81 / 85
もうちょっとマシな、なにか
しおりを挟む
樹は、とてつもない広大な空間の中にいた。
ちっぽけな球体の上で、微生物みたいに地表にしがみついていることが、はっきりとわかるような星空だった。
荒れた荒野は、ぽっかりと虚空に浮かんでいた。
地球が丸いことを知らなければ、樹は、この大地が船のように宇宙を漂っていると思ったところだろう。
雲のような光の集まりが、たぶん、みんなが銀河と呼んでいる物だろう。星のことなんかはなにも分からないけれど、レヴィーンと見上げてみたかったような、圧倒的な景色だった。
これまでの人生で、一度だって、落ち着いて夜空を見上げた事なんかなかった。
レヴィーンが居なかったら、きっと生涯の間、星の姿を知ることなく、樹は、どこかで人知れず、ひっそりと死んでいたのだろう。
誰も、永久に「ゲーム」に勝ち続けることなど出来ない。いつかは掛け金を支払うことになる。「ゲームを楽しむ」とは、そういうことだった。
防疫キャンプを去る前に、樹が立ち寄ったのは、駐車場までの斜面にある、感染者達の墓だった。
立ちならんだ味気ない立方体。その一つの下に、レヴィーンが眠っている。墓石は日本で使われる物より、ずいぶんと小さかった。
墓石には、日本の雑誌がそえられていた。たぶん、アリーだ。アリーはレヴィーンのことを妹みたいに大事にしてくれていた。
離脱の準備として――それは訓練された習慣で――樹は、あらかじめ、まとめた荷物を墓所に準備していた。
バックパックから、樹は、日本のTシャツを引っ張り出した。キッチュな様式で、日本の若者には人気のブランドだ。
作業を終えた樹は、自分の仕事に満足して目を閉じた。脳裏に浮かんでくるのは、迷惑そうで、でも楽しそうなレヴィーンの姿だ。
――こんな変なTシャツ嫌よ、イツキ。もっとカワイイのなかったの?。ほんとにイツキはデリカシーが足りないんだから。
Tシャツは、黒字にオレンジのポップな仏像を染め抜いた、デザインだった。
ごめんよ、今はそれしかない。ぼくの好みで悪いけど。
――まあ、いいわイツキ。あなたのプレゼントなら大事にする。ねぇイツキ……。
なんだい、レヴィーン。
――あなたは、わたしのことを好きだった?
溢れてきた色々な記憶、手で触れたぬくもりや、覗きこんだ鳶色の瞳、髪の毛から漂う甘い香りや、他の物、手にしていた物や、話していた言葉まで、ぜんぶが一度に溢れてきて、樹は張り裂けそうになった。
――ねぇ、イツキ。あなたがわたしに優しくしてくれたように、こんどはイツキ自身にも、ちょっとだけ、優しくしてみてね。
どこに底があるのか分からない、落ちて行ってしまいそうな夜空を見上げて、樹は迷子みたいに立ち尽くしていた。大きな口を開け、拳を握りしめたまま、樹は声を上げずに、子供みたいに泣いた。
日本に帰ったら、レビーンがそうしようとしていたように、人の役に立つ仕事をしようと思った。もうちょっとマシな、なにか、レヴィーンが誇りに思ってくれるような職業がいい。
そして、いつかここに戻って報告をする。
もし、レヴィーンが褒めてくれたら、樹は、今よりも少しだけ、自分のことが好きになれるような気がした。
ちっぽけな球体の上で、微生物みたいに地表にしがみついていることが、はっきりとわかるような星空だった。
荒れた荒野は、ぽっかりと虚空に浮かんでいた。
地球が丸いことを知らなければ、樹は、この大地が船のように宇宙を漂っていると思ったところだろう。
雲のような光の集まりが、たぶん、みんなが銀河と呼んでいる物だろう。星のことなんかはなにも分からないけれど、レヴィーンと見上げてみたかったような、圧倒的な景色だった。
これまでの人生で、一度だって、落ち着いて夜空を見上げた事なんかなかった。
レヴィーンが居なかったら、きっと生涯の間、星の姿を知ることなく、樹は、どこかで人知れず、ひっそりと死んでいたのだろう。
誰も、永久に「ゲーム」に勝ち続けることなど出来ない。いつかは掛け金を支払うことになる。「ゲームを楽しむ」とは、そういうことだった。
防疫キャンプを去る前に、樹が立ち寄ったのは、駐車場までの斜面にある、感染者達の墓だった。
立ちならんだ味気ない立方体。その一つの下に、レヴィーンが眠っている。墓石は日本で使われる物より、ずいぶんと小さかった。
墓石には、日本の雑誌がそえられていた。たぶん、アリーだ。アリーはレヴィーンのことを妹みたいに大事にしてくれていた。
離脱の準備として――それは訓練された習慣で――樹は、あらかじめ、まとめた荷物を墓所に準備していた。
バックパックから、樹は、日本のTシャツを引っ張り出した。キッチュな様式で、日本の若者には人気のブランドだ。
作業を終えた樹は、自分の仕事に満足して目を閉じた。脳裏に浮かんでくるのは、迷惑そうで、でも楽しそうなレヴィーンの姿だ。
――こんな変なTシャツ嫌よ、イツキ。もっとカワイイのなかったの?。ほんとにイツキはデリカシーが足りないんだから。
Tシャツは、黒字にオレンジのポップな仏像を染め抜いた、デザインだった。
ごめんよ、今はそれしかない。ぼくの好みで悪いけど。
――まあ、いいわイツキ。あなたのプレゼントなら大事にする。ねぇイツキ……。
なんだい、レヴィーン。
――あなたは、わたしのことを好きだった?
溢れてきた色々な記憶、手で触れたぬくもりや、覗きこんだ鳶色の瞳、髪の毛から漂う甘い香りや、他の物、手にしていた物や、話していた言葉まで、ぜんぶが一度に溢れてきて、樹は張り裂けそうになった。
――ねぇ、イツキ。あなたがわたしに優しくしてくれたように、こんどはイツキ自身にも、ちょっとだけ、優しくしてみてね。
どこに底があるのか分からない、落ちて行ってしまいそうな夜空を見上げて、樹は迷子みたいに立ち尽くしていた。大きな口を開け、拳を握りしめたまま、樹は声を上げずに、子供みたいに泣いた。
日本に帰ったら、レビーンがそうしようとしていたように、人の役に立つ仕事をしようと思った。もうちょっとマシな、なにか、レヴィーンが誇りに思ってくれるような職業がいい。
そして、いつかここに戻って報告をする。
もし、レヴィーンが褒めてくれたら、樹は、今よりも少しだけ、自分のことが好きになれるような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる