹の思いなど知らずに、少女は樹の手を取った。

――食事の時間は説明したわね。料理はわたしたちの仕事なの。たくさん食べてね。男の人なのに、そんなやせっぽちで、みっともないわ。わたしの名前はレヴィーン。さあ、あなたの名前を教えて。

 今にして思えば、その時にはもう、樹はレヴィーンに目を奪われていたのかもしれない。


 物思いから覚めて、樹はレヴィーンがいる筈の、隔離病室の窓に目をやった。この向こう側でレヴィーンは一人きりでいるのだ。

 窓が突然、濃い紫でいることをやめて、やや黄色の残る透明なガラスに戻った。

 きちんとシーツの畳まれたベッドがあって、一冊だけ本が置かれた机があった。部屋はとても狭くて、殺風景で、そこで暮らすレヴィーンを思うと、樹は胸が痛んだ。

 目の前には、ポリカーボネートのガラスに両手を当てたレヴィーンが立っていて、樹と視線を合わせて、驚いていた。

 もしかして、いつも樹がいなくなってから、こうして偏光を解除して、見送ってくれていたのだろうか?

 レヴィーンは元気そうだったけれど、いつも聞く明るい声とは違って、浮かない表情だった。少しやつれた感じもする。また少しだけ、大人になってしまったような印象があった。
 顔を見ただけで、甘いような気持ちが胸を満たした。なんだこれは、まるで片思いの中学生みたいじゃないか。

「レヴィーン――」

 歩き寄ろうとする樹を目にして、レヴィーンは怯えたように窓を閉ざした。
 言葉を交わすことも出来なかった。

 窓は濃い紫色の、平らな板に戻って、樹は一人で通路に取り残された。

 ――お前には、これがお似合いじゃないか? お前には人の気持ちなんか分からないんだから。

 頭の中で声が聞こえた。

 ぼくだって、人の気持ちは理解できるよ。

 ――そうだ、お前は人の感情を、その作用を理解している。だがお前は本当の意味で、感情を知ってはいない。それはもともとお前の中に無い物だからだ。知識として知っているだけだ。おまえは彼女にはふさわしくないんだよ。

 その声の言う通りだった。それでいいのかも知れない。むしろ、その方がいいのかも知れない。
 樹は、窓に背中を向けて、歩き出した。スタッフ棟に戻れば、いくつかの書類仕事が残っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...