-PEACE KEEPER- (バルバロイR2)アルファ版

ずかみん

文字の大きさ
38 / 85

わたしは、空っぽなの

しおりを挟む
 レヴィーンが背中を向けて座っていた。
 そこは小さな滝のほとりで、煙るようなミストが辺りに漂っていた。レヴィーンは木綿の清潔なワンピースで、飾り気のない生地は、ミストに濡れて体にはりついていた。

 レヴィーンが座っているのは水辺の丸い石の上で、爪先を打ち寄せる波紋が洗っていた。
 背中を向けたまま、うなだれているので、樹は心配になって、レヴィーンの方へ歩こうとした。

――ダメよ、イツキ。こっちには来ないで。

 レヴィーンは樹のことが嫌いになったのかと思って、とても悲しくなって、それをレヴィーンに言うと、レヴィーンは背中を向けたまま首を振った。

――そうじゃないの、イツキ。わたしは恥ずかしいだけ。イツキはきっとがっかりするわ。もしかしたら嫌いになるかも。

 そんなわけないだろ。そんなことありえないよ。ぼくにちゃんと説明してごらん。なにか酷いことをされたの? それとも酷いことをしてしまったの?

 しくしくと泣き出したレヴィーンは、消えてしまいたいというように自分の肩を抱いた。
 我慢できなくなった樹は、レヴィーンを腕の中に入れようと、近づいて、震えている肩に触れた。

――見ないで、お願い。

 と言ったレヴィーンの胸は、アリーたちの外骨格のように、骨が見えてがらんどうだった。心臓のあるべき場所には、古びた目覚まし時計があって、針が正確に時を刻んでいた。

――恥ずかしい……こんな女の子、イツキは嫌でしょ。

 泣いているレヴィーンを、樹は抱き締めた。

 どうして? と樹は聞いた。聞いてしまってから、樹は聞くべきではなかった、と思った。

――どうして? わからない。なにもかも無くなってしまったの、もう戻ってこないのよ。わたしは、空っぽなの。

 飛び起きて、顔をのぞき込んでいるレヴィーンに、頭をぶつけるところだった。

「大丈夫? すごくうなされてたわ」

 自分の体が、気持ち悪い汗で濡れていた。
 樹は、Tシャツの下を探って、レヴィーンの膨らみを確認した。目で見て、手で触れた。よかった、レヴィーンはなにも無くしてない。心臓はちゃんとそこにあった。
 悲しそうなレヴィーンを思い出して、樹はレヴィーンの身体を抱き締めた。レヴィーンがなにも無くしてしまわないように、樹は腕に力を込めた。

「や、やだなぁイツキ……ちょっと恥ずかしいよ」

 レヴィーンは、照れて頭をかいていた。

「夢を見てたの? どんな夢?」
「ちょっと説明できない。かなりシュールだった」

 レヴィーンは、樹に寄り添って、胸に顔を押し当てた。くすくすと笑っている。悪夢にうなされる樹を子供っぽいと思っているのだ。

「日本の夢? ねぇイツキ。日本の事を聞かせてよ。どんな子供だったの? どうして「パナケア」で働くようになったの?」

 レヴィーンは何気なく聞いたけど、樹はその言葉に固まった。考えてみれば、樹は、レヴィーンに話すことができない秘密で一杯だった。話せば、レヴィーンの方こそ、樹を嫌いになると思った。
 先ほどの悪夢が、樹を神経質にしていた。

「イツキ? 大丈夫?」

 レヴィーンが樹の髪を撫でてくれた。その感触は、なんだか子供の頃を思い出させた。

「……平凡な、普通の子供だったんだ。学校の成績は良かったよ。死ぬほど退屈している以外は、ほんとに普通だった……」

 フラッシュバックのように、映像の断片が蘇った、それは押し込めていた、思い出したくない記憶だ。

 その青年のあごは、変な形に取れかかっていた。関節は完全に壊れていた。皮膚が裂けていて、白い歯が見えた。その青年の失敗ではなくて、その横にいた女性が銃の取り扱いを誤ったのだ。
 その女性はショックを受けていて、尻餅をついてズボンが濡れていた。体の力が抜けてしまったのだ。パニックでなにかを叫んでいた。
 確か、税務関係の捜査官なのだと自己紹介していた。可哀想に。ちょっとドジなだけで普通の女の子なのに、つまらないミスで人を殺してしまった。

 青年は、どこか地方の警察に努める職員で、普段はデスクワークなので、この民間軍人訓練施設タクティカルスクールに参加したのは、上司の命令で嫌々だと言っていた。

 教官は怒り狂っていて、救急車を呼ぶように指示しながら、腰につけたファーストエイドから、止血パッドを引っ張り出していた。
 死んでゆく青年と目があった。
 目は、助けてくれ、と訴えていたけれど、やがて瞳から光が消えた。

 女性たちは、完全に死んでいた。地面は流れた血で濡れているのに、死体の方は乾いていて、黒ずんだ血液がこびりついていた。
 服がはだけたり、下半身が露出していたりするのに、誰も衣服を直してやろうとはしなかった。物みたいに足首をつかんで地面をひきずっていた。
 目隠しをされている女性が多くて、やっぱり、こんな乱暴をした男たちも、視線を合わせるのは恐かったんだな、と樹は思った。
 そうしたら、目隠しがずれて、樹は死体と目を合わせてしまった。
 瞳は焦点が合ってなくて、怒りも悲しみもなくて、ただ樹を見つめていた。

 運ばれている先には、おんぼろのトラックがあって、男たちはゴミを投げ入れるみたいに、勢いをつけて、女性たちの死体を投げ込んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...